117E26 医師国家試験解説【子宮筋腫】【出血への対応】

問:28 歳の女性(0 妊 0 産、挙児希望あり)。息切れとめまいを主訴に救急車で搬入された。6か月前から月経血量が増え、夜中に夜間用ナプキンを超えて出血する回数が多くなった。最近は階段を昇るときに息切れを自覚していた。1週間前に産婦人科を受診し、骨盤部MRI検査を行った。3日前から月経が始まり、昨晩から多量の性器出血があり、朝にはめまいが出現し起立できず、救急車を要請した。1年前の子宮頸がん検診で異常は指摘されていないという。顔面蒼白だが、意識は清明。身長 160 cm、体重 52 kg。体温 36.4 ℃。心拍数 120/分、整。血圧 80/42 mmHg。呼吸数 22/分。SpO2 99 %(room air)。血液所見:赤血球 182万、Hb 4.5 g/dL、Ht 17 %、白血球 6,700 、血小板 21 万、PT-INR 1.0 (基準 0.9~1.1)。血液生化学所見:総蛋白 6.7 g/dL、アルブミン 3.2 g/dL、直接ビリルビン 0.3 mg/dL、AST 24 U/L、ALT 22 U/L、LD 138 U/L (基準 120~245)、γ-GT 17 U/L (基準 8~50)、尿素窒素 20 mg/dL、クレアチニン 0.6 mg/dL、Na 140 mEq/L、K 4.4 mEq/L、Cl 105 mEq/L、Fe 14 μg/dL、フェリチン 10 ng/mL(基準 20~120)。心電図に異常を認めない。腟鏡診で腟内に多量の凝血塊を認める。内診(双合診)で子宮長は 10cm を超えるが可動性は良好、子宮下部に弾性硬の腫瘤を触知する。骨盤部単純 MRI T2 強調矢状断像(下図)を別に示す。
この患者で酸素投与、静脈路確保、心電図モニタリングに引き続き直ちに行うべき治療法はどれか?


a 赤血球輸血
b 鉄剤静脈内投与
c 内分泌(ホルモン)薬による治療
d 子宮全摘出術
e 子宮動脈塞栓術



解説:
医師国家試験ではよくあるタイプに問題で、診断はできなくても答えが出るタイプのものです。
答えを導くためのワードは、
# 多量の性器出血
# 非感染性のショックバイタル(体温 36.4 ℃。心拍数 120/分、整。血圧 80/42 mmHg。呼吸数 22/分。SpO2 99 %(room air)。SI 1.5)
# 重症貧血(Hb < 8.0)
です。

上の3つの情報から、出血性ショックであることは少なくとも想定できます。
この状態で侵襲的な処置を行うと、心原性ショックやDICへ移行するため、まずは「全身状態を落ち着かせる」ことが重要です。
原因は出血で、失血したことが問題ですので、輸血を行う、「a」が正解です。
鉄剤では間に合わず、通常の輸液負荷では血管内の浸透圧を保てず、循環血漿量が増えません。
手術や子宮動脈塞栓術は上でも述べたように、バイタルサインを安定させてからの話ですので、二の次の話です。

さてここからが解説の甲斐のあるところで、実はこの患者の治療はちょっと難しいと思います。
「二の次」のところを解説してみたいと思います。

恐らく、大学病院のような大きな病院に入院して、RCC6-8単位を投与し、Hbが8-10g/dL程度に収まり、出血性ショックが落ち着きました、しかし、月経2-3日目程度の出血が持続しています、という状態が入院翌日の状態だと思います。さて、この出血している状態をどうするか。

ちなみに診断は「粘膜下筋腫」です。
子宮後壁にT2強調画像で比較的低信号の辺縁平滑な恐らく8cm大の腫瘤が子宮内膜と接して存在します。
症状のある子宮筋腫の治療の原則は子宮摘出です。
冷たいようですが、子宮を温存しても出血を繰り返し生命を脅かされる可能性が高いですし、何よりここまで子宮内腔に突出している子宮筋腫を持って妊娠ができるかどうか、妊娠したとしても安全に妊娠を終えることができるかどうかは保証できません。

ですが、この症例の根本的な治療法として一番目に子宮全摘をあげるのは「不正解」です。

ネックは未経産の挙児希望があるというところです。
何より28歳であれば、仮に今は挙児希望がなくても今後挙児希望が出てくるかもしれません。
確かに子宮筋腫の治療の原則は手術であり、子宮全摘です。
すでに複数子供がいたり、43歳以上だったり、子宮温存の希望がなく、それが妥当であると判断した場合は、手術への余力があれば、速やかに子宮全摘術を行います。
大きさからは開腹術が安全でしょうが、腹腔鏡やロボットでも行っている施設はあるとは思います。

積極的に子宮全摘術が行えない状況の方にオプションとして、「子宮筋腫核出術」があります。
子宮を残したい人に対して、子宮筋腫だけを切除する手術です。
この手術が子宮筋腫の標準術式だと思っている人が多いですが、それは大きな誤解です。
「舌を噛んで死ぬ」というように、筋肉を切断すると大いに出血します。
輸血が必要なほど出血することは、珍しくなく、予定で行う場合は自己血貯血を行うこともあります。
ただし今回の粘膜下筋腫では完全に子宮内腔に近いところに子宮筋腫があり、この子宮筋腫を「くりぬく」には子宮の裏側から切開を入れて、子宮筋層を深く切り込む必要があります。
出血も多く、手技的にも困難です。

前方からアプローチする方法はおすすめできませんが、子宮を大きく切り開き、帝王切開のように子宮の内膜側から子宮筋腫を核出します。
この方法の現実的なものにするのが、子宮鏡下子宮筋腫核出術です。
硬い筒状のカメラを子宮内腔に挿入してカメラで見ながら子宮筋腫だけをくり抜いてきます。
ただし、太さ1cm程度の筒から少しずつ子宮筋腫を切除していくため、出血しながら、長い時間をかけて行うため、4cm以下、内腔突出率60%以上の粘膜下筋腫だと可能です。

これらの根本的な治療法のさらなるオプションとして、差し当たっての出血を解決する方法として、子宮動脈塞栓術とGnRHアナログ療法があります。

子宮動脈塞栓術はその名の通り、血管内治療としてカテーテルを用いて子宮動脈に塞栓物質を詰めて止血剤を行うという方法です。
出血している血管を選んで直接血管を塞栓させるので、効果は高いです。
一見とてもいい治療戦略のように思えますが、本症例には使いづらい事情があります。
肝臓がんなどの塞栓とは異なり、本来であれば摘出したいところを、子宮を生殖臓器として温存したいので、この方法をとっています。
壊死させてしまう訳には行きません。
このため、子宮を栄養している左右の大きな4本の血管をすべて塞栓することはできず、この症例のような大きな子宮筋腫では完全止血が難しいと考えます。
加えて、塞栓させた血管が1週間程度で再交通するような成分の塞栓物質を使用するため、効果は期間限定です。
さらに、血流が再開するような成分で止血をしても、着床率は低下する可能性も指摘されています。
子宮動脈塞栓術は緊急避難的に行う手技であり、根本解決にはつながらず、どちらかというと出血量が多く、輸血でも追いつかないような場合で、直ちに手術ができない場合に、子宮全摘や子宮筋腫核出術に繋げるための緊急避難的に行うことはあります。
しかしこの緊急避難が命拾いになることは多々あります。
放射線科の先生方、いつもありがとうございます。

この症例の場合、GnRHアナログ療法を最初に行う場合が多いのではないかと考えます。
アナログというのは類似体という意味です。
似たような構造で結果的にそのシグナルカスケードの下流、つまりエストロゲンの分泌を低下させて、子宮筋腫や子宮自体の縮小や血流低下を促します。
GnRHアナログにはアゴニストとアンタゴニストがあります。
アゴニストはレセプターに対して促進的に働きます。
過剰な刺激(フレアーアップ)を行うことで、1週間程度エストロゲンの分泌が一旦上昇しますが、その後GnRH刺激に対して閾値が上昇し、結果的にエストロゲンの分泌が閉経レベルに低下します。
このため偽閉経療法とも呼ばれます。
日本では2010年代まではGnRHアゴニストしか承認薬がなかった関係で、教科書にもこちらがよく記載されています。
この治療の問題はフレアーアップによって大出血することです。
ですのでGnRHアゴニスト一択だった時代は、この選択はギャンブルでした。
2019年より、日本でもGnRHアンタゴニストが承認され、現在では完全に主流となりました。
アンタゴニストはレセプターに対して抑制的に働くため、4日後には閉経レベルにエストロゲンが低下します。
治療効果が高いのですが、欠点もあります。
それは治療効果が高いために急速に子宮筋腫が小さくなると筋腫核自体が子宮口に落ち込んでしまい、「筋腫分娩」という状態になる可能性があるということです。
「筋腫分娩」は婦人科では「異所性妊娠」に並ぶ緊急事態であり、大いに出血します。
しかし、この症例の場合はそこまで小さくなったら、願ったり叶ったりだと思われます。
また、この治療法はエストロゲンの体にとって良い作用も無効化するため、骨量が低下しと心血管イベントの発生率が上昇するため6ヶ月程度の使用に止めなければいけません。

さらにオプションで、GnRHアナログ療法の後に低用量ピルやプロゲスチン(ジエノゲスト)を使って出血量をコントロールしながら、手術を回避するという方法は、教科書的には推奨されませんが、現実的には存在します。

ということで、今回の症例が実際に救急車で運ばれてきた場合、婦人科医たちは結構頭を悩ませますが、個人的な治療方針は下記になります。

  1. 輸血を行い貧血の治療を行い、全身状態の安定を図る。

  2. GnRHアンタゴニストでエストロゲンを低下させ、止血と子宮筋腫の縮小を図る。

  3. 数日以内に出血がコントロールできない場合は子宮動脈塞栓術を行う。

  4. 狙い通りに急性期の治療後に止血を得たら、一旦退院し、半年間GnRHアンタゴニスト療法を行う。

  5. 子宮筋腫が4cm以下となったら子宮鏡で子宮筋腫核出術を行う。

  6. 子宮鏡手術が不能な場合、開腹・腹腔鏡下で筋腫核出術を行う。

  7. 子宮筋腫核出術が不能な場合、一旦撤退する。

  8. GnRHアンタゴニスト療法が効果がなかった場合、筋腫核出術が不能だった場合、出血のコントロールが不能だった場合は子宮摘出を提案する。

婦人科の場合、良性疾患でも命に関わることがあるので、治療方針が難しいことがあります。
治療開始前に見通しを立てて説明しておくことも重要です。
必修問題でしたが、提示されている状態は結構な重傷例でした、という問題でした。

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