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ゆく猫くる猫

ゆく年くる年。という。
ゆく猫くる猫、とは聞かない。

猫を飼う前、僕ら夫婦は日課の散歩がてら近所の至る所にいる猫達を見ながら歩いた。もちろん定住猫では無いけど、遭遇率が高い猫は多く、特に気になる猫が3匹いた。

1匹目は高橋さん宅の前で見つけた猫。
堂々と細い車道に座込み、荒れた背中を気にしつつも何処となく威厳というか力があった。よくいるアパートの駐輪場には彼のために皿が置かれ、多分皆が知らない顔して餌をあげていたのだろう。しとしとと食べる猫と、背中を丸めた餌やりおじさんの姿は特に印象にのこる。
この猫がパタリと消えた。
おじさんが連れて帰ったのか、と期待した。

2匹目は僕らが引っ越した2年前にはうちの周りにいたミーコ。
名付け親はうちの近所の野良猫に餌をやるおうちの人だ。
見事なシルバー毛艶も臆病で疑い深く、我が家を覗いたのを僕らが見つけ毛が逆立つほどビックリしていた姿は印象深かった。餌やりおばさんの寵愛を受け、我が家のトイレから見える隣の家の室外機の上でよく休んでいて、小窓越しなら安心してこちらを見上げていた。
この子もこの冬、見なくなった。
餌やりおばさんが家猫にしたのかな、とちょっと期待した。


3匹目は寿司屋の横でよく見かけた、通称『寿司屋タコ』。
我が物顔で腹這いで、手足を大きく広げて欠伸をしていたこの猫は、ちょっと化け猫じみてもいた。姿勢良く、冬の朝の柔らかな日光に向かって目を細めていたタコ。実は寿司屋の向かいの家の放し飼い猫でシロという名前だったのだが、皆に可愛がられ、多くの人がそのうちを覗き込み、多くの人が代わる代わる餌をあげていた。
『あんた、今日マグロあげた?』と顔馴染みに聞く飼い主。
くたっとしているのを見て僕らが駆け寄ると飼い主は、
『道端で撫でられて、寝ちゃって起きないのよ』
と運ばれていた。お腹が空く時間になると、全く餌をあげない僕らにまで、ギャーと泣いて来た。そして、先日、家の前に花が手向けられていた。
死んでしまったらしい。
近所の人たちが話している声が聞こえてきたから、間違いないだろう。
恐らく、その他の2匹も。

野良猫の寿命は、実は2-3年らしい。
放し飼いの猫で10年、家の中だけなら今は20年生きても不思議ではないらしい。自然の中で生きるべきと思われた猫、

しかし現代のイエネコは家の中で人間と共生するのが一番なのだと思う。
人間のせいで増えすぎた猫。
我が家の隣には一人暮らしのおじさんの、
広い整備し尽くされていない庭があり、
うちからはよく猫を見ることができる。
その入れ替わりは、ビックリするくらい早い。

行く猫来る猫。
逝く猫来る猫。

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