【1分(〜3分)で読める短編(5)】「雨、気まぐれに降り、置き去りの傘と僕。」

雲行きが怪しいな。と父親がやけに真面目ぶった顔で言うので、雲一つない空の下、僕はビニール傘を持って登校した。

大方、天気予報士の言ったことを父親があたかも自分の予報のように言い直しただけだろうと思っていたが、周りの誰も傘を持って来ていないところを見ると、どうやらそうでもないらしい。

晴れた日に自分一人だけ傘を持って歩くなんて、と父親を恨めしく思いながら歩いていると、ふと見上げた青空に場違いにぽつりと浮かぶひとひらの雲にすら親近感を覚えた。しかし歩きながら、傘を目立たないように持つ方法を模索してあくせくしていると、その雲もいつまにやら消えていた。

そのビニール傘は長らく教室に置いてあったもので、もはや誰の物でもなくなっていたある雨の日傘を忘れた僕が拝借したものであった。

もともと借り物であったわけだから、返すにはいい機会だと僕は思い直すことにしたが、教室の傘立てにただ一人きりでぼんやりと立てられたその傘を見ていると、なぜだかそれが他人の傘のようには思えなかった。

帰りのホームルームが終わる頃、急に雨が降り出した。僕の胸が少しだけ高鳴って、僕は傘の方を見た。傘は横目で僕を見ていた。

しかし、結局僕はその傘を使わずに帰った。テスト前で部活もなかったので、近所の友達と4人で帰ったのだが、僕だけが傘を持っているのはやはり気まずいと思った。

ずぶ濡れになりながら帰ると、しばらくして父親がやはりずぶ濡れになって帰って来た。傘を持って行ったのではなかったのかと聞くと、本当に降るとは思っていなかったとのことだった。

僕は、快晴の空の下傘を持って出かけ、雨の降る中傘を置いて帰って来た今日の一日を不思議な気持ちで思い返していた。そして、また教室の隅で忘れ去られて行くであろうビニール傘のことを想った。

雨は明日一日降り続くらしい。と父親が言った。僕はまた別の傘を持って出かけるのだろうなと思いながら布団に入った。少し胸にざらつきが残っていたが、それも眠ってしまえば忘れてしまうだろう。でも今日のこのざらつきは忘れたくないなと思いながら僕は眠りについた。


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