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拙作語り㉚~恋模様あれこれ@『Secret Base』

高校のサイエンスクラブ構成員を中心とした、一次創作短編連作小説『Secret Base』。
今回は、未掲載のこまごまとした恋愛模様の一コマ的なものを集めてみます(「まだコレがあったか…」的に、何より筆者が驚いた:自爆)。

飛鳥と魅羽

大学進学以降の二人を書いた箇所が、とくに番外編に多くあり。
この二人の関係も、それなりに揺れがあるんだなと…飛鳥あすかのほうが大人というか冷静で一歩退くことが多いから、喧嘩にならないだけなのだろうと。
そんな飛鳥も、だいぶ手厳しいことを言う(苦笑)。飛鳥モノローグ(過去記事「拙作語り㉑」に再掲済)で語られた一件の魅羽みう視点語りが、以下にあり。

 結局魅羽に押し切られ、自宅に招待することになってしまった飛鳥。しかし彼の両親はなぜか大喜びの様子だった。
「いやあ、意外だねえ。こんなモデルさんみたいな可愛い彼女なんて、いつの間に作ったんだ?お前」
 文化祭の打ち上げ、卒業式のあと。二枚の写真を見ながら、父が笑顔で語る。
「見た目に騙されるなよ、親父。彼女は『雲井の雁』なんだから」
 雲井の雁…源氏物語に登場する、光源氏の子息・夕霧のいとこで妻。夕霧は、彼女のことを養母である花散里に「『姫君』なんて可愛い女じゃありません。鬼のようにタチが悪いんですから…」とか語っているのである。より詳しいところに関しては原典を読んでください。閑話休題。
 父親が若い女の子を連れてこられて嬉しいのはまだ理解できる。だが、母親は……
「なんでおふくろまでそんなに浮かれるんだって。息子が他所の若い女にとられて寂しいとか思わないの?」
 母親にとって、息子は自分の腹を痛めて産んだ『血の繋がった異性』であり、そのかける愛情は計り知れないもの。息子が生まれてから女房が冷たくなったと嘆く旦那衆も世の中には少なからず…な、はずなのだ。
「えー?だって、ほんとはもう一人くらい…女の子も欲しいと思ったのに、あなた一人で諦めざるをえなかった事情がうちにはあったから。お母さんと仲良くしてもらえるかなあ、楽しみ楽しみ!」
 天賦のものなのだろうか、魅羽は何かと困ったところもある性格もちだが、多くの人に好かれる得なタイプであるらしい。
「ねえ、飛鳥。彼女は一人っ子?」
「いや。兄貴が居るって…」
「そっか。なら心配ないんだ」
 母親の言葉に、冷や汗をかく思いで彼が訊く。
「おふくろ。何か、先走ったこと考えてない?」
「可能性がゼロではない以上、ねえ…。それに、あなた。夜に彼女を自宅に呼ぶなんて、そもそもどういう了見なのよ。天体望遠鏡なんて買ってダシにして」
「なんだよ。自分たちだって『そういうものに使うなら』って入学祝で買うの即OKしたくせに」
 そんな受け答えがしばらく続いたのち、彼の両親は息子のカノジョの訪問を快く了承したのであった。 
 
 今年のゴールデンウィークは祝日の合間(つまり、4月30日~5月2日)が土日にかからず、分散した感がある。その、土日・祝日に挟まれた平日こと4月28日の宵の口。スポーツバッグに一泊分の荷物を詰め、魅羽は東大通ひがしおおどおり沿いのコンビニで ある人物を待っていた。
「神足さん、だよね?」
 五十過ぎと見えるほどの男性に声をかけられ、笑顔で答える。
「はい。お父さんですね?はじめまして」
 若い女の子に『お父さん』と呼ばれたのが嬉しかったのか、飛鳥の父・隼一じゅんいちは にこやかにうなずいて返す。
「はじめまして。写真で拝見した通りの、可愛らしいお嬢さんだね。正直、うちの息子には勿体ない」
「いえいえ、今は猫をかぶっているだけです」
「そんな冗談も言えるんだ。センスあるねえ」
 おそらくは冗談ではなく、事実である。
「お父さんは、今日もお仕事だったんですか。うちの親父は26日から5月6日まで11連休とか言って、家で寝腐ってたのに」
「うちは基本的にカレンダー通りだからね。こういう機会に年休を取っちゃって大型連休にする人も居るけど…」
 準一はそこで話をひとまず打ち切り、近くに停めていた車のドアに手をかけつつ言う。
「立ち話も何だし、行こうか。さあ、どうぞ」
「わ。お父さんの愛車はランドクルーザーなんですね。アウトドア派ですか?」
「まあね。街の中を走る車じゃないから、この辺運転してると少々気恥ずかしいものだけど」
  *
 石岡いしおか市、八郷やさと地区の住宅街。その一角に建つ五十嵐家に、隼一の運転するランドクルーザーが停まる。エンジン音を聞きつけ、飛鳥の母・美苑みそのも姿を見せる。
「いらっしゃい、神足さん」
「はじめまして、お母さん」
 彼女はここでもいきなり『お母さん』である。しかし、美苑はむしろ嬉しげに、
「魅羽ちゃんって、呼んでもいい?」
「ええ、もちろんです!」
 額を押さえながら、飛鳥もようやく玄関に現れる。
「でも、よく両親何も言わなかったな…この外泊」
 高校生すらデキ婚することもあるこのご時勢とはいえ…。彼はとりあえず、思ったことを素直に述べた。
「『一人暮らしのところに転がり込むんじゃなくてご両親も居られるというし、何かあっても筋を通してくれるんなら…ちゃんとオトシマエつけてくれるならいい』って」
 笑顔で言うことじゃないだろう、と彼は思ったが、彼の両親は気に留める様子もない。
「面白いことを言う子だねえ」
などと暢気に笑っていた。
  *
 夕食を済ませ、二人は屋上にのぼる。
「個人向け一戸建て住宅で屋上付きとはね…」
 感心したようにつぶやく魅羽に、飛鳥が横目で足元に並ぶプランターを眺めつつ返す。
「色々出来て、けっこういいだろ?ま、考えたの俺じゃないけど」
 話の発端となった天体望遠鏡と共に、二人並んで夜空を見上げる。
「5月10日頃の20時とは、4月の終わりだと21時近くの空が星座の位置が同じなんだね」
 星座早見盤を懐中電灯で照らしつつ魅羽が言うと、
「そういうことになるね…でも、それがどうかした?」
 飛鳥は不思議そうに問いかける。
「全ての始まりは、三年前のあの日だったから…あの空にまた会えたらと思っただけ」
「ああ。けど、残念だったね。あの時とは色々と違うよ…特に惑星の配置がね」
「惑星が、か」
「そう。あの時は、確か西のふたご座の近くに土星が…南のおとめ座のところに木星が良く見えた。今、西のふたご座のところに見えるのは火星…一等星に近いっていうから、かなりの明るさだね。土星は南天のしし座…α星・レグルスの傍に、木星は真夜中に東から昇ってくるって」
「予習に抜かりが無いのは相変わらずなんだね」
「相変わらずって…そんなことないさ。時ってのも『行く川の流れ』で…結局、長い年月経てば山や川さえも姿を変えて…そのままのものは何一つ無いんだろうし」
「五十嵐。お前は無常観に染まりきった世捨て人か?二十前の若者の言う台詞じゃないよ、それ」
 会話が途切れる。
 思い起こせば、高校三年生の冬。もっと上を目指せる成績をとっていながら、彼は近場の大学で踏み止まってしまった。
「そこまで安全圏の学校受ける理由って何なの?そんなに浪人すんのが嫌なワケ?それとも何?地域愛ってやつ?」
 志望がこれほどまでに大好きな天文とは無関係な学部・学科と知って、彼女は『嫌な奴』と思われるのも覚悟の上で訊いた。しかし、
「たぶん、お前には分からないだろうから…いいや」
 彼の答えは、それだけだった。
「やっぱ、変わってないよ…本心を見せないところ。掴もうとしても指の間をすりぬけていく風か光みたいな」
 砂ならば少しは手の中に残るだろうが、風や光は何も残さずに去っていくばかり。
 どこか悔しげにそう口にした魅羽に、飛鳥は普段と変わらぬ調子で返す。
「お前だってそうだろ。ほんと、掴みどころが無いっていうか」
「そういう意味じゃないってば。本当のところはどうなのさ?あたしの存在は」
「『お前には勿体ない』とか、『過ぎた彼女だね』って言われるよ」
「第三者目線の意見を訊いてるんじゃない。お前がどう思ってるか…」
 飛鳥は苛立たしげな彼女のペースに呑まれることもなく、静かな口調で、
「俺に何か言わせて安心しようとしてるね」
 一瞬言葉に詰まったものの、魅羽も言い返す。
「その通りだよ。分かってるなら安心させてよ」
 交わす言葉もなく立つ二人の間を、夜風がそっと吹き抜けていく。沈黙の時…おそらくは一分にも満たないはずが、魅羽にはひどく長く感じられた。彼女がその重さに耐えかねたとき、飛鳥のほうから話し出した。
「鬼だ・小悪魔だ・じゃじゃ馬だ・跳ねっかえりだ・蓮っ葉だと色々言うけど、外見そとみは全くそんなことないし…こんな風に不安がる所は女の子だし…憎たらしくもあるけど、当分目を離せそうにないね。人の一生というものが、樹木や山河、星々と比べれば瞬きするほどの短い時間に過ぎないと思えば尚更、同じ時間を傍で過ごしておきたいなと」
「だから…それを一言で表すと?」
「好きだ、ってコトになるかな」
(あたしも同じ…)
 口には出さないまま、天体望遠鏡に添えられた彼の手に、魅羽は自分の手を重ねる。
「それじゃ、天体観測始めるとしようか。こいつをダシで終わらせない為にも」
「…うん」
 うなずいてから、思い出して尋ねる。
「ちょっと。鬼だの蓮っ葉だのって…そんな風に触れ回ってるの?あたしのこと」
「当たらずも遠からず、だろ」
 即座に否定出来ず黙り込み、気まずさをはぐらかすように空へと視線を移す。
 あの日、高校の屋上で見たのとは似て非なる空。つくばの市街地に程近いあの場所よりも、沢山の星の明かりが目に飛び込んでくる。
「あ…流れ星?」
「え?どっちに」
「あっち」
 北東の低い空を指差すと、
「そういや、22日頃に こと座κ流星群が極大だったとか…数日違いだけど、それなのかな」
「ふーん。でも残念。願掛けする暇もなかった」
「お願いしたい事、あったのか?」
「うん、まあ…。でもいいや」
「なんで」
「自分で努力すればいいことだから」
 一番の笑顔で、彼に向かう。
 変わらないもの、変わり行くもの。
 肩書きが変わり、服装が変わり、立つ場所が変わり。けれども、彼の隣に在り続けたい―― そう、今このとき心から願う。
『そうやって調子こいてると、気付いたときには捨てられてますよ』
 以前、後輩・啓人けいとに言われたことを思い出す。
(少なくとも、もうちょっとイイ風聞を流してもらえるようにならなきゃ…ね、自分)
 夜が更け行くにつれ、一つ、また一つと周囲の家から洩れる光が消えていく。
 電灯の明かりが消え去ったとき、月と星との淡い光に映し出される街や人の姿。「人工の太陽」が無い頃から、地上を照らし続けた宵闇のなかにある光。
 4月の終わりの下弦の月が、手を取り新たな道を歩き出した二人を見守っていた。
 
 翌朝。今日は休みということもあり普段より少し遅めに起き出し、ダイニングキッチンのテーブルについて新聞を手に取る隼一が、朝食の支度をする美苑に尋ねる。
「二人はまだ寝てるのか?」
「ええ。だいぶ夢中になって夜更かししたみたいね」
 サラダとドレッシングをテーブルに並べ、美苑は続けて、
「そうそう。わたし、驚いちゃったのよ。朝ね、客間を見たら荷物と畳んだままの布団だけで、肝腎の魅羽ちゃんが居なくって。まさかと思って、飛鳥の部屋を覗いてきたんだけど…」
 そこで一旦言葉を切り、準一の反応をうかがったあと、
「二人で仲良く夢の中。幼稚園児のお泊り会みたいな、無邪気な寝顔だったわ。あの様子では、オトナの男女になるまでには当分かかりそう…。ちょっと安心したかも」
「そうか」
 新聞から顔を上げ、準一も笑顔で返す。しかし、すぐに不機嫌そうな表情を浮かべて、
「お前、抜け駆けしたな」
「何のこと?」
「魅羽ちゃんと携帯番号とメアドの交換してただろ」
「ええ、したけど。『飛鳥が居ないときでも、おばさんと遊んでくれる?』って言ったら、『もちろんですよ!』って。嬉しいことね」
「はあー。おじさんも遊んでほしいよ、あんな子に」
「なら、自分で本人の了解を得ることね」
「分かったよ」
  * *
 大型連休は始まったばかり。これからまだまだ、彼らには胸躍る出来事が待っていた。

『Secret Base』「Apr-2008=SIDE STORY <university campus>=」より

飛鳥の両親には、結婚後なかなか子供を授かれず、何年も不妊治療に取り組み、ようやく長男誕生が叶ったという過去があり。「もう一人」と望むには限界で諦めざるをえなかった為、息子にカノジョが出来たこと、しかも魅羽が社交的で年長者とでも仲良く出来る女子学生だから安心したし嬉しかったのだろうと。。

同級生のちカノジョに振り回される飛鳥。漫画版

そしてGWに家族ぐるみで外出し・・・
後輩・啓人のクラスメートである葉月はづきが目撃。
葉月はバレンタインデーには値段の張るGODIVAチョコレートを贈るほどに魅羽のファンであった下級生なので、GW明けに一騒ぎ起こることに。

 ゴールデンウィーク明けの、5月7日。文字通り連休ボケでぼんやりしている啓人に、クラスメートの葉月が大慌てで駆け寄ってきた。
「あーりーたぁぁーーー!!!」
「…何だよ、森嶋もりしま。いきなり騒々しいな、朝っぱらから」
「だって!だってぇぇ!!ちょっと、聞いてよ!聞いてったら!!」
「…はいはい、分かった。聞けばいいんだろ。で、何?」
「あのね、連休中にイオンモール水戸内原うちはら行ったのね。そしたら、そこで偶然、神足こうたり先輩を見かけたの!」
「…へー。良かったじゃん」
「でね、ね!先輩、カレシ同伴だったのー!しかも、カレシの両親も一緒だったぽくて!ちょっとー、これってどうよ!?ねえ、有田!!」
「…別に、いいんじゃねーの。あの人も生物学的には女だし」
 しかし少し興味が湧いたので、啓人はより詳しいところを訊いてみることにした。
「で、お前はそのカレシをどう見たワケ?」
「う、うん…。えーとね、結構高いヒールを履いてた神足先輩と並んでも釣り合うくらいだから、身長180cmはあると思うの。茶髪なんだけど、チャラチャラしてなくて生真面目そうな感じで…しかも、すごーく落ち着いててオトナな雰囲気だったから、大学の先輩なのかな?すごいよねー、入学して一月でしょお?それなのに、もう家族ぐるみでお付き合いだなんて!いやだ、もう!先輩ったら、やること早くて!」
「…お前が照れる事じゃ無えだろ」
 浮かれているのか、妙にハイテンションで喋る葉月とは対照的に、啓人は冷静に情報を整理したあとで一つの結論にたどりついた。
(…そっか、森嶋は知らないんだな。五十嵐先輩、高校居た頃は本当ジミだったもんなあ…。でも、まさかこんな短期間でそこまで進むとは、オレも想像してなかったぜ)
  *
 放課後、啓人は今年の春に高校を卒業した先輩の一人・五十嵐飛鳥に携帯からメールを送った。
『神足先輩とご両親と4人で居るとこ、うちのクラスの女子が目撃したそうですよ。でも、ヤツは先輩のこと、うちの高校の卒業生だと気付いてないです』
 夜になって届いた返信は、
『お前にはそういうウワサはまだ無いの?』
 無題のメールに、本文はその一行だけだった。

『Secret Base』「Spring-2008 ~女子高生は見た」より

相変わらず冷静な対応をとった飛鳥であった。。
その後の五十嵐家といえば・・・

「今年の夏は久しぶりにキャンプ行こうと思うんだけど」
 5月も下旬の、とある週末。夕食のテーブルについた飛鳥に、父・隼一が話を切り出した。
「へえ、キャンプ…。でもさ、ここ何年も行ってなかっただろ。テントとかシュラフとか大丈夫なの?」
「いやいや、今回はテントサイトじゃなくてログキャビンかバンガローを借りて。『キャンプ気分』てとこかな」
「ふーん…。別にいいけど」
「でしょ?だって、もう お父さんもお母さんも結構いい歳だし…それならもし雨が降っても大丈夫だし」
 母・美苑が、テーブルに夕飯のおかずを並べながら言う。
「若葉さんも一緒だし、ね」
 テーブルからシンクへ歩き出した彼女が、そうつぶやいたのが聞こえた気がした。しかし、飛鳥は深く考えず流してしまったのだった。
 
 翌日、飛鳥が公民館の図書室へ自転車で出掛け、近くのスーパーで買物をして帰宅すると、ガレージに見慣れない車が停まっていた。
(誰か来てるのかな。盆でも正月でも彼岸でもない、こんな中途半端な時に…)
 自室に戻る前にリビングを覗いてみると、そこには母親の他に一人…予想だにしなかった人物が当たり前のようにソファに座って寛いでいた。
「あ、おかえり」
「『おかえり』って…なに、昔からここで暮らしてるような顔して居るんだよ。神足」
「つれないなあ、カノジョが遊びに来たってのに…とりたて免許でさ」
 この魅羽の言葉で、彼はようやく自宅前の駐車スペースで目にしたパジェロミニについて理解したのであった。
 彼女は推薦入試で合格し、春を待たずに進路を確定させた。高校の規則で在学中の自動車免許取得は認められているので、自由登校期間に入ってから足繁く教習所に通っていたのだ。ただし、免許が取れても高校を卒業するまで車両の運転は禁止となっている。そういう訳で、最近になってようやく実際に自分でハンドルを握るようになったらしかった。
「そっか。じゃあ…あのガレージの小装甲車は、お前が運転してきたって訳だな。走る危険物が」
「失礼だな。あたしはいつでも安全運転よ?健全安全な可愛い女子大生ドライバーに何てこと言うのさ。しかも何?パジェロさんを装甲車だなんて。物騒な言い方やめてくれる?そもそもアレはお母さんからの借り物なんだから。謝りなさい」
 自分で自分を堂々と褒める癖も、歯に衣着せぬ物言いも相変わらずの彼女だ。確かに見た目は悪くない(むしろいい)ので、単なる自画自賛ではないのだが……
(彼女にするなら、もっと奥ゆかしい子をって思ったんだけど…どこでこっちの道に踏み込んでしまったんだろうな自分)
 若い二人のやりとりが落ち着いたのを見計らい、飛鳥の母・美苑が言う。
「メールや電話だと煩わしいから、来てもらっちゃったの。ほら、キャンプの相談もあるし…」
「キャンプ、って…」
「昨日、お父さんも話してたでしょ?夏休みに行こうかって」
「こいつも一緒なのかよ!?」
「何か不満でもある?」
 美苑は、魅羽に対し返す言葉が見付からず黙り込む彼をちらりと見、
「お昼にはお父さんも帰ってくるから、詳細を決めましょね」
 そう告げると、観光ガイドを何冊かリビングのテーブルに広げて、
「これはちょっと古いんだけど、参考にはなるかなと思ってね。キャンプ場情報のページとか…。海かな、山かな。ねえ、魅羽ちゃん」
(…俺は二の次ってこと?)
 軽く置き去りにされたような気分になって、興味深げにガイドブックに見入る魅羽を冷めた視線で眺める。
(でも、おそらく張り合おうとするだけ無駄だろうな…)
 『あなたは私の太陽』という表現の裏には、『私は、あなたの光を受けてこそ輝ける月』があると聞く。
 元々気のいい明るい両親ではあるが、彼女がここにやってきて以降、ますます笑顔が増えた。おそらくは自分も同じなのだろう――飛鳥はそう思った。
(真夏の太陽みたいなヤツだもんな。夏が本当に良く似合う)
 もう、別れるにも綺麗さっぱり別れられそうにない。もとより、別れる気がしない。
 嫁と姑との『女の戦い』は、平成の御世となり久しい現在でも各地で勃発しているらしい。それを思うと、この和やかさが実にありがたい。
 新婚早々、親と同居。しかし全く問題なし ―― 彼がふと心に描いた未来予想図だった。

『Secret Base』「Spring-2008 ~ハッブル一家・夏休み計画」より

読み返してみて、「そうか、当時まだグランピングなんて言葉は無かった…」と時代を感じた(墓穴)
この「あなたは私の太陽、の裏側」といい、初代顧問・岸浪きしなみ教諭の学生時代の話で牧野教授が言った「恋は人を詩人にする」もなのだけど、大学時代の一般教養での哲学講義のおりに先生が熱く語っていらした内容が元となっております。先生ありがとうございます。。

そして時は流れ、ドリカムの歌「時間旅行」ではないが、2012年は日本の広い地域で金環食が観測でき、大学を卒業した二人が結婚を決める段となると・・・

Please marry me ...

 自然は あまりに大きくて、強くて。
 僕たちは あまりに小さくて、弱くて。
 星や巨樹のように長くは生きられなくて、小さく弱く儚い存在。
 
 だからこそ、二人で居たい。

 太陽と月が重なり天上に現れた あの金環ゴールド・リングと同じ、『金の指輪ゴールド・リング』。
 君の薬指に合うだろうか。

 一人では挫けてしまうことも、二人なら越えていける。きっと。
 
Yes, I will do...Yes, I will do.

「ゴールド・リング」

冒頭・末尾の英文は、気持ちとしては文字色を変えるか斜体にしたかった(正直な感想)。
昔からそうなのだけど、ウデが中途半端だから絵の出来にムラがあり、今見ると筆者本人ややしんどいので(嗚呼)
シルエット版にて再掲…

「ゴールド・リング」イラスト

斎と咲良

この二人に関しては過去記事「拙作語り㉒」に詳しいのだけれど、以下の未掲載箇所は高1の6月の出来事。

 夏至も間近に迫り、6時限目終了から日没までの時間も長くなった6月中旬の金曜日― 6月13日。放課後の つくばね秀栄高校東校舎二階に位置する第一理科室。
 そこには、この特別教室を活動場所とするサイエンスクラブの面々が集い、各々自由に実験観察や調べ物にいそしむ普段と変わらない光景がある。
「おーい、お前たち。まだ粘るんか?俺、もう戸締りして家帰りたいんだけど」
 顧問のフェルミ教諭が隣の準備室から現れて、眠そうにあくびをしながら言う。
 日本国の関東地方、茨城県南部の高校である。この「フェルミ」というのは勿論、教諭の本名ではない。彼らサイエンスクラブのメンバーには、クラブうちだけでのニックネームが存在する。 顧問である化学担当の岸浪教諭の呼称が、原子炉での核分裂反応実験に初めて成功した、イタリア出身 のちアメリカに亡命・帰化した物理学者から取られた「フェルミ」なのだ。同様に、生徒たちにも著名な科学者からいただいた呼び名がある。
 …などと説明している間にも、部員たちは動き始めていた。
 メンバーの様子をひととおり見回し、部長のラザフォードこと三年生の男子生徒・宇内那由多うだい なゆたが答える。
「皆一段落したみたいですし、そうしますか」
 彼の言葉と共に、一同手際よく後片付けを済ます。
 先輩たちに続き、荷物をまとめて理科室を後にしたベイツを追いかけ、デル・リオが早足で近づく。理科室を出れば、いつも通り本名で呼び合うように切り替わる。デル・リオこと一年生の女子生徒・石動咲良いするぎ さくらは、クラブ内ではベイツと呼ばれる同学年の男子生徒・祝部斎ほうり いつきに声をかけた。
「ねえ、祝部」
「なに?」
「今日これから、ちょっといい?」
「いいけど…何」
「いや、まだ内緒。だから、ちょっとね。クレオスクエアまで御一緒いただける?」
 つくばバスセンターで乗り換えが必要な彼には、どうせ必ず通る帰り道の途上である。
「ああ、うん…」
  * *
 言われるままに後をついて行くと、着いたのはクレオ専門店街1F。サーティーワンアイスクリームの前で、彼女はようやく用件を明かした。
「今日は梅雨どきにしては天気もいいし暑いくらいで、ちょうど良かった。3種類、フレーバー選んで」
 前もって用意していたのか、フレーバーメニューのリーフレットを かばんから取り出して手渡す。
「…は?」
「だって、明日誕生日でしょ?明日は第二土曜で学校は休みだし…だから、まあ…御祝代わりに、これくらいはおごりってことで」
「…それはありがとう。でも」
「え、何か都合悪いことでも?」
「俺の誕生日…来月だけど」
「え?えー!そうだっけ」
「そう、7月14日。6月14日じゃ、ふたご座でしょ。前に誕生日の話したとき、『へえ、かに座なんだ』って言ってたんじゃない?自分で」
「う、うーん…」
 咲良は腕を組んで眉をひそめ、しばらく唸っていたが、不意に腕をほどいて、
「まあ、いいか。早いけど前祝い・その1ってことで。汗、かいたでしょ?冷たいもんでも食べてこうよ。ささ、考えて考えて」
 この、彼女の切り替えの早さには頭が下がる。斎は、困ったようにリーフレットを開いた。
「…ねえ、祝部。どれするか決まった?」
「あ、うん…まあ」
「じゃ、買ってくるから教えて」
 ほどなく、三段重ねのトリプルアイスクリームを両手に持ち、咲良が店の前から戻ってくる。
「買えたんだ、二人分…。『お一人様1回のご来店につき1個限りとさせていただきます』って書いてあった気がするけど」
 以前新聞と共に入ってきたチラシの断り書きを思い出し、彼が尋ねると、
「うん。『あの彼の分なんです、チョット恥ずかしいって言うんで頼まれて…。あたし一人でトリプル2つも食べれませんよー』って説明したら、苦笑いしながらOKしてくれた」
「へえ…そう」
 何とも評しがたい微妙な表情で答える彼を気に掛ける様子もなく、咲良は右手に持っていたワッフルコーンを渡す。
「はい。抹茶にラムレーズン、ダイキュリーアイス…毎度渋いね、ベイツ・セレクトは」
「さくらちゃんは?」
「あたしはね、ベリーベリーストロベリーと、ポッピングシャワー、あとラブストラックチーズケーキ」
「ふーん…」
「溶けないうちに食べよ。三段は不安定だからね、ゴロッと落ちたら泣くに泣けないもん」
「そうだね」
 斎は少し笑い、
「じゃ、いただきます」
「はいはい、どうぞ」
 しばらく会話が途切れる。
「…あのさ、祝部」
「なに?」
「その、ダイキュリーアイス…ひとさじイイ?」
「どうぞ」
 紙ナプキンと一緒にレジ傍に置いてあるのを一つ貰って来たピンク色のプラスチックスプーンで、淡い水色のアイスをひとすくい取って口に運び、
「ダイキリ風味…オトナの味?うーん…」
 彼女は一言つぶやいて小首をかしげて見せる。
 ちょうど、今月から翌月半ばまで、このアイスクリームチェーンでは「チャレンジ・ザ・トリプル」と称してダブルの値段でワンスクープサービス、つまりトリプルがいただけるというキャンペーンを行っている。
(要するに、一人でアイス食べるのも何だし、連れが居れば自分が選ばなかったフレーバーの味見も出来る。僕はダシなんだろうな…誕生日、一ヵ月勘違いしてたし)
 斎は思ったが、咲良が楽しそうだったし、梅雨の合間にひととき訪れた少し早い夏の日に冷たいおやつを味わえたし…と割り切ることにした。
  * *
 アイスクリームを食べ終え、バスターミナルへ出る。
「じゃ、また来週」
「うん」
 挨拶程度に軽く手を振り、彼女が歩き出す。斎は自分の乗るバスの出るレーンへと踏み出しかけて、一度時計を見た。まだバスが来るまでは少し時間がある。何気なく、彼女のほうへと振り返る。
(本当に、そそっかしいんだな…さくらちゃんは)
 遠目に後姿を見送りながら、笑みを浮かべる。
 遡ること、一ヵ月と半ほどになろうか。4月下旬の とある週明け、彼女は長い髪をばっさりと切り落とした姿で平然と放課後の理科室に座っていた。理由を訊けば、週末に料理をしていてコンロで髪を焦がしたからだという。これを聞いて、顧問の岸浪教諭が「そんな注意力の散漫な奴の面倒まで、俺は見たくない」と退部勧告めいたことを言い出した。 教諭には我が身可愛さからではなく「仮に怪我した場合、痛い思いをするのは本人だから」と彼女を思っての発言だったが、結局彼が「俺が責任を持って彼女を見ます」と約束して話を収めた過去がある。そのような事情で、斎は彼女専属の理科実験指導員のようなことをやっている。
『また来週』
 ふと、幼なじみを思い出す。その子も、ドジでおっちょこちょいな女の子だった。別れの挨拶も無しに、ある日突然目の前から姿を消した― 彼女の名も「さくら」だった。しかし…
(彼女は…咲良ちゃんとは、また来週が来れば学校で会える)
 二人の時間は、これからも続いていく。もう一度彼が腕時計に視線を落としたとき、ターミナルにバスが入ってきた。乗客がドアの前に並び出す。
 斎は前に向き直り、駆け足で列の最後尾に並んだ。そして、夕焼け色の空の下、ビルの間から姿をのぞかせる 遠く西の先にそびえ立つ山々を見遣った。

『Secret Base』「June 13th, 2008=SIDE STORY <Bates' birthday?>=」より

過去記事「拙作語り㉒」にもあるように、斎には入園前に数ヶ月だけ遊んで過ごし、何も言わずに去って行ってそれきりになってしまった幼なじみの「さくらちゃん」が、ずっと胸の中に在り続けており。
当時はまだクレオスクエアだったし、31アイスクリームもそこに在ったんだよなと…(時代…)
に しても、その「抹茶・ラムレーズン・ダイキュリーアイス」ってフレーバーは高1男子のセレクトとは思えず、渋すぎる…大の大人でも、なかなか居ないと思う(正直な感想)。

竜起と与恵

岸浪教諭と恋人(後に妻)・与恵の件も実はまだ再掲してない箇所があり。
それは番外編、O県での教員採用に係る汚職のニュースから始まった話の後半部。前半にあたるところは、過去記事「拙作語り㉔~ミズモちゃん」にて再掲済。
「コネとかカネなんですか?先生も」と訊いた啓人、それに同感で乗っかった咲良は、後日二人で謝りに行き、教諭のほうもそれで収めたはずだったが…恋人の顔を見たら何となく愚痴をこぼしたくなってしまったのだろうと。。

 更に翌日。第二土曜のため、学校は休みである。
 岸浪教諭はTX〈つくばエクスプレス〉研究学園駅で現在守谷もりや在住の婚約者・与恵を拾い、愛車でつくば市街に向かう。
「いやあ、あんな報道のお陰で俺まで疑惑の目を向けられて…」
 ため息まじりでつぶやく彼に、隣から与恵が訊く。
「誰に?」
「うちのクラブの生徒に、チョットな」
「そんな」
 この話題はそこで打ち切られた。あとは他愛もない会話を途切れ途切れ繰り返すうちに市内のショッピングモールに着き、車から降りる。
 ショップを見歩いたあと、昼食にとモールのレストラン街の一軒に入る。
「俺、コレとコレで…頼んどいて」
 言い置いて、彼が席を立つ。
「どうしたの?」
「毎回言わせるな。ハバカリだよ」〈※はばかり=トイレ〉
 くすりと笑い、店の奥へ歩き出す彼を見送る。視線を戻せば、テーブルの隅に携帯電話が置かれていた。
 与恵はテーブルの向こうへと手を伸ばす。自分の携帯も取り出してテーブルに出し、彼の携帯を開いてキーを叩き始める。
(そんなこと訊いてくるのは、きっと…)
 彼の携帯の電話帳から勤務先高校関係者のグループを探し出し、一人の生徒のページで手を止めた。
 そしてそのまま迷わず発信する。
(土曜のお昼どき…出るかどうかは分からないけど…)
 そもそも、この男子生徒が「犯人」だという証拠は無い。繰り返される呼出音に、彼女が電話を切ろうとしたとき。
『もしもし…何ですか?休みなのにイキナリ』
「有田くん?つくばね秀栄の…今は二年生よね」
『え!?先生…じゃないですよね』
 電話の向こうの少年は明らかに驚き慌てている。無理もない。発信元の本人とは明らかに違う若い女性が話しているのだから。
 あまりもたついていると、彼が戻ってきてしまう。彼女は取り急ぎ伝える。
「詳しいことは後でまたかけるから、ちょっとメモを取ってくれる?…090-□□□□-□□□□、わたしの携帯番号。夕方か夜にこの番号から着信が入ったら、わたしからだと思ってちゃんと出てね」
『あ…はい…。で、あなたは?』
 先生の母親にしては声が若いし、兄一人と聞いている。今自分が話しているのは誰なのだろう――そう考えている生徒の様子が容易に想像できた。
「わたしは天生与恵あもう くみえ。先生の…」
『あ!そうか、クミエさんですね!先生のカノジョの…』
「え?ええ、まあ…」
 とにかく説明する手間が省けたので、手短に続ける。
「じゃ、また後でね」
『はい!』
 急いで電話を切り、発信履歴を削除する。続いて自分の携帯の電話帳に、この生徒の名前と電話番号を書き込む。そして何事もなかったかのように彼の携帯を閉じてテーブルに置き直し、自分の携帯をバッグにしまう。
 一息ついてから、彼が姿を消した店の奥へと視線を向ける。
「ちょっと長い…かな」
 しかし、まだ注文を済ませてないことを思い出し、
「すみません」
 慌てて手を上げ、ウェイターを呼んだ。
  * *
 同日、夕刻。
 有田啓人ありた けいとは自室の学習机の前でそわそわしていた。
 昼間の突然の電話は本当に岸浪教諭のカノジョからなのか。そして、本当に夕方か夜にもう一度かかってくるのか。
 そう何度も思いめぐらしながら、部屋をひたすらうろうろする。
 と、机の上の携帯から着信音が鳴り、イルミネーションが光る。慌てて携帯を取って開くと、確かに昼間教えられたナンバーからの着信だ。
(何かの怪しい勧誘じゃないよな…。まあ、そうだったとしたらまず先生を訴えるからいいけど)
 もとより、昼間話した感じでは悪い人ではなさそうだったのだが、どきどきしながら電話に出る。
「はい」
『有田くん?さっきはごめんね』
「いえ、別に…。でも、どうしたんですか」
『先生が、クラブの生徒に「アンタも袖の下教師か」みたいに疑われたって、ちょっと落ち込んでた感じで…。わたしは彼がホントに一生懸命頑張ってたの見てるから、黙ってられなくて』
「え?ああ…でも、言ったのオレだって良く分かりましたね」
『去年の文化祭で見た印象だけで推測したんだけど…当たりだったんだ。女の勘も捨てたもんじゃないな』
「まあ、今現在も継続して高校に残ってるオレ以外の二人は、仮にそう思ったとしても絶対口に出したりしませんしね。こんなこと」
『そう…。で、君は心から疑ってかかったの?先生のこと』
「ゼロではないです。でも、訊いてみて違うって分かって安心したし、嬉しかったんですよ。あとでちゃんと謝りにも行きました。そこまでは聞いてなかったですか。先生ときたら、自分に都合がいいように運ぶから」
『そうだったんだ。知らなかったとはいえ、わたしってば…ごめんなさいね』
「いえいえ」
『でも有田くん。コネ採用教員が必ずしもダメ先生とは限らないの、分かるよね。ほら、ニュース見てても、本人よりも親のほうが必死になってお金積んでって感じもするし…』
「クミエさんは優しいんですね。まあ、それも一理あるかと思います。けど、オレのvery素直な意見を述べさせてもらいますと、
『何事においても最初の一歩を間違えると、とんでもない方向へ行ってしまう。仏道の修行は自分が救われるためではなく、世のため人のために尽くすこと。この誓願から最初の一歩を踏み出そう』
という道元禅師の言葉通りで、出だしから踏み誤って欲しくないというのが正直なとこです。コネとカネで誕生した教師に『努力すれば夢は叶う』だとか『夢を持って。頑張れ』だとか云われたくないですから」
『…そうだね。「お金さえあれば」なんて、小さい子供までもが思ってしまうような世の中にしちゃってる、わたしたち大人に責任があるんだものね』
「ええ、まあ…。近所のスーパーで出されてた七夕の笹飾りに『お金持ちになりたい』って小さい子供のヘタクソな字で書かれた短冊見付けてガッカリしましたし、オレ」
『さっきの…道元禅師の言葉だったっけ。有田くんは博学なんだね』
「いえ、それほどでも。祖父母が北陸に行った土産にくれた永平寺のポストカードに書いてあったんですけど」
 少し照れた様子の電話の向こうの相手に微笑み、与恵が言う。
『ありがとう。長々と本当にごめんね。それから、電話したことは先生には内緒にしといて。「出しゃばるな」って怒られるに決まってるから』
「もちろんです。あ、そうだ。クミエさん」
『何?』
「今年も来ますか?文化祭。去年とはまた違ったこともやりますし、面白くなりそうですよ」
『どうかな…。休みが取れるか微妙だから今はまだ何とも。行きたいとは思うんだけど、先生もいい顔しないだろうし』
「先生の機嫌はともかく、オレたちは大歓迎ですから!来られた時は是非声をかけてくださいね」
『分かったわ。それじゃ』
 電話が切れ、ツーツーという音を聞くと、啓人は胸に手を当てて床に腰を下ろした。
「ああぁ…緊張した」
 まだ心臓がバクバク言っているのが分かる。
(声と語り口だけでも、もう ド・ストライクって感じだぞ。くそー、先生はどこまで強運の持主なんだ)
 顔かたちは見えないが、電話で話しているだけでも気配りを忘れない楚々とした美女の姿が浮かんでしまう。これほどの女性を虜にし、狭き門である教員採用試験にも自力で一発通過。強運と言わずして何と評すればいいのか。
 しかし、教諭は胃腸のほうは少々弱い。この事実は教諭本人と家族、そして与恵しか知らない、今当分は「明るみに出されぬ秘め事」だった。

『Secret Base』「Jul-2008=SIDE STORY <teachers' room>=」より

深く共感すればこそ、ポストカードブック『道元禅師からのメッセージ』を何年経ってもあちこちで引用している私(自爆)。
「あんなに頑張って自力で合格したタッちゃんなのに…疑われるなんて可哀想」と黙っていられなくなった与恵の愛の強さもなのだけど、何事もないように受け答えしてたと思いきや実は物凄く緊張していた啓人の姿にツッコみたい感情を禁じ得ない(笑)。
 
啓人の台詞「コネとカネで誕生した教師に『努力すれば夢は叶う』だとか『夢を持って。頑張れ』だとか云われたくない」は、そのまま自分自身の意見であり、啓人に代弁させた形です(爆)。
「教師になれば奨学金を返さなくていいから」って理由で教員になって、しかも児童生徒にそれ喋っちゃってた教師がホントに居たんだよなと…更には、大学出てそのままスーッと教員っつう社会人になっちゃって、出来合いのレールの上に乗り続けているから世間のあれこれの経験値的に浅い教員も多く、自分が年をとるごとに「経験に裏打ちされた言葉の強さ」を感じるようになり、当然のごとく「自分じゃ経験なんてしたこと無いくせに、分かったようなこと偉そうに言うなよ」になっていった(実話)。
 
それが多少変わったのは、高校であり大学だったなと…
子育てもだいぶ落ち着いた頃になって「教師になろう」と教員免許を取るのに大学に通って高校教師になった国語の先生との出会いがあり。
大学では、学士→修士→博士→そのまま所属研究室の助手(現在の助教)→更にそのまま助教授(現在の准教授)というコースを辿れるのは、よほど運が良くてデキる人だけで、ごくごく少数派。一度大学を出て、他の大学や研究機関で何年とかやってから母校へ戻って来る、逆に言えば外に出て何年とかいう経験をしてきてようやく戻ってこられた感じの先生が非常に多かったので(…逆になっていたのだろうか、これで;)、「そういう先生も居るんだよな」と思い直し、やはりいろんな経験を重ねてきた先生の言葉には素直に耳を傾けるようになったよなと(爆)。。

そんなこんなで、拙作にはあれこれと自分の人生経験も多少形を変えつつ織り込んでいるとも言います。
ある程度、年齢を重ねたからこそ出来ること(自爆)。
だからというか、それこそ自分より若い人の創作物に関しては、読んでも「分かったようなこと言うなよ」になってしまいがち(おおいに自爆)。技術的に優れていてもあまり響かないのだとしたら、「経験に裏打ちされた言葉」という点が弱いからなのだと思います。。
確かに、若いのにすごく重い経験をしてきてる人というのも居ますけど、それは限られており。多くは、あくまで想像と他者の言葉の借用とで書いてるんだろう、と感じてしまう(何気に酷評)。どんなに史料・資料を読み漁って、それを基に描いたとしても、自分自身で実際に体験したことほどは実感として迫ってこないんじゃないかと(何気に辛口)。
拙作についても、やはり若い頃の作はその辺あこがれが強かったというか、地に足が付いてない印象を自分でも受けます(爆)。ただ、年を追うごとにあれこれ実感をもって描けるようになったかなと・・・
だから、年をとること・老いることは必ずしもマイナスばかりではないのではないか・・・という話でもありました(謎の締め方。苦笑)。

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