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拙作語り㉙~岸浪センセ(補)@『Secret Base』

一次創作短編連作小説『Secret Base』、もうだいぶ「地の文」は再掲しています。しかしながら、まだ多少残っている部分があり、それはサイエンスクラブ初代顧問・岸浪きしなみ教諭と平成21(2009)年入学の聡介そうすけに関わる箇所になるだろうと。そこで、今回は岸浪教諭周辺の内容で未再掲のところをまとめたいと思います。主に着任から3年目と、他校へ異動となってから半年ほど後までの話。
 
聡介については、高2のときに学校で東日本大震災の大地震を経験しており、「来年度の部長は俺なんだ。しっかりしなきゃ」から福島県浜通りに住んでいた父方の祖父母に係るモノローグが……
正月を襲った大地震、大津波警報の発令、テレビでは能登地方からの中継映像にレポーター(アナウンサーかも)が「海から離れてください、ただちに逃げてください。東日本大震災を思い出してください」と連呼した元日の夕刻・・・一月近く経ち、少しずつ元の生活に戻り始めたところもあるものの、まだまだ遠く。
今この時期に出すのは筆者としてもどうかと思うので、せめてもう少し落ち着いた頃にと考えてます。。

前準備として…
サイエンスクラブOB・飛鳥は、クラブ顧問・岸浪教諭の恋人が非常勤職員として働いている学科へと進学する。
そして入学後に大学内で出会うこととなり・・・
同じくクラブOGである魅羽との件も出てくるのだけど、まぁ……

 ゴールデンウィークも近付く、T波大キャンパス中央図書館。
 先月オープンしたばかりの、図書館併設のスターバックスコーヒーで二人は待ち合わせた。
「これ、渡しとく」
 くせのない綺麗な茶髪の男子学生がカラフルなギフトバッグをテーブルの上に出すと、向かいに座っていた女子学生が目を丸くして尋ねる。
「…ディズニーランド?どうしたの、こんなもの」
 抜け駆けか、という視線を向けられているのを感じ、
「俺じゃないよ。岸浪先生からだって」
「え?先生に会ったの?」
「いや、それが…」
  *
 それは4月のほぼ真ん中、16日。必修の第一外国語(=英語)の授業が終わり、講義室を出たとき、この男子学生・五十嵐飛鳥いがらし あすかは不意に声をかけられた。
「五十嵐くん…だよね?つくばね秀栄高校から来た」
「え?そうですけど…」
 二十代半ばから後半と思われるベージュのスーツ姿の女性が、はにかんだような笑顔で彼に歩み寄る。
 初対面では無いような気がするが、いつ・どこで出会ったかが思い出せず、飛鳥は つい首をかしげた。すると、
「文化祭のときにクラブの発表を見に寄らせてもらったから、一度会ってるんだけど。あの時は名乗りもしなかったし、覚えてないよね」
 彼女は にこやかに紙製の手提げ袋を差し出しながら、
「これ、岸浪先生から。神足こうたりさんにも渡してもらえるかな」
(文化祭に来てった…。岸浪先生から…?それじゃ、この人が…)
 彼には一つ、思い当たることがあった。半信半疑ではあったが、彼女に問いかける。
「もしかして、先生の…?」
「ええ。ごめんなさいね、いきなりで」
 用事が済むと、彼女はそそくさと研究室や教授室などのある学群・専攻棟へと去っていった。
 ぽかんとして突っ立っていると、当然ながら同級生たちの質問攻めに遭う。
「五十嵐。あれは誰だ?」
「お前、二股かけてんのかよ。入学早々…。あの地球学類の彼女は知ってんのか?」
「なんなら、片方オレが引き受けるぞ?どっちでも」
「んな訳ないだろ!高校時代の先生の彼女だよ」
  *
「…なんてことがあって」
「ふーん…。先生が、あたしたちにそんな気を遣うなんてねえ」
 神足魅羽こうたり みうは お土産をバッグにしまい、
「にしても…ひどいなあ、五十嵐は。後輩には自慢するくせに、どうしてあたしに黙ってんのさ」
 のっけから不機嫌な魅羽に、飛鳥が尋ねる。
「…なにが?」
「しらばっくれるんじゃないの。あちこちからせしめた入学祝で買ったんでしょ?天体望遠鏡」
「どこからそれを…」
「後輩三人のいずれか。でも可能性は所詮1/3、そんなことあれこれ考えるだけ時間の無駄だよ」
 コーヒーを一口飲んで、彼女が続ける。
「だから、説明してよ。なんで、あたしには教えてくれなかったのか」
 すったもんだがありまして(古)、高校三年間を同じクラスで、また放課後も東校舎屋上や第一理科室をメインとして一緒に過ごした時間の多いこの二人は、大学進学を機に『お付き合い』を正式にスタートさせていた。
「だって、聞いたらウチに押しかけてこられるに決まってるからさ…『見せて触らせて!』って」
「お邪魔しちゃまずいことでもあるの?まさか、お前…あたしのこと、ご両親に何も話してないとか!?」
 押し黙る彼に、不満げに浴びせる。
「ちょっと、酷いじゃないの!」
「神足。声、大きい…」
 学生カップルの痴話げんか。周囲の目が気になる。
「分かった。分かったから…。この話は、親の都合とか聞いてからまた」
「そうそう。分かればいいの」
  *
 実は、これだけじゃなかった。
 飛鳥は魅羽に言わずにおいたことがある。岸浪教諭の彼女という教授秘書が左手の薬指にはめていたリングだ。
 アクセサリーやジュエリーなど興味もないし、詳しいわけでもない。ただ、シンプルなデザインに透明で強く光を返す石が一つはめ込まれたそれを見て、彼は思ったのだった。
(あれは、シルバーとかホワイトゴールドのファッションリングじゃなくて…おそらくはダイヤモンドが嵌め込まれたプラチナの…エンゲージリングなんだろうな)
 だが、そんなことを口にしたなら魅羽も大騒ぎするだろうし、後輩に流れれば教諭が迷惑するだろうと考えて、黙っておくことにしたのだった。

『Secret Base』「Apr-2008=SIDE STORY <university campus>=」 より

当時でさえ、だいぶ懐かし感が漂っていたフレーズ、「すったもんだがありまして」。15年も経ったら、尚更懐かしい(しみじみ)。
この後、大方の予想通りというか、魅羽は飛鳥の自宅へ押しかけ、彼の両親とも仲良くなって「足場を固める」ことに(笑)。
次の次の引用から効いてきます。
 
秋の文化祭へ行く前に、夏の話。

 まぶしく地上に照りつける太陽が西の空へと傾き、今日も つくばね秀栄高校の6時限目終了を告げるチャイムが校内に鳴り響く。
 そんな、夏休みを待つばかりとなったある日の放課後。サイエンスクラブが活動場所とする第一理科室一番乗りは、スペインのちメキシコに帰化した化学者・鉱物学者から取られた「デル・リオ」というニックネームを持つ一年生の女子生徒・石動咲良いするぎ さくらだった。
 ほどなく現れた三年生の女子生徒・橿原万希かしはら まきが、彼女の手にしていた本に目を止める。
「何の本?」
「あ、先輩。これ、面白いんですよー。366日の誕生花の本なんですけど。先輩もどうです?誕生日、教えてくれませんか?」
「え…いいけど。3月4日だよ」
 デル・リオは本を開いてページをめくり、
「3月4日、木苺…花言葉は『愛情』、ですって。人望もあって、困難に立ち向かえる強さもあって。正に、キュリー先輩そのものって感じ」
「へえ…でも、そんな褒めても何も出ないよ?」
 二人が顔を見合せて、華やかに笑う。
 このサイエンスクラブの部員たちには、仲間うちだけで呼び合うのに使うニックネームというものが存在する。皆、偉大な業績を遺した科学者たちから名前を貰っているのだが、この万希の場合はノーベル物理学賞・化学賞の二つを受賞した女性科学者であるマダム・キュリーからいただいた呼び名だ。
「そうだ。皆のも見てみましょうよぉ。先生のとかも。でも、あたしが訊いても『俺は占いなんて非科学的なもんは信用しない』って言われそうだから、先輩お願いしますよ」
 と、準備室から岸浪教諭が顔を出す。
「今日はまだ女性陣二人だけか?」
「あ、フェルミ先生」
 生徒たちだけでなく、クラブ顧問の岸浪教諭にもニックネームがある。アインシュタインの相対性理論を最悪の形で現実のものとした原子爆弾を生み出すのに関わり、初めて原子炉での核分裂反応実験を成功させた物理学界の大物―イタリアから後にアメリカに帰化した「フェルミ」である。
「頼みますよ、先輩」
 デル・リオに小声で頼まれ、キュリーがおずおずと尋ねる。
「あの、先生…」
「何だ?キュリー」
「先生の誕生日っていつですか?」
「…は?なんでまた…あ、もしかして。バースデーケーキ作ってくれるとか」
「ええ。時期によってはですけど」
「そっか、そりゃ残念。ちょうど夏休みまっただ中だからなあ。皆から忘れ去られる運命なんだ、俺の誕生日は」
「っていうと、7月下旬から8月末ですか」
 デル・リオの言葉にうなずき、
「ああ。ヒロシマが祈りに包まれる日」
 1945年のその日、広島市を襲ったもの。深い傷を残したもの――
「…8月6日、ですね」
 音も立てず理科室の引き戸を開け、メンデレーエフこと二年生の男子生徒・有田啓人ありた けいとが入ってきた。教諭は一度彼のほうへと視線を移し、軽くうなずいて続ける。
「だから、去年の春…クラブが正式に発足して、皆にニックネームを付けてったとき、ノーベルが言った『先生は放課後の理科室ではフェルミ』というアレには正直冷や汗かく思いだったね」
 部員たちの呼び名は、基本的に教諭が独断と偏見で考えたものである。しかし彼自身の『フェルミ先生』は、この春高校を卒業していったノーベルこと神足魅羽が付けたものだった。(※詳しい経緯は本編"Apr-2007"参照)
 教諭の言葉に、メンデレーエフは意外そうに返す。
「そうなんですか?余裕こいてニヒルな笑みとか浮かべてみたりしてたじゃないですか」
「まあ、俺もそれなりに修羅場をくぐってきてるんで。ポーカーフェイスも身につけたってこと」
「修羅場って、例えば?」
 メンデレーエフが何気なく尋ねると、顧問はやや顔をひきつらせ、
「…思い出したくもない」
 二人がそんな会話をしているうちに、デル・リオは本のページをめくる。
「8月6日の誕生花、のうぜんかずら…花言葉は『名誉』」
 人類にとっての『負の叡智』が全世界へ向けて産声を上げた日の誕生花、その花言葉が『名誉』。皮肉すら感じる巡りあわせである。
「『兵は不祥の器なり』と三略では言うそうだが、なんだかんだで戦争ってのは無くなるもんじゃないようだな…残念なことに」
 ひとりごとのようにつぶやく教諭に、キュリーが答えて、
「そうかもしれません。でも、だからといって何の努力もしないというのは怠慢ですし、許されるものではないと思います。犠牲となった多くの方たちの為にも」
「まだ若いのに、いい心がけだ」
 彼女に笑顔を向けると、教諭はドアに手をかける。
「俺が年をとるのは別の話として…お前たちも夏休みで色々忙しいだろうが、そんなこともたまには思い出してくれよ」
 理科準備室のドアが、静かに閉じられる。
「なぁんか、しんみりしちゃいましたけど…秋の文化祭への準備、やりましょうよ」
 デル・リオが言い、他の二人もうなずく。
 今日も、普段通りのサイエンスクラブの活動時間が始まる。

『Secret Base』「Summer-2008 ~フェルミ先生の誕生花」 より

本文中に登場する本=参考にした本は、『366日誕生花の本』(瀧井康勝 著 三五館)。ちなみに、岸浪教諭がくぐり抜けてきた修羅場とは多分、学生時代に対決(?)していた物凄く忙しいカリキュラムおよび変人教授マッキーノであり(教諭の学生時代については、過去記事「拙作語り⑲」参照のこと)、付け加えるなら教員試験なのだろうと。。
現代ものの拙作では、割と登場人物の誕生日まで設定してることが多いです。物語上必要というか、物語の展開に大きく関わってくる場合もありますが(たとえば『古都異聞』:過去記事「拙作語り⑬」参照)、何となく決めてみたという場合が大半です。。
 
そして、岸浪教諭の着任三年目の秋。
教諭が文化祭打上げに卒業生だけでなく自身の婚約者・与恵くみえも誘ったには、こんな経緯が・・・

 例年、文化の日前後の金曜日に開催される、つくばね秀栄高校の文化祭・秀嶺祭しゅうれいさい。今年は10月31日となった。
「前倒し、更にドンって感じだよなぁ…」
 10月に入り、部員たちは文化祭への準備をせわしくこなしながら日々過ごしていた。
  
 サイエンスクラブOBで現在T波大の一年生である五十嵐飛鳥は、講義を終えて帰宅すべく、つくばセンターへ向かうバスに乗るため学群棟最寄りのバス停に出た。すると、そこで予想しない人物と出会った。
「…五十嵐くん?」
「あ…」
 彼の在籍する学類で教授秘書をつとめている、サイエンスクラブ顧問・岸浪教諭の『彼女』だった。
天生あもうさん」
「今、帰り?」
「はい…」
「一年生から、だいぶ遅いコマにまで講義入れてるんだね」
 ちょうどやってきたバスに乗り込む。席は点々と空いていたが、座るのもなんだか気まずく、二人並んでつり革を持った。
「今年の秀嶺祭は10月なんだよね」
「ええ、そうみたいですね。天生さんは、今年も行くんですか?」
「…それが、ちょっと無理そうで。残念なんだけど」
 天生秘書が小さく首を振りながら答えると、飛鳥も似たような調子で、
「俺も、金曜日じゃ行けそうにないです。必修が入ってるし、休講の予定も無いし…。見てみたい気はするんですが。…まあ、後輩に頼めばビデオで撮っておいてはくれるでしょうけど、それじゃ物足りないかなとも」
「神足さんも行けないって?」
「あいつはむしろ文化祭の発表そのものより、その後の打ち上げのほうに関心があるらしいですよ」
「打ち上げかあ…」
 一つ息をつき、天生秘書が続ける。
「そういえばね、この前先生に『文化祭、行けそうにないの。すんごく残念なんだけどー!どうにかしてくれない?』って、何となく言ってみたんだけど…そしたら、『なら、打ち上げに来るか?ハロウィンと重なるし』って」
「え!?本当ですか、それ」
「ええ」
 理解に苦しむ様子の飛鳥に、しばしの間を置いて彼女は思い切ったように明かす。
「先生、『今回で最後かも』って思ってるみたいで…。だから、そんな提案されたんだと思うの」
「最後…?」
 驚いてその言葉を繰り返した彼にうなずいて見せ、
「先生、赴任して今年が三年目でしょ?三年も経てば異動になっても不思議もないし…。『コネなし採用の独身者なのに、自宅から通える進学校に赴任できたこと自体幸運過ぎて気持ち悪い。残念だけど、そろそろ潮時かも』って言ってた」
「異動…ですか。でも、確定したわけじゃないんですよね」
「さあ。わたしにはそこまで話してくれないから」
 一旦会話は途切れるが、
「五十嵐くん。携帯番号とかメアド、変えてないよね」
「え?あ、はい」
「なら、もしかしたら先生から誘ってくれるかも…打ち上げに」
「そうでしょうか。俺、行って大丈夫なんですかね」
「大丈夫に決まってるでしょ」
 話をしているうちに、バスはつくばセンターのバスターミナルへと入って行く。
 バスを降り、別れの挨拶をして別の乗り場へと歩き出す。
『先生、「今回で最後かも」って思ってるみたいで…。』
 飛鳥は一人、先程の彼女の言葉を振り返る。
 話すべきか、黙っているべきか…でも、まだ確定したわけじゃなし――
 そして逡巡した挙句、高校の同級生であり三年生のときは二人でクラブの部長・副部長を務め、現在双方の親公認で健全な男女交際を続けている神足魅羽には今当分内緒にしておこうと決めたのだった。
  *
 果たして、文化祭の一週間ほど前に岸浪教諭から二人の卒業生へも打ち上げについてのメールが届く。
「お誘いメール、ほんとに来たね。驚いた」
 大学図書館で待ち合わせた魅羽に、飛鳥は正直な思いを口にしたが、
「そりゃそうでしょ」
 当然だとでも言いたげに答えた彼女の様子に、何かを感じ取る。
「まさか…『誘ってくれないとテメエを取って食う』とか脅迫したの?お前」
「なに、その言い方!あたしはただ、いっつんに『今年の文化祭の打ち上げってどうなってるのよ?』って訊いただけ!」
 現在のサイエンスクラブ部員で彼女の従弟にあたる一年生・祝部斎ほうり いつきが、
「先生。ミウ姉が『文化祭の打ち上げの予定を素直に吐け』ってうるさいんですけど、どうすればいいですか」
などと高校のほうで微妙に尾ひれを付けて話題にしたため、教諭もさすがに黙っていられなくなったという経緯で発信されたメールであった。しかし彼らはこのような背景までは知らない。いや、多分知らないほうが幸せだろう。余計な詮索は止め、その日の予定を空けて出席の旨を速やかに返信した二人だった。

『Secret Base』「Oct-2008<1> 文化祭を前にして」 より

「お互い隠し事はしない」とか約束したところで、きっと飛鳥は「言わずにおいたほうが穏便にいくだろうな」と黙っていることのほうが多く、結局守られないから最初から約束しないほうが良い気がした(爆)。
初めにそういう約束も無く「お付き合い」をスタートさせたのは、ある意味賢明だったのかもしれない(爆爆)。
それはさておき、文化祭当日。

 …そして、10月31日の金曜日。本番の朝を迎える。
 本日は晴天なり…などというマイクテストめいた文句はさておき、秀嶺祭開幕。部外者も出入りするので、昨年同様に今日ばかりは理科室でもごく内輪での会話以外は本名で呼び合うルールだ。

『Secret Base』「Oct-2008<2> 文化祭当日」 より

という訳で文化祭が始まり。
昨年に続き、この年にも意外というか想像通りというかな来客が・・・

 10月最後の金曜日は良い天気で幕を開けたが、昼頃から翳り始める。今年も残すところあと二ケ月となった時期だけに、昼間でも太陽の光が届かなくなると、肌寒さが増すようだった。
  * *
「…おい、石動はどうした」
「なんか見に行きました」
「見に行ったって…無責任だな。どうすんだよ、こんな時にヤツの展示に興味持って動かない客が来てるのに」
 先程からデル・リオのブースを熱心に観覧し留まっている来訪者を一瞥し、教諭が言う。
「先生がピンチヒッターやれば無問題じゃないですか」
 啓人の言葉に、教諭が即返す。
「だから、俺は化学教師なんだって。鉱物は専門じゃねぇ」
 仕方ない、とつぶやき、ちょうど自身のブースの来訪者が去って一息ついた斎に声をかけた。
「祝部。石動のブース見てる人たちに解説してやれ」
「…ああ、はい」
 斎は席を立ち、来客に話しかける。
「…祝部、そっち方面の知識もあるんですか」
「らしいな。何者だよ、ヤツは」
「さあ…。しかし、あいつはこんなとこまで石動の後始末を…。なんか気の毒」
 可愛くないわけではないが自由奔放で面倒くさい女生徒を、入学早々些細なきっかけから引き受けてしまった彼に、啓人は人知れず同情の視線を注いだ。
  * *
 啓人が自身のブースに座っていると、不意に声をかけられた。
「あれ?キミ、去年カルメ焼き作ってたよね?今年はやってないの?」
 顔を上げて見ると、二十歳前後の男子学生とおぼしき背の高い青年が一人。
「え…?去年も来てくれたんですか」
「まあね。にしても…」
 青年は、きょろきょろと周囲を見回す。
「何か、目的でも?」
「ああ、実は『光の君』を拝んでみたいと思ってさ」
「光の君…?」
「そっ。ウチのどうしようもない若紫に勉学やら実験指導やら『教育』してくれてるっていう、奇特な人物を」
「…は?」
 そのとき、咲良が理科室に戻ってきた。
「ぎぇー!ちょっと、なんで居んのよ。兄貴!!」
「兄…?」
 意外な言葉を聞いて啓人は目を丸くするが、当の青年は照れくさげな笑みを浮かべて、
「いや、この時間ちょうどコマ空いてて…チャリで一っ走り参上したってとこで」
「やめてよ!世の大学生がいかに遊んでるか宣伝して歩いてるみたいじゃない。真面目にやってる学生さんに謝れ」
 突如、兄妹喧嘩というには一方的な咲良の『口撃』が火を噴いた。
 騒ぎを聞きつけた部長の那由多なゆたが間に入り、
「まあまあ…。お客さんなんだから、そんなこと言っちゃまずいだろ」
 だが、咲良は退かない。
「でも、こいつはさっぱりサイエンス脳じゃないんですよ!経済やってるくせに数字に弱くって…冷やかしで来てるだけなんですから」
「お前よりかは強いつもりだぜ?」
「おい、そこ!兄妹喧嘩なら、他所でやってこい」
 岸浪教諭の一声で、事態は収束した。
「ふえ~ん…なんか、調子狂う」
 咲良は、先輩たちの展示の前でその説明に笑顔で耳を傾ける兄を睨んだあと、自分のブースの机に突っ伏す。
「でも、仲良さそうだよ。喧嘩するほど、って言うしね」
「うん…仲はいい。いいんだけどさ…」
 傍に立ち声をかけた斎へと悔しげに顔を上げ、深々と ため息をついた。
 その後、咲良のブースは「よーく知り及んでるから」とスルーしたものの他の部員の展示にはきちんと目を通し、目的の『光の君』こと彼女の教育係を請け負う斎に会って話をしてみたことで満足したのか、兄・直樹なおきは時計を気にしながらも にこやかに理科室から去って行ったのであった。

『Secret Base』「Oct-2008<3> 文化祭当日~来訪者」 より

というわけで、咲良の兄・直樹は話題にのぼる程度なら前々から登場してはいたのだが、実際に台詞付で出てくることに。。
直樹としては、感謝の気持ちもあるのだろうけど、それより「家族でも面倒くさいと思う時があるような、こんな妹の指導を引き受けた奇特な生徒がどんななのか見てみたい」という好奇心もだいぶあっただろうと(笑)。満足したようで何より。。
そして何より、この兄は昨年、顧問に「お持ち帰りはさせるな」と言われていたメンデ(啓人)の目を盗み、カルメ焼きを持ち帰って妹に提供した人物であり。さすが前世(?)忍者だなと・・・笑。
文化祭打ち上げの話は過去に掲載済です(拙作語り㉕)。

予期した通りというか、岸浪教諭は異動となるのだが・・・

 4月1日。春休みであったが、つくばね秀栄高校のサイエンスクラブ部員の一人・有田啓人の携帯電話が朝早くから着信音を鳴り響かせた。
「…なんだよ、全く」
 不愉快げに布団から手を伸ばし、啓人は携帯を開いた。
「…神足先輩から…『四月馬鹿抜き緊急事項』?」
 送信日時は昨日深夜になっている。電源を切っていたので、たった今着信となったのであろう。覚めてきた目で本文を追う。
 
『皆、こんばんは(ORおはよう)!教職員異動の新聞折込、見た?ついては、クラブとして岸浪先生に花束と寄せ書きを贈ろうと思うので、皆の明日=4月1日の予定を教えられたし。あたしが色紙持って花束代徴収にマイカーで回っていくから協力してね!
追伸:明日は知っての通りエイプリルフールだけど、これマジだから。シカトや冗談返しは厳禁』
 
「…こういうこと仕切るのは、やっぱ五十嵐先輩でも宇内うだいでもなく、あの人なんだな」
 啓人は、部長より部長らしかった初代副部長・神足魅羽を思い出しつつ ため息をつく。何も知らなかった卒業生込の部員たち、特に後輩は驚き慌てているだろうとも考えながら。
 彼自身は平然としていた。先月のうちにクラブ顧問の岸浪教諭本人から異動の話を聞いていたからだった。
「という訳で、創部以来の構成員はお前一人になるんだ。しっかりやってくれよ」
 そして、
「どうせ期末には新聞で皆に知れ渡る。だから誰にも言うなよ」
と釘を刺された。
 だが、彼はただ一人だけにはこの情報を流した。この春卒業し、京都の大学に進むこととなった橿原万希である。おそらく、彼女は既に教諭に何か伝え渡しているだろうと思っていた。
 携帯を手にしたままぼんやりしていると、再び着信音が鳴る。
 魅羽からの、怒り絵文字一つという件名のメール。
 
『ちょっと、有田。早く返事寄越しなさいよ!今日はエイプリルフールだけど、事情が事情なんだからフザけないでよ!』
 
 まだ返信していなかったことに気付き、慌ててボタンを押し始めた。

『Secret Base』「Apr-2009<1> エイプリルフールの衝撃」 より

 例年4月5日の離任式だが、今年は日曜日の為、一日早い第一土曜日の4日となった。
 この学校を離れる教師を生徒たちが校門まで並び見送るセレモニーの終幕。岸浪教諭の前に、三人のサイエンスクラブ在校生が進み出た。
「もぉ、先生ってば何も言ってくれないから驚いちゃいましたよ」
 嫌味を言いながら、紅一点の新二年生・石動咲良が花束を差し出す。教諭は笑顔で受け取り、
「いやぁ…俺、こういうのに弱いっていうか」
「でも…守谷もりやってことはアレですか?与恵さんの…」
 啓人の問いにうなずいて返し、
「あいつも、両親が心配だから実家の近くがいいって言ってたし…ちょうど良かったな」
 異動先として婚約者の実家のある守谷の高校を希望し、それが通ったようだった。
「先生、卒業してった先輩たちからも宜しく伝えてって。落ち着いた頃にでもハガキくださいね」
 言いながら、新二年生の祝部斎が色紙を手渡す。それを見た教諭は少し驚いた様子で、
「すげー。創部以来の全部員からじゃないか」
「ミウ姉が叔母さんの車で皆のとこ走り回って集めてきたんですよ」
「そっか。次に会ったときに神足にご苦労さんって言っといて」
 啓人が後輩二人を先に戻らせ、声を落として問いかける。
「先生。休み中に橿原から何かありました?」
「ああ。ブランデーケーキ貰って与恵が喜んでたよ」
「すみません、黙ってろって言われたのに。でも、橿原は今当分自宅から通うっていう宇内と違って、関西に行っちまうからと思って…」
 どこか気まずげに言う彼に、教諭は笑顔を向けてその肩をポンと叩き、
「気にすんなよ。結果オーライさ。…しっかりやれよな」
「はい、善処します」
 会うは別れの始まりと言う。しかし、出会いと別れはめぐるものである。ここで同じ時を過ごした思い出を胸に、皆別々の道を歩いていく。そしていつの日にか ふと立ち止まり、懐かしく振り返るのであろう。彼らにも、それぞれの新たな出会いが訪れようとしていた。

『Secret Base』「Apr-2009<2> 終わりの始まり」 より

この年の秋。
岸浪教諭が仕事を終えて帰宅すると・・・

「ただいまー」
 11月の第一週。週明けの勤務を終え帰宅した高校教師・岸浪竜起きしなみ たつきに、細君が声をかけた。
「おかえり。ねえ、タッちゃん。今日これが届いてたよ」
 彼女が手にしていたのは、CDやDVDなどを送るときに使われる緩衝材封筒だ。
「は?何、コレ」
「ほら、可愛い教え子たちからじゃない」
 受け取った封筒を裏返し、差出人を見る。
「つくばね秀栄高校サイエンスクラブ一同…」
「ええ、そう」
 昨年度まで勤めていた高校の、自身が担当していたクラブの部員からの『お届けもの』であった。細君は中身が気になるようで、
「もしかしたら、ビデオレターとか…かも。早く開けてみて」
「俺は仕事から帰ったばっかの社会人だぞ。お前が開ければいいだろ、お前の名前も書いてくれてあるんだし」
 確かに彼の言うとおり、宛名は「岸浪竜起様 与恵様」と夫妻の連名にされていた。
「じゃあ、開けちゃうよ?」
「どうぞ、どうぞ」
 竜起は荷物をリビングのソファに置き、バスルームへと歩き出す。そんな彼の後姿を見送ると、与恵はメタルラックに置かれた小さな引出ケースからはさみを取り出し、封筒の口を注意深く切り開く。中には、DVD-Rが1枚と定型封筒が二通入っていた。封筒の一方には、「DVDのチャプター7で開いてください」とある。もう一方は普通の手紙のようで、表に「岸浪先生と与恵さんへ」と書かれていた。
 
『岸浪先生と与恵さんへ
 前略 
 ご無沙汰しています。いかがお過ごしですか。僕たちは大方の予想通り、相変わらずやっています。
 さて、先日秀嶺祭が開催され、おととし・昨年同様、うちのクラブも発表参加しました。開始時刻前に部員のブースを撮影した動画を編集しましたので、お送りします。ちなみに、有田先輩は一応受験生ということで、編集から発送までの作業は二年生の僕と石動が担当しました(笑)
 今年の文化祭の雰囲気が伝わり、少しでも楽しんでいただけたらと思います。
 昨今朝夕だいぶ冷え込んできましたので、体調など崩さぬよう、ご注意ください。
 取り急ぎ、用件およびブツばかりにて失礼いたします。
 お元気で。
  草々
   2009年10月 つくばね秀栄高校サイエンスクラブ  祝部斎』
 
 夕食を済ませ、就寝するまでのひととき。夫妻は添えられていた手紙を読んで微笑むと、DVDをビデオデッキに入れ、再生ボタンを押した。

『Secret Base』「Nov-2009<1> お届けもの」 より

「え?もう回ってんの?早えよ、石動。そんな雑に扱うなよ、オレのビデオなんだから」
 岸浪教諭にとっては懐かしい、第一理科室。黒板前に立つ三年生・有田啓人の姿が映るが、画面が微妙に揺れている。夫妻はテレビの前で吹き出した。
 ぶれが落ち着いたところで彼は咳ばらいをし、一礼したあと話しだす。
「先生、クミエさん。こんにちは…あ、『こんばんは』かな。今年度部長の有田です。
 さて!今年も文化祭がやってきましたよ。そんなわけで、こちらに来られないお二方に、今年の各部員ブースを見てもらいます。なぁに、部員にとってはもうすぐ始まる本番への予行練習ですから。じゃあ、まずは…今年度の新入部員こと一年生のブースからいきますよ!」

『Secret Base』「Nov-2009<2> 文化祭DVD~各部員ブース Ch-1:部長挨拶」 より

各部員+顧問の発表があった後・・・

「…しまった。結局、最後まで見ちまった。月曜なのに」
 ため息をつき、岸浪教諭が伸びをする。
「見始めたら途中で止めようがないよね。でも、みんな頑張ってたじゃない」
「そうだな」
 ビデオデッキとテレビの電源を切り、リビングのソファから立ち上がる。
「俺、明日も仕事だから先寝るからな。…与恵」
「なに?」
「明日にでも、お礼の手紙書いて出しとけ」
「わたし!?自分の教え子じゃないの、あなたが書かなくてどうするのよ」
「だ・か・ら、俺は社会人なの。お前、いま専業主婦だろうが」
 細君はそっぽを向き、
「何とでも書いちゃうからね。後で何言っても知らない」
「好きにしろ」
 あくびを噛み殺しつつ部屋を出て行く亭主の背を見送った与恵もまた、テーブルの上とテレビの周りを手早く片付けると、電気を消して寝室へと去っていく。
 今年も、残すところあと二月ほど。冬の気配が増しゆくある夜の出来事だった。

『Secret Base』「Nov-2009<3> 祭りのあと」 より

実際に岸浪教諭が登場するのは、ここまでになります。
それにしても文化祭セクションの発表部分…年を追うごとに長くなり内容は難しくなり…頑張ったな当時の自分、と(自爆)。筆者自身が一番「お蔵は惜しい」と思っていますが(爆)、参考サイトのリンク切れが多数ありそうで怖いのとスマホ対応が難しいから放置です(爆爆)。PC閲覧前提ならばSSL対応のサーバにアップロードするだけですが・・・(それでも参考サイトのリンクは何とかせねばならない;)

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