【1分くらいで読める短編(8)】「普通と普通の隙間」

ホームルームが終わって帰り支度をしていると、目の前で音香と夕子が喧嘩を始めた。

私には、夕子が音香から借りた消しゴムをただ返しに来ただけのように思えたのだが、いきなり音香が怒り始めたのだ。

「ちょっと、これどういうこと?嫌がらせ?」

「え、何のこと?」

夕子は戸惑っているようだった。すると、音香は消しゴムの先端を指差してこう言った。

「カドの部分、全部使ったでしょ。あと3つ残ってたはずなのに。」

私には一瞬音香が何を責めているのかわからなかった。

「ひぇ?」

と変な声を出してしまった夕子もまた何を言われているのかわかっていないようだった。ややあって、夕子はようやく

「普通に使ったらそうなるでしょ?」

と答えたのだが、それがまたよくなかった。

「ふつう?人から借りたものは大事に使うのが普通なんじゃないの?悪意がなければ、フツウはこんな使い方しないと思うけど。」

「バカじゃないの?消しゴムのカドくらいで。音香にとっての普通はふつうの人にとってはフツウじゃないんだよ。」

と、二人はたかが消しゴムの使い方のことで互いに罵詈雑言の浴びせ合いを展開していったのだ。

「あの、よかったら私の消しゴムあげるからさ。今日開けたばかりだからまだ新しいし。」

と私が差し出した消しゴムは、カドが2つほんのりと丸みを帯びているようなそうでもないような、中途半端な形をしていた。


それから音香と夕子はしばらくの間まったく口を聞かなかったが、一週間もするとまた元の通り一緒にお弁当も食べるようになった。

でも、学年が上がってそれぞれ別のクラスになると、二人はまた疎遠になり、卒業するまで話しているところを私が見ることはついに一度もなかった。


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