【1分くらいで読める短編(4)】「泡、立ち上りそして」

「未来のことを考えると暗い気持ちになる。思い描いた明るい未来は今の自分から100万光年の距離をとって待っていて、この足ではとても辿り着けそうにない。それに引き換え、明日の惨めな自分は何と容易に想像できることだろう。」

「過去のことを考えると哀しい気持ちになる。つらい思い出ばかりではないけれど、思い浮かぶのは年下を相手に偉そうに仕事や人生について語る気持ち良さそうな自分や、裸で歩くよりも恥ずかしいようなダサい格好で気障に振る舞う自分だ。」

「今。なんて絶望的な響きの言葉だろう。生きるべき今は捕らえようもないほどのスピードで過ぎて行く。そして一度遅れをとったならば永遠に追いつけないのだ。そして現在、終電を寝過ごし、降りたことのない駅で降ろされ、漫画喫茶で朝を待っている自分はこの遅れを取り戻すのに一体どれくらいの今を消耗しなければならないのだろうか。」

男は、コーラの底からシュワシュワと昇って行く気泡を眺めながらそんなことを考えていると、ふと自分がその小さな気泡のうちのひとつであることに気がつくのであった。そして、未来からも過去からも今からも逃れようと立ち上るひとつの気泡を男は目で追っていたが、それが音もなく水面に吸い込まれたかと思うと、男は世界から消えていた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?