これってホントは、どんなあじ?〈前篇〉はコチラ 甥っ子の右腕を掴み、肘を直角に曲げさせ、掌を空に向けて目一杯広げさせる。ダウンジャケットを着ていてもなお、やはり細く、軟弱な前腕を掴みながら、空いた方の手でバスケットボールを彼の掌に載せる。 「わ、わぁあ……おちた。おっきいよこれぇ」 この子の手に対して、6号球は大きすぎた。その上ワンハンドショットの要求は無理難題か。 「いいか、秋(しゅう)、こっちだけじゃなくて左手で支えるんだ」 俺は、秋の手から転がってゆくボ
最初に潰したのは、てんとう虫だった。 それまでにも、歩いていてたまたま蟻を踏み潰してしまったり、何の気なしに座ったソファにポップコーンの粒があって、お尻で粉々にしてしまった事はあったかもしれないが、潰そうという意思をもって、故意的に潰したのは、黒の地色に赤い斑点が一つだけ付いたてんとう虫が最初だった。 家の裏にある竹林で、人差し指に留った、小さな小さな黒と赤の光を纏う粒を、親指で押して、潰した。プチッという小気味いい破裂音、刹那、目を見張るほど鮮やかな黄色い液体が
「オーナー。24日、私休みですか」 12月になって急に日が短くなった。オープン2時間前ともなると、昼間のぴんと張り詰めた青の空は滲む。柔らかく。薄暗く。でも、雑居ビルの地下にあるこの店には関係が無い。 バックヤードで着替えを終えた私は、ひとりカウンター席に座りマックブックを開いてキーボードを叩くオーナーの左耳を見つめながら、訊いた。着替えといっても、黒のワイシャツと黒のスキニーチノは家を出る時から着ていて、マフラーをとり、ダウンジャケットを脱ぎ、ワインレッドのカフェエ