第17話 ロケ番組
のどかな田舎町。青い空に刷毛で描いたような白い雲が一筋流れる。大正時代の名残が残るレンガ造りの町役場の前で、ロケクルーがせわしなく準備を進めていた。
「麻生カナコさん、入られまーす!」
ディレクターの声が響き、準備をしていたスタッフが手を止めて声のする方にあいさつをした。
「おはようございます」「おはよーざいまーす」「おはようごz「お早う御座います!」
大小高低入り乱れたやまびこがこだまする中、白いワンピースを着た20代くらいの女性がにこやかに会釈しながら椅子に座った。
「麻生さん、おはようございます!私、この番組『田舎に乾杯』の担当ディレクターの佐藤です」
90度に腰を折り曲げてお辞儀する佐藤。
「いやぁ、まさか朝ドラ女優さんに出ていただけるなんて!これは永久保存版ですね!!」
わかりやすい揉み手でゴマをする佐藤。
「ありがとうございます」
麻生カナコは入ってきた時と同じ笑顔で会釈して、それに合わせてつばの大きな女優帽が大きく揺れた。
「あの、ディレクターさん」
「佐藤です!」
元気に返事をする佐藤。
「すみません…。申し上げにくいんですが、私この番組を観たことがなくて…」
「観たこと…」
凝固する佐藤。
「本当にすみません」
「あ、いえいえいえいえ!!謝らないでください!麻生さんは何一つ悪くないですから!なんせこの番組、観れないので!」
「…観れない?え、っとどういうことですか?架空の番組…?」
「あ、その、有料配信でもドッキリ用の偽番組でも佐藤の自己満ホームビデオでもなくって、ちゃんとした田舎ぶらりと地酒を楽しむ1時間番組なんですけど、」
一息おく佐藤。
「ラジオ、なんです」
「あぁ…」
「訝しいですよねぇ。あ、でも一応全国放送でして……AMの…毎週月曜の…朝4時から1時間…」
徐々に声がフェードアウトする佐藤。
「…はぁ」
「訝しいですよねぇ。あ、でも漁師さんとか農家の方って朝早いですから聴取率は結構いいんですよ!ここ3か月の平均で、36%取ってます」
サムズアップする佐藤。
「訝しいですよねぇ。ラジオの聴取率とかよく分かんないですよねぇ。あの、テレビの視聴率換算で、36%です」
サムズアップに両眉も上がる佐藤。
「佐藤D、そろそろ…」
スタッフの一人が駆け寄って来て佐藤に耳打ちした。
「では、ロケの流れを説明しますね。まずはこの町役場前でオープニングを撮りまして、そこから徒歩で桃農家の田中さん家に行きますぅっ。そこで収穫体験をインタビューをしていただきますぅっ」
ロケ台本を片手に弾むように話す佐藤。
「それから田中さんの紹介で桃祭保存会の会合に行きましてっ、そこで桃祭の盆踊りを教わりますぅっ。その後今夜ですね、実際のお祭会場で踊りを披露、最後に保存会の皆さんと田中さんの桃を使って作った地酒「桃元郷(とうげんきょう)」で乾杯、という流れになっておりますぅっ」
声だけでなく体も弾ませて話す佐藤。遠慮がちに麻生が口をはさんだ。
「あの…」
「あ、訝しいですよねぇ。ラジオで、しかもAMですもんねぇ…。分かりますよ!」
麻生に話す暇を与えない佐藤。
「そうですよねぇ!ラジオだから、ぶらりも踊りもゴクリも伝わらんだろうと。分かります!分かりますよ!!」
麻生を手で制して一方的に話し続ける佐藤。
「でも意外といけるんですぅっ。今までで一番聴取率取った回が、…あれ、5年前だったかな?港町の漁師さんが山奥の寺に籠って油絵を描いた回で…確か68%とかだったかな?」
近くにいた別のスタッフに確認する佐藤。
「えぇ、もちろんテレビの視聴率換算で68%です!あの回、スタッフが集団食中毒で誰もロケ行けなくて、その漁師さんが自分のスマホで録ってくれたんですよ」
「…」
「訝しいですよねぇ。じゃあスタジオで台本読んだの録ればいいじゃん!って思いますよねぇ。でもね、ロケじゃないと録れない音があるんですよ!鳥のせせらぎ、集まって来た野次馬…ごほん…群がった地元の人たちの声、今時珍しい横断歩道の「とおりゃんせ」、保存会のおじさんの痰が絡んだ喋り方…佐藤はそれが大好きなんです!」
熱がこもる佐藤。
「こののどかな田舎町に麻生さんの素敵なお声、透明感のかたまりみたいな美しいお顔、線の細い華奢なお体、スキャンダル知らずのクリアなお肌…。絶妙of the 絶妙に合うと思うんです!なのでどうか帰るとか言わずに桃農園で桃踊りしましょうよう!!」
麻生の1万歩以上前方を先走る佐藤。
「透明感…?いえ、あの、そういうつもりは一切なくて、その…今夜は雨が降るって聞いたんで心配だなと思って…」
やっと巡ってきた自分のターンなのに「それ位はカメラがないから分かってる」とは口にしない麻生。大人である。
「あ!…それは大丈夫ですはい!建物の中なんで!」
一瞬固まるも、すぐに取り繕う佐藤。これもある意味大人である。
「ではそろそろ収録始めましょうか。各所スタンバイ!!」
「はいよー」「オッケーでーす」「はーい」「はー「了解」「オー!」
三々五々に声が飛ぶ。佐藤はビニールテープで作ったバッテン印のバミリまで麻生を誘導した。
「そういえば麻生さん」
「はい?」
「佐藤、非常に申し上げにくいんですが、麻生さんの出てらっしゃった朝ドラを拝見してなくてですね…あの、不勉強で申し訳ございませんが、何というタイトルの作品なんですか?」
「2019年春の、」
「えっ!?「なつぞら」ですか!?」
「…はい」
「ん?「なつぞら」って確か広瀬すずさんじゃなかったっけ…?」
「いえ、「懐かしいなと思って広げたアルバムが気付けばぞらっと並んでた」。略して「なつぞら」です」
「はっ!?」
「元町ラジオ AM20.3で、月曜から金曜の朝8時~9時」
「…」
絶句の佐藤。
「私、朝のラジオドラマ主演女優なんです」
優雅にお辞儀をする麻生。
「…だから、”ラジオの”ロケ番組って聞いてもそんなに驚かなかったんだ……」
ピーヒュルルルル…と、とんびが飛んだ。
<END>
2019年12月4日 UP TO YOU! より
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