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旅の「ハプ二ング」は、新しい自分を教えてくれる

僕の好きな旅は、「ハプニング」が起こる旅だ。
ハプニングといっても、大きな事件や驚くような出来事ではない。
些細なこと、たとえば、乗換駅で上下線を間違えたとか、急に途中下車したくなったとか、途中で忘れ物に気づいたとか。
ここでは、僕のそんなハプニング旅を、二つご紹介する。

一つ目は、時計を忘れた旅。
ある秋のこと。名古屋出張の帰りにふと飯田線に乗りたくなって、豊橋駅で途中下車した。
飯田線は、愛知の豊橋から長野の辰野までの二百キロを七時間かけてのんびり走るローカル線。険しい渓谷を縫うように走り、途中、天竜川と並走する。いまなら紅葉も綺麗だろう。駅前で昼飯の駅弁を買った。

列車に乗って約二時間、天竜川が見えてきた。川沿いの紅葉が美しい。「お昼になったら駅弁を食べよう」。食欲の秋である。
…「いま何時かな?」。鞄にしまった腕時計を探した。…しかし、ない。
鞄をひっくり返しても、見当たらない。昨晩のホテルに忘れてしまったようだ。ハプニング!
当時は、スマホなんてない時代。時間を知るには時計に頼るしかない。「しまった。どうしよう」。先の旅が不安になった。
ふと外の景色を見ると、対岸にある農家が遠目に見えた。昔ながらの開放的なお屋敷。座敷で家族が食卓を囲んでいる。テレビが点いている。お昼の番組のようだ。料理が運ばれてきた。お鍋から湯気が立っている。「そうか、お昼になったんだ」。
…その時、思った。「時計なんかなくても、時間は分かるじゃないか」と。むしろ、時計がない方がリアルな時間を実感できる。
考えてみると、僕たちは、日頃、時間を数字で捉えている。数字が分からないと不安になる。
でも、本来、時間とは数字ではなく、自分で体感するものだ。
天竜川を眺めながら、時計がないことが、とても開放的で新鮮に感じた。

二つ目は、遅刻という旅。
僕は高校時代、都心の学校に通っていた。京王線の八幡山という駅から、明大前・渋谷を経由して外苑前まで。ラッシュアワーの上り電車はいつも満員。乗っている人は皆、つまらなそうな表情をしている。高校生の僕は「働くって、楽しくないのかなあ」と思ったりしていた。
ある日、僕は寝坊をした。授業にギリギリ間に合うかどうか。やばい、八幡山駅までダッシュ。息を切らせて駅に着いたが、間に合いそうもない。どうしよう。。。
その時、ふと、向かいのホームに停車中の下り電車が目に入った。高尾山行きの各駅停車だ。車内はガラガラ。乗っている人は何だか楽しそう。いいな、と思った。
僕は授業をサボることに決めた。下り電車に乗った。自作ハプニング!
…その時、思った。僕たちは、日頃、他人が決めた時間で行動することが多い。でも本来、時間は自分のものなんじゃないか、と。
下り電車の中で僕はワクワクしていた。小旅行をしている気分になった。

旅は、予定通り、計算通りにいかないから面白い。その時、自分は何を考え、どう行動するか。それは新しい自分の発見だ。
二つのハプニング旅は、僕に「時間」について改めて考えさせてくれた。

さて、次の旅ではどんなハプニングが起こるか、楽しみだ。


※本稿は、「宣伝会議45期 編集・ライター養成講座」(2022.7~2023.2)の瀬戸山玄氏クラスの課題制作②です。
瀬戸山玄氏ホームページ http://www.monogatari-seisakusyo.com/

【課題制作②】
あなたの「好きな旅」は、どんな旅ですか。それを原稿にまとめ、読んだ人が友人に紹介したくなったり、実際に同じ旅がしたくなったりするような、生々しい旅行記を書いてみましょう。


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