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知っているほどにスリリング ー花井愛子的宝塚入門『夢行き階段』<2>


みなさんは「宝塚歌劇団」、そして団員養成所である「宝塚音楽学校」のことを少なからずご存知ではないだろうか。
女性のみからなる歌劇団は、その煌びやかな世界を保つために独特な規律や熱意があることで有名だ。また、そのファンたちの世界も同じく、一見さんが気軽に踏み入れられないほどのルールが存在する。

そんなタカラヅカの世界は多くの作家にも愛され、幾度と題材にされてきた。私が読んできた多くは、トップを目指すタカラジェンヌや生徒たちの緊張感ある人間群像や演技の覚醒などが物語の肝になっていた。

さて、花井愛子である。

前回、この題材を扱った作品としては珍しい切り口というお話をした。

一冊目であるStep1では宝塚音楽学校の入学を目前にしたところで終わっており、宝塚音楽学校での生活がスタートするStep2では、主人公が、地元で生まれた時から宝塚オタクにして3度目の正直で受かった<ルウ>から、高三で突然思い立ってラストイヤー受験で引っかかった宝塚オンチの<マキ>に変わっている。

天才肌の主人公の使い方

大学受験の1,2ヶ月前に不意に受験をやめ、「東京へ出て働きながらダンスの勉強して、ミュージカルの舞台に立ちたい」と言い出したマキは、170cmくらいの長身であることから周りが推めたかどうか定かでないが宝塚音楽学校の門を叩くことになる。
今年の願書受付が1/9〜2/1であることを参考にすると、かなりギリギリに決断したといえよう。

「でしょう。ーあたしなんてね、高3の1月にタカラヅカ受けるって決めて、イナカのバレエ学校に入ってジタバタしたのが、たったの3ヶ月弱。声楽なんて、高校の音楽の先生に、わずか2回、試験用の課題曲を歌って、音程のチェックしてもらっただけなんだよ」

花井愛子『夢行き階段<Step1>』

実際こんな合格者なんていないだろ!と思ってしまうほどに、私たちは宝塚音楽学校を目指す少女たちの奮闘をニュースなどで目にしている。これはかなりの逸材である。
天才肌がキャラクターにいるとなるとそれを取り巻く人間模様や演技での丁々発止が見どころと安直に予想してしまうのだが、花井氏にかかると「知らなかった世界・タカラヅカの厳しさに直面する少女の成長物語」になる。

主人公になると際立つ世間知らずな無鉄砲

花井作品は読めば読むほどに、少女たちへの教養に力を入れていたんだな、と実感することが多い。
それゆえか、初期の頃はそうでもなかったが、作を追うごとに「主人公が愚鈍」になる傾向があるように思える。特に多視点を取り入れた作品になると主役に添えられた途端に愚鈍になるので、それが顕著になるようだ。

進路を急遽変える大胆さは持ち合わせつつもどちらかというと「ワンテンポ遅めの穏やかな子」という役割だったマキは、Step2で主人公となった途端、年下の稚拙さを憂い、売り言葉に買い言葉になり、独りよがりな少女になっていた。
気付きが足りない花井作品の少女は、仲間や大人を通じて学びを得ていく。

知っているほどにハラハラドキドキ

この作品の特徴のひとつは、タカラヅカに関する解像度の高さである。
花井自身がタカラヅカのコアなファンということもあり、エピソードが実際に基づいている詳細さを感じる。
本作は、タカラヅカの知識があればあるほど読者はヒヤッとさせられる。

高校卒業のタイミングで厳しくなった校則にいまいちノリきれないマキは、気軽に状況をカスタムしていく。
同級生にピシッと止められたへアピン・通称「予科ピン」を、これまたタカラヅカに疎い母に笑われ、大胆にも外して撮影。のちに上級生に呼び出しを受けている。
また、宝塚音楽学校の習わし「すみれ売り」の際は、高校時代の気になるアイツが遊びに来て、業務後に袴姿のままお茶しにでかけている。

その「すみれ売り」はこちら。

このイベントで気になるアイツと話し込み、待ち合わせ、地元に繰り出せる!?想像するだけで肝が冷える…!しかもアイツは宝塚ホテルのカフェテリア行こうぜとか言い出すし!!絶対噂になるだろうがよ!!!
二人の危機管理の無さに、両片想いの淡いやり取りもイライラしてしまう中年の私。
リアルエピソードを詳細に描写しているこその登場人物たちの非現実感が私たちを揺さぶる。

花井愛子の代弁者・久希はるか

何度も呼び出されるマキだが、入学者としては最年長ゆえにちょっと上から目線で同級生や上級生を見てしまい反発し、学校にうまく納まらない自分に苛立ち、とうとう宿舎を飛び出す。

そこに都合よく現れるのがタカラジェンヌの久希はるか・通称「ミユキさん」だ。

濡れネズミになっているマキを見かけ、車に乗せ、自宅に招いて、金八先生よろしくたっぷりと説法をする。
ここがまさしく花井氏がティーンの読者へ向けた核となっている。

「だいたいのルールには、理由が、ある。なぜルールが、存在するのか。そのルールは、なんのために定められたのか。考えることも、大切だよ」

花井愛子『夢行き階段<Step2>』

タカラヅカマウントを取りつつ、読者たちへの人生のアドバイスを目的にしている本作が、歴代の歌劇団作品と違うのは必然なのであった。

ところで、Step1では合格発表の翌日にみんなで観劇して感激、その足で予科生(仮)が出待ちに行くという暴挙にでて案の定ファンたちに見つかり、ピンチのところをミユキさんが粋に救っている。
しかもその舞台でミユキさんがイチオシになったマキは興奮して、「ダメ‼︎ 惚れちゃった。もうダメ‼︎ どうしよおおおお。ーこの舞台で、男役やれるんなら、あたし死んでもいいよおおおっ」と叫んでいる。その数ヶ月後、校則で揉めて宿舎を飛び出すマキ。あんた、もうちょっと耐えなさいよっ!!


しかしクセになる、それが花井愛子作品

ちなみに、『夢行き階段』は元は挿絵担当の相方・かわちゆかり氏の漫画の原作であった。主要人物三人は同様だが、性格や役割が小説とは多少異なっている。

かわちゆかり著(企画・原案/花井愛子)『夢行き階段』全2巻


ストーリーの軸もだいぶ異なる。かわち著の方はいわゆる「少女のみの歌劇団」の法則に沿って、才能と人間模様、夢と恋を描いている。
そう普通はこういう行くよな、これが王道のストーリーの作り……なんだが、圧倒的に解像度が低く、王道を雰囲気で進めているのでどうしたって物足りない。それよりなにより「花井愛子が足りない」。

諸事情により続刊がなくなってしまった小説版『夢行き階段』。流れでは、漫画版で一貫して主人公だったサヤが次巻の主役だったろうし、さすがに3巻では歌や踊り、演技の話も…!?との淡い期待もあったので、本当のエンドが読めないのは残念なかぎりである。
王道の高揚感はないし、「私は今なにを聞かされてるんだ!?」と思うこともしばしばだし、全容が見えないまま終わってしまっているが、他では味わえないスリリングさがある小説版を、ぜひ皆にも楽しんでいただきたい。
タカラヅカ舞台の作品がいろいろある中だからこそ、花井氏の異端な魅力が堪能できるだろう。

(漫画版も良いセリフがあるので合わせて要チェック!)

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