見出し画像

拙作語り㉖~脇役にもドラマあり@『Secret Base』

全文まるっとは無理ながら、テーマや流れ、特定人物周辺などに沿って部分的に切り出してこちらに再掲している、過去筆の拙作であり現代学園短編連作小説であるところの『Secret Base』。
文化祭の発表そのもの以外の部分は番外編も込で8割方出せたと思っていますが(爆)、部員の日常的な「地の文」ではだいぶフザけたところもある若者たちも、文化祭の発表は真面目に理科的な話をしてるなぁ…と筆者自身読み返していて思います(爆爆)。ただ、そこはやっぱりツリー形式というかリンク方式というかにして多少の臨場感を出したい思いがあり、残念だけどやっぱりこの箇所はお蔵なのかもと(墓穴)。。
 
そして、所謂「地の文」的な箇所は大半再公開したと言いつつ、まだ出してない箇所というのはあり。
今回は、その中から「デル・リオ(咲良さくら)、高校1年の夏」…あまり勉学に身が入っていなかった咲良が、高校の地学教師・樋口いすみの紹介で大学の研究室を訪ねたことで真剣に将来を見据え始めることとなった件を再掲したく。
樋口教諭と佐伯助手、それぞれの立場と思い。
本作において、正直に言えば樋口教諭は完全に脇役です。でも、そんな教諭にも過去があり母校との繋がりがあり、現在があり。
樋口教諭も佐伯助手も、脇役であっても「キャラが立っている」と筆者自身は感じています。
脇役にもドラマあり、という次第です。。

今回の本題となる、後掲の文章『Secret Base』「Aug-2008 =SIDE STORY <unknown field>=」の中で、咲良といつきの間での出来事のうち過去記事に出してない件が実はまだいくつかあり…「家に帰るまでが遠足」発言とか、厄除守の話とか……その説明を、前準備として以下に貼りつけていきます。

過去記事「拙作語り㉒」内、「Apr-2008 <6>事件と誓い」からの引用箇所に続く部分。
咲良が何かやらかしたら自分の頭を坊主にすると顧問に約束した(と彼女は信じている)斎は、以降の戦略を考えるべく・・・

 そして二人は、つくばクレオスクエアのスターバックスコーヒーで相談を始めた。
「得意科目は?」
「もちろん理科!数学もまあまあってとこ。あと、英語は頑張ってるんだ」
「ま、英語はどこ行くにも必要だしね」
「そっ!英語を話す人口が、やっぱ地球上では多いから。でも、何より自分の夢ってか野望の為ね」
 斎は進路の話をしたのだが、咲良は地球の歩き方で受け取ったらしかった。
「野望?」
「アメリカ行きたいの、アメリカ。スミソニアン博物館に」
「スミソニアン博物館…」
 抹茶ティー・ラテを飲みつつ、斎はそこに何かあったか考えていたが、
「もしかして、アレ?マヤの水晶髑髏」
「そう!すごーい、わざわざ説明しなくてもいいなんて。祝部と話してると楽だなあ」
「大したことないけど…」
 少し照れたふうでつぶやくように答え、またすぐ続けて、
「で、苦手なのは?」
「国語と社会…あ、社会でも地理は嫌いじゃないの。歴史がうっとうしくてイヤ」
「ふーん…典型的に理系だね」
「うん。でもね、本を読むのがイヤとか活字見るだけでダメとかいうんじゃないよ。あの、『こういう風に読み取れ』『何字以内でまとめろ』って上から押し付けられる感じが我慢ならないだけ。好きなように読ませてくれって思うんだ」
「そりゃまあ、そうだし…気持ち分からないでもないけど」
「でしょ?歴史は単語多すぎて、それだけでもうご馳走様なの。そんな、昔のことをあれこれ蒸し返しても仕方ないじゃん」
「…確かに、そういう見方もあるかもしれないね。だけど…」
「なに?」
「ちょっと矛盾してない?文学、嫌いじゃないってさっき言ったよね」
「言ったけど」
「歴史を作ってきたのは有名人から名前も知れない無数の人間たちで…歴史をひもとくことは即ち、彼らの生きた記録を追うこと…ある種の文学だったり、動植物の観察記録を眺めるのと同じと思えば」
「…そんなもん?」
「物は考えようってこと。とにかく、得意科目は点数を上げるにも限界がある。現況から満点までの点差の開きの大きい苦手科目のほうが、好きになれて要領覚えたら伸びるよ。ドーンと」
「うーん…」
 考え込む様子の咲良に、
「なら、身近なとこで歴史散歩でも行ってみようか?『歴史』ってものが実際こんなすぐ傍にあるって気付けたら楽しいよ」
「例えばドコ?」
「そうだな…日本史で苦手な時代っていつ?」
「覚えること多いから幕末以降…幕末と聞いて胸躍らせる歴史ファンの心理が正直分からない」
 日本史ファンと呼ばれる人々うちでも、ウェイトが大きいのが幕末と戦国時代である(と筆者は断言する<自爆)。新選組とか尊王攘夷という言葉に、剣が燃えるのではなく心が萌える人口は結構なものなはずだ(偏見だろ)。
「なら、近いとこで東京行ってみる?そのうち」
「え?福島とか京都とか山口とか…高知とか鹿児島じゃなくて?」
「身近な、って言っただろ」
「でも、東京か…水戸ってセンも有りかと思ったけどさ」
「…それなりに知識はあるわけね」
 いずれも幕末から明治維新という時代とゆかり深い場所である。
「ま、一応…それなりに」
 こうして話してみて、彼の予感は確信に変わった。
(彼女は、取り組む姿勢が変わったら伸びる)
「でもさあ…これってもしかして、デートのお誘いだったりする?」
「そういうことにしたいなら、それで構わないけど。社会科見学って呼ぶのが正確かな」
「あ…そう。まあいいか。苦手科目が好きになる・成績良くなるなら困ること無いし…旅歩き、嫌いじゃないし」
 じゃあ、また明日…とバスターミナルで別れる。
(楽しい社会科見学になりそうだ…)
 斎は一人、コースを考えながら何故か笑顔で帰路についた。

『Secret Base』「Apr-2008 <6>事件と誓い」 より

そんなことがあり、高1生2名による「東京歴史散歩」となり・・・

前もって通知された事項は、以下の通り。
●服装
 それなりの距離を歩くことが予想されるので、履き慣れた靴と動きやすい服装で。
●予算
 交通費だけで¥3,000弱かかります。あしからず、ご了承のほどを。
●行程
 当日発表ということで、お楽しみに(笑)
 
 風薫る5月の、とある休校日の土曜。いまいち訳が分からないながらも、咲良はTX〈つくばエクスプレス〉つくば駅で斎と待ち合わせることに。
 
斎:「おはよ。さて、とりあえず切符…北千住きたせんじゅまでの往復、買って」
咲良:「そろそろ教えてくれてもいいんじゃない?どこ行くの?」
「まずは、北千住で一旦出て、『都区内パス』を購入の上、常磐線に乗り換えて日暮里にっぽりで降りる。で、向かうのは…谷中やなか霊園」
「いきなり墓地…」
「うん。江戸から明治という時代の人達が何人か眠っている場所だね」
「はあ…。でもさあ、そんな切符買うために改札出てまた戻るなんて面倒なことしなくてもさ…往復プラス乗り降り自由の得きっぷとか、無いの?」
「確かに、つくば駅から新御徒町しんおかちまち駅までの往復プラス都営まるごときっぷがセットの『TOKYO探索きっぷ』てのが有るけど、今回まわりたい所は都営交通だけじゃ厳しいんで。まあ、『都区内パス』だとJR線のみだから、東京メトロ使ったほうが近い場所は歩くしかないけどね。でも安く済むほうがいいでしょ?運動にもなるし」
 結局咲良は反論もせず、言われるままに切符を買う。二人はTXで北千住まで出て下車し改札を出、今度はJR常磐線に乗り日暮里で降りた。
 
<谷中霊園>
 JR日暮里駅の南側に広がる墓地。広さ10万平方メートル(正直、見当もつかない)。北西側に天王寺墓地、西南側には寛永寺の徳川家墓地が飛び地のように残る。1874(明治7)年の開設以来、多くの著名人も埋葬されている。
「夜来るよりは断然昼間がいいでしょ、墓地だから」
「そういう問題じゃないと思うけど…」
「これ、霊園事務所で昔貰った案内図。谷中霊園内には横山大観とか渋沢栄一のお墓があるね」
「へえ…」
 
※横山大観
 …明治~昭和の日本画家。茨城生まれ。日本画の近代化に大きな足跡を残した。
※渋沢栄一
 …明治~昭和の実業家。幕臣、明治維新後は大蔵省官吏を経て第一国立銀行を設立。各種の会社の設立に参画し、実業界の指導的役割を果たした。
 
「徳川家墓地には徳川慶喜…最後の将軍が埋葬されている」
「…いかにも幕末って感じだね」
「ま、茨城県民としては水戸徳川家から出た人物でもあるし、押さえておかないと」
「幼名は七郎麿っていうんだよね、徳川十五代将軍」
「よく知ってるね」
「お菓子の名前になってるでしょ、亀印のスイートポテト」
 水戸に本店がある菓子司・亀印の商品の一つに、「七郎麿ぽてと」がある。
「…おっしゃる通り。さ、次行くよ。このまま墓地を南のほうに抜けて、上野公園へ」
 途中、霊園内に児童公園らしき場所を見付けた咲良が、斎に話しかける。
「また妙なところに公園があるんだね。普通にブランコとか遊具まで有って」
「…遊んであげたら?さくらちゃん」
 空席のブランコに視線を向けてから、斎が言う。咲良は思わず身震いしながら、
「遊んで、って…誰と?誰も居ないよ?」
「無理にとは言わないけど。先の予定もあるから、またの機会にしようか」
 そして斎は彼女の返事を待たずに歩き出す。
 斎の祖父と父は、筑波八重垣神社の神職。彼もまた、家業(?)を継ぐべくK学院大神道学科へ進学するつもりでいる。
(もしかしたら、祝部ほうりには何か『見える』のかも…。金縛り体験とか、してそうだもんなあ…)
 そんなことを考えつつ、咲良は彼の後を追う。
 
<上野公園>
 寛永寺の境内だったところが明治維新後に官有地となり、1924(大正13)年に東京市に下賜されて公園となった。正式には上野恩賜公園という。旧寛永寺五重塔や東照宮のほか、五條天神社や花園稲荷などの神社、美術館・博物館・動物園等等、見所が多いエリア。
「美術館・博物館もいいけど、今回の目的は違うとこにあるから…建物遠目に拝むだけね」
「はいはい…。で、ここに来た目的は」
「西郷隆盛の銅像と彰義隊の墓」
「なるほど、西郷さんか。幕末の志士、薩摩藩の代表の一人だもんね…。でも、彰義隊ってのは?」
「鳥羽・伏見の戦いに始まる、旧幕府軍と新政府軍との戦争…日本国の内戦だね。1868年5月の上野戦争と呼ばれる戦いで犠牲になった彰義隊266人の慰霊のために建てられた墓碑なんだって」
「ふうん…じゃあ、この辺も戦場になったってことか…」
「そういうことになるかもね。他にも解説付け加えるなら、『幕末の三舟』の一人・山岡鉄舟が墓碑の字を書いたって話かな」
「『幕末の三舟』?」
「そっ。勝海舟、高橋泥舟、山岡鉄舟。あとでまた出てくるよ」
「え?…そうなんだ」
「じゃ、次行くぞ。上野駅から、向かうのは小伝馬町こてんまちょう
「うん、任せる。でもさあ…祝部、何者?ものすごウンチク王だね」
 
※勝海舟
 …幕末・明治時代の政治家。幕府使節とともに、咸臨丸かんりんまるを指揮して渡米。幕府側代表として西郷隆盛と会見し、江戸無血開城を実現。
※高橋泥舟
 …江戸末期の幕臣。槍術家で講武所師範役。鳥羽・伏見の戦い後、徳川慶喜に恭順説を説き、上野寛永寺で慶喜を護衛。
※山岡鉄舟
 …江戸末期から明治の剣術家・政治家。旧幕臣で無刀流剣術の流祖。戊辰戦争の際、勝海舟の使者として西郷隆盛を説き、西郷・勝の会談を実現させて江戸城の無血開城を導いた。
 
<小伝馬町>
 東京メトロ日比谷線・小伝馬町駅から少し歩くと、伝馬町牢屋跡がある。しかし、今回はJR線のみ使用な為、神田駅から徒歩。
「ここに来た理由は、ここが吉田松陰が最期を迎えた地だから」
「幕末の志士たちの師匠さまか」
「その通り。『身はたとひ 武蔵の野辺に朽ちぬとも 留め置かまし 大和魂』っていう辞世の句も有名だね」
「ふーん。あたしはあんまし興味ないから知らなかったけど」
「じゃあ、ここで覚えて行きなよ。幕末ファンから袋叩きに遭いたくなければ」
「…えらく辛辣だね、祝部」
  
 そろそろ昼食に…というわけで。
 
「まだ少し早いかもしれないけど、後の予定もあるから…行こうか」
「どこに?」
「日本橋に。神田戻って一区間だけ乗って東京駅てのも大変だけど、歩くには少し遠いかな。途中、メトロリンク日本橋も使おう」
「何、そのメトロリンク日本橋って」
八重洲やえす、京橋、日本橋地区を結ぶ無料巡回バスだよ」
「そっか、無料なんだ。じゃあ安心だ」
 こうして二人はメトロリンク日本橋が走る中央通まで出、そこから日本橋へ向かう。
 
<日本橋>
 五街道の起点、また商業地として栄えた場所。
「ここらでお昼にしよ」
「何か、こだわりでもある所?」
「ま、歴史散歩だから。それなりに歴史があるとこで、予算的にも俺たち世代の嗜好にも合いそうなとこ」
「ふーん。で、どこで何を??」
「COREDO日本橋地下の上島珈琲店で、サンドイッチとコーヒーを」
「へえ…それなりの歴史ってのは」
「元々は神戸なのかな。創業は1933年だとか…昭和も一桁の頃だろうね」
「そうなんだ。でも昼食代の予算って聞かなかったから、あんまり持ち合わせが…」
「これくらいなら大丈夫、俺おごってあげる」
「えー!いいの!?」
「幸か不幸か兄弟なしの一人息子で、家の手伝いして小遣い稼ぐこともあるし…それなりに困らないもんで。自分専用のビデオカメラとかデジタル一眼レフ持ってる有田先輩ほどじゃないけどね」
  * *
「あ、ケーキもあるよ!ケーキ、ケーキ!」
「…そういうところは、ちゃんと女の子なんだね」
 結局、クロックムッシュと、生ハムと野菜のサンドを一つずつ注文して半分ずつ交換。斎はアイスコーヒー(渋っ)、咲良はアイス黒糖ミルク珈琲。更に、それぞれフルーツロールケーキとプリンも追加。
 和やかに昼食を済まし、続いて両国へ向かう。

<両国界隈>
 東京駅まで徒歩で移動し、まずは山手線か京浜東北線に乗り、秋葉原で総武線に乗り換えて両国へ。
「さて、両国へ来たわけだ。国技館のある、相撲の町だね」
「で、向かう先は…国技館じゃないよね」
「そりゃ、まあ…。無関係じゃないけど、まずは両国公園。それから回向院えこういん。ちょうど土曜で午後だから、花火資料館も開いてるし見てこうか」
 
■両国公園■
 遊具などもあり、普通に児童公園の様相。土曜の午後なせいか、近所の子供達が遊んでいる。
「どうしてまた、こんな公園に…って顔してるね」
「当然だよ、こんなんだもん」
「ちゃんとした理由があるんだって。ここは、さっき上野で話した『幕末の三舟』の一人・勝海舟の生誕地で…ひっそりと碑が立ってたりするんだ。ほらね」
「なるほどー…」
 
■回向院■
「天保4年から旧両国国技館が出来るまでの76年間…つまり、ちょうど江戸時代末期から明治初期、この境内で相撲の興行が行われてたって場所だよ」
「ははー…でかい石碑が立ってるねー。観光ガイドの写真では大きさ良く分からなかったけど」
「そうだね。あれが力塚。力士や行事の霊をまつっているんだとか」
「ふーん…」
「余談だけど、ねずみ小僧次郎吉の墓もここにあるって話ね」
 
■両国花火資料館■
 花火の尺玉の原寸大模型や隅田川花火大会の歴史資料などが展示されている。
宇内うだい先輩が喜びそうなネタが色々とあるね」
 居合わせた観光協会のおじいさんが、二人に笑顔でパンフレットを差し出す。
「実際の打ち上げ花火では、この大きさの花火玉と打ち上げ筒を使うんだよ。…隅田川の花火の由来、聞いていくかい?」
「…え??」
「あ、はい。お願いします」
「元々は徳川八代将軍・吉宗の時代に、飢饉やコレラの流行があって、慰霊と厄払いの意味合いを込めて花火を二十発ほど打ち上げたのが始まりでね…。でも、その頃の花火は今と比較にならないほど地味なものだったらしい。あの浮世絵に描かれたような、大きくパーンと開かない…一直線に上がって落ちる感じかな」
 おじいさんは、パネルに収めて掲示されている錦絵に視線を移して言う。
「その後、周辺の環境変化や戦争で中断と再開を何度か繰り返し、昭和53(1978)年に現在の名称で復活して今に至り…これからも続いていくだろうってことさ」
「そうなんですかぁ」
「隅田川の花火大会ではね、意外かもしれないけどそんな大きな花火玉が上げられないんだよ。川幅や周囲の建物との兼ね合いでね…玉が大きくなると開く半径も大きくなるから、安全を考えると制限が付いてしまう。大きな尺玉を見るなら、新潟とか秋田の花火大会かな」
「へえ、そうなんだ。勉強になりました」
 
<お台場へ>
 両国、隅田川沿いの水上バス発着所から、お台場へ向かう。
 発着所へ向かう途中、髷に浴衣の力士たちとすれ違う。
「あ!すごい!本物のお相撲さんだよ!!」
「そりゃ、ここらへんには相撲部屋がいくつもあるからね。ジロジロ見るなって…ホラ、指差さない!失礼だよ」
  * * 
「りんかい線とか ゆりかもめ使うよりは、ちょっと優雅かもね。こういう移動手段もいいでしょ」
「でもコレ乗ったら、交通費の予算超えちゃうよ」
「俺が出すから心配ないよ」
「そんな、あれもこれもおごってもらっちゃうと…。勉強と実験の専属コーチでもあるわけだし」
「大丈夫、体で払ってもらうし」
「え?えー!!それは…チョット…心の準備が」
「何を想像してんの?うちの手伝いをして欲しいだけだよ」
「うちの手伝い?」
「うん。七五三とか正月とか…若い巫女さんも居たほうが華やかでいいんだけどさ、うちにはそんな人材居ないもんで。今年の正月までは従姉を借りてたけど、もう期待しないほうがいいかと思うから」
「そりゃまたどうして」
「カレシが出来たらしいんでねえ…」
「あ、そういうこと…」
「そういうこと」
 水上バスに乗り込み、あとは一時間ほどの船旅。
「いいもんだよね。隅田川から、橋とか川岸の史跡を見るってのも」
「うん」
 
<お台場>
 東京ビッグサイト、フジテレビ本社、大観覧車にショッピングセンター、博物館と見所の多いエリア。しかし、そこにはこんな歴史が…
「しかし、幕末から明治の歴史散歩なのに、お台場なんていかにも現代的なとこ来ちゃって…どういうこと?」
「昔、東京湾の品川沖に砲台があった。開国を迫って海外から船が来るようになってから、江戸幕府が江戸防衛のために築いてたのが、予定数完成しない間に開国条約結ぶことになって中止されて。現在二基が残り、水上公園となっている。それがあの台場公園の第三台場・砲台跡だったりする…てこと」
「へえ…」
「じゃ、後は現代のお台場で遊んで帰ろ」
 
■MEGAWEB■
 車の体験型テーマパーク。
「ってここ、自動車…カーテーマパークかトヨタ車のショールームみたいなもんじゃないの。飛行機から鞍替えしたの?」
「違うって。でもここ、いろんな車も見られるし、体験コーナーとか結構遊べるから」
「…まあ、そうだけど…」
 
<家に帰るまでが遠足ですよ>
 そろそろ帰途につくことに。
「日がのびたと言っても、だいぶ西に傾いたね。帰ろうか」
「いやー、東へ西へ北へ南へと歩いたねー。濃かった、濃かった」
「ま、その通りだ。お疲れ様」
「ううん、まだまだ。家に着くまでが遠足ですよ」
 かくして二人は東京テレポートから りんかい線で大井町へ移動、京浜東北線に乗り換えて日暮里で降りる。あとは往路の逆を行く形となり常磐線で北千住まで行き、そこからつくばエクスプレスで地元へと戻ったのであった。

『Secret Base』「May-2008 東京史跡めぐり」 より

15年ほど前の事情で書いているので、今現在とは色々と相違点もあるでしょうが…(予防線)
このセクションに関しては、相当量自分自身の足で取材し稼いできたのでリアリティはあるかなと(自画自賛)……「今となっては昔の話」な情報も多々あれど(墓穴)
それにしても斎ときたら何者なのか……基本クールなのだが、さらりと「体で払ってもらう」発言をかましたりし(困)。咲良のペースに巻き込まれて慌てたりもする(大困)

両国公園での二人。「トリビアの泉」とか懐かしいなと…(しみじみ)

完全余談なのだけれど、「ボンレス犬とボンレス猫」の作者・もふ屋さんが先日X(旧twitter)に投稿していたGIFアニメ「犬顔占い」の中の1つ・「流れ星」が分からない人がそれなりに居るらしいのを返信見てて知ってしまい…世代を感じたなぁと(自爆)。自分世代の人はきっと知っている…前述の勝海舟少年時代の一件がトリビアの泉で紹介されるにあたり、「迫力ある犬の絵とくれば…!」的に絵の依頼がいったのが漫画『銀河 ー流れ星 銀ー』の高橋よしひろ先生で…ホントに描いてくだすったのだそうで。。野犬のギラギラした感じも凄かったのだけど、海舟少年や息子の命が助かるようにと水垢離みずごりを取って祈る父親という人物の絵も素晴らしく…さすが先生、と思ったなと。。。
そういうところ、なんかいい時代でもありましたよね(ざっくりな、まとめ方:自爆)

話を戻し。
そして、夏休み前の厄除守の件・・・

 終業式直前の、7月18日、金曜日。6時限目までの授業を終えて、いつも通り理科室へやってきた咲良に、斎は ぽち袋ほどの大きさの白い封筒を差し出した。
「気をつけて行ってくるんだよ、フィールドワーク」
「ああ…うん。詳細は現地行かないと分からないんだけど…。で、これは?」
「開けて見て」
 封筒の中には、金欄の小さく平たい巾着が一つ入っていた。
「あのー…これは?」
「お守りだよ」
 会話が途切れる。
「デル・リオなら笑わないで受け取ってくれると思ったんだけど」
「笑ってないけど…」
「ま、うちの厄除守だし…でも『信ずる者は救われる』って言うし、ね」
「ああ、そういうことか…ありがと」
 彼女が封筒をかばんにしまう。あとは普段通り、クラブの時間が流れていった。
  *
 帰宅した咲良の持っていたお守りに、彼女の母・春音はるねが目を留めて、
「あら。それ、筑波八重垣神社のお守りじゃない。いつの間に行ったの?」
「行ったんじゃないよ。貰ったんだ」
「ふーん、そっか」
 咲良は一度お守りに視線を落とし、
「お母さん、この神社知ってるの?」
「知ってるのって…おじいちゃん家から歩いて2、3分のところにある神社でしょ」
「え…そうなんだ」
「もし行くことあったら、ついでにおじいちゃんのご機嫌でも伺ってきてよ。きっと喜ぶから…。ね、咲良」
「…うん」
 少し戸惑いながらも、咲良はうなずいて返した。
 
 翌、土曜日。一学期終業式とホームルームを終えて第一理科室へ行ってみた咲良だが、鍵が掛かっていて入れない。
 隣の準備室を訪ねてみると、岸浪教諭が帰り支度を終え、今まさに席を立とうとしていた。
「なんだ、石動。俺、もう帰るぞ。皆だって来てねーし、お前だけ居たって意味ないだろ」
「あ、そうなんですか…」
「そういうわけだから、お前もさっさと下校しとけ」
「はい…」
 返事だけして理科準備室のドアを閉め、昇降口へ向かう。
 ほっとしたような、残念なような、複雑な心境だった。
(でも、もし会ったとして…何を訊くつもりだったんだろ、何を話すつもりだったんだろ…あたし)
『おじいちゃん家から歩いて2、3分のところにある神社でしょ』
 彼がくれたお守りを見たときの、母の言葉を思い返す。
(あたしは、そこに行ったことがある…ような気がする。でも…)

『Secret Base』「Jul-2008」 より

さて、予備知識的なところを出し尽くしたところで、本題です。

 8月に入って間もない金曜日の朝。私服の女生徒が一人、つくばエクスプレス、次いで中央・総武緩行線で新宿まで移動し、特急あずさに乗って松本へ向かう。
 石動咲良いするぎ さくらは、茨城県南の つくばね秀栄高校に通う一年生。サイエンスクラブに所属しており、秋の文化祭に披露する『マイブースにおける展示・発表の目玉』を求め、地学教諭・樋口いすみのつてを頼って、かの地を目指していた。
  *
 到着間近に車内で昼食を済ませ、太陽が頭上高くに昇る頃ようやく松本駅に降り立った彼女は、その足でS州大松本キャンパスの理学部棟へ向かい、樋口教諭から教えられた地質科学科の研究室を訪れて問う。
「あの、佐伯助手はいらっしゃいますか?」
 ほどなく、二十代後半から三十路を少し過ぎたほどの樋口教諭と同年代らしい女性が現れる。ベリーショートの髪に、一瞬ピアスかと思えるほどの小さなイヤリング。ぴったりとしたシルエットのポロシャツにジーンズ姿の、ボーイッシュな女性だ。
「ああ、君が石動さんね?いすみが言ってた…」
 咲良が驚いた顔をしていたので、佐伯助手は笑って、
「やっぱ、男だって思ったかあ。仕方ないよね、『かずよし』って読み間違われることザラだし」
 樋口教諭の同窓生・佐伯和嘉さえき わか。彼女は屈託ない笑顔で、
「ごめんね、今ちょっと取り込み中で。待ち時間で、これでもやっててくれない?」
 言うと、研究室の共用パソコン前の椅子に咲良を座らせ、何やら画面を開く。
「エニアグラム…?」
「そう。性格診断みたいなもんかな?占いよりかは信頼性があると思うけど。一応、今後の予定立ての参考にするから、真面目にやってよ。パソコンの基本操作は分かるよね?」
「あ、はい…」
 助手はさっさと奥のほうへと去っていく。
 咲良が画面の質問にうなりつつチェックを入れていると、不意にコーヒーを差し出された。
「どうぞ」
 見上げれば、男子学生がコーヒーカップを手に立っている。
「あ、ありがとうございます…」
 おずおずとカップを受け取る。
「君、佐伯さんの知り合い?高校生かな。初々しいねえ」
 コーヒーを一口飲んでから彼に答え、
「知り合いというか…知り合いの知り合い、が正確です。高校の地学の先生…樋口先生が佐伯助手の同期だとかで、紹介してもらって」
「ふーん、そうなんだ」
「おおー。これはまた、お若いお客さんだね」
 人の良さそうな初老の紳士が話に加わる。
「浜口さん…あ、この研究室の技官さん。一番長くここに居る、『ぬし』」
 男子学生は咲良に紹介を済ませてから技官へと向き直り、
「佐伯さんの同期の方の紹介で来たらしいですよ。樋口先生…だったっけ?」
「はい、樋口いすみ先生」
 彼女の返答に、浜口技官は笑顔で手をポンと叩く。
「ああー!内藤くんの教え子さんかぁ!彼女は元気にしてるか?ちゃあんと先生やってるか?」
(結婚前は内藤っていったんだ…先生)
 咲良は思った。
(でも…なんかいいな。巣立って何年経っても、先生がここに居た頃の『時間』が、確かに今も残ってる感じがして…)
 これまで、何の為に勉強するのかという明確な答えが得られないまま、やむなく形ばかり取り組んできた。高校受験のときも同様で、「そんななのに、よくそれなりの進学校に入れたな」と兄・直樹なおきに嫌味を言われたものだった。
 大学・大学院の生の空気に触れ、彼女の中で進路という言葉が明るい希望的現実の色を帯びつつあった。と、足音が近づいてくる。
「ごめんねえ、待たせちゃって」
 助手と入れ替わるように、修士一年の男子学生・渡部と浜口技官は研究室の奥へ去っていく。
「で、結果は?どれどれ…」
 マグカップを手にした佐伯助手がディスプレイを覗き込む。
「えーと、タイプ7…『冒険と楽しみを求める人』だそうです」
「ふーん。じゃあ、注意力が散漫で飽きっぽいところがあったり、努力って言葉が嫌いだったりする…」
「…否定はしません」
「そっかあ」
 助手は画面を閉じてから、咲良を研究室内の右手奥にありパーティションで区切られソファとテーブルが置かれたスペースまで移動させ、
「まあ、座って」
 そして彼女が居住まいを正すのを見届けると、
「なら、実際にフィールドワークに行くのは止めようね。何かあったら責任とれないし」
「…そうですか」
「がっかりしないでよ。『宝探し』くらいは、やってみましょ。やっぱ、女の子としてはただ火成岩とか堆積岩とか割っててもつまらないでしょ?せめて半貴石はんきせきって呼ばれるくらいのものは欲しいよね」
 ダイヤモンド、ルビー、サファイア、エメラルドの四大宝石に希少性や硬度を基準として加えられる数種の宝石である『貴石』以外の全ての宝石が『半貴石』。水晶、トパーズ、スピネル、トルマリンなどが、これにあたる。
「はい、そりゃ…まあ」
 気後れしながらもそう答えた咲良に、佐伯助手は満足げに笑い、
「正直でいいね。そう思ったからさ、大体場所は決めてそれなりに下調べは済ませておいたんだ。岐阜行くよ、岐阜」
「岐阜?」
「そう、岐阜。アルプス、日本海、太平洋、どこにでも出ようと思えば行けるのがココのいいところでね」
「日本海…翡翠が採れるんですよね、新潟では」
「まあ、そうだけど…天然記念物とか国立公園じゃ採取不可だから。見たら欲しくなるでしょ?だからダメ、ダメ」
「はあ…」
「予定としては、採石場の廃棄石の中からブツを捜すのと…これなら鉱物探し初心者でもオッケーだろうし…あと、勉強がてら中津川の鉱物資料館でも見てくるってとこで丸一日のコースね。今日はこれから松本観光する気でしょ?明朝遅れないように、そこそこで止めときなさいよ」
「はい…」
 こちらからあれこれ要望を述べる隙を与えられることなく、助手から明日の大まかな予定そして待ち合わせ場所と時間とを言い渡され、咲良は研究室を後にした。
「はぁ…釘を刺されてしまった。最低限のとこだけ見に行こうかな…」
 かくして定番中の定番、国宝・松本城と開智学校だけを回ると駅前に戻る。
 そして彼女に言われた通り、街中のそぞろ歩きも程々にして駅近郊に建つビジネスホテルのシングルルームに落ち着き、翌日に備えて早々に眠りにつくのであった。
  
 翌朝。指定された時刻に松本駅前で待っていると、予告通りライトローズメタリックのキャミこと佐伯助手の愛車が停まる。
「さぁ。乗った、乗った」
 咲良が助手席に乗り込むと、慣れた動作で発進する。信号で停められたとき、佐伯助手は彼女に黒い表紙の本を差し出した。
「『日本の岩石と鉱物』…?」
「そう。付箋の貼ってある地図のページ、開いてみて」
 言われた通りにする。
「これから向かうのは岐阜でも苗木地方って呼ばれる、一大ペグマタイト地帯ね。花崗岩かこうがん類の塗り分けされてる辺り。…ときに、サクラ。ペグマタイトって分かる?」
「え、ええと…水晶とかトパーズとかが出来るっていう、一つの『鉱物が生まれる所』くらいな認識しか」
「まあ、高校一年生にしちゃ物知り。六十点くらいあげてもいいかな。多少専門的なことを言えば、大きな結晶からなる火成岩の一種。花崗岩質のものが多いんで、普通ペグマタイトと言えばそれを指すのね。…あ、そうだ。火成岩とか花崗岩とかいう用語は大丈夫?」
「ええ、大体は…」
 火成岩とはマグマが冷えて固まった岩石を言い、マグマが急激に冷え固まった火山岩とゆっくり冷え固まった深成岩とに大別される。花崗岩は後者の深成岩に属し、石材としては御影石みかげいしなどとも呼ばれる。
  *
 車は松本市を出、三州街道(国道153号線)を経由して伊北ICから中央自動車道に入る。
「私も一応科学者のはしくれだから、あんまり占いとかは信じないことにしてるの。あのエニアグラムに関してはちょっと別だけど…何つうかな、占星術とかそういうのよりかは、心理学なり社会学なりの見地も感じるし」
「ちなみに、佐伯さんは?」
「私はタイプ8、『自分の力で突き進む人』…良く言えば決断力・実行力があって行動的、悪く言えば好戦的かつ反抗的ってとこ?先生がたにも学生さんにも一寸退かれる存在ね」
 咲良は浜口技官と修士の学生・渡部の言葉を思い返す。
「佐伯くんは、ほんとズバ抜けて『出来る』学生でね…博士に進め、教官として残れって勧めたのも当時の教授だったんだ」
「確かに、佐伯さんは頭もキレるし、『必死こくなんてカッコわるい』って顔しながら陰ではものすごく努力してる人だけど…ちょっと近寄りがたいよね」
 そうこうする間にも車は進んで岐阜県に入り、中津川ICで降りる。高速道路走行距離は90キロ強ほどだ。
  *
 中央本線の恵那駅から遠ケ根方面に進み、木曽川に架かる東雲橋を渡って和田川沿いに上っていくと、あちこちに花崗岩の採石場がある。採石場周辺には石材として利用出来ないペグマタイトを含む花崗岩が捨てられており、その中から水晶、長石、雲母などが採集できるそうだが、時として無色か淡い青色のトパーズが見付かることもあるという。
 土曜日の、お昼前。紫外線対策を整え、採石場そばの石捨て場で二人はいわゆる宝探しを開始する。
「そういえばさぁ…」
「はい?」
「日本は鉱産資源がさほど豊かじゃないし、良質のが沢山とれる国からの輸入も多くて…国内の採石場やら鉱山やらも稼働してるとこばっかじゃないらしいのね。この辺も、輸入石材の加工場になってて、その破片が捨てられてる可能性だってあるわけ。まあ、地質調査じゃなくて半貴石ハンティングな目的だから産地にこだわり無いだろうし、構わないと思うんだけど。念のため、確認をね」
「…ええ、まあ。おっしゃる通りです」
「じゃ、続けよっか」
「ハイ」
 しばしの間を置き、
「佐伯さん」
「ん?」
「なんだか申し訳ないですね。この8月の炎天下、あたしのワガママに付き合って貰っちゃって」
「気にしないでよ。採石場とか鉱山の立入許可取ってあげないちゃったし、実際に山登って路頭をハンマーでガチンとやるの取り止めたのは私だから。それに、この程度で音を上げてちゃ、夏のフィールドワークなんて出来んよ」
「でも…佐伯さんって、仮にも大学助手でしょ?」
「大したことないってば。大学職員なんて、ホントしがない職業よ?なのに『アンタ、仮にも教育者の端くれでしょ?手ぇ貸しなさいよ』なんて、ハッパかけられて」
「え?誰にですか」
「いすみに」
「あ、そうだったんですか…。にしても、見た目に反してキツイこと言いますねぇ、樋口先生」
 どちらかというと小柄で温厚、おっとり型なレディにしか見えない樋口教諭の姿を思い出しながら咲良が言うと、
「そうだねー。だけど仕方ないのよ。いすみは諦めきれなくて教員浪人やってた人だから、ポリシーが違うのね…多分」
 佐伯助手は思い出したように咲良へと振り返り、
「ほら、サクラ。口ばっかでなくて目と手をちゃんと動かしなさい」
「あ、ハイ」
 二人、会話もなく石を手に取っては目を凝らし、また別の石を掴むのを繰り返す。
「あのー、佐伯さん」
「なに?気になるの有った?」
「いえ。良さげなブツが出る確率って、どのくらいでしょうかね」
「さあ…運が良ければってとこね。サクラは強運の持主?」
「どうですかねぇ、悪くはないと思うんですけど。なんだかんだで高校も第一志望受かったし…。兄貴には『何か裏工作したんだろ』て言われましたけど、あれが運なのかも…」
 話しながら何気無く咲良が拾った石に目を止め、佐伯助手が声を上げた。
「ちょっと。それ、貸してみなさい」
「え、はい」
 ルーぺを通して石を見る彼女の目は、既に地質学者のものだ。あまりのその真剣さに、咲良も黙ったまま返答を待つ。
「結論は研究室に持ち帰ってからにしたいけど…おめでと、サクラ」
「えー!ホントですか!」
 素直に喜ぶ咲良に、しかし助手は変わらぬ口調で、
「うん、まあ。でも時間はまだあるから、もうちょっと頑張ってみましょ。まだ出るかもしれないし」
「…ハイ」
 そして、石とのにらめっこが再開された。
  *
 正午を過ぎ、石捨て場を後にする。「山国に来たら、とりあえずコレでしょ」と中津川駅近くの和食処で昼食に蕎麦をいただいてから、国道275号を北に進んで中津川市鉱物博物館へやって来た。
 長野県木曽郡南木曽町から岐阜県恵那市北部は花崗岩の分布域であり、水晶やトパーズなど様々な石類が産する鉱物の一大産地で「苗木地方」と呼ばれる。この博物館は岐阜県中津川市苗木出身の長島父子から市が寄贈を受けた鉱物標本「長島鉱物コレクション」を基礎とし開館されたのだという。
 博物館を出るころには、だいぶ日も西へ傾いていた。
「さて。それなりに収穫もあったことだし、帰ろうか」
「はい、ありがとうございました」
 車のドアに手をかけながら咲良が一礼すると、
「なに。まだ終わったわけじゃないんだってば。家に帰るまでが遠足でしょ」
 同じくサイエンスクラブに所属する一年生・祝部斎ほうり いつきに以前自分が言った台詞で返されてしまった。
「ときに、サクラ。お風呂セットは持ってきたかね」
「ええ、まあ…言われたように。でも、なんでまた」
「火成岩が出るってことは火山地帯、すなわち温泉もセットってこと。地震は怖いけど、火山国ってことは温泉大国でもあるわけだからねぇ…日本は。言わずもがな、長野・岐阜にも温泉地はいくつもあって。日帰り温泉に寄ってさ、火山の恵みで汗を流して帰ろうじゃない。どうせビジホはユニットバスでしょ?」
 微妙に困惑しつつも温泉の誘惑は断ちがたく、「恥ずかしいのは佐伯さんも同じじゃん。この際だから裸の付き合いしちゃう?」などと割り切り、咲良は照れ臭さはかき捨てで従った。
  *
 さっぱりして車に乗り込み、帰途につく。帰りは国道19号こと中山道を北へとひたすら進みゆく。
「そういえば、つくばにもあるじゃない?地質系の博物館。私からの夏休みの宿題として、そこも見てくるってことで。ブツは確認とれたら送っとくよ…着払いで」
「えー!」
「ウソウソ、ちゃんとこっちの発払いで送る」
 不意に、咲良の携帯が鳴る。開いてみると、斎からのメールだった。笑みを漏らす彼女を横目で見、佐伯助手が訊いてくる。
「どうかした?」
「いえ、同輩から…首尾はどうか、って。厄除御守とか用意してくれたし、心配してくれてるようで」
 助手も笑い、
「いいねぇ。学生さんっていうか、若い子って。…ちなみに、男子?」
「え?ええ、そうですけど」
「いやぁ、ますますイイわぁ。いい報告が出来そうだね、サクラ」
「佐伯さんのおかげですよ」
 咲良は大きくうなずいて答えた。
  *
 松本市内に戻る頃には、夜のとばりが下りつつあった。
「もうすぐ到着だよ。忘れもの、無いようにね」
「はい。佐伯さん、今日は本当にお世話になりました…ありがとうございました」
 心からの感謝の気持ちを述べると、助手は照れたような笑みを浮かべ、
「いやぁ…あなたみたいな若い子と久々に研究そっちのけで汗を流して、いい気分転換になったし」
 二呼吸ほどの間をおき、続けて、
「ねえ、サクラ。あなた、お勉強は好きじゃないらしいけど、鉱物に関する情熱なら結構なものね。研究者気質かもよ」
「…え?」
「だって、大学教授とかプロフェッショナルって言うと聞こえはイイけど、言い方変えればマニアだったりオタクだったりだもの。変わり者が多いんだってば。それに、よく言うじゃない…『好きこそ物の上手なれ』って」
 二人、揃って笑う。
  *
 宿泊先のホテルの前で助手に再度お礼を言って別れた咲良は、笑顔で部屋へと向かう。
「なんか…いろんなものを得まくった気がするわ、この数日で」
 佐伯助手には菓子折だけでは足りないほど世話になってしまった。ブツが届いたら、その礼と合わせて更に何か送らなければと感じた咲良だった。
 そして…
(出来ることなら、ここに進学して…佐伯さんの弟子になろうかな。でもなあ、それにはチョット今のままじゃ厳しいかな…。真面目に勉強して偏差値上げないと)
 決心がつく頃には、荷物を置いたままの部屋の前にたどりついていた。
(今夜はゆっくり休んで…明日はつくばに帰るんだな。祝部にもメールしとこうっと)
 携帯電話を開きながら、部屋のキーを開けた。

『Secret Base』「Aug-2008 =SIDE STORY <unknown field>=」 より

こんなことがあり、咲良は秋の文化祭には無事に「プチ鉱物博物コーナー」という自身ブースを完成させ。

ブースイメージ画像、咲良〈デル・リオ〉2008(再掲)

鉱物の組成なども滔々と説明して「化学式の氾濫」となるわけで……
こちら↓の画像に対し、以下のような説明をしれっとする訳です。。

雑誌付録(ディアゴの『トレジャー・ストーン』)を用い、ざっくり分類。

一番左:酸化鉱物(金属元素または非金属元素が酸素と結び付いて出来る鉱物)。
上から、
◇コランダム:
ダイヤモンドに次ぐ硬度をもつ。組成式はAl2O3。結晶の美しいものがルビーやサファイアといった宝石として珍重される鉱物。
◇クオーツ、アメシスト:共に組成式はSiO2、石英。
◇ヘマタイト:和名は赤鉄鉱。組成式Fe2O3。
 
左から二番目:炭酸塩鉱物(金属と炭酸の結びつきによって出来る鉱物)。
◇アラゴナイト:和名は霰石〈あられいし〉、組成式CaCO3。
 
左から三番目:フッ化鉱物(もっと広くとらえればハロゲン化鉱物)。
◇フローライト:和名は蛍石。組成式CaF2。
 
左から四番目:ケイ酸塩鉱物(金属とケイ素〈Si〉、酸素が結びついて出来た鉱物)。
◇トパーズ:
 和名は黄玉。組成式Al2SiO4(F,OH)2。-OH typeと-F typeに分かれ、日本で産するのは後者という。
◇マイカ:
 和名は雲母。外見上の色から白雲母、黒雲母、金雲母などに分類され、これらの雲母は組成が異なる。金雲母の場合、組成式はKMg3AlSi3O10(OH,F)2。
 
右から二番目:リン酸塩鉱物(金属元素がリンや酸素と結び付いて出来る鉱物)。
◇アパタイト:和名は燐灰石〈りんかいせき〉。組成式Ca5(PO4)3F。
 
一番右:硫化鉱物(金属が硫黄と結び付いて出来る鉱物)。
◇パイライト:和名は黄鉄鉱。組成式FeS2。

手前:番外。
◇オブシディアン:
 和名は黒曜石。マグマが冷え固まって出来る火成岩かせいがんの一つではありますが、結晶をなさない状態のガラス質・アモルファス(非晶質)などと呼ばれるもの。

『Secret Base』「秀嶺祭 2008- Del Rio Booth -」 より

石捨て場で見付けた半貴石は、後日佐伯助手が「岐阜県恵那郡のペグマタイトからの、煙水晶〈スモーキークォーツ〉と長石〈※一般式 (Na,K,Ca,Ba)(Si,Al)4O8〉の結晶」と分析して送ってくれ、文化祭のブースに展示された、と。
しかし超個人的には、末尾の補注で「色とり忍者」のことが割と丁寧に書いてあって、確かに自分が書いたものなのだけど、懐かしさが爆発だったなあと(激笑)。
めちゃイケっ子でしたよね自分…「ブンブンブブブン」の数取団かずとりだんとかも好きでした…「ハイドロプレーニング現象」で後続を焦らせるくだりとか(笑)

補注:数年後のために(苦笑)
◆色とり忍者
 フジテレビ系列・土8のバラエティ番組「めちゃめちゃイケてるッ(めちゃイケ)」の1コーナー。レギュラーの男性陣が忍者に扮してゲストを迎え、「白い景色、シュッシュッ、ゲレンデ、シュッシュッ」などと色にまつわるお題を回していき、つっかえた者は将軍様からお仕置きを受けるという内容。ゲームに入る前に「大丈夫でござるか?」「ダイジョーブ!」というやりとりがある。
 野菜、果物、車(乗り物)等はまだベーシックだが、「青いイナズマ=SMAP」などの歌シリーズ、「赤い芸能人=赤井英和など」といった変則ものがあるので要注意。ちなみに、「金のお寿司」は数の子握りを指すらしい。

『Secret Base』「秀嶺祭 2008- Del Rio Booth -」 より

一昔以上前の筆という時間的乖離もあり、「実際問題、これが本当に可能なものかどうか」という現実・リアリティとの乖離もあるのだろうとは思うのですが(自分で言った!)・・・でも筆者自身としては番外という位置づけながら気に入っているセクションの一つです。
ちなみに筆者もエニアグラム診断ではタイプ8です。まあ好戦的ですよね…(自爆)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?