《不用とされる古い量産型コントラバス》概要③

弦楽器の寿命は人よりも長く、オーナーを変えながら時代を超えて長い年月を弾き継がれていく。一方で安価な量産楽器の寿命は短い。生まれながらにしてスペックが低く、雑に扱われて不用とされていく古い合板製のコントラバスに私はとても親近感を感じる。
安物の楽器は間に合わせで使用される事が多いので、奏者には印象が薄く、個体として認識されずに忘れられていく。私は、せめて私が出会った個体だけでもこの世に存在した証を残したいと思った。

本来ならこうした過去の楽器生産を振り返るような作業は楽器のつくりに詳しい職人さん等がやるほうが良いのかもしれない。私は楽器のつくりについてはよく分からないし、正直のところ、古い低品質の量産楽器をこうして記録、記述するという事に何の意味があるのかは分からない。
しかし、量産型コントラバスを製造していた昭和時代のメーカーは一部を除き現在は、ほぼ存在していない。又、数少ない現存のメーカーでも昭和当時のモデルは現在は製造していない。この現状を鑑み、量産型の主たるタイプである合板製楽器の一般的な寿命を考慮すると、“昭和時代の国内における楽器生産とその需要”を振り返る上で、この私的な作業もひとつのサンプルとして何かしらの意味はあるのかもしれない、と漠然と思ったりもする。

コントラバスに限らず、昭和時代の民衆の音楽文化に関わる事実として、戦後からの経済成長と人口増加のなかで、数えきれない多くの人が、これら安価な量産楽器を通して音楽に触れていた。量産楽器はビギナーが最初に出会う楽器である事が多い。数えきれない多くの人々に音楽の新しい扉を開いてきただろう。
量産型コントラバスは、趣味、ブラスバンド等学校のクラブ活動などに多く使用されてきた。ロカビリーやジャズ等ポピュラー音楽の分野でもひろく使用されてきたようだ。学生やビギナーの需要があった事を考えてみても、量産型コントラバスは謂わば日本の洋楽合奏文化の最底辺を支えていた存在といえよう。
楽器を問わず昭和時代の国内の量産楽器生産は、現代日本の洋楽受容の歴史のなかで重要な役割を担ってきたのではないか。たとえ安価で低品質な楽器であっても、長い年月とその拡がりをみれば、昭和時代の音楽文化のひとつとして捉える事ができるだろう。
コントラバスは他の楽器に比べれば奏者人口の少ない楽器ではあるが、何故これまでまとまった記述や記録がなされてこなかったのか疑問である。誰もその事について語ることはない。

音楽家や職人など、表現やものづくりに関わる全ての者は、常に厳しい環境下で多忙を極め、時代のニーズに応えながら各々ものづくり自体(表現、仕事自体)に注力し、皆それぞれの生業で高い目標や憧れもあるだろう。従って、常により良質なもの、上質なものを指向する傾向があるのは当然だ。音楽周辺の業界はとかく流行や人気志向、ブランド及び権威志向、海外志向が特に強い。それ故に過去の安価なエントリーモデルの国産量産楽器などには誰も目もくれない、という事なのだろう。
時代地域に関わらず文化の最底辺を支えた庶民文化や多くのマイノリティの文化は記述されずに消滅していく。楽器についていえば、安価な量産品はモノ自体は大量に生産されるが、古くなればやがて不用品として廃棄される運命を辿る。有名なメーカーは例外として、その楽器について、それを生産していたメーカーの事について記録・記述される事は稀なことなのだろう。昭和時代につくられた安物の古い国産量産型コントラバスは不用品としてゴミの様に捨てられ、転売され、メーカーの事など顧みられず人々から忘れ去られていく。

テクノロジーや社会状況が急激に変化し続けている現代で、昭和時代の文化はいつのまにか“古事”となった、と感じることがある。どんな状況下でも変わらぬ人間社会の普遍が常に存在するのは言うまでもないが、変化のスピードが加速していく現代で、数十年前の昭和時代とは全く異なる世界をいま私たちは生きている。
その様な現代において、かつて昭和時代に作られた低スペックの安価な量産楽器たちは、相変わらず間に合わせで使用され、やがて用済みとなり、あらゆる不用品の墓場であるインターネット上のオークションサイトやリサイクルショップに壊れたままの姿でうっすらと漂いながら、だんだんと個体数を減らし、誰に語られるでもなく人々の記憶からも消え失せ、やがてこの世から消滅してしまうのだろう。

かつて様々なジャンルで庶民の合奏文化の最底辺を支えた昭和時代の国産楽器メーカーに精一杯の敬意と感謝を込めて。昭和時代に生まれて長年コントラバスを弾いてきた私は、いま「昭和時代の国産量産型コントラバス」について考えてみることにした。
日本が戦後から復興し、急激な人口増加と経済成長により人々の生活が豊かだった時代に、高級な楽器を買えない庶民のために、音楽の希望に溢れたビギナーのために、誰もが手の届く楽器を作る事を仕事とし、日本の音楽文化の最底辺を支え続けた昭和時代の国産楽器メーカーとそこで働いていた方々、製品を販売していた方々に思いを馳せたい。

作業をしながら、昭和という時代に大量に生み出された量産品という存在に、昭和時代生まれの私は自分自身を重ねている。やがて廃棄される運命を待って生まれ、歳を重ね、いまでは誰にも必要とされなくなった古びた合板製楽器特有の響き。ボアッ、ボアッと芯がなく、音抜けの悪い、軽薄で脆弱なボヤけた響きに、私は愛着を持つようになっている。

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