見出し画像

チャリンチャリン太郎【毎週ショートショートnote】

鼓動の高鳴る音を、ドキンとかトクンとか表現しますけれど。大郎たろうさんと会った日、私の心臓はチャリンと鳴ったのです。

大郎さんは棋士ですから、それは対局の振り駒かも知れません。扇子の要に揺れる根付かも知れません。重みが落ち着くと言った、懐中時計の鎖かも知れません。
凛と伸びた背に、駒をさす指に、盤を見つめる眼差しに触れる度、チャリンと胸が弾みました。
盤を離れた大郎さんの目が、穏やかに低い声が、温度の高い手が、同じ真剣さで私に向き合う時、私の胸はひときわ大きなチャリンを奏でました。
やがてその音は、一缶を分け合った自販機のコインになり、小さなアパートの合鍵になり、薬指にきらめく指輪になりました。

季節がいくつか廻り、大郎さんが念願の名人戦を勝った日、私は二つのチャリンを聞きました。
チャリン、チャリン。
小さく呼応するもう一つに、太郎たろうと名付けましょうか。
そう言ったら彼は、紛らわしいよと笑うかも知れません。



副題:チャリンの鼓動