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第2話 緊急閣議

秒針が12を指し、壇上の女が一礼した。「定刻になりましたので、これより緊急閣僚会議を行います。進行を務めます、内閣官房長官第一秘書の山下です」

山下は再び礼をして室内を見渡した。総理大臣をはじめとする各大臣、そして各省庁の幹部たちがずらりと並ぶ。異様な空気が漂う。
「本日の議題は、3週間後に迫ったドイツ・フランクフルトでの国際サミットについてです。まずはこちらをお配り致します」
B4サイズの紙が手から手へと配られる。
「…行き渡りましたでしょうか?」
紙が擦れる音に混じって、あちこちで起こる男たちのボソボソとした囁き声。山下はため息をつきながら一角を指し、大きな声で言った。
「外務大臣、お静かに!…財務大臣もノらないでください!いいですね?」
両手を腰にあてて諭す。山下は壇上に戻ると今配った紙を横長に持って、
「では、今の紙をまず、こう、縦に半分に折って」
縦半分に折って見せる。上から下へ。室内に紙を折る音が響く。
「そしてもう半分に折ってください」
次は横に半分。紙は4つ折りになった。
「よし」「できたー」「これであってる?」
飛び交う声に山下は笑顔で頷く。
「こちら、今回のサミットのしおりです。なくさないように、ちゃんとこの表紙のところに名前を書いてください。…ほら、書いてください?いいですか?」
黙々と紙を折り、名前を書く。
「ちなみにこの表紙の「フランクフルト国際サミット」の字ですが、今回も総理が書いてくださいました。見事な毛筆ですね」
名指しで褒められた総理は、薄くなった後頭部をポリポリとかきながら照れた。

「では、表紙をめくって下さい。1ペーシ2ペーシ目です。ここには今回の行程が書いてあります。当日は、8時30分に空港集合です。遅れないように」
すると、総理がおそるおそる手を挙げた。
「あのぅ…」
「はい、総理」
「この8時30分って、午前…ですか?」
「ええ、午前です」
「ちょっと早すぎないかな…?」
「いえ、早すぎません。7時に起きたら充分間に合います」
総理は、7時…と呟きながら椅子にもたれた。山下は説明を続ける。
「えー。前回、シンガポールでの会議の際に、飛行機の中でうるさくしたり歩き回ったりしていた人が、何人か、いてました」
途端に室内がざわつく。
「本当です」
山下が残念そうに頷くと、外務大臣が立ち上がった。山下は慌ててそれを制する。
「外務大臣!実名を出さない!」
山下はまたため息をつく。
「…確かにその方々は皆さん辞職されましたが。飛行機は他の一般のお客さんも乗っておられます。機内だけじゃないですよ?我々がお世話になるホテルやレストランも、使うのは我々だけではありません。他国の方々、一般の方々ももちろんおられます。国の代表としてちゃんとマナーを守って、迷惑をかけないようにしてください。
それから、道を歩く時はちゃんと二列で白線の内側。いいですね?」
揃った「はーい」の返事。山下はしおりのページをめくった。

「3ペーシ目は持ち物です。奥様や秘書に頼らず、ちゃんとご自身で用意してくださいね。向こうに着いてから「あれがない!」と言われても貸したりできませんから」
所々から「えー」と非難の声が挙がる。山下はそれらを黙殺して説明を続けた。
「パスポート、会議の資料、しおり、」
ここで手に持っているしおりを掲げることを忘れない。しおりは序列第三位で必要なものだ。
「筆記用具、着替え、ハンカチ、はなかみ、水筒、雨具、履き慣れた運動靴…」
財務大臣が手を挙げた。
「あの、おやつは消費税込み?込まない?」
「おやつは消費税込みで2000円までです」
「えー!?少なすぎる…」
「文句言わない!第一、消費税決めてるのあなた方でしょう?」
財務大臣は黙って座った。
「それから、SPはお1人につき3人まで。いいですね?」
すかさず外務大臣が手を挙げた。
「妻はSPに入りますかー?」
あまりに馬鹿馬鹿しい質問に、山下は本日最大のため息をついた。
「奥様はSPに入りません!そんなこと言ってたら、また不信任決議案出されますよ!?」
総理がまた手を挙げる。
「向こうのお金って何ですか?」
「ユーロです」
「両替って、いつやったらいいですか?」
「両替の時間は取ってないので、各自でご準備ください」
答えながら手元の資料に目を落とす。そして総理に笑いかけた。
「ちなみに今、ユーロ買い時ですよ」
「やった!」
小さく喜ぶ総理。
「総理、カードじゃなくてキャッシュ派だったんですね」
「外国のコインってかっこいいもん」
「…他にご質問は?」
改めて室内を見渡す。もう手は挙がらない。
「では当日朝8時30分。遅れないように、忘れ物しないように、しっかり準備して来て下さいね。あと、不信任出されないように」
この一言で何人か震える人がいる。でも山下には関係ないことだ。
「それではこれにて緊急閣議を終わります」
深々と礼をした。出席者が次々に部屋を出ていく。山下はその集団に向かって叫んだ。
「外務大臣!早速しおりを忘れてます!」

〈END〉
2019年6月20日  MEKKEMON より

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