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ふりかえるとよみがえる【毎週ショートショートnote】

「本当にいいの、お母さん?」
最期にもう一度確認する。うなずく母の手は電子通帳の端末を握る。乏しい残高が忙しく点滅し、ゼロに達しようとしていた。
「十分よ。私は本当に幸せだった」

幸福が寿命で買える時代になったのは、天井知らずの少子高齢化が老年人口比率を七割に引き上げた頃だ。
『フクカエ』と呼ばれるライフバンク。調整AIが個人の幸福請求に応じて寿命を融通し、残高がゼロを迎えると安楽死させる。
太く短くか、細く長くか。老後に期待できない国民は目先の幸福を求め、平均寿命は下降の一途を辿った。

「お母さんの幸せって何だった?」
「いつも言ってるわ。あなたの幸せよ」
予想通りの遺言を聞き届け、眠った母のまぶたを閉じる。繰り返された記憶が蘇り、涙が頬を下った。

後ろ手に隠した通帳を起動、取引を開始する。
「今すぐ私の全寿命を、母の口座に振り替えて」
さようならお母さん。
私の幸せは、愛という名の枷を娘にはめ続けた、あなたを不幸に突き落とす事。


副題:the ↥ast happ↧ness