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世界中の「君死にたもふことなかれ」


星野いのりさん主宰
ウクライナへの人道支援のための
チャリティアンソロジー『青空と黄の麦畑』
収録作品


              
2022.03.07

「群れ居たりける水鳥どもが何にか驚きたりけん、ただ一度にばつと立ちける羽音の、大風いかづちなんどのやうに聞こえければ」(『平家物語』)

 大群の夜襲かと思った平家・維盛軍は総崩れする。平安末期、富士川にて。源氏討伐の途中のこと。

 戦の時は疑心暗鬼で、水鳥の羽音に飛び上がって反応する。人間として、それは自然な反応に思える。だから今、NATOは行動を慎んでいる。軍事的な動きだと思われないように。予定されていた軍事訓練は中止、制空権の制限を行わない、など。

 軍事力を持つことによって、抑止力とする。
 世界の国々が信じてきたその考えは、机上の空論であったことが明らかになってしまった。均衡を保つ、ということのためには、天秤の両側に同じだけの重さで大切なものが乗っていなければいけない。
 あなたのたいせつなもの。
 わたしのたいせつなもの。
 あなたが犠牲にしてもいいと思うもの。
 それはわたしのたいせつなもの。

 
 キエフが攻撃され、泣き腫らした赤い目のこどもの映像が写る。避難の途中で、爆撃を受けた学校を目の当たりにする。砲撃音にふるえる。砲弾の破片が刺さり、あっさりと命を落とす。国境行きの列車に人々が群がる。運良くぎゅうぎゅうと押し込まれても、立ったままの、九時間。小さなこどもも、年老いたひとも、弱きものに目を配らなくてはと思う健常者とて身ひとつでも過酷な。人いきれと、言い争う声と、感情の枯れを得たひとを、国境近くの街へ運ぶ路線。
 原発は攻撃され、占領される。
 プーチンはどうしたいのか。いったいなにがしたいのか。どうしてこんなことをするのか。わたしたちにはわからない。

 ながいながい路線を思うとき、わたしはシベリア鉄道を、そして戦前の、満州鉄道を思い起こす。
 開戦のきっかけがほしくて謀略を尽くし、皇姑屯にて張作霖が乗った列車を爆破した。本国の首脳部とは別の思考を持ち暴走を重ねる関東軍は、戦いを、戦い自体を求めていたように感じる。
 国際連盟の脱退、世界からの孤立。昭和の日本は着地点がまるで見えないまま戦いに進む。国際的にどう思われるか、自国の立場がどうなるのか、そのことを考えるのを放棄しているもっとも危険なテロリスト集団となって。わたしたちは不可解な自国の歴史を持っている。それも、比較的最近のものだ。

 文明が進めば。
 誰とでも繋がれる世の中ならば。
 こんな戦争など起きないと思っていた。
 一人の独裁者の存在で、世界は今脅かされている。
 かれは、自分の力を示せることで満足しているだろうか。
 なにを欲して、なにを怖れているのだろうか。

 わたしの日常とあなたの日常は同じ重さであると、毎日発信し続ける。世界中の人と連帯する。みな一様にひまわりの種をもって。ウクライナの空を想って。
 わたしのねがいはこれだけだ。
 今日も明日もだれもしなないで。
 明後日もしあさっても誰も殺させないで。

 ロシアの、ウクライナの、世界中の、
「君死にたまふことなかれ」。
 みんな、おうちにかえろう。
 かえって戦争は嫌だと言おう。
 日常を愛そう。
 あなたの。わたしの。


 与謝野晶子が日露戦争反対のために書いたこの詩は、今、きっと、ロシア兵士の家族みなのきもち。
 誰も死なないで。
 誰も殺させないで。




君死にたまふことなかれ   
旅順口包圍軍の中に在る弟を歎きて
          
   與 謝 野 晶 子
 
あゝをとうとよ、君を泣く、
君死にたまふことなかれ、
末に生れし君なれば
親のなさけはまさりしも、
親は刃(やいば)をにぎらせて
人を殺せとをしへしや、
人を殺して死ねよとて
二十四までをそだてしや。


堺(さかひ)の街のあきびとの
舊家(きうか)をほこるあるじにて
親の名を繼ぐ君なれば、
君死にたまふことなかれ、
旅順の城はほろぶとも、
ほろびずとても、何事ぞ、
君は知らじな、あきびとの
家のおきてに無かりけり。
君死にたまふことなかれ、
すめらみことは、戰ひに
おほみづからは出でまさね、
かたみに人の血を流し、
獸(けもの)の道に死ねよとは、
死ぬるを人のほまれとは、
大みこゝろの深ければ
もとよりいかで思(おぼ)されむ。

あゝをとうとよ、戰ひに
君死にたまふことなかれ、
すぎにし秋を父ぎみに
おくれたまへる母ぎみは、
なげきの中に、いたましく
わが子を召され、家を守(も)り、
安(やす)しと聞ける大御代も
母のしら髮はまさりぬる。
暖簾(のれん)のかげに伏して泣く
あえかにわかき新妻(にひづま)を、
君わするるや、思へるや、
十月(とつき)も添はでわかれたる
少女ごころを思ひみよ、
この世ひとりの君ならで
あゝまた誰をたのむべき、
君死にたまふことなかれ。



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