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株式会社のおと【毎週ショートショートnote】

その採用通知は、誰かの飛ばしたシャボン玉に乗ってやってきた。
透明な輪郭が弾け、私の手で虹色のノートがはためく。『株式会社のおと』念願の七文字をなぞると、リクルートスーツも七色に染まる気がした。

「うち希望とは珍しい。花形なら他にあるのに」
興奮気味の靴音に人差し指を立て、先輩は時の止まった様に笑った。
部屋には私達二人きり。宙を弾く指は会話の合間にも何か奏で続けている。
「音の始まりを作りたくて来ました。ここで働かせて下さい」
世界中の音を紡ぎ出す巨大パイプオルガン。賑やかさの象徴の様なビルの底辺に、静寂部――この会社で一番静かな部署がある。
どんな音楽も声も物音も、静けさに始まり静けさに終わる。日常にあふれる音が楽譜なら、静寂部は曲を支える五線紙。私はそんな縁の下の力持ちになろうと決めた。

「おいで。君の初仕事だ」
先輩について屋上へ上がり、教えられた風箱かざばこを必死に操る。
一番星が空に灯り、街に夜の降る音がした。



副題:五線上のしづか


本作品はamazon kindleで出版される410字の毎週ショートショート~一周年記念~ へ掲載される事についてたらはかにさんと合意済です