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【転載】入管法改正の前に、日本政府が国際ルールを守れ出入国在留管理庁「現行入管法の課題」広報の偏見

2023年2月27日「論座」掲載のものを転載します。

はじめに


 2023年2月20日、出入国在留管理庁がWebサイトで「現行入管法の課題」を公表しました(https://www.moj.go.jp/isa/content/001390378.pdf)。
 2021年12月に出された「現行入管法上の問題点」については、以前に論座で”「前科者は送還してしまえば良い」という政策は政府の方針にも反します~入管庁資料「現行入管法上の問題点」の問題点”として書かせて頂きましたが、今回の「現行入管法の課題」は、その時に指摘したものだけでなく、問題のある記述が多々見受けられます。

使い古された手口


 今回の「現行入管法の課題」は表紙含めてスライド5枚。前回の「現行入管法上の問題点」は18枚でした。凝縮されている分、ともかく、「送還忌避者」や難民申請者が、重大犯罪者であるかのごとき記述が目立ちます。
この点については、2021年12月28日に論座に掲載された稲葉剛さんの「[60]入管庁はまだこんな使い古された手口を使うのか~「排除ありき」の政策押し通す印象操作 2022年は「モラル・パニック」の扇動に警戒を―人権がこれ以上侵害されぬように」 で、「その資料を見た私の感想を率直に言わせてもらうと、「2021年にもなって、まだこんな使い古された手法を使うのか」というものだった。」と呆れられています。それなのに、また今回も同じ手法を懲りずに使い続けています。

 稲葉さんは、また、「論理的に破綻した政策をどう押し通すのか。古今東西の政権が幾度となく活用してきたのが、マスメディアを使って人々の感情に訴える手法である。」、「一部の人たちにマイナスイメージを付与することで、自らが実現したい政策を後押しする方向に世論を誘導するのは、古典的な手法である。」とも指摘しています。

前科を有する人の殆どは仮放免されている


 また、2021年12月末時点で、出入国在留管理庁のいう「送還忌避者」3224人のうち、約3分の1133人が前科を有する者としていますが、そのうち実刑判決を受けた人は515人です(スライド3枚目)。
 ですが、2021年12月末時点で入管に収容されている被収容者は、入管統計によれば全国で124人です。
 収容されている124人のうち、何人が出入国在留管理庁の定義する「送還忌避者」でかつ前科を有するのかはわかりませんが、仮に全員だったとしても、残りの1000人以上は収容されていない、つまり仮放免されていることになります。したがって、入管自身が社会内での生活を認めている訳です。とりたてて問題視する程のことではないことがわかります。
 そして、前科があるからと言って、送還してしまえば良い、というのは、再犯防止のために最も重要な住居と雇用を奪うことに繋がりかねません。それは、国際的な犯罪防止を謳った2021年京都コングレスの決議にも反することは、以前「「前科者は送還してしまえば良い」という政策は政府の方針にも反します 入管庁資料「現行入管法上の問題点」の問題点」で述べたとおりです。

「逃亡者」の増加原因は入管の政策自身では?


 また、「現行入管法の課題」では、「仮放免者の逃亡事案が多発している」との項目を設けています(スライド3枚目)。
 まず、ここで「逃亡」とされているのが、どのような場合を「逃亡」と述べているのか、定義が不明確です。入管に指定された日に出頭しなかったということではないかと思いますが、仮放免者は働くこともできず、生活保護も受けられず、国民健康保険にも加入できません。「逃亡者」には、健康を害して出頭できず、場合によっては命を落としている人も含まれているのではないでしょうか。入管に出頭する交通費もなく、ホームレスになってしまった人もいるのではないでしょうか。
 また、2019年には、ハンストで衰弱した結果、数年ぶりに仮放免が許可されたもののわずか2週間後の出頭日に再収容されたケースが相次ぎました。2020年9月に、国連の恣意的拘禁作業部会が、自由権規約が禁止する「恣意的拘禁」にあたると認定した2人の難民申請者もそうでした。それを知った別の仮放免者が、また数年もの収容生活に戻るのを恐れて逃亡したこともあります。
 2020年4月以後、コロナ2019まん延防止のために仮放免が活用されるようになり、被収容者は激減しましたが、流行が収まってきた2021年11月に入管は運用を元に戻す旨の通達を出し、再収容が始まりました。この運用変更をおそれて、出頭できなかった方が増えたのが、「逃亡者」増加の原因ではないでしょうか。
 このように、入管による、「全件収容」「原則収容」政策が、「逃亡者」を増やしているのではないかと推測できます。「現行入管法の課題」では、「逃亡防止措置が十分でなく、逃亡事案が多数発生」としていますが(2枚目のスライド)、現行法の仮放免保証人制度は制定時から同じです。ですから、この数年間で「逃亡者」が増加した原因とはなりません。「現行入管法の課題」ではほかに「逃亡者」が増えた原因を示していないのです。原因がわからないのに、対策など立てようがない。それなのに、安易に監視を強化する方向に誘導しようとしているのです。

退去命令拒否罪について


 2021年入管法案で盛り込まれていた「退去命令拒否罪」は、退去を拒む自国民の受け取りを拒否する国の者や、送還妨害行為を行うおそれのある者に対して「退去命令」を下すことができ、これを拒否した場合には刑事罰を課そうとするものでした。「現行入管法の課題」には、「送還忌避によって生じている問題について」として、実例が挙げられています。
 ですが、前者の責任の所在は、本人ではなく、受入国の責任です。なぜ、受入国の対応の責任を本人が刑事罰をもって償わないといけないのでしょうか。「責任なければ刑罰なし」とする近代刑事法の大原則、責任主義に反します。
 後者については、他の刑事罰をもって対応することは十分可能です。
 そして、いずれについても、本当に送還を拒むのであれば、たとえ刑事罰があったとしても拒み続けることができます。送還を拒んで入管から刑務所へ、刑期が明けたらまた入管へ、そこでまた送還を拒んだら・・・という無限ループに陥るという批判について、何ら回答は示されていません。

「人権尊重」「ルール」は入管こそ


 この「現行入管法の課題」、1枚目のスライドの冒頭では、「日本人と外国人が安全・安心に暮らせる社会を実現するため、外国人への差別・偏見を無くし、人権を尊重することが必要」とあります。
 「人権」概念は、歴史的に見て、市民の権利侵害の最大の担い手が国家・公権力であったことから、国家から市民の権利を守るために生まれたものです。「人権を尊重」しなくてはならないのは、一義的には国家なのです。その国家自身が、同じスライドの中で、「送還忌避者」や難民申請者が危険な存在であるということを強調しており、「外国人への差別・偏見」を招いています。
 さらに、1枚目のスライドでは「外国人にもルールを守り」、「国際慣習法上、国家は外国人の入国に当たり、ルールを定め、これに違反した場合は国外へ退去が可能」ともあります*1。
 しかし、日本政府は数々の人権条約という国際ルールを批准・加入しながら、これを守らず、度重なる勧告を受けています*2。近いところですと、2022年11月に、国連の自由権規約委員会は、日本政府に対し、次の勧告をしました。

(a) 国際基準に沿った包括的な庇護法を速やかに採択すること。
(b) 移民が虐待を受けないことを保障するためのあらゆる適当な措置をとること。これには、十分な医療援助へのアクセスを含む、国際基準に沿った改善計画の策定を通じたものを含む。
(c)「仮放免」の状況下にある移民に必要な支援を提供し、移民が報酬を得られる活動に従事する機会を設けることを検討すること。
(d) ノン・ルフールマンの原則が実務上尊重されること、及び、国際的保護を申請するすべての者が、否定的な決定に対して効果的で独立した司法へ不服申立をするメカニズムへのアクセスを与えられることを確保すること。
(e) 収容代替措置を提供し、かつ、最長期間の入管収容の上限を設定するための措置をとるとともに、収容代替措置が正当に検討された場合にのみ、最短の適切な期間のみ収容が認められることを確保し、かつ、移民が収容の合法性を判断するために裁判所において効果的な手続をとることができることを確保するための措置をとること。
(f) 規約およびその他の適用可能な国際基準の下で庇護希望者の権利を完全に尊重することを確保するため、入管職員に対して移民に関する十分な訓練を保証すること。

 2023年国会に提出されようとしている入管法案は、上記の勧告を全く採り入れていません。外国人ばかりにルールの遵守を求めるのではなく、まずは、日本政府が国際ルールを守って、姿勢を示してはどうなのでしょうか。

脚注

*1 阿部浩己「グローバル化する国境管理」(世界法年報第37号 2018年)42頁によれば、
「歴史的・規範的にいえば,国家の国境管理権限は,米連邦裁が説いたように「国際法上認められた格言」であったわけではない.むしろ,19世紀末に至るまで,欧米においては,国内の移動や国民の出国が制限されこそすれ,外国人の受け入れは国力の源泉として大いに歓迎され,外からの入国にはほぼ制限がなかったのが実態である」とのことであり、外国人の入国や退去が国際慣習法と認識されるようになったのは、たかだかこの100年程度の間のことなのです。

*2 入管・難民関連のまとめとしてhttps://note.com/koichi_kodama/n/n3858fe18600a


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