マガジンのカバー画像

辻邦生作品レビュー/短編小説

15
辻邦生さんの小説作品のうち、短編のレビューをアップしていきます
運営しているクリエイター

#本好き

『空の王座(からのみくら)』運命を操るかのように、王座は待ち続ける・・・

発表年/1966年 以前にも以下の記事で、辻邦生さんは《運命》や《宿命》に翻弄される人物をよく描く、といったことを書いたことがあります。 この『空の王座』に登場する考古学者、南村順三も、そんな、自分ではどうすることもできない運命にたびたび弄ばれた人物のひとりです。 話は南村の訃報に始まり、その後遡って、新聞記者である「私」と「私」の旧友で考古学者の田原、そして南村の三人を軸に展開されます。南村も田原も考古学調査隊の研究者として海外で遺跡調査に従事していました。 1.<空の

『洪水の終り』事件は季節の移ろいとともに。今こそ読んでほしい戦争の悲劇

発表年/1967年 辻邦生さんの作品にはエピグラフ(作品の巻頭に置かれる引用文や題辞)の置かれているものが少なくありません。例えば先の『献身』では次の句が置かれています。 『洪水の終り』のエピグラフは『旧約聖書』創世紀のこの部分、 有名な「ノアの箱舟」の一節です。神は箱舟から出たノアと、二度とすべてのものを滅ぼす洪水を起こすことはないという契約を結びます。冒頭に置かれたこのエピグラフはどんな意味を持つのでしょうか? 1.登場人物とストーリーのあらまし 『洪水の終り』の

『ある晩年』《生》と《美》の哲学的思考、その物語としての表出

発表年/1962年 短編小説『ある晩年』は、『城』『西欧の空の下』『影』などとともにごく初期にパリで書かれた作品です。『西欧の空の下』はややエッセイ風な掌編で、機会があれば他の短い作品と合わせてご紹介しようとおもいます。 さて、『ある晩年』ですが、フランスのT**市で弁護士として名をあげたエリク・ファン・スターデンの最後の半年ほどを描いた小説です。先にご紹介した『献身』と同じように、こちらも単行本としては初期の短編集『シャルトル幻想』にまとめられていますが、そのあとがきで辻