【1分(〜3分)で読める短編(9)】「蚊」

子供の頃はすぐに寝付けたのに、どうしてか歳を取るにつれて寝付きが悪くなって来る。

沈みかけてはまた浮かんで来る意識をなんとか沈めようと格闘していると、あの音が聞こえて来た。

ユゥーーーン。・・・ュゥウウーーーウゥゥーーン。。

思わず目の前の薄暗がりに向かって、それこそ闇雲に手を振り回すが、そんなことをしても何の意味もなかった。またしばらくするとあの不快な音が実体を隠して近づいて来る。

眠れないのはこの音のせいだけではない。近頃は何もかもが億劫で、明日が来ることさえ厭わしく感じるほどだ。


ああ、めんどくさい。


明日のことを考えるのも、耳元に不快に響く微かな振動を気にするのも面倒臭かった。

私は布団を頭まで被り、耳を塞いだ。そのまま少し辛抱していればいつの間にか朝になっている。そんな風にしてここ数日、寝付けない夜を遣り過ごしていた。

朝になると、或はこうしている間にも足や手首に痒みを感じるが、それもしばらく放っておくと気にならなくなってしまう。

そうやって小さな問題を先延ばしにして、毎日小さな傷を負い、その傷もすぐに忘れてしまう。


だから駄目なんだ私は。


心で小さくつぶやいた。どういうわけか、そのつぶやきは意識の中にこびり付いて流れて行こうとしなかった。むしろ、その小さな小さなつぶやきはしだいに広がって大きなシミになっていくようだった。


このままじゃ駄目だ。


私は立ち上がり部屋の灯りを付けた。

ここ数日私の血を吸い続けた吸血鬼と決着をつけるためである。そこから何が変わる訳でもないかもしれないが、何かとても大切なことのように感じていた。

よく目を凝らし、耳を澄ました。が、敵の姿は見えない。

一人暮らしには広すぎる部屋を見渡しても空中に漂う小さな点など見つけられそうにない。

やはり諦めてしまおうかとも思ったが、思い直し、私は敵が近くに現れるのを座って待つことにした。

寝付こうとしていただけに、神経が鈍い。1、2分だったのか、5分以上経っていたかわからないが、いずれにしても私には朝を待つよりもうんざりするような時間が経過すると、数日間私の血を吸い続けた獣が、がっかりするほどゆっくりと、欲張りな身体を重たそうに運んでいた。



勝負はあっさりと着いた。

私は自分の手のひらにこびり付いた死体と自分の血を少しの間眺めていた。

別に達成感も爽快感も感じなかった。

ただ、静けさを取り戻した部屋を見回して、ああ独りだな。と思っただけだ。



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