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第4話 特攻服のリコ

午前8時45分。とある中学校の職員室で、メガネをかけた男子生徒がパイプ椅子に座って所在なげにしている。まだ大きい詰め襟。きっと1年生だろう。慌ただしさが過ぎ去った人気のない職員室で、キョロキョロと緊張した面持ちでいる。
すると突然、バーン!と大きな音をたてて職員室の扉が開いた。男子生徒は思わず肩をビクッとさせる。
「坂下ー?」
ズカズカと入って来たのは、ピンクの長い学ラン─特攻服を着た、金髪の女だった。

女は職員室をざっと見回して探してる人物がいないのを確認すると、隅の方でポツンと座っているその男子生徒の方へ、ズカズカと大股で歩いてきた。
「なぁ、メガネくん!」
女は近くのキャスター付きの椅子を引き寄せて、またがるように座った。背もたれに顎をのせて話しかける。
「あんた、うちの学校で見ぃひん顔やけど、誰?」
男子生徒が慌てて返事をしようとするのを遮って話し続ける。
「自分も職員室に呼び出しくらったんや。リコ、学年主任の坂下に呼ばれててさ」
「あ、ぼ…僕も、です」
「え、自分もなん?ふーん」
くるーっと椅子に座ったまま回って、その女 リコは、
「な、暇やしちょっと喋ろーや」
男子生徒の緊張の色が濃くなる。
「で、自分何やったん?」
いや、僕はその……と言おうとするのを手で制して、
「あ、待って。リコ当てるわ。…教室鍵かけて電気消して立て込もって授業すっ飛ばした主犯ちゃう?あれさ、めっちゃ楽しない?何かワクワクするし、組の一体感高まるっていうか。リコ、あれめっちゃ好き」
男子生徒はかろうじて首を横に振った。
「あ、違うん。えー、何やろ…。自分みたいな理系顔のメンズって、あと何やるん?
アルコールランプのアルコール一気?やめとき。あれ、おいしくないから。せや、試験管に線香ぶっ込んで燃えさすの楽しない?あ、ガスバーナーで机炙るんは楽しいよなー。分かるー。リコ、一回ガスバーナーとアルコールランプコラボさして消防車呼んだことあんねん。ヤバイで。めっちゃ、火ぃ出よる」
リコはケラケラ笑う。男子生徒はおそるおそる話しかけた。
「あの。僕、何もしてないです。教科書もらいに来たん…です」
「教科書?え、パチられたん?やったらリコに言って。そいつにケジメつけさすから」「あ、いや、取られた訳じゃなくって」
「ちゃうん?じゃあええけど」
リコはまた、キャスターつきの椅子でくるーっと回った。

男子生徒は、気になっていたことを恐る恐るリコに尋ねた。
「あの、その服って…」男子生徒が指さしたのは、リコが着ているピンクの特攻服。ショッキングピンクの長ランで、背中に’総長’、裾に’理’と大きく刺繍されている。男子生徒の指摘にリコの顔色がさらに明るくなった。「あ、これ?めっちゃカッコよくない?気合いバチバチに入るでさ」
「いや、でもさすがにちょっと…」
「は?え、だってここ私服アリやし。リコは着たい服着て通ってるだけ。別に迷惑かけてへんからええやん」
リコはため息をついた。しまった。特攻服を着ている人なんておっかない人しかいないのに、そのおっかない人を不機嫌にさせてしまった。男子生徒は俯いた。
リコが舌打ちをする。男子生徒は思わずビクッとした。
「てか、坂下遅くない?」よかった、僕のことじゃなかった。
「リコ、総長やのに組の集会抜けて来てんねんか。マジでだるいねんけど…。ちょ、拒否権無しで聞いてや!」拒否権無し。聞かないと大変なことになりそうだ。
「うちの組、個性バラバラでまとめんの超しんどいねんか。ほんま、ここだけの話やねんけど、」リコが声を潜める。「うちの組、回収率めっちゃ悪いねん。だるない?」
’回収率’って、何を回収するんだろう。男子生徒の頭の中に一瞬、アウトローな何かがよぎった。リコはびくびくする男子生徒を気にすることなく独り言を呟く。
「マジ、全員ケジメ入れたろかな、ほんま…。このタイミングで新入りとかマジでだるいし…」
特攻服のポケットをゴソゴソさせ、リコは口に手を当てて大あくびをした。「はぁー…」リコの指の間から白いものが見えた。男子生徒は慌ててリコの手を掴んで言った。
「た、たばこダメですよ!職員室、火気厳禁だし、まず未成年は吸っちゃだめです!」
「何何何っ!?火気厳禁?知ってるって!びっくりした。タバコちゃうってチョークやって。ほら」
リコが差し出した手には、白いチョークが乗っている。
「チョーク?…何でそんなの持ってるんですか?」
「何でって、言わんかったっけ?リコ、ここの理科の先生やもん」
「…え?」

職員室の扉が開いて、50台半ば位の男が入ってきた。
「坂下来た!」
リコはその男、坂下に「遅いって」と言うと、男子生徒の肩を優しく叩いて、
「よかったな、メガネくん。新しい教科書やで。もしまたパチられたら言うて?リコ、パチった奴ケジメとして校庭で2時間等速直線運動さすから」
そして坂下に歩み寄った。
「で、何?リコ、ホームルーム抜けて来てんけど」
「何って、朝の職員会議聞いてなかったのか?彼が、君のクラスの転入生だ」
坂下は男子生徒を指した。
「あー!この子?OK、任せといて」
リコは坂下に手を振ると、男子生徒の目の前で仁王立ちした。後ろ手に組んで胸をそらせ、大きく息を吸う。そして、
「一つ、遅刻しないこと。一つ、提出物の期限を守ること。一つ、死ぬ気で青春すること」
腹の底から職員室中に声が響く。
「これ、うちの組の掟。破ったら問答無用で、校庭2時間等速直線運動上等やから。守れっか?」
男子生徒はカクカクと頷いた。
「は…はい」
「よーし。1年4組担任改め総長 山川リコ。夜露死苦!」

どうやらとんでもないクラスに転入してしまったみたいだ。

<END>
2019年7月5日 UP TO YOU!  より

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