見出し画像

第13話 自分探しの旅

注文したキャラメルラテを手に私が席に着くのと、正美が店に入ってくるのはほぼ同時だった。5分もしないうちに正美も注文を済ませて、アイスコーヒーを持って私の正面の席に座った。
ふぅ。
私は一つ息を吐いて、正美に話しかけた。
「正美、今日も急に呼び出してごめんね。…正美は私が悩んでる時、いつも側にいて私の話を聞いてくれてたから。私の覚悟も伝えられると思って…」
私は、緊張を隠すように、キャラメルラテを一口飲んで、思い切って切り出した。
「驚かないで聞いてね。私…。私、自分探しの旅に出ることにしたの!」

ちゃんと正美の目を見て伝えようと思ったけど、いざ言葉にしてみたら事の重大さに押しつぶされそうになっていて、どうやら私は目をつぶっていたらしい。閉じた目を開けると正面に座った正美は、ストローの紙袋を開けてアイスコーヒーをかき混ぜながら、
「あ、そう」
と短く答えただけだった。驚くべきことに、私の人生を左右するような重大な告知をしたにもかかわらず、正美の表情を見る限り一切の驚きがない。「驚くべきことに」、正美は「驚いていない」なんて、国語の先生が一斉に首をひねりそうな日本語の使いようだ。

「自分探しの旅だっけ?うん、いってらっしゃい」
「…正美?何でそんなにあっさりしてるの?」
「何でって、行くと思ってたから。自分探しの旅」
「えーっ!?」
これは驚いた。正美は未来が見えるんだろうか。私の一大決心を予測していたなんて。
「何で?私、言ってたっけ。言ってなかったよね?」
「うん。言ってない」
「え、じゃあ何で分かったの?」
正美は少し眉をひそめて1秒ほど思案すると、「順当」と言った。
「順当…?」
「だってあんた、毎晩毎晩長文LINEで相談してくるんだよ。そりゃ確かに比較的深刻なのもあったけどさ、ほとんどは要約すると”私なんていない方がいいよね”っていう、実際は1ミリも思ってないことをのたまって心配してほしいアピールやら、私病んでますアピールやらを振り撒くだけ。こういう女って、ある程度のタイミングに達すると、大体インドに自分探しに行くものなのよ。で、正式に呼び出し食らったから、あぁ今日あたり「自分探しの旅に出る!」って言いだすんだろうなって思ったわけ」
「へぇ…そうなんだ。悩んだら自分探しの旅に出るのって、義務付けられてたのね。しかも、行き先まで」
「どうせあんたもインド行くんでしょ?」
「ううん、まだ行き先決めてなくってさ…。今日は、その、どこに行ったらいいか相談したくて来てもらったの」
正美は、それはそれは大きなため息を吐いた。
「ため息、デカくない?」

正美はトートバッグから一冊の本を出してテーブルに置いた。
「何?これ」
「地図帳」
「地図帳?」
「今言ったけど、あんた前から旅立ちフラグ立ててたから、いつ言い出してもいいように常備してたの。これで、トゥルルルル…ってめくって、ヤー!って指さしたところに行ったらいいんじゃない?」
「…さすが、正美!いつも私のこと考えて、準備してくれてたなんて、さっすが親友!もう正美なしじゃ生きられないかもしれない!」
地図帳を抱きしめる私を、正美は刺すような目で見守ってくれた。
「でもさ、そんな、トゥルル…ヤー!で決めたところで本当の自分、見つかるのかな…。第一、私その「トゥルル…」部分で大切な巻き舌できないし…」
正美は、それはそれは大きな舌打ちをした。
「どうしたの?正美」
「いや、なんでもない。ほら、早く決めな」
「うん。やってみる!」
私は正美の地図帳を勢いよくめくった。
「とぅるーぅぅるーぅぅう…
ダメ。全然できない…。私、正美みたいにきれいに巻き舌で「トゥルル…」ってできない!こんなに簡単なこともできないなんて、私、やっぱりいない方がいいのかな?」

パァーンッ!

正美は私に平手打ちをした。そしてニコッと微笑んで
「ほら、早くやりな」
と、地図帳を指した。
「う、うん。…とぅるーぅぅるーぅぅう…ヤー!」
私は目をつぶって地図帳をめくり、開いたページの適当なところを指さした。そして恐る恐るその指さしたところを見る。
「パリ。よっしゃ!行ってきます!」

パァーンッ!

二発目。
「何で!?だって見てこれ!パリだよ?美味しいものいっぱいだし、何より超映えるし、行くしかないじゃん!」
「だからダメなんだって。パリなんか、100%観光目的じゃん。はい、次」
「えー」
パリ、行きたかったのにな。私は渋々地図帳を閉じてまたルーレットした。
「とうるぅぅぅー…ヤー!」
私が指さした場所は、「マイアミ!やった!行ってきます!」

パァーンッ!

「何で!?だって、マイアミだよ?ビーチ超映えるんだよ?えー、ビキニ新しくしないと…」
パァーンッ!
「ごめん、今のは確信犯。でも、マイアミ、ダメ?」
「マイアミこそ自分探しに向いてない場所だよ?パリと同率1位で映え目的で観光する女が集う場所なんだから。はい、次」
「えーん…」
私は三度、地図帳のページを弾いた。
「とーうどぅどどどーう…ヤー!」
さっきよりも長めにめくって指さした場所は、「能登!OK!行ってき…能登!?」

パァーンッ!

さっきよりも強い衝撃。正美は拳を握っていた。
「え、今のは本当に何で?」
「ごめん、お約束」
私は地図帳をのぞき込む。能登って、どこ?
「あー、石川県の先っちょか…。うーん、何もないからパス。次」
パァーンッ!
「何で!?だって、能登だよ?多分何もないよ?行ったとて、だよ?こんなのパスじゃん、パス」
「能登、ウチの母の地元」
「え?そうなの?じゃあ、いろいろ教えてよ!観光地とか、おいしいご飯屋さんとかさ。今度二人で行こ?」
「二人で?」
「…私、いろいろ悩んでたけど、やっぱり正美と話してる時が一番楽しいなって思ったの。だからウジウジするのやめてもう少し頑張ってみる。正美、ありがとね」
「あ…うん」
私は、少し溶けたキャラメルラテを飲んだ。何だか俄然やる気がわいた気分。
「よーし、じゃあ早速準備しないとね」
「準備?」
「うん。だって私、正美と能登に行く前に、パリとマイアミまで自分探しに行かないといけないからさ!」

パァーンッ!

<END>
2019年10月13日 UP TO YOU! より

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?