《昭和時代の国産量産型コントラバスを弾く》概要②

音の記録は資料一体につき約30〜40分程を録音している。記録なので数秒〜数分でも良かったのたが、自分自身がひとつの楽器に向き合い理解するのに作業でこの位の分量を弾くのが丁度良いと感じた。
合板の音は芯がなく、輪郭がぼやけて音が埋もれてしまいアンサンブルでは扱い辛い事情がある。資料個体それぞれの音の記録という目的を考慮し、ソロ演奏による記録が適切と判断した。

録音の作業では、個体それぞれが魅力的に響く箇所を探りながら楽器の響きを中心にインプロバイズしている。どう演奏したらそれぞれの個体の魅力を伝えられるのか、を私なりに常に直感的に考えながら楽器と向きあっている。
ロースペックの量産品であっても、音楽表現のために生まれた“楽器”という存在を尊重し、それぞれの“楽器の響きから生じた音楽”を記録したいと思った。
又、サンプルの集成としての性質も同時に意識したため、アイデアをシンプルに演奏しただけの練習素材の様なものや、アブストラクトなフラグメントなど、演奏時間が短いものが大半を占めることとなった。なるべく楽器全体の音域を扱うように心掛けたりもしている。

これは、決して私個人の音楽表現を伝えるために行っている作業ではないが、楽器と向き合うという事は音楽なしではあり得ないので、作業を通して私自身の演奏技術や音楽性について改めて考え直さなければならない事態となってしまった。しかし、その事を問題にしている時間的余裕はいまの私にはないので、とにかく時間を見つけては記録する作業を行っている。
私は楽器を器用に弾く事はできないので、演奏技術の問題もあり、内容はたいへん単調かつ稚拙で雑、ミストーンも多い。クオリティが低いので恥ずかしい。

私の音楽的アイデアの乏しさもあり、録音の内容はどの資料の記録も似通っている。この点は、計らずとも“資料の差異を比較する”点においては、結果的に記録の条件をある程度揃える一要素となっている。
記録の条件をある程度揃える点でいえば、“同一の弦を使用する”ことも考えたが、楽器と弦の相性は個体それぞれに異なるので、使用する弦は、それぞれの個体ごとにマッチするものを選んだ。

このプロジェクトは決してレトロ趣味により「昭和時代を再現する」といったものではない。使用感の激しいコンディションの昭和時代の楽器は、材自体も経年劣化しており、音は当時のものとは明らかに異なるであろうし、過去を再現するような事に私は興味がない。又、一見コレクター的な趣味の様にも見られるかもしれないが、資料は記録した後に売却しており、モノの収集にも私はあまり興味がない。強いて言うならば、生産品という一次資料を通した情報収集の作業ではある。
本音を言えば、この作業を通して低スペックの量産品を含む「国産コントラバス生産の歴史」を実際に製品に当たりながら概観したいと思っているが、しかし、それはとても困難な事だろう。出会うことの出来ないメーカーもあるだろうし、それぞれのメーカー、製品についての仔細を語る知識は私にはなく、ましてや楽器生産の歴史などどう調べればいいのか見当もつかない。
出会った僅かな個体としか関われないということもあり、この録音、記録作業は「演奏家と楽器の出会いの記録」以外の意味は持ち得ない。一楽器ユーザーの単なる私的な記録でしかない。プロジェクトの表向きは各メーカーの製品にフォーカスはしているものの、あくまで個人的な演奏行為の記録でしかない。

全体的に部屋で楽器を触って適当に弾いているだけの音源なので、音楽としてどうなのかは疑問だが、合板製楽器によるソロといのは珍しいものかもしれない。現代の音楽の現場ではなかなか出会う事のできない、古い合板製コントラバスの独特な響きを味わって頂けたら幸いだ。
比較して聴くと各メーカーの差異や個体特有の個性的な響きは認識して頂けるのではないか、と思う。

ところで、作業を進めるうえで残念なところが多々ある。資料のほとんどがボロボロに壊れた状態で売られていたものなので、どれも理想的なコンディションとはほど遠い。録音も簡易的で、中古の弦を使用し、弓は安物、写真はスマホで撮っている。また現在の仕事が多忙なため、楽器と向き会う時間は全く確保出来ない為、とても楽器を弾きこなしているとは言い難い。今後改善したい点を挙げればキリがない。

各資料の音の記録は以下にアップする。
https://www.youtube.com/playlist?list=PLKrLnqvxw8cQacVna4FEbob3z2TCkK7Vg

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