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第38話 大学デビュー

茶色を基調としたチェックのワンピース、茶色のショートブーツ。丸いベレー帽からは三つ編みにした黒い髪が2束。
少女は両手を後ろで組んで、一歩一歩跳ねるように歩く。

田舎の高校を卒業して、今日からついに都会の大学生!…はぁあ…。ここが新しい学舎かぁ
。ステキ…。一体どんな出会いが待ってるんだろう。楽しみ!
…きゃあっ!

何かに躓く少女。見ると、青々と繁った芝生の中庭で、一人の青年が、両手を頭の後ろで組んで仰向けに寝転がっていた。

あ、ごめんなさい!気持ち良さそうにお昼寝されてたのに起こしてしまって…。
私、今日この大学に入学した、文学部1年の園田美緒(そのだ みお)って言います。今、このキャンパスを散歩してて…。えっ?案内してくださるんですか?私が危なっかしいから?…んもぅ!…ふふっ、ありがとうございます。では、お言葉に甘えて。

寝転がっている青年を両手で引っ張り起こすと、青年は大きく伸びをして、少女に手を差し出す。その手を取り、2人は桜の花びらが舞うキャンパスを跳ねるように歩き出した。


………
……

「っとまぁ、こんな感じで大学デビューしよ思てんねん!」
空想の青年との出会いをひとしきり演りきった園田美緒は、アイス片手にその一部始終を見ていた親友 竹岡悦子(たけおか えつこ)の方を見た。
「ほんでこの後な、昼寝してたこの同じ文学部3回の先輩と仲良ぅなって、んで、結果付き合うーみたいな流れやねんけど」
「あー…」
呆れ顔の悦子を見て、美緒は大きく手を振った。
「大丈夫!えっちゃんが言おうとしてることは分かるで!確かに、ちょっと自分のこと、盛ってる。だってうち、今までの人生で一回も「きゃあっ!」とか言うたことないもん。基本「うぉっww」って言うてる」
「いや、そこじゃないねん、みーちゃんが盛ってるとこ」
「ん?」
「みーちゃん、文学部ちゃうやん。工学部やん」

「…うん。めっちゃ理系の工学部。いや、でもこの感じのファッションやったら文学部が一番似合うやん。こういう大正レトロ系のファッションで、しかも名前が「園田美緒」って、これもう文学部要素しかないやん。文学部ですよ!感がめっちゃ出てるやん。しゃーないやん。それくらいは盛らしてや」
「でも学生証見たら一発でバレるで」
「えっちゃん…」
悦子にすがり付く美緒。
「工学部のさ、機械工学科ってさ、一日中作業服なんやで?女子も少ないしさ。そこでモテるって、ヲタサーの姫枠しかないやん」
「それでええやん」
我関せずと、アイスをかじる悦子。
「違…、そうじゃないんよ。そういうところにさ、こういう清楚系の凛とした乙女がおったら、これはもう間違いなくモテるやんか。なぁ?」
「そうなん?」
「そう!絶対そうやの!」
悦子の両肩を揺さぶる美緒。悦子は持ってるアイスを落とすまいと懸命に耐える。
「ええけどさ、まだ他にも盛ってるやん」
「そうやっけ?」
「みーちゃん、田舎の高校からーとか言うてるけど、バチバチの大阪人やん」

「…いや、それもさ、田舎から都会に出てきたって設定の方が可愛いやんか。それにうち、島出身やし」
「島?あんた、生まれも育ちも梅田やろ」
「違いますぅー。中之島ですぅー」
「一緒やん。それ、梅田やん」
「梅田から一駅離れたら、そこはもう田舎でええやん」
「ええかい。高層ビル郡の田舎がどこにあんねん。中之島で田舎やったら都会の基準ラスベガス位光ってなあかんやんか」
「…そっか」
「あとな」
悦子は、もう一口アイスを食べてから言った。
「今日び、こういう系のキャラ作っていく奴は超しんどいで」

「…え?」
「男ウケ狙いすぎててしんどい」
「男ウケ?いや、こんなん男女問わずウケいいやんか」
悦子は両眉をこれでもかとひそめて、美緒をまじまじと見つめた。
「え…何よ。大正レトロ系やで?万人ウケするやん。それにな、うちこういう系でいくって決めたからめっちゃ勉強したもん。標準語とか、ポーズとか」
そう言って、冒頭の空想の世界の歩き方を再現する。一歩一歩、跳ねるような足取り、腰のやや後ろあたりでぷらぷらする腕、ペンギンのポーズのように外はね状態で固定された手首。
「うん。それが気に触る」
「ドストレートやな。いや、うち別に狙ってやってるとかそういうつもりは…あるか」
悦子の重たいため息。
「えー、じゃあどうしよ」
「どしたん?」
「うち、こういう感じで大学デビューするって決めてたからこれ以外のパターン何もないねん」
「ええやん、家にある服テキトーに着て行ったら」
「無理や」
「何で?」
「これと同じワンピースあと5個買うててな、他全部捨ててん」
「はぁ!?え、毎日こればっかり全く同じの着て行くつもりやったん!?」
「あと5個あるって言うたやん。洗い替えで着回すんやんか」
「同じの5個やったら見てる側は1個着回しと一緒やで」
「…はっ!!」
頭を抱える。

溶けかけたアイスの最後の一口を食べ終わると、棒を眺めながら悦子が言った。
「最後にもう1個、あかんとこ教えたるわ」
「…えっちゃん、もう'あかんとこ'って言うてもうてるやん…。え、何?」
「ワンピース、ちょっとめくってみ」
「えっちゃんのエッチ!エッチちゃん!」
「黙れ。早よ、…いや、フルオープンにせんでもええねん。ちょっとだけ」
言われるがままに、ワンピースを膝のあたりまでたくしあげる。
「みーちゃん、ワンピースの下、体操服の短パン履いてるやん」
「あ…」
「な?」
「うん。清楚系、やめとくわ」
「そうしぃ」
「清楚系諦めて、姫系でいってみるわ」
「はぁ?それは無理!」
「何で!?」
「うちと被るやんか」
「…あぁ」

大正レトロな茶色のワンピースと、リボンとフリルとレースがたっぷりのピンクのドレスの間を、3月の風が吹き抜けていった。


<END>
2021年7月3日  MEKKEMON より

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