見出し画像

【書評】空白を満たしなさい

平野啓一郎の『空白を満たしなさい』を読んだ。

世界各地で、死んだはずの人々が蘇る不思議な現象が起こる。三年前に会社の屋上から転落し自殺したとされる男、徹生もまた蘇る。妻と赤ん坊を持ち、仕事にもやりがいを感じていた徹生は、自分が自殺するはずがないと信じ、自分の死の原因を究明し始める。そして衝撃的な事実に直面する・・・。

この物語は、死者が生き返るというSFミステリー的な設定を持つが、その本質は生と死の意味を追求することにある。また、家族愛も重要なテーマである。自分が先立たなければならない時、愛する人に何を残せるのか。その時が訪れた際、どのような言葉を遺すべきか。この作品は深く考えさせられる。

そして本作は、人間の危うい本性も暴き出す。そこで重要な役割を果たすのが、佐伯という男の存在だ。社会に拒絶されながら屈辱的な人生を歩み、世を蔑みながら生きる彼は、希望を持たず、前向きさを否定する。この救いようのない男が吐く毒のような言葉は、しかし世界のある真実を暴き出し、心に黒い影を残す。

佐伯の役割は、ドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」に登場する卑しい使用人のスメルジャコフに似ているように感じた。どちらも誰からも愛されず、蔑まれながら歪んだ心を育ててきた。希望を放棄する彼らの言葉は、健全な人々が見ないようにしている心の奥底に潜む、人間の暗い本性を呼び覚ます。強烈な嫌悪感を抱きながらも、彼らの存在を無視することはできないだろう。なぜなら、誰の心にも、その暗い深部には、佐伯やスメルジャコフが住んでいるからだ。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?