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拙作語り㉕~『扶桑奇伝』『Secret Base』の繋がり、その3

繰り返しとなりますが・・・
拙作・現代学園短編連作小説『Secret Base』の主要登場人物の造形に関し、過去の拙作『扶桑奇伝』中のキャラのイメージ・設定を流用しております。
そして、今回の拙作語り㉕では、「兵衛ひょうえ愛鶴まなづる三位さんみ白菊しらぎく(『扶桑奇伝』)と那由多なゆた万希まき啓人けいと千賀ちか(『Secret Base』)」について考察します。
その1(=「拙作語り㉑」)・その2(=「拙作語り㉒」)同様にネタバレがありますので、目下公開中ステータスの『扶桑奇伝』本編本文をこれから読もうと少しもお思いの場合、後にしたほうが良いです多分。。
四人分もまとめるのは、正直あまり賢くなく見えるんだけども…二人ずつに切れない相関があるので(困)。
想像通り、縦に長い長文です。。

『扶桑奇伝』では・・・

詳細は、全文をPDF-DL@別場所にて公開しているので割愛しますが(過去記事「拙作語り⑦~扶桑奇伝」ページ下部にリンクあり)。
前半~中盤での四名は

  • 愛鶴兵衛に想いを寄せているが、兵衛は気付かない

  • 三位白菊のことが好きだが、白菊三位を「仲間・同志の一人」としてしか見ていない

  • 三位愛鶴は互いに相手の境遇・立場を理解し気遣い合っている

という関係であることが言えて。
確かに市場で親切にされたのではあるが、愛鶴がそこまでして兵衛の供をしようと思い至るだけの想いの強さに関していまいちぼんやりしてる気が筆者としてもあって(自爆)…やはり一目惚れに近いのかも、とか(更に爆)。
三位は、山城での一件(「光陰」章)で心身に傷を負ったところに寄り添ってくれた白菊を本気で想い慕うようになる…ということに。
本人から直接聞いたわけではないが愛鶴は兵衛に想いを寄せていると感じ取っていた三位は、彼女を気遣う様子も見せたりする。それはさながら「片思い同盟」のよう…(辛口)
 
筆者個人的には、終盤の
「愛鶴が『旅をし戦うのは彼の為ではなく自分の為』と自分に言い聞かせていても、やはり兵衛への愛があればこそな箇所」、
「『自分にとって彼女は必要な存在』と気付きながらも、愛鶴本人に対しそれを打ち明けられない兵衛の姿」、
さらには
「これまで三位を仲間・同志の一人としか見ていなかった白菊が『彼こそ自身の未来の伴侶』と悟って行動を変える場面」
には、相応のこだわりを持って描きました、が。
 
ともあれ、以上を踏まえて『Secret Base』へと進みます。。
 

『Secret Base』になると・・・

そして、キャラ造形上は
 扶桑奇伝  Secret Base
  兵衛  → 宇内那由多うだい なゆた(ラザフォード)
  愛鶴  → 橿原万希かしはら まき(キュリー)
  三位  → 有田啓人ありた けいと(メンデレーエフ)
  白菊  → 橿原千賀かしはら ちか(メルセンヌ)
…という関係であり。
愛鶴と白菊を万希・千賀の姉妹とし、キャラデザイン画的にも姉妹感を出すために髪色を揃え。
那由多に母違いの姉が居るとか、啓人が長男で弟妹ありだとかは、『扶桑~』から持ち込んで使っているところ(ただ…きっとその名からすると、三位は長男ではあるのだろうけど姉ありの「真ん中っ子」ではあった気がする。きっと「一(壱)・二(弐)」を名に冠する姉二人が居るのだが多分嫁に行った後とかで話には出てこないだけではないかと:苦笑)。
そして、『扶桑~』では年の割に冷めた感じだった白菊ながら、次女にしたことで自由さかげんと調子の良さが前面に出るような明るい女子になったなあと(爆笑)。
 
那由多と万希が初めて登場するのが、2006年4月。
何気に理科的な話もしっかりしているセクション(苦笑)。

 平成18年度入学式が済んで一週間も経たない頃。
 理科の教員が職員室以外の居室としている理科準備室を訪れた生徒が居た。
「あの…失礼します」
 その時 唯一準備室に居た物理教諭・安西勝男あんざい かつおが気付いて振り返り、にこやかに尋ねる。
「何かな?」
「訊きたいことがあったんですけど、化学の先生はご不在ですか?」
「ああ、今は私しか…。どうかしたかね」
「入学して教科書を手に取って以来、これがすごく気になってて。でも、授業で見せてもらえるのかなあって思ったから訊いてみようかと」
 言いながら、その男子生徒は化学の教科書のカラーページを開く。
「ほう、炎色反応か」
 金属の単体または化合物をバーナーなどで加熱すると、その金属固有の色を生じる。元素分析にも応用できる現象ではあるが……
「どうだろうね。私は物理担当だから詳しいことは分からないが、受験対策とでも言うのかな…なかなか実験や実習にまわす時間がとれないのは、どの科目も同じようだから」
「そうなんですか」
 がっかりした様子の少年を見て、安西教諭は立ち上がると棚の前に立ち、引き出しを覗きながら、
「まだあるのか、白金線なんて…」
「白金線?」
「見たところ、時たま誰か使ってるようだ。実験としては綺麗で生徒も喜ぶものだし、やってくれるんじゃないかな」
「いつ頃になりますか…って、先生は物理の担当でしたよね…」
 そう告げると黙り込み、立ち尽くす生徒の背後から、突然二人の話に割って入ってきた者があった。
「そんなの使わなくとも、もっといい方法がありますよ」
「お、岸浪きしなみくん…ちょうど良かった」
 男子生徒は目を丸くした。安西教諭が、すぐに紹介する。
「今年着任した、ピカピカの化学教師だ。君と同じく新入生だね」
 上履きや名札の黄色いラインから、安西教諭はその生徒が一年生であることに気付いていたのだった。
 『岸浪くん』と呼ばれた 二十代半ばほどの白衣の青年は、準備室の自身の机へと歩を進めながら、
「まあ、俺も話に聞いただけだが、実験なんて見せてる時間があったら受験のほう何とかしてくれって思う生徒も親も多いみたいでさ…残念だけど。ただ、この理科離れが叫ばれ、紙上の知識ばっかで実物見たこと無い学生が増えてる昨今、興味あるっていう生徒が居るのが嬉しくもあるわけだよな、教える側の俺たちとしては。今ここでってのは無理としても、明日で良ければ何とかするぞ。…どうする?」
 この岸浪教諭の提案に、男子生徒は喜びに顔を輝かせ、
「ありがとうございます。それじゃ、また明日来ます!」
 お辞儀をして立ち去りかける彼に、岸浪教諭が声をかける。
「名前くらい言ってけよ、新入生」
「あ、はい!1-Aの宇内那由多うだい なゆたです」
  *
 仕事を終えて自宅への帰途、岸浪教諭はホームセンターに立ち寄った。迷わずキャンプ用品コーナーへと足を向ける。
「ああ、俺って結構お人よし…」
 一人つぶやきながら、固形燃料を手に取り、眺める。
(これじゃあ、デカすぎるし…あっちか)
 今度は鍋などの調理器具コーナーへと急ぐ。
「ああ、あったあった」
 袋の裏面を見、
(主成分はメタノールか…なら大丈夫かな)
 旅館などの一人鍋用こんろに使われるような小さな固形燃料パックをかごに入れ、彼はレジへと進む。
「あの…領収書お願いします。『つくばね秀栄高等学校 実習教材代として』、で」
    
 翌日、放課後の第一理科室。
「固形燃料を耐熱性の容器に入れる…るつぼの蓋でいいか、これ…。で、その上から試料を少々振りかけて、と…。あとは火を点けるだけ。よしっと」
 準備を終え、チャッカマンを手にしたままウロウロする岸浪教諭の耳に、理科室の引き戸を開ける音が入る。しかし現れたのは昨日の男子生徒ではない。二年生の男女二人連れだった。
「なんだ、お前らは。忘れ物でもあるのか?ここに」
「いえ。アンジーから、ここに来れば『きっといいもの見られるよ』って聞いたんで」
 女子生徒のほうが答えた。
「アンジー?どこの外国人だよ」
「…安西先生のことです」
 どこか申し訳なさげに、男子生徒が説明する。
「あ。先生ですね?新人の化学教師ってのは。始業式でお見掛けしたきりだったけど」
 女子生徒に訊かれて、岸浪教諭はおっくうそうに返す。
「まあ、そうだがさ…。お前たち、その名札と上履きの青色から見るに二年生らしいが、DクラでもEクラでも無いよな」
 二年生で担当しているのはD・E組だったので、彼は素直な思いを口にしたが、
「ええ。あたしも彼もAクラです」
 この つくばね秀栄高校は進学校で、相応の学力がある生徒を集めている。中でもA・Bクラスは本人の意欲も成績も学校うちで上々の生徒ばかりで、特別進学クラス、略して特進と呼ばれている。
「ほぉ、優秀なんだ」
「いえいえ、それほどじゃないですよ」
 とりとめのない話をしていると、昨日の一年生・那由多がやって来た。
「じゃ、始めるぞ」
 岸浪教諭が試料を仕込んだ燃料に火をつけると、次々と異なった色の炎が上がる。
「えと、向かって左からリチウムの深赤、ナトリウムの黄色、カリウムの紫、カルシウムの橙、バリウムの黄緑、銅の青緑」
 那由多は食い入るように炎を見つめている。安西教諭に教えられてやってきた二人の二年生も興味深げに見ていた。
 理科室の四人が、閉められていたはずの引き戸が開き、こちらをうかがう人影があったのに気付くまでには少々時間がかかった。
「ん?何だ?」
 岸浪教諭に尋ねられ、戸に隠れるように立っていた人物が姿を見せる。一年生の女子生徒だった。
「この、教卓の引き出しに忘れられてた名簿と古い生物の教科書…職員室で訊いたら『多分柿崎先生のだよ、ここに居ないなら理科準備室じゃないの』って教えられたんで、届けに…」
「柿崎先生の?…はあ、それは残念だったね。彼は同じ理科準備室でも第二のほうだと思うよ、南校舎の西の端の」
「そうでしたか…」
 少し肩を落とした様子の彼女に、岸浪教諭は慰めるように、
「まあ、仕方ないさ。新入りだもんな、君は」
 二年生の二人にとっては見知らぬ下級生だが、那由多は違った。
「Bクラの…橿原さん、だっけ?同じ中学だった…」
 彼にそう声をかけられ、この1-Bの女子生徒―橿原万希かしはら まきは笑顔を見せた。
 那由多の父親はいわゆる転勤族で、数年おきに日本各地を転々としている。彼も幼い頃から引越し・転校を繰り返し、中学三年の春、この茨城県南地域に越してきた。万希は自分が通っていた中学校に転校生として現れた彼の誠実なところに特に惹かれ、思い余って同じ高校を受験し、結果として彼を追いかけてこの学校へ来てしまったのだった。もちろん、那由多はそんな事情を知らない。当然ながら、『隣のクラスに、たまたま同じ中学出身の女子生徒がいる』くらいにしか思っていなかった。
「何かの実験ですか?声もかけづらくて…わたしも、つい見入っちゃって」
「実験っつうか…こいつ、宇内に頼まれてね」
 教諭に名指しされて、那由多がごまかすように視線を上に泳がす。
「ほほう、やっとるようだね」
 万希の背後から、穏やかな初老の男性の声が響く。
「安西先生。話をうかがって、ここに来て良かったです」
「いいもの見られましたよ、ありがとうございます!」
「喜んでもらえたようで良かったよ。五十嵐くん、神足こうたりくん。…それから」
 安西教諭は岸浪教諭へ向き直り、
「私からも礼を言うよ、岸浪くん」
「そうだ、安西先生。領収書はどこに回せば…」
 この岸浪教諭の言葉に、安西教諭はケンタッキー・フライドチキンの前に立つ『あの人』のような笑顔で、
「その固形燃料の、かね?それくらいなら、私が出すよ。うちの倅たちは自分の食い扶持は自分で稼いでくれているしね」
「岸浪先生、かっこ悪ーい」
 二年生の女子生徒・神足魅羽こうたり みうに冷やかされ、
「うるさい。まだ初月給入ってねえんだ、俺は」
 皆が揃って笑い出した。
    
 翌週の月曜日の放課後、理科準備室に再び彼がやって来た。
「失礼します」
「お前は、先週の一年生だな。どうした?」
「週末図書館に行ってそういう本を読んで知ったんですけど、ホウ酸でも炎色反応出るって…。ホウ酸ならそんな珍しいものじゃないし、学校にもあるんじゃないかと思ったので、見れるものならと」
「はあー、勉強熱心なことだね」
 岸浪教諭が言うと、那由多は少し照れたように笑う。
「お前の言う通りだ。ホウ酸もホウ酸塩も、ここの薬品棚にあるさ。だけど、敢えて出さなかったのには一応理由があってね」
「何ですか?」
「そもそも、金属の炎色反応とは事情が違うとでも言うのかな。まあ、ホウ酸単体使うぶんには分かりやすくていいんだが、個人的にあんまし使いたくないもんでさ」
「なら、ホウ酸塩は…」
「そっちにはまた別の厄介な事情がね…そこまでは調べてないか。俺がここで喋るのは簡単だが…」
「なら、彼らに説明してもらおうか」
 突如、二人の会話に割って入った者があった。
「安西先生。…彼らってのは?」
「今日も隣に来ているよ。二年生の生徒でね…私が週番で遅くまでここに残るとき、たまにあの望遠鏡を持ち出して観測してるんだ」
 言って、準備室の隅に置かれた天体望遠鏡を見遣る。
「もしかして、このあいだの二人ですか?そんなことしてたんですか…」
 つぶやくように告げる岸浪教諭を一瞥してうなずくと、安西教諭は那由多へ視線を移し、
「宇内くん、だったかな?隣へ行ってみよう」
 準備室から、ドアを開けて第一理科室へと入る。
「居た居た。五十嵐くん…おや、今日は彼女は来てないんだね」
「彼女じゃないです」
 不本意そうに答えるのは、図鑑を広げる黒縁の眼鏡をかけた男子生徒。上履きと名札の青いラインで二年生と分かる。先週、一緒に炎色反応の実演を見た生徒の一人だった。
「彼に、スペクトルと分光の話をしてあげてくれんかな」
「え?ああ…はい、でも…またどうして」
 『どうして』と、那由多も思った。先程の話では、彼の興味関心は天文分野にある。化学、それと物理分野の光について詳しい理由が分からなかったのだった。
「どうでもいいから、サクッと講義してやってくれよ。先輩として」
 後ろから岸浪教諭にも言われ、『五十嵐くん』と呼ばれた生徒が語り出す。
「太陽や蛍光灯の光は白色に見えるけど、様々な波長の光が混ざっている。それが、プリズムを通すと虹のように分かれる。…これは分かる?」
「ええ」
「金属の単体あるいは化合物を高温で熱したとき…他にも、高真空にしたガラス管に封じ込めた気体に高い電圧をかけたとき、その原子固有の波長の光を発する。これを利用して元素の特定なんかが出来るわけだけど…。単独の原子でさえ複数の波長―線スペクトルを持つのに、二種類以上が混ざっていると色が重なり合って、どれによるものなのか分からなくなる。そういう時に使われるのが、この『分光』という手段だね」
「はあ…」
 それとこれとどういう関係があるのか、という表情の下級生に対し、『五十嵐くん』こと五十嵐飛鳥いがらし あすかは続ける。
「炎色反応による光も同じこと…って言えば分かるかな?まだ周期表が今現在のようにぎっしり埋まるほど元素が知られていない頃、ブンゼンとキルヒホッフは、炎色反応と この分光という手段でもって青い輝線スペクトルをもつセシウム(Cs:原子番号55)を発見したそうだよ」
「え…」
「そういうことだ。例えばホウ酸ナトリウムを使えば、理論的にナトリウムとホウ酸イオンの色、つまりは黄色と緑色が重なって出てくることになるから面倒だなと思って、出すのやめたワケ。スライム作りにも活用出来るし…実験・実演して生徒諸君に見せたいっていう思いには矛盾してるけど、薬品はなるだけ消費したくないのが正直な気持ち。まあ、ホウ酸単体を使えば普通に緑色の炎が出てメデタシメデタシなんだが、個人的にあまり減らしたくなくてねえ…買うぶんにはホウ酸のほうが安いけど、なんとなく」
「へえ…そうだったんですか」
 岸浪教諭の解説を聞いて ため息まじりにつぶやいたあと、那由多は飛鳥に問う。
「五十嵐さん…でしたよね。さっきの安西先生の話では、天体観測してるって…。どうして、こんな違う分野に詳しいんですか?」
 すると飛鳥は少し笑い、
「君は、宇宙がどんどん広がっている…銀河が遠ざかっているという理論を知ってる?」
「はい、話だけなら」
「じゃあ、ドップラー効果については?」
「ええ、一応は…」
 音・光など波動の源(音源・光源)と観測者との一方または双方が運動しているとき、観測者によって測定される波動の振動数が静止の場合と異なる現象が、ドップラー効果である。波源と観測者が近づきつつあれば振動数は高く・波長は短く、遠ざかりつつあれば振動数は低く・波長は長くなる。
 音波であれば振動数が高い=高音、低ければ低音である。身近なところでは、近付いてくる救急車のサイレンと 自分の脇を通り過ぎて遠ざかるサイレンとでは、音源は同じなのに音の高さが違って聞こえる(遠ざかるサイレンのほうが低音に感じる)のが例として挙げられるだろう。
「音も光も同じ波動だから、遠ざかる音は波長を伸ばされ低く聞こえるように、遠ざかる光源から発せられる光は波長を伸ばされて、波長の長い…可視領域なら赤色光へと寄って赤みがかる。ドップラー効果が生じるわけだね。遠くの銀河からの光ほど波長の伸びが大きいことを発見したアメリカの天文学者ハッブルが、遠くの銀河ほど速い速度で遠ざかっていると推定したのも、それによってだった」
 そこで一つ息をつき、
「結局、宇宙論を読んでるうちに そっちまで踏み込んでたってことだよ。全然すごくないって」
 どこか尊敬にも似た眼差しを自分へ向ける下級生に、飛鳥は苦笑いを浮かべつつ言った。
   
 ゴールデンウィークが迫り、浮かれ気味になる人口が増え行く4月の下旬。放課後、昇降口へ通じる南校舎東端の階段の前を通り過ぎ、東校舎との渡り廊下へと進んでいく那由多の姿を見付け、万希が声をかける。
「宇内くん、まだ帰らないの?」
「ああ、ちょっと理科室に」
「理科室…?また何か実験でもしてるわけ?この前みたいに」
「違うけどさ。理科関係の大型本とかも有るし、なんか色々と詳しい先輩も来てるし…時間つぶしって言うと失礼だけど、割と楽しくて行っちゃうんだよね。どうせ慌てて下校したところで、母親が帰ってくるまで家には おれ一人だし…」
「でも、部とかクラブじゃないよね…オリエンテーションの部活動紹介でも聞かなかったし」
「うん。人数集まらないっていうか、集める気も無いみたい。今は、安西先生の裁量任せの『放課後の趣味人たち』らしいよ」
「そうなんだ…」
「じゃ」
 立ち去りかけた彼の後を、万希が追う。
「わたしも、お邪魔してみようかな。今日は妹もお父さんも帰り遅いし、天気予報が心配で洗濯物は内干しにしたし…急いで帰って夕飯の支度とか洗濯の取り込みしなくていいから」
 彼女の言葉に、那由多は驚いたように、
「夕飯の支度とか洗濯物とかって…橿原さんがやってるの?」
「お母さん、居ないから…。妹も手伝ってはくれるけど、部活に熱心で…朝早くて帰りも遅めで。結局ここ一、二年は わたしがね」
「ってことは、家事やりながら受験勉強も?で、Bクラ…すごいよ」
「慣れちゃえば、どうってことないってば」
 万希は照れくさそうに返した。
(苦労してるんだ、彼女…)
 たまたま同じ中学から同じ高校に来た、隣のクラスに在籍する女子生徒。つい先程までは そうとしか思っていなかった。しかし今、彼女を見る目が彼の中で少し変わったようだった。
「そういや、さっきの話…」
「なに?」
「橿原さんは文系だと思ってたけど…違かったの?」
「まだ理系とか文系とか決めてないよ。これから考えるってとこ」
「ふーん。なら行こうか」
「ええ」
 二人は並んで東校舎へと歩き出した。

『Secret Base』「Apr-2006」 より

実は「ケンタッキーおじさん似」の安西教諭ですが、スラムダン〇から引いているわけではなく、高校時代の物理の先生がホントにカーネル風の御姿だったのです(強調)。一番前の席で居眠りばかりしていた私を叱ることなく見守ってくださり、私もいつしか申し訳なさが首をもたげて夜なべを程々にして授業をちゃんと聴くようになってから理解が追いついて、大学入試センター試験では出題易しめ年に当たったのもあり予想外の点数(自己採91;)が取れまして…感謝しかありません。。
 
さて、この翌年、「放課後理科室の趣味人」5人目となる生徒が現れ……

 春の匂いが日を追うごとに増していく、4月7日土曜の午前中に行われた平成19年度入学式から、日曜を挟んでの水曜日。オリエンテーションも一段落し、新入生への授業が始まる頃。
 1-Aの一時限目、始業の鐘と共に教室に現れた白衣の青年は教卓に名簿と紙束を置く。
「さて、君らの本日一限目は化学だな?俺は岸浪竜起、化学教師。よろしく…自己紹介は以上だ」
 あっけにとられる生徒達を気に留める様子もなく、岸浪教諭は続ける。
「君らからの自己紹介代わりに、これをやってもらう。一人一枚ずつ取って後ろ回せ…問題用紙二枚と解答用紙一枚の、計三枚」
 にわかに教室が騒がしくなる。
「えー!?テスト?」
「抜き打ちテストかよー!」
「その通り。中学校理科全範囲からの出題だ。つい最近まで受験のために勉強したもんなんだから余裕だろ?」
「でも、化学の時間なのに…」
 ぼそりとつぶやいた教卓のまん前に座る生徒に、
「あのなあ、そもそも物理・化学・生物・地学なんて分類は、都合の上だけなの。歴史を日本史・世界史・アジア史だとか政治史・経済史・文化史なんて風に分けるのとおんなじでね、もともと密接に関連を持ってるだけに、本来はタテだの横だのにスッパリ綺麗に割り切れるものじゃないワケ。…分かる?」
 言われた生徒のみならず、その見解があながち間違っていないだけに異議を挟める者は現れない。1-A全員が黙り込む。
「ま、何か俺に言いたいことがあるなら、最後の設問で自由に書いてくれればいいから。…じゃ、終業の鐘まで頑張って解答欄を埋めること。健闘を祈る」
 四十分ほどの時間は静寂のうちに流れ、鐘が鳴る。
「よし、後ろから送れ。…あ、解答用紙だけでいいからな」
 集められた解答用紙を手に、岸浪教諭が教室を出て行くと、
「いきなりテストなんて、あの先生意地悪だよねー」
「若いからってナメんなよって思ってるのかなあ」
「まあ、気持ち分からないでもないけどさ」
 はからずも教諭の行った抜き打ちテストは、彼ら新入生がまだ顔を合わせて日も浅いクラスメートたちと話をする格好のネタを提供した形となった。
    
 次の化学の授業は二日後にやって来た。
「このあいだのテスト、返すぞー。最高は99点…まあまあかな」
 ふたたびざわめく生徒達に、
「簡単に満点をとれると思うなよ。世の中、登り詰めたら落ちるだけ…頂上は近くて遠く、が丁度いいんだ」
 怒涛の解答用紙返却と問題の解説が終わる頃に鐘が鳴る。教諭が居なくなると、教室はまた賑やかになる。
「99点かあ、誰なんだろうな」
「って…お前じゃんか、有田」
 後ろの席の井上大輔いのうえ だいすけに突っ込まれ、有田啓人ありた けいとは苦笑いを浮かべる。
「100点いけるかなと思ったんだけど…なんだか納得いかねーな」
 彼が納得いかない箇所は複数あった。これは本人に直接問いたださなければ…そう考えて、放課後まで待った。
  *
 職員室を訪ねてみるが不在で、恐らく理科準備室に居るだろうと聞いて、啓人は東校舎の第一理科室隣の準備室へ向かう。
「失礼します」
 社交辞令でそう声をかけ、戸を開けて中を覗く。
「ああ、居た…岸浪先生」
「なんだ?新入生」
 一礼して準備室に入り、教諭の机へ歩み寄ると、
「このテストの件で聞きたいことがあるんですけど」
「はあ…どんな?」
「まずは、その意図ですね。先生が『自分は若いから生徒になめられるんじゃないか』って思いたくなる気持ちは分かりますけど、あまりにも えげつないです」
「ふんふん、なるほどそれも一理あるがな。あとは?」
「次に、配点が書いてないのが気になりました。普通、設問ごとに配点×問題数は付記されてるもんでしょう?」
「ああ、それは配点を見て問題選ばれると困るから。一点でも二点でも五点でも、その問題の価値に変わりないってのが俺の考えね」
「最後に、このオレの解答用紙です。最後の設問…『理科全般およびこの授業に対する見解・意見など自由に述べよ』の採点基準が分かりません。まあ、99点ってのを思うに、ここで一点引かれてるってことなんでしょうけど」
「なるほど。なかなか分かりやすい、いい質問の仕方をするなあ…お前」
 この勇気ある生徒を軽く褒めたあと、岸浪教諭は淡々と返す。
「この最後の設問が意外と点数配分高いかも…と お前は思ったのかもしれないが、残念だけど二点なんだよ。解答用紙の裏まで使って、こんなに書いたのにガッカリだろ?世の中とはそんなもんだ」
「オレが訊いてるのは採点の基準です」
「基準?まあ、何となく…。ただ お前の場合、書いてあることは悪くないが、とにかく長い。読むほうの苦労を考えろってことで半丸の一点減点ってわけ」
「そうですか…分かりました」
 一筋縄ではいかなそうな、外見とは違って『老獪』とでも言うべき教師だ。一つ息をつき、啓人が向きを変えて廊下へ歩き出そうとする。
「しかし…お前、結構理科好きだろ?適性あるかもしれないな。隣、覗いていくか?」
 意外な言葉をかけられ、彼が振り向く。
「はい?」
「隣の理科室に、『放課後の趣味人たち』が来ててね…人数足りなくて部活動としては正式に認可されていないが、今年の春退職したお爺先生が面倒見てた奴らでさ。俺が引き継いだって事情があんだけど。案外、気が合うかもしれんぞ?」
「はあ…ちょっとなら」
 教諭に促され、廊下からではなく、準備室のドアから直接第一理科室に入る。
 するとそこには天球儀に見入る男子生徒、彼の隣で気象のフルカラー大型本を眺める女子生徒、更に、アルコールランプの光を観察する男子生徒に、色水の入った試験管を並べる女子生徒。
(名札と上履きの色から見るに、二年生と三年生か…)
 啓人は、ふと気付いた。
(あのランプの炎の色…普通と違うな)
「あの、それ…」
 思い立って尋ねた彼の声で、四人が同時に顔を上げる。
「何か?」
「いつからそこに?」
「一年生か…どうしたの?」
「それって、どれ?」
 一度に尋ねられ、少々困りつつ、答える。
「そのランプ、炎に色ついてますよね?普通じゃありえないような…」
 アルコールランプを見つめていた生徒が返して、
「その通りだよ。何色に見える?」
「明らかに黄色い…って感じですけど」
「ああ、ナトリウムの色だからね」
「え?どんな細工が…」
 なんでも、アルコールの中にえん〈「しお」ではなく、「えん」。酸と塩基の中和反応で生じる化合物〉を溶かし、更にランプの芯の先にも少しその粉末を擦り込んであるのだという。
 啓人は素直に驚き、感激した。
「すげー…」
「なっ、面白いだろ?」
 背後から、岸浪教諭が声をかける。

『Secret Base』「Apr-2007」 より

色々とツッコミどころのある着任一年目・二年目の岸浪教諭といい、解答用紙の裏にまで意見を書きまくる啓人といい……何というか、いい勝負してます。
ちなみに、今迄述べてませんでしたが、岸浪教諭は『扶桑奇伝』の稜威いつをベースに作成したキャラクターです(自爆)

話は戻り。
秋の文化祭には、各自テーマを決めて発表・展示ブースを担当する形で参加した、サイエンスクラブ。
魅羽〈ノーベル〉ブース・万希〈キュリー〉ブースを眺めながらの、那由多〈ラザフォード、短縮形ラザ〉と啓人〈メンデレーエフ、短縮形メンデ〉の会話が、こちら。

「ただいま販売中」挿画

ラザフォード:「そういえば、二人の女性陣は揃って販売もやってるよね」
メンデレーエフ:「ああ、そうそう。ノーベル先輩は石けん、キュリーは草木染めのハンカチね」
「頑張るよねぇ…」
「まあね、準備に時間かけた人達だから」
「さっき覗いてきたら、買ってった人居るみたいだよ。減ってたし」
「良かったんじゃない。ま、儲け無しの値段だから、同じもの他所で買うより安いだろうし…他にも理由はあるんだろうけど」
「他にも?」
「そっ。あの外見に騙されるの」
「は??」
「お前、何も知らないんだなあ。あの二人、ここの生徒うちでは結構人気あんだぜー?」
「ふーん、そうなんだ」
「ほんと、ラザは我が道突き進むだけなんだな。道端に咲く花に目を留めたりしないタチだろ」
「失礼だなあ。何だよ、その言い方」
「別に悪口じゃないぜ?あーあ、オレも売りまくってみたかったなあ。たかがカルメ焼き、されどカルメ焼き。オレ、半年間まめに練習を続けて腕を磨いたのに」
「そんなこと言っても仕方ないだろ。にしても…」
「なんだ?」
「お前、どうして おれとキュリーにはタメ口な訳?おれ達、仮にも二年生なのにさ」
「だって、お前たち二人とも早生まれだから、オレと生年同じだし」
「それって理由になんのかなあ…」
「ま、あまり気にすんなって(笑)」

『Secret Base』「Nov-2007 <2>文化祭当日~各部員ブース」 より

バレンタインデー、万希はさりげなく差をつけてアピールするも、やはり気付かない鈍感な那由多。。

 2月の一大イベント、それは多分バレンタインデーである。今年は木曜日となった。
 この つくばね秀栄高校でも、教師たちが何と言っても若者たちの様々な思惑をはらんだチョコレートの授受はあちこちで行われる。彼ら教員陣も、こればかりはと諦めていた。
 六時限目終了の鐘が鳴り、今週たまたま掃除当番が休みだった一年生の有田啓人は早々に荷物をまとめ、そそくさと教室を後にする。いつものように第一理科室へと向かいかけたとき、
「有田」
 同じクラスの女子生徒・森嶋葉月もりしま はづきに呼び止められて振り返る。
「なんだよ」
「これ…」
 言って、彼女は半透明のギフトバッグを差し出す。中には、白っぽい包装紙でラッピングされ、えんじ色のリボンが掛けられた箱が二つ。
「オレに?でも、なんで二つ…」
「あんたじゃないってば!神足先輩と橿原先輩に渡して欲しいの」
「はあ…さいですか」
 もとより期待はしていなかったが、軽くため息をついて受け取る。ふと気付いて尋ねる。
「は?五十嵐先輩とか宇内先輩じゃなくて?」
「うん。神足先輩と橿原先輩」
 思えば夢見がちな同級生である。現実の男子はむさ苦しくて嫌なのかもしれない。
(宝塚とか、好きそうだもんなあ…こいつ)
「でもさ…神足先輩は今月入ってからオレも見かけてないけど、橿原先輩はいつも来てるぜ?第一理科室に。自分で渡せばいいんじゃないの?」
 彼の先輩の一人である神足魅羽は三年生。三年生は入試日程が立て込んでくる1月末から、卒業式予行や謝恩会のある2月末までは自由登校となるのだった。
「えー!?やだぁ、そんなの恥ずかしすぎー!!」
 ものすごい勢いで手を振り、彼の提案を打ち消す葉月。
(その、お前の派手極まりない照れっぷりのほうが恥ずかしすぎるだろう…)
 啓人は思ったが、黙っておいた。
「はいはい、承りました」
 歩き出そうとした啓人に、葉月がバッグから別の小さな箱を取り出して渡す。
「有田には、お駄賃代わりにコレあげる」
「何?これ」
「チロルチョコ10個」
「安っ」
 先輩たちへと頼まれたチョコレートは、GODIVAと書かれた包装紙からしてブランド品である。そこそこ値段が張るものだ。
(ああ…それに引き換え、オレって…)
 教室前から立ち去る啓人に、葉月は念を押す。
「自分でせしめちゃダメなんだから!よろしく伝えておいてね、頼んだよ!」
「分かってるって」
 多少面白くない思いはあったが、手の内にある三つの箱に視線を落とす。
(にしても、奮発したんだなあ…あいつ)
 くすっと笑い、彼は通い慣れた廊下を歩いて第一理科室の前に立ち、引き戸を開けた。
 一番乗りかと思ったが、彼よりも早く来ていた者が居た。
「キュリー…今週、掃除当番じゃなかったっけ?」
 机に向かって問題集を開いていた二年生の橿原万希が、彼に気付いて顔を上げる。
 放課後になるとこの第一理科室に集うサイエンスクラブのメンバーには、過去の偉大な科学者にあやかったニックネームがある。彼女は『キュリー』。ノーベル物理学賞と化学賞の二つを受賞した稀有な女性科学者の名をいただいている。
「そうなんだけど、今日は職員会議があるから掃除はいいって言われて」
「ああ、職員室掃除だったのか」
「ええ」
 ひととおり答えてから、彼女は普段持ち歩いている通学用かばんではない別の手提げバッグから、可愛くラッピングされた紙袋を一つ取り出した。
「これ、どうぞ」
「何?コレ」
「ほら、今日はバレンタインデーでしょ。わたしが作ったものだから、気に入ってもらえるか分からないけど」
「おぉー!気が利くねぇ、キュリーは!」
 受け取って意味なく袋に頬ずりなどしてみせる彼に、照れたふうで彼女は返す。
「開けてガッカリしないでね、メンデ」
 彼女同様、啓人にもここでのニックネームがある。『メンデレーエフ』…元素の周期律を発見し、既知の元素の原子量を訂正、未発見の元素の存在と性質を予告した、ロシアの化学者。但し長いので、皆『メンデ』と呼んでいる。
「そうだった。頼まれてたんだ、これ…うちのクラスの森嶋から」
 差し出された箱を見て、キュリーが驚く。
「どうしたの、こんな高価なもの」
「オレに訊くなよ。オレは配達を請け負っただけ」
 箱を手に取り、彼女はため息をつく。
「何でお返しすればいいんだろ、こんなの貰っちゃったら…」
「だよなあ。それは同情するね、オレも。でも、要は『気持ち』だからさ…お前のお見立てで選んだものなら、何であってもあいつは大喜びすると思うぜ?ファンらしいしね…お前とノーベル先輩の」
「ノーベル先輩の分もあるの?」
「ああ。謝恩会までオレのロッカーかな」
「駄目!汗臭いのが移るから、わたしが預かっとく」
「失礼だな。毎日風呂は入ってるし、服だってマメに洗濯してるし…おふくろがね。それより何より、オレは汗くさくなんかないぞ!フローラルの香りがするんだから」
「…それ、本気で言ってるの?」
 彼女の視線が冷たい。しかし、こうなると退くに退けない。
「本気だよ、ぶりぶり本気だよー。『本気』と書いて『マジ』って読むんだからぁー。そもそも、においは全て化学物質で…うんこのニオイ物質の一つ・インドールは不快な臭気を放つブツだけど、これが希薄なときは芳香・『イイ匂い』…なんでもスミレの花の匂いに感じるから香水にも使われてるって聞いたことあるぞ。紙一重なんだよ、きっと」
「いいから、貸しなさい」
「…ハイ」
 かくして、葉月が彼に頼んだ、ノーベル=魅羽宛のチョコレートはキュリーが預かることになった。
 ほどなく、三人目の部員がやってくる。二年生の宇内那由多が理科室の引き戸を開けた。
「あ、ラザ。今日は早かったんじゃない?」
 キュリーが、にこやかに声をかける。
 花火が好きで炎色反応を見ては目を輝かせている彼のニックネームは、プラスの電位をもつ陽子の周囲をマイナスの電子が回る原子モデルを提唱し、原子物理学発展の基礎を築いたイギリスの物理学者から『ラザフォード』。
 そもそも、このようなニックネームを付けて互いに呼び合うことを考えたのは、顧問である化学教諭・岸浪竜起だった。
「この歳にもなって、そんな『ごっこ遊び』みたいなこと、やってられっかよ」
と不平不満をこぼしていた啓人が、おそらく一番ハマっている。
 キュリーは小包ほどある箱をエコバッグから取り出し、ラザフォードに手渡す。
「何がいいか分からないから、とりあえず色んなの作ってみたの」
(…明らかに差が有る)
 メンデレーエフは、先程自分が彼女から貰ったものとつい比較し、そう思った。しかし、彼女は彼に気があると知っているので黙っておくことにした。
「ありがとう」
 いつもの笑顔で、ラザフォードは受け取った。
「おれにってことは、他の皆にも?」
「うん、サイエンスクラブの人達には…。ハッブル先輩には、2月半ばは受験もあるし学校来れないと思ったから自由登校になる前に」
「そうなんだ…女の子は大変だね。ここで開けてもいいかな」
「ええ」
 箱を開けると、チョコがけクッキーにココアマドレーヌ、ホワイトとミルクのチョコを混ぜ込んだ二色のチョコレートチーズケーキにブラウニー、トリュフにスナックバー…と、チョコレート使いの多彩なまでの菓子が詰め込まれていた。
「そんなに沢山いいなー。うらやましいなー」
 後ろから冷やかすようにメンデレーエフが言うと、
「え?お前も貰ったんじゃないの?でも、まあいいか…分けてあげようか?メンデ。おれもこんなに食べられないし」
「冗談だよ。くれた本人の前で他人に押し付けるようなことすんなよ。人でなしだなあ、お前」
(こいつ、本当天然だよな…ってか、鈍すぎやしないか?キュリーが気の毒だぜ)
 もとより悪気はないのだろうが、女心を察しきれないラザフォードの言動に、メンデレーエフは額に手をやってため息をついた。

『Secret Base』「Feb-2008 <1>バレンタインデー当日」 より

 若者達の悲喜こもごもで盛り上がったバレンタインデーから週末を挟んで月曜日。放課後の第一理科室では、メンデレーエフが今日も今日とでデータ収集にいそしんでいる。
「一体何日やってるの、それ」
 そんな彼を見て、呆れたように傍近くの椅子に掛けていたキュリーが尋ねる。
「まあ、今週中にはカタがつくかなあ」
 彼はここ半月以上、毎日みかんの皮をむいては炭酸水素ナトリウム(重曹)を水に溶いて一緒にビーカーに入れ、アルコールランプで時間をはかりつつ煮て薄皮を取り、「缶詰みかん(但し、缶には詰めない;笑)」を自作するという行為を繰り返していた。
「缶詰のみかんなら、スーパーで買ってくればいいじゃないの。そんな高いもんじゃないし」
「やだね。昨今、食品偽装や賞味期限の改ざんと、まあ食の安全をめぐる問題(※注釈後掲)が取りざたされてる。そこにきて、あの中国産冷凍ギョウザの殺虫剤騒ぎ(※注釈後掲)だ。可能な限り、自分で作るのが安心安全だからさ」
「んなこと言っても、全部自分でまかなえる訳ないの分かってるでしょ?メンデだって」
「そりゃ、な」
 彼は丁度鳴り出したタイマーを止めてランプを消すと、
「まあ、これには別の目的もあるんだよ。確かに、じいちゃん家から多量にみかんが送られてきて持て余してたってのもあるけど、他にもちゃんとした理由がさ。炭酸水素ナトリウム水溶液の濃度、加熱時間…あと、シロップの濃度と浸漬時間…これらの最適値を割り出して、最高にうまい『缶詰みかん』を作るっていう…」
 しらけ顔で話を聞いていたキュリーが、面倒くさそうに問いかける。
「で、その『最高にうまい缶詰みかん』で何をするわけ?」
「決まってるだろ、お前に矢部っちの『みかんブラン』(※注釈後掲)を再現してもらうんじゃないか。なっ、キュリー?」
「冗談やめてよ。どうして、わたしがそんなこと…!」
 不満げに声を上げる彼女に、
「先日のバレンタインデー、ラザに気合の手作りチョコ菓子セットを贈ったんだろ?頼むよ、未来のパティシエールさん!きっと、ラザも喜んで食べてくれるぜ?」
 『ラザ』という名前を出されたことで、不思議と彼女の態度から刺々しさが消えたようだった。
「…全く、ずるいんだから。そうやってラザを利用して。どうせあなたのことだから、わたしがここで断っても彼を通して頼めば楽勝と思ってたんでしょ」
「おー。女の勘ってのはさすがだねえ」
 感心したようにメンデレーエフが言うと、理科室の引き戸が開く。
「ラザフォード…今日は遅かったね」
「え?ああ…ちょっと補習受けてきたから」
「補習なんて受ける必要ないくせに。嫌味ったらしい優等生だよね、あなたって」
「自分が不得意なとこの説明やってたから、つい…」
「…噂をすれば何とやらだ」
 かばんを抱えて前を通り過ぎる男子生徒を目で追いつつ、メンデレーエフがつぶやく。
「今日は何をするつもり?」
「あまり時間もないから、明日以降の準備だけね」
 キュリーに予定を尋ねられ、ラザフォードは答えながら準備室のドアを開けようと手を伸ばす。すると、ドアのほうが先に開いた。
「メンデ!勝手に薬品棚のグルコース使い込んだのはお前だな!?これはお前らのおやつの為に買って置いてる訳じゃねえんだぞ!」
 お叱りモードで、二十半ばほどの白衣の青年が入ってくる。
「あ、フェルミ先生…」
 彼ら生徒同様、顧問の岸浪教諭にもここでの呼び名がある。イタリア出身でのちアメリカに帰化した物理学者・フェルミ…原子爆弾を理論から現実のものとするに関わった人物である。
 元をたどれば、このサイエンスクラブが五名となって正式にクラブとして認可され発足したのは去年の4月、メンデレーエフの登場によってであった。それまで非公式で活動してきた『放課後の趣味人』たちの面倒を見ていた物理担当の安西教諭は、昨年の3月で定年を迎えて学び舎を去った。その後を受けたのが、一昨年4月に採用されてこの つくばね秀栄高校に赴任してきた岸浪教諭だった。
「そうですけどぉ…おやつってのはチョット違いますし、『お前たち』って言っても今現在オレの腹に納まってるだけですし。何より、気付くの遅すぎです」
「論点を逸らしてはぐらかそうとしてるな、お前。そんなものに、わざわざグルコース(※=ブドウ糖)使う必要ないだろ。普通にそこらで売ってるスクロース(※=ショ糖。一般的に料理などに使う「上白糖」はこれ)で充分だろうが」
「いやあ…個人的に、グルコースの品良い甘さっていうんですか?アレが好きで。他の糖類も試してみましたよ、でも…」
「なんだと!?じゃあ、棚にある他の糖類も…」
「ええ、多少は」
 しゃあしゃあと返すメンデレーエフを前に、フェルミ教諭は深くため息をつく。だがすぐに気を取り直したふうでキュリーに向かい、
「キュリー、先日は有難う。ホワイトデーのお返し、どこの焼菓子がいいか考えとけよ。なにせ、今年のバレンタインデーはお前からだけだったんで、予算は余裕ばりばりだ。コートダジュールでもダンデライオンでも、アルルでも(※注釈後掲)…あ、全国区とか地域・海外ブランドでもデパートの催事場で入手出来るもんなら構わんぞ?リクエストを自由にしてくれて、ドーンとオッケー!」
「そうだったんですか…」
「まあな。『あれはお菓子メーカーが企むチョコレート販売促進の陰謀だ。俺は生徒からの賄賂は一切受け取らないからな』って公言したのが効いたらしくてさ」
 彼のような年若い教員ならば、女子生徒の中にはあこがれを抱く者が現れても不思議はない。性格と言動にはやや問題はあるものの、見た目は悪くないから尚更である。
「自作であそこまで出来れば大したもんだよ。与恵くみえも『お店で売ってるのみたい』って感激してたし」
 何気なく言い放った彼に、つかさずメンデレーエフが尋ねる。
「クミエ?…ははあ。それが噂に聞く、先生のカノジョの名前ですね?彼女からは無かったんですか?チョコは」
 教諭の許にチョコレートが集まらなかったには、他にも理由があった。『岸浪先生には、女優かモデルかと見まごうほどの美人な彼女が居る』と、生徒うちで囁かれていたからだ。他人のものに手を出してまで、という覚悟の女子は登場しなかったらしい。
 しかし、フェルミは慌てる様子もなく、
「俺だって二十半ばなんだから、女くらい居たっていいじゃないか。にしても…お前ら、そんなことも噂にしてんのかよ。暇だなあ」
「噂になりたくないなら、つくばくんだりじゃなくってTX〈つくばエクスプレス〉で浅草にでもアキバにでも出てデートすればいいんです。これ、常識ですよ」
 張り合うように澄ました顔で、メンデレーエフが返す。そんな二人を、ラザフォードとキュリーは笑いをこらえて眺めていた。
   
 その二日後。
 いつものように放課後になって理科室に来ていたメンデレーエフとキュリーに、廊下から声をかけた者がいた。
「やってるやってる、相変わらずだね。久しぶり!」
「ノーベル先輩」
 振り返ったキュリーが言うと、私服の女子生徒が笑顔で入ってくる。
 三年生は自由登校期間中。彼女もまた、年が改まる前に近場に立つ旧国立の総合大学(現在、学校法人)の推薦枠で合格し進路が確定しているとはいえ、三年生である以上は他の生徒と同じく時々姿を見せる程度だ。
「あれえ?ラザフォードの姿が無いけど」
「補習ですよ」
「補習?あんな優秀な生徒クンが?」
「ええ…自分から志願して勝手に受けてるらしいです。嫌味たらしいから止めたらって言ったけど聞いてもらえなくて」
「ふーん、そうなんだ」
 キュリーとの会話が一段落したのを見届け、メンデレーエフが彼女に問いかける。
「今日はどういったご用件で?冷やかしなら帰ってくださいよ」
 メンデレーエフは一年生だが5月生まれ。二年生ではあるが揃って早生まれのラザフォードとキュリーにはため口で話している。そんな彼でも、三年生のハッブルとノーベルには丁寧語くらいは使うのだ。
「やだ、つれないねえ…メンデは。だからモテないんだよ」
 彼女の一言が少なからず突き刺さったようで黙ってしまったメンデレーエフを一目見てから、キュリーが尋ねる。
「先輩は聞いてます?ハッブル先輩のこと」
 サイエンスクラブのもう一人の三年生・ハッブルこと五十嵐飛鳥は他の大半の三年生同様、まだ入試日程真っ只中で進路は未定。ノーベルとは高校三年間通して特進Aクラの同級生という男子生徒である。
「え?さあ…邪魔しちゃ悪いと思ってメールもしないし。でも大丈夫!あたしが居るんだから、ちゃんと合格して大学まで追いかけてきてくれるってば」
 しかし自信たっぷりのノーベルに対し、メンデレーエフは冷ややかに浴びせる。
「その余裕はどこからくるんですかねえ、先輩」
 そして、キュリーに目配せする。彼女もうなずき、
「わたしが言うのもなんですけど…ハッブル先輩、悪くないですよ」
「え?」
「ハッブル先輩は今現在、ベタなマンガのキャラみたいな黒縁メガネをかけた冴えない男子生徒に過ぎませんけど、コンタクトにしてちょっと茶髪になんてしちゃったら、結構な『ラーメン、つけ麺、彼 イケメン』(※注釈後掲)ですよ。頭もいいし、万能ってほどじゃないけどスポーツもそれなりにこなすし、誰にでも優しいし…夜空を見上げさえすればエンドルフィンが脳内で分泌されまくってエクスタシーを感じられる人ですから、彼氏は欲しいけど濃密な男女の馴れ合いまでは望まない女子大生には喜ばれること請け合いです。そうやって調子こいてると、気付いたときには捨てられてますよ…ノーベル先輩」
 キュリーの後を受け、メンデレーエフが滔々と語る。ノーベルは途端に落ち着きをなくし、肩に下げていたバッグから携帯電話を取り出して開くと、メールを打っているのか真剣な表情で携帯のナンバーキーを叩きつつ理科室から出て行った。
 彼女の姿が見えなくなって、キュリーがメンデレーエフに話しかける。
「あなた、ほんと意地悪だね。あんなこと、ずけずけと」
「人聞き悪いなあ。オレは恋のキューピッドよ?結果よければ全て良し、でしょ?」
「そうかもしれないけど…」
 困惑顔のキュリーに、彼は続けて、
「ま、見てろって。あの鈍ちんなラザをオレがそのうち何とかして、お前のほうの橋渡しもしてみせっからさ」
 キュリーが黙り込む。
 メンデレーエフが『鈍ちん』と評すのも止むを得ない、ラザフォードの反応(※前項参照)。先週の出来事を思い返し、どうしても暗い表情になる彼女に、
「…な、橿原」
 普段この理科室では彼女のことを『キュリー』としか呼ばない彼が、そう告げて優しげな笑顔を向けた。

『Secret Base』「Feb-2008 <2>バレンタインデー翌週」 より

こんなやりとりがあったので、魅羽は唐突に飛鳥へメールを送ることになるのですが(過去記事「拙作語り㉑」参照)。
本作には時事・クロニクル的な要素もあり、当時ニュースになったあれこれが織り込まれており。以下、その説明です。

●食の安全
…2007年は、北海道ミートホープ社、船場吉兆、その他もろもろ、あっちこっちで食品偽装や消費期限改ざん販売などがニュースになった。
●中国産冷凍ギョウザ
…中国の工場で作られ輸入された冷凍ギョウザからメタミドホスなどという薬品が検出されたことで、2008年1~2月のニュースはこれで多大ににぎわった。
●矢部っちの『みかんブラン』
…フジテレビ系列、「土8は『めちゃイケ』」のバラエティ「めちゃめちゃイケてるッ」。ナインティナイン矢部のオファーシリーズにて、矢部っちが近所のライバル店に苦戦する昔ながらの洋菓子店の手伝いをした際、ド素人の自由な発想で生み出した、なつかしい香りのする「みかん版モンブラン」なケーキ。
●洋菓子店
…コートダジュールもダンデライオンもアルルも、つくばに実在する洋菓子屋。しかし2024年1月現在、ダンデライオンは閉店しもう無いらしい(嘆)
●『ラーメン、つけ麺、彼 イケメン』
…ホスト芸人・狩野英孝かのう えいこうの「ラーメン、つけ麺、僕イケメン」の剽窃ということに。色々あったけど2024年もテレビに出てるよね狩野くん、頑張ってるなと。。

『Secret Base』「Feb-2008 <2>バレンタインデー翌週」注釈

そして3月になり、三年生の飛鳥・魅羽が卒業していくが・・・

 例年3月の初めに行われる卒業式。今年は3月1日の土曜日になった。
「先輩、どうぞ」
 卒業式と最後のホームルームを終えて第一理科室にやって来た二人の卒業生を、在校生である三人が迎え、花束を手渡す。
「ありがとう。一年二年と、自分はもう帰宅部だと決め込んでたから、こうして後輩から最後に花束もらえるなんて思ってなかったけど…やっぱ、うれしいものだね」
 感激を隠すことなくノーベル=神足魅羽が言うと、メンデレーエフこと一年生の有田啓人は違う意味で残念そうに、
「先輩が居なくなると静かになりますよ…ええ、そりゃもう非常に」
「メンデ、あんた。お世辞でも『寂しくなる』って言うのが礼儀じゃないの?」
 二人のやりとりを苦笑しつつ眺める もう一人の卒業生に、二年生のラザフォード=宇内那由多が尋ねる。
「先輩は…まだ決まらないんですよね、進路」
「まあね。入試は全部済んで、今は結果待ち」
「人事を尽くして天命を待つってとこですか。でも、先輩なら大丈夫ですよ」
「だといいね」
 ハッブル=五十嵐飛鳥が、後輩の言葉に笑顔を見せる。
「そうだ。ラザは中三のときこの辺に来たって聞いた気がするけど、『かはく』知ってる?」
「河の神でしたっけ、中国の…」
「それは『河伯』だろ。上野にある国立科学博物館のことだよ」
「国立科学博物館…そこが何か?」
「行ったことないなら、行ってみなよ。実物ごと展示されてる周期律表とか実験コーナーとか、一日遊べるからさ…。常設展示だけでも、全部丁寧に見たら本当一日かかると思う。それに、常設見るだけなら高校生までは無料なんだって。俺も、リニューアルオープンしてからまだ行ってなくて…無料のうちにって野望はあるけど」
「なら、行きましょうよ皆で。社会科見学ってことで!」
 しかし、なんだかんだで理由をつけて部員たちは次々と辞退する。残ったのはラザフォードと、可とも否とも返事をしないキュリーこと二年生の女子生徒・橿原万希のみだった。
 正午を過ぎ、学校を後にする。
「…どうする?橿原は。二人だけでも行く?」
「え?宇内くんが気にしないなら」
「何を気にするのさ。一人で行くのもなんだし…。大丈夫なら、今度の土曜日行ってみようか?上野に」
 一時完全週休二日になった時期もあったが、現在第二・第四土曜は毎週の日曜と合わせて休み、それ以外の土曜は午前中のみだが授業がある。
 こうして、二人は次の土曜…3月8日に国立科学博物館へ出かけることにした。
  *
 帰宅するなり、ダイニングキッチンに置かれた家族共用のパソコンに向かう彼に、少し遅い昼食の支度をしながら母・凜子りんこが声をかける。
「さっきから何をそんなに熱心に見てるの?那由多」
「別に」
「どれどれ」
 手を止めてパソコンデスクへと歩み寄り、画面をのぞき込む。
「国立科学博物館?」
「ああ、今度行こうかと思って下調べを」
「ふぅん。一人で?」
「違うけど。二人」
「ははぁ。そっか、デートかあ。だから、まめまめしく情報収集なんてしちゃってるワケね」
「デートじゃないって。社会科見学」
「あのねえ。連れは女の子でしょ?あなたぐらいの年の男女が二人でどっか出掛けたら、それはもう『おデート』なの。認めちゃいなさいよ」
「だから違うって言ってるだろ。そんなんじゃないって」
「あなた、そういうとこ本当に父さんそっくりだわ」
 彼女の言葉に、思い出したように那由多が訊く。
「父さんは?土曜なのに、今日も出勤?」
「ううん、今日はね…久しぶりにまとまった時間とれそうだし、煕笑ひろえちゃんのとこに行くって」
「姉さんの…」
 煕笑は、那由多より四歳年上の母違いの姉。今は横浜で大学生をやっている。彼の父親・高宏たかひろはバツイチで、離婚の際、先妻との子である彼女を引き取った。しばらくは男手一つで育てていたが、彼女を預けていた保育園で働いていた凜子とやがて再婚し、那由多が生まれたという経緯がある。保育士経験のある継母で、もちろん継子いじめなどされたわけではないが、彼女なりに遠慮があったのだろう。大学進学とともに家を出(そもそも転勤族なので固定の自宅などないのだが)、年に一、二度しか顔を見せない。
「あ、そうだ」
 どうしても姉の話となると暗くなりがちな息子に、凛子は明るく話題を変える。
「もしかして、バレンタインデーにあのお菓子たくさんくれたっていう、同じクラブの子と出掛けるの?なら、お返しちゃんと用意しないとね。母さんも美味しくいただいちゃったから、少し援助してあげる。せっかくだし、東京のほうで何かいいもの探してきなさい」
 そう言うと、自分の財布から二千円を出してテーブルの上に置いた。
「…また微妙な金額だね」
「余計なこと言わないの。あとはあなたの小遣いから出しなさい。手を抜くんじゃないわよ」

『Secret Base』「Mar-2008 <1>3月1日~卒業式」 より

こうして二人、社会科見学に・・・

 翌日、3月8日。TX〈つくばエクスプレス〉の始発・終着駅であるつくば駅で、サイエンスクラブの二人の二年生・那由多と万希は待ち合わせ、揃って列車に乗る。
 事務的な会話を途切れ途切れ繰り返し、車両はやがて北千住駅に到着する。常磐線に乗り換えて、上野駅で降りる。
「公園口から出るんだよ」
 万希が先に立って歩き出す。生まれも育ちも茨城県南という彼女のほうが、この辺の土地鑑はあるようだ。
「橿原は行ったことあるんだ、科学博物館」
「小学校の頃だったかな…だいぶ昔の話ね」
 飛鳥が言っていた通り、特別展の合間でもあり常設展示のみなので、学生証がフリーパスとなった。
 入ってすぐ、館内案内を手に取る。見所が多すぎて困ってしまった。
「そうだ。居るかな…ハチ公とジロ」
「え?」
「忠犬ハチ公と、南極物語のジロ。宇内くん、知らない?」
「聞いたことはあるけど…それとこれと一体どういう…」
「剥製が、ここの上野本館にあった気がするの」
「すごいな…そんなのまで」
  *
 駆け足ながらひととおり見終えると、お昼を過ぎてしまった。
「館外に出なくても、持ってきたもの食べられる場所があるんだって言うから…わたし、ちょっと作ってきたんだ」
 少し得意げに、万希がバッグからランチボックスを取り出す。
「下調べしてきたんだ…」
「多少は、ね」
「それじゃ、飲み物だけ自販機で買ってこようか」
「あ。自販機もそこにあるみたいだったよ」
 屋上の休憩所で昼食を済ませ、時計を見る。
「二時か…。気になるところ、もう一回見たら出ようか。どこ行く?」
「おれは実験コーナーだな。いい?」
 先程、子供のようにむきになって発電機のハンドルを回していた彼の姿を思い出す。
(もっと早く、彼に出会っておきたかったな…)
「うん」
 地球館の二階へと向かいながら、ふと万希が那由多に問いかける。
「ねえ、宇内くん。このまま科学が進んだら、タイムマシンって本当に出来るのかな」
「さあ…。でも、矛盾を抱えたモノではあるよね。それに…おれとしては、実現されて欲しくない」
「どうして?後悔することってないの?」
「そりゃあるよ。でもさ…過去は変えられないけど、未来は変えることが出来る。だから、過去ばかり振り返らずに人は未来に向かう…。まだ見えないからこそ未来は『未来』であって、先のことまで分かったら生きる意味自体ぼやけてしまうんじゃないか…そう思うから」
「…なんだか格好いい」
「そっか?」
  *
 科学博物館を後にする頃には三時を回っていた。
「そうだった。橿原」
「何?」
「母さんから『せっかく東京のほう行くんだから、何かそっちでホワイトデーのお返し探してこい』って言われてたんだ…。希望のものとか、ある?」
「うーん…。上野まで出れば東京駅の名店街もすぐだから、マフィン買ってこうって思ってたんだけど、今閉店中だっていうし」
「マフィン?」
「そう。『ミセス・エリザベス・マフィン』てお店で、東京店限定の抹茶チーズが特に好きで…結局、わたしも限定ものに弱いのね。横浜のランドマークプラザ店では中国スィーツっぽい限定マフィンがあったんだけど…今も売ってるのかなあ」
「ふーん…。でも、今はダメなんだね。どうしよう…あ、横浜か…なら…」
「どうしたの?宇内くん」
「姉さんが横浜に居るから…そうだ、来週行って来るよ。ホワイトデーには少し遅れるけど構わないかな」
「いいよ、別に…わざわざ買いに行ってもらったら悪いもの」
「気にするなって。おれも横浜行ってみたいし…姉さんにも会ってきたいし。じゃ、帰ろ。暗くならないうちに着くように」
 そして二人は普通に帰途についたのであった。
  * *
 高校生になって携帯を持ってから初めて、那由多は姉・煕笑に電話をかけた。
『那由多なの?ほんとに?』
 正月から数ヶ月ぶりに聞く姉の声から、彼女の驚きようが伝わってくる。
「うん、おれ」
『どうしたの?電話なんて』
「来週の土曜、そっち…横浜行こうと思って。学校終わってからだから午後だけど…大丈夫?」
『構わないけど。何かあったの?今まで持ってたのに使ったことなかったじゃない、携帯なんて』
「いや、実は…」
 昼間の出来事をかいつまんで話す。
『そっか、そっか。そういうことかあ。じゃ、分かった。引き受けるわ』
 笑いを含んだ姉の返事に、彼は少なからず不安を覚えた。
「誤解してない?姉さん」
『してない、してない。また週末近付いたら連絡するね』
 改めて説明しようとした途端、むこうから切られた。
(…絶対、『カノジョへのプレゼントを横浜までわざわざ買いに来るんだー』って思われてる…)
 ため息をついたとき。
「那由多。夕飯の支度出来たわよ」
 母親の声がして、ダイニングキッチンへと向かった。

『Secret Base』「Mar-2008 <3>3月8日~過去と未来が出会う場所、博物館」 より

姉に会いながら横浜へ行き、そこでホワイトデーのお返しを買い、数日遅れで渡すつもりだった那由多だが。
姉・煕笑が急につくばの実家に来ると言い出し、慌てて電話した那由多には「あたしが用立てて届けてあげようって、そういうことよ。どう急いでもお昼になっちゃうと思うから、あなたは彼女の土曜午後の予定を確保しなさい」と伝える。

 翌日の金曜日。ホワイトデーである。しかし、バレンタインデーほどの華やかさに欠ける気がするのは何故なのだろうか。
 昼休みも終わりに近付いた、1-A教室。
「あの…森嶋さん、居る?」
 廊下から声をかけられた井上大輔が、驚き半分喜び半分で答える。
「え?あ、はい…ちょっと待ってくださいね」
 教室の中を見回し、
「居ますけど…あいつに何か?」
「ええ。呼んでもらえるかな」
「は、ハイ!大至急!」
 そう広くない教室である。それなりの声を出せば充分通るはずだが、彼は昼食も済んで気の合うクラスの女子たちとおしゃべりしている森嶋葉月に急ぎ足で近付き、
「おい、森嶋」
「なにさ」
「あの人が、お前に用があるって…」
 言って、戸口に視線を向ける。
「誰だよ?あの人。知り合い?なら、俺にも紹介して…」
 廊下に立って教室の中を眺めているその人物を見て、葉月は あっと声を上げ、呆気にとられるクラスメートをよそに一人慌てて席を立つ。
「きゃー!橿原先輩が!?いやー、どうしよう!!」
「橿原先輩?」
「うん!2-Bの…」
「来年度からAクラらしいよ」
 話に入ってきたのは、有田啓人だった。
「なんだよ、有田。お前も知ってんのかよ」
「まあ、クラブの先輩だから」
「うわ。そっか、そうなのか…。あれこそ正に才色兼備」
「そうなのー、憧れの的なのー!でもダメだよ。あんたなんか、お呼びじゃないんだから!」
「なんでお前にそこまで言われなきゃならないの?俺」
「どうでもいいから、さっさと行ってやれって。森嶋」
 啓人に言われ、葉月が廊下へ出て行く。
 感激ぶりが全身からオーバーフローしている彼女の様子を、二人は教室から眺めている。
「にしても、何故に橿原先輩は森嶋に…」
「バレンタインデーのお返しを届けに来たってとこだろ」
「…は?」
 そんな会話をしているうちに、葉月が手提げのペーパーバッグを手に戻ってくる。
「どうしようったら、どうしよう!きゃー」
「…お前、大丈夫?あと二時限授業あるんだけど」
 冷めた啓人の声も、全く届いていないようだった。
「なんだかんだで義理堅い人達だからなー。お返しくらい寄越すの分かってたぜ、オレは」
 彼の言葉に、大輔は首をかしげ、
「人達?橿原先輩だけじゃないの?」
「今月の初めに卒業してった神足先輩からのもね」
「へえ…。じゃあ、その神足先輩ってのも橿原先輩みたいな…?」
 どこか目を輝かせて尋ねてくる大輔に、啓人は申し訳なさげに返す。
「来月からT波大の学生って点では相応の才媛かもだが、正反対っていうか…おとこらしい人だからねえ」
「そうなんだ…」
「多分、あいつは宝塚の男役と娘役のトップスターでも見るような思いだったんだろ」
 今なお興奮冷めやらぬ葉月の様子を遠目に見て、啓人がぽつりと言った。
  *
 同日、放課後の第一理科室。
 三年生が自由登校に入り卒業し、ここに集合するのは三人だけとなって久しい、三月も半ば。
 しかし、金曜のこの日、何故か二人の男性陣はなかなか姿を見せない。
 不意に理科準備室のドアが開き、フェルミことクラブ顧問・岸浪教諭が顔を出す。
「お前一人か?キュリー」
「はい、そうみたいです」
「まあ、ちょうど良かった」
 教諭は後ろ手に持っていたギフト用のペーパーバッグを差し出し、
「先月のお返しだよ。ご希望通り、アルルのマカロン。俺から…だけじゃなくて、与恵とメンデの出資も入ってるがさ」
「ありがとうございます」
 お礼の言葉とともに受け取ってから、キュリー(=万希)が尋ねる。
「メンデはともかく、クミエさんからも?」
「ああ…。俺は『いいから止めろ』って言ったんだけど、『わたしもいただいたんだもの、絶対払う』ってきかなくてなあ…」
 少し肩をすくめ、ため息をつく教諭に、
「あれくらいのもので、なんだかすごくお気遣いいただいちゃったみたいで…申し訳ありません。もし、何か機会があれば、もっとちゃんとしたの作りますから」
「え?あれで本当充分だぞ」
「いえ、わたしが納得できないんで」
「…そっか。なら伝えておくよ」
「お願いします」
 彼女が第一理科室に戻ると、ちょうど引き戸が開いてメンデレーエフ(=啓人)が入ってくるところだった。
「お!それ!オレからのお返しだからな!」
「何を偉そうな。ちょびっとしか出してないくせに」
 理科準備室から、教諭がやって来て言う。
「そんなことないですよ?7・3くらいでしょ?」
 とりあえず自己主張しておいてから一呼吸おき、続ける。
「お返し、か…。ラザはどんなもん持ってくるだろうな。あれだけ貰ったんだから、それなりに…」
 噂をすれば影がさす、の言葉通り、メンデレーエフが開けたままにしていた引き戸からラザフォードこと那由多が入ってくる。
「あ…」
 彼はその場の状況を見て取ると、非常に気まずそうに、
「ごめん、キュリー」
「え?ラザ、お前…タダ貰いとか言うワケ!?」
「いや、違うんだ。明日横浜に買いに行こうと思ってたら、買って帰ってくるって姉から連絡あって」
「…はあ。良く分からんが、お返しはちゃんと用意されてるわけね」
「ええ、多分…そのはずで」
 メンデレーエフおよびフェルミとの問答が落ち着くと、今度はキュリーに向かい、
「そういう訳で、明日学校が終わった頃にウチに来るらしいから…午後、どこかで待っててくれないかな。遅れた上に、こんなことになって本当すまないんだけど」
「別に…構わないよ」
「キュリーは心が広いねえ。しかし、横浜かあ…なんだろなあ。オレも欲しいなあ」
「お前の分は無いぞ、メンデ」
 バレンタインデーはもとより、ホワイトデーの主役もまた、結局のところ女子なのだろう。本日の主人公は、微妙な心境ではあったが笑顔で男たちのやりとりを眺めていた。

『Secret Base』「Mar-2008 <5>3月14日~ホワイトデー当日」 より

 土曜午前中の授業を終えて那由多が帰宅すると、ダイニングキッチンのテーブルに普段はこの家に居ないはずの人物の姿があった。
「姉さん…」
「お帰り、那由多」
 煕笑は笑顔で水色の手提げ袋を差し出す。
「はい、これ。行ってらっしゃーい」
「あのさ…」
「お礼はいいから。お代は凛子さんから頂いたし…あとで凛子さんに払ってね」
「違うって」
 しかし彼女は、本当のところを説明しようとする彼など見ぬふりで、
「でも、今日はほんと良かったね。昨日のぐずついた天気から見事に回復して…デート日和じゃない」
「人のこと言ってる場合かよ?姉さん。自分はどうなの?」
「そんなことは今どうでもいいの。彼女を待たせるもんじゃないんだから、さっさとお昼食べて、早く着替えて出掛けなさい」
 自分の言うことなどに耳を傾けてくれそうにない。
 仕方ないので、彼は母・凜子が作り置きしてくれたというオムライスをチンして食べ終えるとそそくさと準備を済ませ、姉が買ってきた横浜土産を手に家を出た。
  *
 市立図書館の前に、彼女は立っていた。
「橿原…ごめんな、またこっちのほうまで出てきてもらうことになって」
 万希の自宅はTX〈つくばエクスプレス〉沿線ではなく常磐線沿線寄り。だが、TXつくば駅にほど近い市立図書館を指定したのは彼女だった。
「ううん。どうせ、図書館に用事があったし」
「これ…一日遅れだけど、姉が買ってきてくれたマフィン。お気に入りのが入ってなかったらゴメン」
「ありがとう。お姉さんまで巻き込んじゃって…わたしこそ、なんかわがまま押し付けちゃったみたいで、ごめんね」
「いや、いいんだ。別に。…それじゃ」
 すぐそこに仮停めしてある自転車へと戻る彼に、万希が声をかける。
「お姉さんにも、よろしく伝えて」
「あ…うん」
  *
 ふたたび自宅に帰った彼を迎えた煕笑は、一枚の写真を眺めていた。
「あれ、もう?さては、ブツを渡して直帰したな」
「悪いかよ。彼女にも予定があるし都合もあるだろ」
「怒らないでよ。でさ…彼女、この写真のどっちの子?」
 慌てて姉の手から写真を奪い取る。去年11月の文化祭の打ち上げのとき撮影したものだった。
「これ、どこから!」
「あなたの部屋だけど」
「勝手に入るなよ、人の部屋!」
「だって、あたしの部屋無いんだもん…この家には」
 煕笑は一つ息をつき、
「あたしの予想では、髪の長いほうの子かな?しとやか系で、どっか凜子さんと似た雰囲気あるし…。ショートの女の子も、けっこうモテるんじゃない?でも、眼鏡の男の子に気がある感じだよね。で、どういう集まり?」
「もういいだろ…」
「よくないってば。横浜戻るのは明日だし…一晩あるんだから、白状させちゃる」
 そう言って、何かいたずらを企んでいる子供のように笑う。
 腹が立たなかったと言えば嘘になる。だが、その置かれてきた境遇ゆえに、姉がこんなに心から楽しげな笑顔を自分に向けたことなど今まで無かった。それだけに、那由多の胸中は複雑だった。
(おれがダシになるだけならいいけど、彼女まで…)
「仕方ないな」
 ふうっと大きなため息をつくと、那由多は観念したかのように、
「じゃ、交換条件といこうよ。姉さんも、何かあるだろ?いい話」
「いい覚悟ね、望むとこよ」
(今日は姉さんに花を持たせてやりたい…ごめん、橿原)
 心の中で、こっそり万希に詫びた。
 姉弟の会話は夜更けまで途切れることなく続いたのであった。

『Secret Base』「Mar-2008 <6>3月15日~遅れてきたホワイトデー」 より

新年度を迎え、那由多と万希は三年生になり。
ここで万希の妹・千賀が登場してきて・・・

 5月も下旬を迎えた、とある昼休み。つくばね秀栄高校3-Aの教室では、生徒たちがめいめい昼食をとっている。
「万希ちゃんのお弁当ってさ、想像以上に地味だよね」
 A組とB組は特別進学クラスで、三年間ほとんど人の移動も無いのだが、毎年数名の出入りはある。一年二年と隣のB組で過ごしてきた橿原万希は、今年度からこのA組に加わった。そんな彼女と親しくなり、今ではお弁当を一緒に食べる仲の山際楓佳やまぎわ ふうかが何気なく口にすると、
「楓佳さん、その言い方は遠慮なすぎ。イエローカードもんだよ」
 もう一人の女子生徒、本郷寧々ほんごう ねねが注意する。
「ごめん、なら訂正する。渋いんよ、ビジネスマン向け弁当かと思うくらいに」
 確かに、梅干ごはんに筑前煮と卵焼き、そして いんげんの胡麻和えという取り合わせは女子高生のお弁当『らしくない』かもしれない。
 しかし指摘された本人である万希は普段通りの笑顔で、
「いいって、寧々さん。ほんとのことだし」
「時にはガツンと言わなきゃダメだよ、万希ちゃん。楓佳さんが調子に乗るから」
「だって、ほんっと『パパ弁』みたいな感じなんだもん。女子高生のお弁当って見た目じゃないよぉ。寧々さんだって、右に同じって思ってるんでしょ?ホントは」
 図星を突かれたらしく、寧々が黙り込む。しばしの間をおいて、万希が言う。
「そりゃ、お父さんのお弁当が先にあって、そのついでで自分の作ってるわけだから…当然なんだけど」
「へー。じゃあ、万希ちゃんがお父さんのお弁当まで作ってあげてるの?毎朝」
「うん、まあ」
「すごいわー。あたしには真似できないや」
「愛妻弁当ならぬ、愛娘弁当か。おじさん大喜びだろうね」
 三人が揃って笑う。
「ならさ、得意料理は肉じゃがだったりする?」
「それ、古い」
 寧々に指摘され、楓佳は少し首をかしげつつ、
「えー、そう?まあいいか。こんな女に男ってのは弱いのよねー。家事も出来るし才色兼備で、まさに理想像よ?万希ちゃん、欠点なんて無いでしょ?」
「無いはずないでしょ、人間だもの」
「そうかなあ…」
 彼女の返答がいまいち腑に落ちない様子で、楓佳が続ける。
「少なくとも、あたしたちとか男子どもから見れば申し分なしって映ると思うんだけど。あ、でも…その完璧に理想像ハマっちゃってる雰囲気が近寄りがたいっていう男子も居るかも。ちょっと『出来ない子』してみたら」
「楓佳さんてば、お節介なんだから。人のことより自分を何とかすれば」
 寧々は一言告げ、あとは黙々と弁当を食べ進める。
 世の女子高生全てがそうだとは勿論言わないが、彼女たちの間では結構辛口な言葉の応酬が繰り広げられているようである。しかし、それも仲良しだからこそなのだろう。
 ようやく本気の食事モードに入った彼女たちを急かすように、午後の授業開始五分前を告げる予鈴が鳴った。
  *
 放課後、万希は いつものように理科室へ足を運ぶ。引き戸を開けて入るなり、先に来ていた同じクラスの男子生徒・宇内那由多に声をかけられた。
「今更だけど、改めて…あの時はありがとう」
「え?」
「ほら、3月に科博行ったときさ。女子高生でもお父さん世代でもない行楽弁当だったかなと思って」
「ああ、うん…。それなりに考えてみたつもりだったけど」
 そこで一呼吸おき、
「もしかして、あの話聞いてた?お昼の」
「あ、ごめん。盗み聞きする気は無かったんだ。たまたま耳に入っちゃっただけ」
 昨年度の4月に新設されたサイエンスクラブの部員である二人は、3月初めに卒業した先輩の一人・五十嵐飛鳥に紹介された国立科学博物館へ出掛けた。館内に飲食スペースがあるのをインターネットサイトで知った万希は、そのとき二人分の弁当を用意していったのだった。
「もう文化祭の準備に入ってるんだもんな…気をつけて」
「うん、分かってる。彼も手伝ってくれるし大丈夫」
 笑顔で返し、用具や材料を用意しはじめる彼女の傍を通り過ぎ、那由多は理科準備室に向かって歩き出す。
 
 同じ日の夕刻。
「あれから、何もその気配が無いんだよなあ…おねえちゃん」
 子供部屋の学習机そばの椅子に座る万希の妹・千賀が、本棚の向こうにある姉の机を見ながらつぶやく。
  * *
 3月の第二土曜。学校から帰宅した千賀を、庭の花壇で水やりをしていた父・晃紀こうきは にこやかに迎えた。
「お帰り、千賀」
「おねえちゃんは?」
「出かけたよ。でも、お昼は用意してくれてったから…」
 言いながら じょうろを置き、玄関へと足を向ける。
「ふーん…」
「あーあ。お父さん、腹減ったよ。さっさとメシにしよう」
 彼女も、後に続く。
  *
 ダイニングキッチンのテーブルには、丁寧にラップをかけられた大皿がある。
 晃紀は、冷蔵庫のドアを開けて ふた付きの容器を取り出しながら、
「トースターのスイッチ入れて」
 千賀がオーブントースターの扉を開けて中を覗いてみると、アルミホイルの上に唐揚げが並べられている。
「せっかく家に居るんだから、熱々がいいだろ」
「うん」
 つまみを回してから、改めてテーブルの上を眺め、
「にしても、焼肉サンドにホットドッグ、リーフサラダと唐揚げと…フルーツポンチ?まるでピクニックにでも出かけるような感じ」
「そうだな。今日は、俺たちの昼食が行楽弁当の『ついで』らしい」
 いつもは父親の嗜好と栄養バランス優先で、自分や妹は二の次。そんな姉である。
 ふと千賀は思った。
(この、こってりでガッツリで肉系なメニュー…明らかに食べ盛りの中高男子を想定してるんじゃないの。まあ、サラダとデザート系の果物は、おねえちゃんの趣味なんだろうけど…。普段じゃあ絶対お目にかかれないぞ、こんなの。デートってことか、気合を感じるわ)
 ちらりと父を見ると、丁度温め終わった唐揚げを皿にとっているところだ。
(お父さんには黙っとこうかな…複雑だもんね、娘を持つ父親としては)
 椅子に座り、晃紀が手を合わせる。
「いただきます」
 そして何事か考え込んでいる様子の彼女に、
「ほら、冷めないうちに食べよ」
「あ、うん」
 父と娘、二人きりの昼食ながら、自宅のキッチンで ちょっとしたハイキング気分を楽しんだのであった。
  * *
(ったく。あれだけのお手製弁当ご馳走になっても、その後進展なしってこと?どんな男なんだろ…わたしなら願い下げだな)
 椅子から立ち上がり、姉の机脇のチェストに飾られた写真立てに視線を落とす。
「ちょっと。何、人の机の周り見てるの?千賀」
 ぎょっとして振り返る。
「あ、おねえちゃん…帰ってたの」
「たった今ね」
「でも珍しいよ、わたしより遅いなんて」
 千賀は小学校時代には児童楽団、中学生の今現在は吹奏楽部でクラリネットを担当している。毎日練習があるので、帰宅時間もそれなりになってしまうのだが。
「まあ、色々あって。夕飯急いで作るから、寸暇を惜しんで勉強してなさい」
「おねえちゃんだって勉強しなきゃマズいでしょ?大学受験を控えてるくせに」
「あなたこそ、高校受験をナメるんじゃないの」
「受験なんて所詮『みずもの』じゃん。なるようにしかならないよ」
「『みずもの』の使い方間違ってるでしょ。受験は本人の努力次第な部分が大きいんだから、そんな一か八かみたいな言葉使ってもらっちゃ迷惑」
 このまま姉妹で口げんかしていても意味がない。年長者として思い切り、万希が話を変える。
「もうすぐ6月だよね」
「うん、夏の制服出さないと。今年は週明けから6月だし、間違わなくて済みそう。ラッキー」
「それはいいけど…父の日の話。何するか考えといてね」
 部屋から出て行く姉を見送り、千賀は思い返す。
 突然に母親が亡くなってから、かれこれ四年ほどになる。この四年間、父親やクラリネットに打ち込む自分のために、勉強をしながらも家族三人分の炊事・洗濯を一手に引き受け、休日には家中の掃除と庭の手入れまでしてきた姉。中学三年のあの時、受験勉強だけしていたら、もっと上の進学校に届いていたかもしれない。
(こんどは、わたしが代わってあげなきゃならないのに…)
 高校なんてどこでも同じ、と言えば語弊があるに決まっている。しかし、最終学歴として残る大学・大学院と比べれば軽いのは曲げようのない事実なのだ。
(おねえちゃんのことだから、自分一人で背負い込んで頑張っちゃうんだよな…)
 一つため息をつき、机に向き直って教科書をめくり、ノートを開く。
(そうだ。あとで、お父さんに話してみよう)
 このままでは、父や自分を気遣ってこの自宅から通える大学しか進学先として考えない可能性が高い。姉が―真面目で努力家の彼女が夢見る道を進めるように、何か示そう。いや、示したい。
(それがきっと、今までと これから…来年の春までの、お父さんとわたしからのお礼になるから。お母さんも、そう思ってくれるよね)
 千賀はシャープペンを手に取り、時計を見る。そして、5月末の中間テストに向けての試験勉強を始めたのであった。

『Secret Base』「May-2008 =lunch time at high school=」 より

妹・千賀に「わたしなら願い下げ」とまで言い切られる那由多(嗚呼)。
そういえば『扶桑~』のほうでも、愛鶴にどこか冷たくもある兵衛に対して、彼女を恩人と慕う白菊は不満を抱えていた(困)。
姉妹の夏休みの姿もあり・・・

このイラストから、番外編へ。

「急いで、こっちこっち!」
 彼に手を引かれて、人波の中を急ぐ。
 どん、と威勢のいい音とともに、空に大輪の光の華が開く。
 言葉も無く、夏の夜空を見上げる。
 隣には、今までのいつよりも目を輝かせて次の花火を待つ彼が居る…。
  
「…なーんて、夢だよね」
 受験生だし…などとつぶやきつつ、万希は自宅の学習机に向かって問題集を解いている。
「おねえちゃーん、お昼にしよ」
 妹・千賀の声に時計を見、慌てて立ち上がる。
(やだ、もう1時半…)
 ダイニングキッチンに駆け込むと、シンクの前に立つ千賀が笑顔で振り返り、
「じゃーん。千賀特製、海風焼きそばの上だよ」
 見れば、テーブルには海鮮焼きそばの盛られた皿が二つ並んでいる。
「…上海風焼きそばの間違いじゃないの?」
「分かってるよ、ちょっと言ってみただけ。まあ、それはいいから。食べて食べて」
 渋々ながら椅子に腰を下ろす。
「…いただきます」
 一口食べ、黙ったままで箸も動かない姉の表情を窺いながら、千賀が訊く。
「で、どう?なんとか言ってよ、おねえちゃん」
「…いや、普通に美味しい」
「そりゃそうでしょ。千賀は、やれば出来る子なんだから」
 自分も箸を手に取り、皿のそばをつつきながら、
「上海風だから、たまり醤油メインに甜麺醤で甘みプラス!上海っていうと海に近いもんね、シーフードミックスがあったから、それも入れちゃった。中華街の上海焼きそばは海鮮焼きそばとは別みたいで、具にシーフードなんて入らないらしいけど、まあ家庭料理ならではってことで」
「ふーん…けっこう色々考えてるんだ」
 と、万希は思い出したように、
「シーフードミックス、使っちゃったの?」
「うん。何か、まずかった?」
「…別に」
 箸の進みが遅い姉に、千賀が横から急かすように言う。
「もう、おねえちゃんてば。さっさと食べて戻らなきゃ。大学受験を控えた高校三年生てさ、夏休みともなれば1日10時間くらいやるんでしょ?勉強」
「おそろしいこと言わないでよ。そんなに机に向かってたら気がふれそう」
「そりゃそうだ」
 姉妹揃って、顔を見合せて笑う。
「あーあ、想像以上のウマイ出来なのに。お父さんにも食べさせたかったなあ」
 千賀は、今日も普段通りに出勤していった父・晃紀を思い浮かべて溜息をついた。
「今度は週末にでも作ればいいじゃない」
 千賀がグラスに注いで出しておいたウーロン茶を一口二口飲んでから、万希が続けて、
「人のことばっか言ってないで、あなたも勉強しなさいよ。千賀」
「お母さんみたいなこと言わないでよ。あ、でも…お母さんは、そんなにうるさくなかったね。勉強に関しちゃ」
 会話が途切れ、しばし沈黙が漂う。
「また、お盆が来るね…」
 母親の居ない、家族三人だけで迎える四度目の盂蘭盆会うらぼんえが、もうじきやって来る。
 夏という季節が大好きだった母・芙美子ふみこを思い返しながら、二人 ダイニングキッチンから庭の花壇へ目を向ける。盛夏のまぶしい陽射しを受け、花々は尚一層力強く輝いていた。

『Secret Base』「Summer-2008 ~キュリーの夏休み」 より

この年の文化祭には・・・

 文化祭の打ち上げが、ハロウィンの夜のパーティー。良く出来た話である。昨年と同じ老舗洋食店、同じ時間に『反省会』という名目の会合は始まった。しかし最初から反省などするはずが無かった。互いを褒め合い、料理をつつくうちに時が流れていく。
 更に、今年は特別ゲストの登場が場を盛り上げた。
 少し遅れて到着したのは、三人連れ。
「あ、先輩!お久しぶりです」
 クラブOB・OGである飛鳥、魅羽。そして…
「もしかして、与恵さん?」
 笑顔でうなずく大和撫子を前に、啓人のテンションも上がる。
 飛鳥の「それしてると、皆が騒ぐと思います」との提案をれて、与恵は春に教諭から贈られたエンゲージリングを外して来ていた。
「みんな、今年はどんな出し物をやったの?」
 先輩方や顧問の恋人からの質問に部員たちが競うように答え、にぎやかに時は過ぎていく。
  * *
 光陰矢の如しなどと言うように、時の流れるのは早いものだが、楽しい時間ならば尚のことだ。午後8時を回り、高校は翌日も第一土曜で午前中だけだが授業があるため、そろそろお開きということになった。集合写真を撮り終え、岸浪教諭が会計を済ませて、ぞろぞろと店の外へ出る。
「先生は与恵さんだけ送ってあげてください。あとは、あたしが引き受けます。なに、運転歴半年強のウィークエンドドライバーですけど、ここらへんなら夜でもしょっちゅう走ってるし、慣れてますから」
「ああ、そう。なら有難いな」
 胸を張って教諭に提案した魅羽に、啓人は不信の目を向ける。
「オレ、まだ命が惜しいんで。先生のほうがイイんですけど」
「お二人様の邪魔する気?あんた、いまだにそういうとこ変わってないね。相変わらずモテないでしょ?」
 啓人が黙り込む。
「いや、大丈夫だよ。うちの母親より運転上手いと思うし」
 返す飛鳥に、
「なら、なんで先輩は親の車待ちなんですか!?」
「だって距離あるし、ちょうど父親の退勤時刻だし…軽は狭いから、ちょっとね」
(く、くそぉ。六尺超男め)
 高校二年生に至ってようやく身長170cmを突破し長兄の面目を保ったと思っている啓人には、180超の先輩は余計に「高く」見える。
 続けていつきも、
「少なくとも、うちの母親よりはマシです。若いからですかねぇ。俺は彼女に送ってもらいますし…一緒に行きましょうよ、先輩」
「単なる道連れっつうか巻き添えにならないよな」
「何よ、あんたたち!さっきからコソコソと!人の厚意を何だと思ってるんじゃ、ボケぇ!」
 かくして、店を出た面々は既に駐車場で待っていた兄の車に乗り込んで一足早く帰って行った咲良さくらを見送り、迎えに来てくれる母親を待つ那由多と退勤途中の父を待つ飛鳥を残して、教諭のヴォクシーと魅羽が母親から借りて乗り付けたパジェロミニに分乗する。
「それじゃ、お疲れ様でした。ハッピー・ハロウィン!」
 挨拶し終えて、魅羽が先にエンジンをかけ発進させる。シートベルトをしっかりと締め後部座席でガクガクしている啓人をバックミラー越しに見遣りつつ、
「ほんと失礼だな、有田は」
「この人は放っておいて、運転のほう集中してよ。ミウ姉」
 彼の隣に座る斎が、ハンドルを握る従姉に注意する。
「分かってるって。将来有望な十代ばかり四人も乗せてるんだもんね、心しなきゃ」
 心配をよそにパジェロミニは順調に進み、まず啓人、続いて斎をそれぞれの自宅前で降ろして、最後の一人を送るべく大通おおどおりを東へと走る。
「万希ちゃんは、どこに出願するの?やっぱT波大かな」
「いえ。府立大の欧米言語文化学科に」
「府立大…ってことは、大阪か京都だよね…?」
「京都です」
「…だいぶ思い切ったね」
「はい。なんか、父親とか妹が『今まで家の事を全部やってもらって甘えてきたんだから、そのお返しだと思って、どこへでも好きなとこ行ってくれ』って言ってくれたものですから」
「…へえ。そうなんだ」
 しばしの間を置き、
「宇内は京大志望…じゃなかったよね」
 彼女が同級生である那由多を慕っているのを知る魅羽は、ついそんなことを口にした。
「ええ。名大か東工大かで迷ってるみたいですよ。それだって贅沢な悩みですよね」
 万希は一つ ため息をついたあと、
「大学までは追いかけません。自分が寂しくなるだけなんで」
「万希ちゃん…」
「なんだか先輩たちがうらやましいです。追いかけてほしかった、なんて思ったりも」
 魅羽は推薦入試で先にT波大進学を決めていた。その後、飛鳥が一般入試で受験して合格し、学部が違うとはいえ同じ大学に進学したのである。見方によっては「彼女を追いかけた」ようにも取れるのだが……
「あたしの場合は違うんだってば。彼がT波大を選んだのは家庭の事情であって、あたしの存在は二の次三の次」
 気付けば、もう万希の自宅まではすぐそこの路地に入っていた。
「…大学行ってからもメールしていいですか?先輩」
「もちろん。あたしで良ければ、何でも言ってやって。グチでも相談事でも」
「ありがとうございます」
 家の前で停められた車から降り、一礼して万希は去っていくパジェロのテールランプを見送った。
 今、季節は秋。冬を越えてようやく至る春は、まだ遠い。

『Secret Base』「Oct-2008 <4>文化祭当日~それぞれの思いを乗せて」 より

そして二人は入試の冬を迎え・・・

 2月に入ると、受験日程が立て込み忙しい三年生は自由登校となり、校内も少し寂しくなる。放課後に活動場所である第一理科室に集まるサイエンスクラブ部員も、一年生と二年生の計三名だけだ。
 理科室に集う部員が減って二週間ほど経ったある日。
「…メンデ先輩、まだ戻ってこないけど」
 更に何か言いかけた一年生女子・石動咲良いするぎ さくらを制し、同じく一年生である祝部斎ほうり いつきが答える。
「なんか、思うところがあるんじゃない。廊下でぼんやりしてたよ」
 結果として、斎は『トイレにしちゃ長いんじゃないの。大物と格闘中かねぇ』などと下ネタに広げようとする彼女の出鼻をくじくことに成功した。
 二人は、音を立てないように椅子から立ち上がると忍び足で廊下へ歩き、そろそろと引き戸を開けて外を覗き見た。
 斎の言ったとおり、メンデ先輩ことクラブ内の呼称メンデレーエフ・二年生の有田啓人は廊下の窓のさんひじを掛けて外を眺めつつ突っ立っていた。ちょうど夕刻にかかり、西の空が赤く染まり出す頃だ。
「…うわ。ホントに黄昏男」
「先輩にだって、悩みの一つや二つあるだろ。そっとしとこう」
 正直な感想を述べた咲良に斎がやんわりと注意し、内へ戻ろうと促す。
 そんな後輩たちの配慮にも気付かず、啓人は物思いにふけっていた。頭の中をめぐるのは、二人の先輩のことだ。
 1月の下旬、理科室に三年生の女子生徒・橿原万希と自分の二人だけになったとき、不意に彼女から告げられた。
「ラザには余計なこと言わないで」
 啓人が、いまだに進展を見せない二人の先輩・ラザフォードこと宇内那由多とキュリー(万希)の関係を見かね、三年生が自由登校に入る前に何か行動を起こそうとした矢先のことだった。キュリー本人に釘を刺された格好だ。
「でも、お前…ほんとにいいのかよ?それで」
「あなたにどうこう言われたくないの」
 彼女の無言の圧力に、彼もその場は黙って退いた。
 しかし、そのまま何事もなく自由登校期間に入ってしまったのだった。
(卒業式前後に、何か動くんだろうか…そんな気はしないけどな…)
 万希が出願した先は関西の大学だと聞いた。那由多は都内の大学を志望しており、近々父の転勤の可能性はあるが今当分はつくばの自宅から通うことになるらしい。
(このままじゃ、ほんとに終わっちまうぞ。橿原…)
 お節介と言われても、気になって仕方ない。啓人は苛立たしげに頭を抱えた。

『Secret Base』「Feb-2009 <1>如月の黄昏に思う」 より

どうにも黙っていられなくなった啓人は、那由多に電話をかけ・・・

 例年ならば3月1日に行われる卒業式。今年度は日曜日で、前日の2月28日も学校が休みの第二・四土曜と重なったため更に前倒しとなり、2月27日の金曜日となった。冷え込みの厳しい、雪に変わりそうな雨が体育館の外で降る中、式は行われた。
 啓人は、卒業式と最後のホームルームを終えてクラブの部室でもある第一理科室にやってきた二人の一挙一動を注意深く観察した。後輩から花束を受け取り、照れたように、だが嬉しげに笑う。今後の予定を訊かれ、遠慮がちに語る。しかし、結局この卒業式の日にも万希は那由多に何も伝えた様子は無く、彼も何かに気付いたようではなかった。
  *
 夕刻、我慢の限界がきた啓人は那由多の携帯に電話をかける。
「お前、一体どこまで鈍いんだ?大丈夫かよ」
『え?何のことだよ』
「キュリーのことだ。ほんと気付いてないワケ?」
『だって、お前といい感じだったじゃないか。すごく仲良くて、楽しそうで。おれはすっかり、そういうもんだと』
 彼の返答に ため息をつき、
「お前、とことんアホ。あいつにとってのオレは、あくまで気の合う男友達か弟分。お前は別格なんだよ」
 電話の向こうで那由多が黙り込む。しばしの沈黙のあと、
『そんなこと言ったって、もう…』
「あのな、お前。どうしてそんな諦め早いの?嫌いじゃないなら、何か言葉かけてやればいいだろ。クラブの連絡網で携帯番号もメアドも分かるんだし」
『だけど、一体何をどう言えば』
「んなことオレに意見求めるなよ。自分で考えろ」
 啓人はそれだけ言うと電話を切った。
 何か、些細なことでもいい。互いに親近感を持つ、共に過ごした三年間、いや中学時代から加えれば四年間がある二人だ。きっかけさえあれば、二人の関係は劇的に変わる。さながら、触媒を加えられた途端に反応を起こす化学変化のように――
(どうやらオレのカタリスト〈catalyst:変化のきっかけを与える人、物、事。〉…キューピッド生命もここまでかもしれないな…)
 携帯電話を閉じて机に置き、ごろりとベッドに転がって天井を見上げ、もう一度深々と ため息をついた。

『Secret Base』「Feb-2009 <2> 4 years」 より

そして旅立ちの春を迎え・・・

 同じく、4月4日。万希は一人ボストンバッグを手にTX〈つくばエクスプレス〉つくば駅のホームに立っていた。
 同級生・宇内那由多に中学時代から好きだったことを言えないまま、進学先として選び合格を果たした大学へ通うべく京都へと旅立つ彼女だった。少し縁起をかつぎ、大安のこの日を選んだ。
 振り返れば、四年間。珍しく長続きした恋だったと思いながら、つくばエクスプレスに乗る。日々仕事で疲れているであろう父親は土日くらい休ませてあげたいし、妹は中学を卒業し高校入学を控えてその準備に忙しい。現地に行かずとも出来る手続きはこちらで全て済ませ、住まいも以降はどうするとも最初の一年間は学生会館に決めて荷物も送った。あとは手荷物を持って、秋葉原、東京を経由して新幹線で京都へ向かう予定だった。
 ふと、隣の車両に目をやって驚いた。
「…宇内くん?」
 人違いだったら恥ずかしいと思い、メールを送ってみる。偶然にも、彼は横浜に住む姉に会いに行こうとして同じ列車に乗り合わせていたのだった。
「もう行くんだ、京都。一人で」
「うん…」
「それにしても思い切ったよね、関西だなんて」
「中学の修学旅行以来、なんかいいなと思ってたんだ。大学では語学やろうと決めて、最初は当然のように県内の大学で探してたんだけど、家族が『どこへでも行きたいところへ行っていいよ』って言ってくれたから…それに甘えて」
「ふーん…」
「宇内くんは工大だよね。将来はエンジニアなんだ…花火師にでもなるのかと思ったのに」
 冗談めかした彼女の言葉に那由多は笑い、
「そりゃ花火は好きだけど、職人になって仕事に出来るほどのセンスとか気質があるかっていうと自信なくてさ…。あの五十嵐先輩だって『その道』に進まなかったんだから、おれにはもっと無理だなって。でも、全然違うことをやるのは嫌だし、少しでも繋がりがあることを将来の仕事にしたい…そう思って。だから、化学工学科を選んだんだ」
 二人の一つ上の先輩である五十嵐飛鳥は、親の代からの無類の天文好き。しかし、「天文の専門家の需要は限られるし、大好きなことは仕事にしないほうがいい」と、土木・建築を学ぶべく地元大学の工学系の学群に進んだのであった。
「そうだったんだ…」
 万希が、窓の外を流れる景色へと視線を移す。
  *
 3月、他言するなと釘を刺されていたにもかかわらず、岸浪教諭の異動を本人から聞いた啓人は万希にだけはそれを伝えていた。
「先生に…というか、与恵さんに渡したいものが」
 その彼女の申し出に、教諭は自身の恋人・与恵本人と引き合わせた。
 女二人、つくば市内のカフェで語り出す。
「結局今の今まで果たせずいました。ごめんなさい」
 作ってラッピングしてきたフルーツケーキを差し出す。ドライフルーツを洋酒に漬けるところから、準備が結構かかるものだ。
「ありがとう。タッちゃんはダメなんだけど、わたしはこういう洋酒の効いたケーキが好きだから…」
 万希は、与恵の左手の薬指に光るリングに目を留める。
「それ…」
「あ、籍はまだなの。わたしの誕生日の前日に入れてくる予定だけど」
「そうでしたか…」
「橿原さんにも、居るのかな?好きな人」
「はい…」
「そうだよね。高校生だし」
 姉のような優しげな目を向ける彼女に、万希は思い切って尋ねる。
「あの。与恵さんはどうでしたか?先生とはどこで…」
「大学のコピー機の前だったわね、あれは」
「じゃあ、大学の?」
「わたしはシステム工学の教授秘書、彼は応用理工学の学生だった。本当に偶然」
「そうなんですか…同じ学校の生徒だったとかじゃ、ないんですね…」
 少し肩を落とした様子の万希を気遣うように、与恵が問いかける。
「残念そうね、どうしたの?わたしはこうだったってだけで、周囲見てみると同級生同士で結婚した子もいるよ」
 万希はこの四年間のことをかいつまんで語り、
「どうしようか迷ってるんです。もう本当会わなくなるから、言って気まずくなるのも嫌で…そんなくらいなら、今の『同じ部に居たクラスメート』でいいかなって」
「ふーん…。なら、賭けてみれば」
「賭けて…みる?」
「わたしの場合で言えばね、自分の携帯番号とメアド書いて渡したのが賭けだったの。連絡なんて来ないかもしれない、逆に、しつこく付きまとわれる可能性だってある。それでも、踏み切ってみた結果が今な訳よ。だから…」
「はい?」
「卒業してから京都に引っ越すまでの間に、どこかで偶然また彼と会うことがあったなら、言ってみればいいんじゃない?どうせ当分会わなくなるんだからって割り切って。やらぬ後悔より、やって後悔するほうがいいって話もあるでしょ」
「…ええ…考えてみます」
  *
 先月のことを思い返していると、那由多のほうから話しかけてきた。
「京都、ほんといいとこだよ。おれ、大阪に居た頃たまに出掛けてあちこち見てたから、ほんとそう思う。…ま、夏暑いし冬寒いのは痛いけど」
「うん…」
「夏休みとかは、こっち帰ってくるの?そしたら、また『かはく』行こうか…今度は何か面白そうな特別展がやる時にでも」
「え?いいの?」
 突然の提案に驚き、彼を見上げる。
「橿原が気にしないなら」
 何も変わらない彼の笑顔。このままでいい――万希は決めた。
「わたしは気にしないよ。約束だからね?」
 彼の右手を取り、指切りげんまんをした。
 秋葉原駅で彼と別れ、別の道へと歩き出す。
(また、彼と『かはく』で…)
 昨年の3月、二人で国立科学博物館に行ったときのことが、昨日のことのように思い出される。
 ホームを歩く彼女の表情に、もう翳りは無かった。
  
 一方。那由多は横浜に到着し、待ち合わせていた姉・煕笑と会う。みなとみらいのショッピングタウン内のカフェに入り、席に着くと、
「ふーん、彼女は京都に行っちゃったのか。で、あなたは捨てられたのね」
 数ヶ月ぶりに再会した姉は、相変わらず辛辣な物言いから入る。
「捨てられたも何も、最初から…な」
「何さ、それ。まあ、でも遠距離は両方がよっぽどしっかりしてないと破綻するもんねー」
「良かったんだよ、きっと。彼女は何でも出来る人だから、おれなんかじゃなくとも、いくらでも」
 どこか投げやりな様子の弟に、煕笑は やや厳しい口調で、
「那由多。あなた、さっきから聞いてれば何よ。『どうせオレなんて』っていう、その後ろ向き発言は。あなたはね、子連れのバツイチしかも転勤族なのに凜子さんのような引く手あまたな女性をお嫁に来させたお父さんの息子じゃないの。もうちょっと自信持ちなさい、馬鹿」
 この姉弟は母違い。那由多の母親は共通の父親・高宏の再婚相手の凛子であり、煕笑にしてみれば彼女は継母となる。
「そんなこと言ったって…今更」
 気を取り直すどころではなく落ち込む一方の彼に、ため息をつきながら、
「まあ、ねえ…。とりあえず、この夏、彼女がこっち戻ってきたとき。その時点で、また確かめてみればいいんじゃない」
「…他人事のように言うね、姉さんは」
「他人事でしょ?姉弟といっても、こればっかりはね」
 姉の言うことももっともなので、那由多はまた黙ってしまう。だが…
(夏が来たら…)
 離れてみて分かるものに、ようやく気付いた。あとは、少しの勇気があればいい。きっかけは、この手にあるのだから。彼女がどこか寂しげで心細そうに見えて、深い考えもなくつい口に出したあの提案が、希望を繋ぎ留めてくれた。
(「ふたたび『かはく』で」…)
 顔を上げた彼の表情に変化を認め、煕笑がほっとしたように笑んだ。

『Secret Base』「Apr-2008 <3>ふたたび『かはく』で」 より

この時の約束は、数ヶ月後の夏に果たされることとなり・・・

 6月が終わり、7月を迎えて間もないある日。サイエンスクラブOB・宇内那由多の携帯電話が不意に鳴った。
「…何、姉さん」
 電話の向こうの姉が、唐突に言う。
『準備はしてるの?』
「ああ、期末試験のほうならボチボチ…」
『あなた、馬鹿?わたしが言ってるのは、高校時代の心残りである彼女のこと。その後、連絡ってしたの?そろそろ何か言っておかないと、先方にも都合があるでしょ』
 那由多が言葉を選び迷っている間に、姉・煕笑は電話を切ってしまった。
「……」
 何か面白そうな特別展がある時にでも、また『かはく』に行こう――
 それが春に『彼女』と交わした約束であった。だが、『かはく』こと国立科学博物館のサイトを見て夏休みに開催予定の特別展の内容を知り、困惑していたのだ。
(インカ文明展って…。何つうか、こう、もっと科学っぽいようなことをやってくれればいいのに…。ならいっそ別の博物館で面白そうなとこを探してみようか)
 お台場の日本科学未来館、船の科学館、東京都水の科学館などを見るか。それとも、九段下の科学技術館へ行くか。
(お台場だなんて、いかにもデートコースでいやらしいよな…。かと言って九段下ってのも近くのスポットが武道館とか近代美術館じゃあ…)
 どちらにしても、少々厳しい。それに、もしかしたら既に京都で素敵な彼氏でも見付けて、楽しく過ごしているかもしれない。だが、彼は約束したことを忘れたふりなど出来ない、真面目で正直な学生だった。
 
『Sub:元気?
 ご無沙汰してます、宇内です。覚えてるかな。京都は暑いだろうね、元気でやってる?
 あの、今年の春に言ったことなんだけど。もし迷惑でないなら、こっちへ帰ってくる日程と、以下の中から関心のありそうな特別展ORスポットを選んで教えてくれたらと思います。
1.東京上野、かはく(特別展:インカ文明展)
2.東京九段下、科学技術館
3.東京お台場、日本科学未来館(特別展:消えた生き物の謎と秘密)』

 逡巡しながらもメールを打ち、送信を押した。
 
    * * *
 
 翌日、携帯電話の電源が入るのとほぼ同時にメール着信音が鳴った。
 開いてみると、高校の同級生でありクラブ仲間でもあった、『彼女』こと橿原万希からだ。内心はらはらしながら、文面を追う。
 
『Sub:ありがとう
 こんにちは(で大丈夫かなあ)。ご無沙汰してます。宇内くんも元気そうで何よりです。
 前期試験が終わったあとすぐだと、お盆の長期休暇はじまりの土日で帰省ラッシュにかかる可能性があるから、お盆の入りの直前、11か12日くらいの上り新幹線の指定をとろうかなと。実家滞在は1~2週間くらいの予定。
 わたしの希望を言っていいなら、3番のお台場です。わたしこそ迷惑じゃないのかな?
 以上よろしくお願いします。また連絡待ってます』
 
 内心ほっとしつつも、那由多は暑さによるものではない微妙な汗をかいた。
(特別展自体のテーマは暗いというか、シビアな内容だけどな…。でも、本人がいいって言うなら構わないか…。それより何より、お台場って…)
 若い男女が連れ立って歩いていたら、それは間違いなくデートだ。デートに非常に似つかわしい場所だ。
(博物館だけ見て帰るわけにもいかないか…。何か、他にもどっか行くとこ探しておいたほうがいいかな…)
 あれこれ考えつつも、行くことが分かっているならと、彼は「地球と宇宙の環境科学展~消えた生き物の謎と秘密~」の前売券を2枚購入したのであった。
 
     * * *
 
 そして、8月14日。つくばエクスプレスのターミナル駅であるつくば駅で、二人は高校を卒業してから実に約5ケ月ぶりに再会した。
 ちょうど8月10日前後、東海地方は集中豪雨そして駿河湾を震源とする震度6弱という地震に見舞われて多大な被害を受けた。少なからぬ犠牲者も出た。交通網もその影響を受け、東名高速道路は区間通行止めに、東海道新幹線は運休含めダイヤが乱れたと、那由多はニュースで聞いていた。一昨日「茨城に帰ってきました。予定通りで行きましょう」とのメールは受け取っていたが不安なままだったので、彼女を前にしてようやくほっとしたのであった。
「ほんとに、ちゃんと帰ってこれたんだ…」
「うん、何とか」
 万希は顔を上げて少し笑い、
「全然変わってないね、宇内くん。あ、でも…東京の大学生だから、どこかお洒落な感じかな?」
「いやいや、オシャレも何も。TシャツにGパンがユニフォームだし。今日はそれに襟が付いただけ。橿原も変わらないね」
「数ヶ月じゃ変わらないよ、わたしもそんな。大学行く時は、やっぱりパンツばかり」
「ふーん…想像つかないな」
 高校の制服の頃のイメージが、まだ抜けない。今日も、彼女はシャツワンピースにヒールの低いサンダルといういでたちだ。
 切符を買い、改札を通ってホームへ向かう。
「荷物が増えて大変だろうってことかな?『お弁当は要らない』ってメールにあったのは。それとも、実はあんまし口に合わなかったとか」
「そんなことない、ない。でもホラ、夏で暑いし…傷む心配とかで余計面倒かなって」
「じゃあ、午前中で帰ってきちゃうの?無理じゃないの」
「だから、どこかのカフェかレストランででも食べようよ。お台場って場所柄、沢山あるはずだから」
 万希は笑顔を見せ、
「うわ、ほんとにデートみたい。大丈夫なの?やきもち焼く人、いない?」
「橿原こそ」
「居ないよ、そんな。…そんな簡単に彼氏出来たら、苦労しない」
「確かに」
 那由多も笑う。
  *
 車両に乗り込み、列車が走りだすと、話題は変わる。
「先月、皆既日食あったよね。関西のほうはどうだった?」
「朝のうち雨で、ちょうど欠ける昼頃も曇り。微妙な感じ」
「関東も、そんなだったな。でも、厚い雲で翳ったみたいに暗くなったのは分かった」
「ふうん…。五十嵐先輩は行ったのかな、部分日食じゃなくてホンモノの皆既日食が見られるっていう南西諸島に。でも、行ったとしたら神足先輩も一緒だろうから、何も連絡ないはずもないかな」
 天文好きな高校の一つ上の先輩・五十嵐飛鳥なら、通うT波大も夏休みのはずなので駆けつけたかもしれない。その彼と付き合っている神足魅羽とは、クラブの先輩後輩のよしみで卒業以後もたまにメールを送り合っている。万希はふと思いついて言ってみたが、
「いや。自宅で見てたらしいよ。もちろん、日食観察用の黒グラスで。神足先輩も一緒に」
「へえ…」
「三年後には関東地方でも金環食が見られるっていうし、『ここで次の皆既日食が見られるまで粘る』って…そんなことメールに書いてあったよ」
「今でも先輩とやりとりあるんだ、宇内くんは」
「会うことはほとんど無いけどね」
 二人は笑った。
  *
 浅草でつくばエクスプレスから東京メトロ銀座線に乗り換え、新橋で降りて ゆりかもめでお台場へ向かう。
 足元の小さな段差につまずきかけた万希が、半歩ほど前を歩いていた那由多の腕に手をかける。
「だいじょぶ?」
「うん…ごめんね」
「いや、いいけど…。こうなると、ほんとカップルみたいだね」
 彼の何気ない言葉に、万希は手を離して何か言いかけて口ごもるが、思い切ったように顔を上げ、
「なら…今日はもう彼氏と彼女になっちゃおうか、なんて」
「え…ああ…。おれでいいなら、おれは全然構わないけど」
 少々おどおどしながら返す那由多に、彼女が笑顔でうなずく。
「うん」
 互いに差し出した手が触れ、しっかりと繋がれる。
「行こう」
 これから、大学で過ごし社会へ出て生活していく間に、また沢山の出会いがあるだろう。もちろん、素敵な異性との出会いも。その中に、未来の伴侶となる人物が居るかもしれない。けれども、今このときは二人にとってそれぞれが「best friend〈最良の友〉」――共に歩む、大切な存在。
「楽しんでこようね」
「もちろん。あ、お昼に何食べたい?」
 無意識のうちに、歩幅も踏み出す足も揃っていく。
「自分以外の人が作ったものなら、何でもいいや」
「何それ。あんな上手なのに」
 楽しい会話は尽きることが無い。どんなに長く・遠く離れていても、ひとたび顔を合わせれば、かつて共に過ごした頃の時間へと巻き戻せる相手だからこそだ。
 
『あのときの小さな約束に、ありがとう――』
 
 二人が等しく心に思ったことだった。

『Secret Base』「Summer-2009~OB・OGの夏=あの日の約束=」 より

那由多と万希のほうが一段落したところで、時を少し遡り、2009年4月。
万希と入れ替わるように、妹・千賀が入学してくるのだが・・・
以下、過去記事「拙作語り⑫」にも掲載している内容と重複箇所がありますが、再再掲。

 新学期が始まって数日。今年度の新入部員はどうやって探してこようかと、サイエンスクラブの三名が相談をしていたところ、
「こんにちは」
 突然に、真新しい制服を着た女子生徒が放課後の第一理科室を訪ねてきた。
「…何?」
「何って、入部希望ですよ。サイエンスクラブの」
 呆気にとられる部員たちを前に、新入生は一礼したあと笑顔で名乗る。
「はじめまして。わたしはA組の橿原千賀。おねえちゃん、すごく楽しそうだったから…つくばね秀栄に入ったら、絶対サイエンスクラブって決めてたんです!」
「橿原…おねえちゃん…って。君、橿原先輩の妹さん?」
 啓人の問いかけに、彼女は大きくうなずいて返す。
「でも…顧問も変わったし、昨年度までと同じようにはいかないと思うけど。それに、橿原先輩が楽しそうにしてたのは、このクラブの活動そのものだけが理由じゃない気もするし」
 今年度の部長である啓人は戸惑いながらも、後でがっかりされたら困るので、本当のところを話してみた。
「え?けど、わたしはもう決めたんで。これから色々企画して、楽しいクラブ活動にしちゃいましょうよ。先輩」
 姉・万希よりも積極的で活発、底抜けに明るい女子生徒。姉妹ゆえに顔立ちはどことなく似ているが、性格は対照的だ。
「橿原先輩の妹さんかぁ。同じ女子として言うのもおかしな話だけど、男子に注目されるでしょお?お姉さんもそうだったけど、キミもいいルックスしてるし」
 つい話に加わった二年生・咲良の言葉に、
「いーえっ、そんなことありませんってば!でも…高校生になったし、恋愛なんてのもしてみたいですね」
「ふーん…橿原さんは現在フリーなんだ」
「まあそうなりますね、祝部先輩。現在ってか、ずーっと。クラリネットがボーイフレンド代わりでしたもん」
 啓人は、斎に笑顔で返す千賀を見つめた。
 啓人は万希が嫌いではなかった。いや、正直に言えば好きだった。しかし、出会ったとき既に彼女は一人の男子生徒だけを追っていた。彼がいけすかない男ならば正面きって戦いを挑む気にもなっただろうが、彼のことも嫌いではなかったので、二人を密かに応援し見守ることにしたのだった。だが……
(あの時は身を退いたんだ。オレは、あいつが嫌いじゃなかったから。でも、今度は…)
  *
 千賀が理科室を後にすると、啓人は一つの疑問を二人の二年生にぶつけた。
「お前ら、あんま驚いてなかったみたいだけど…」
 二人は顔を見合わせ、
「そりゃ、まあ…先輩から聞いてたんで。3月の下旬頃だったかな、『妹が入学するはずだから、何か困ったことがあるようだったら面倒でもお願いできる?』ってメールが」
「なんだよ、それ。オレんとこには来てないぞ、そんなメール」
「…先輩、信用ないんですよ」
 咲良の一言に、啓人は肩を落として黙り込む。
 彼が先輩の妹に恋心を抱き始めた日の出来事だった。

『Secret Base』「Apr-2009 <5>僕は妹に恋をする」 より

この年には顧問が替わっており、「文化祭後の打ち上げは無理だろう…」という流れだったのだが・・・

 文化祭を十日ほど後に控えた、10月半ば。第一理科室では、サイエンスクラブの部員たちが発表展示の準備のツメに追われつつ、「その後」について話に花を咲かせていた。
「あーあ。今年は終わったら素直に帰るしか無いなあ」
 去年までは、市内の洋食店で打ち上げをやっていた。しかし、今年度から顧問が替わった。しかも、新顧問は妻子持ち。夜まで付き合ってもらうのは気まずい印象だ。
「えーっ、そんなあ。楽しみにしてたのにな」
 サイエンスクラブOGの姉・万希から文化祭後の打ち上げの様子を伝え聞いたらしい一年生の橿原千賀が残念そうに言うのを聞き、部長の有田啓人は何とか出来ないものかと考えた。だが、どうにも未成年ばかりで午後8時頃まで店で集い騒ぐのは、学校関係者に見付かったら即お説教にもなりかねない。
「水本先生には声かけづらいよな。せめて、こういうのに乗ってくれる大人が居てくれたら…。でも、親には来てほしくないし」
「それなら、思い当たる適材が居ますけど。話してみますか?有田先輩」
「…へ?」
 二年生の祝部斎が突然に提案し、啓人は気の抜けた声を上げたが、
「なら、打ち上げできるんですか?祝部先輩!」
「ああ、多分。喜び勇んで参上すると思うよ。車を運転してくるだろうから、千賀ちゃんはお姉さんのときみたいに家まで送ってもらうといいかも」
 喜ぶ千賀の様子に、啓人も嬉しい気分になったが、用心深く確認する。
「祝部。大丈夫か?ちゃんと成人なんだよな?オレたちのこのノリに付いてこれるような人なんだろうな?」
「ええ、バッチリ無問題です」
「…じゃあ、頼んどけよ。ウエストハウス、去年と同じ時間からで予約入れとくのもやっといて」
「はい」
  
 そして打ち上げの件は斎に全て任せ、文化祭当日を迎える。
 終了の刻となり、後片付けを済ませて一旦帰宅し、集合時間よりやや早めに打ち上げ会場に到着した啓人は、駐車場に停めてあった見覚えのある一台に目を留めて絶句した。
(し、白のパジェロミニ…)
 昨年秋の記憶がよみがえる。既に来ていると思われる幹事・斎を探すべく、とっさに店に駆け込んだ。店員に尋ねようとした、その瞬間。
「あー、有田?変わっとらんねぇ」
 ちょうどすぐ傍に立っていた人物が振り返り、声をかけてきた。
「あ…かっ、こ…神足センパイ」
 啓人は全てを理解した。斎は、つい数ケ月前に成年たる二十歳に達したクラブOGでもある従姉・神足魅羽を監督・責任者として誘ったのだと。
 そのままUターンして店を出、携帯で家に電話した。
「あ、おふくろ?8時頃、洞峰公園どうほうこうえんまで迎えに来てくんない?頼む、一生のお願いだから!」
 洋食店近くの公園まで拾いに来てくれと必死で母親に頼みこんでいるところに、他の部員たちも続々とやって来る。何とか了解を取りつけて、電話をズボンのポケットにしまった。
「なんですか、一生のお願いって。先輩、何回生きてるんですか」
 もう一人の二年生・石動咲良が、さらりと言って横を過ぎ、店内へと入って行った。彼女に続いて目の前を過ぎかけた斎を捕まえ、声を落として問いかける。
「祝部、お前!卒業生を誘うってのはアリだよ。でも、それなら五十嵐先輩ってセンが」
「ああ…五十嵐先輩は11月生まれだからムリだって、ミウ姉が」
 そうだった。魅羽と五十嵐先輩こと近くの総合大学に通う五十嵐飛鳥とは、学年は同じだが誕生月が違う。
「でも、あの人だけだと不安だよぉ。羽目外しそうな気配むんむんだろ?あ、それとも…後で五十嵐先輩も来るとか」
「いえ、用事あって来られないそうです。…大丈夫ですよ、そういう責任感は人並み以上にあるつもり。俺も、それは保証します」
 確かに、副部長でありながら実際のところは部長の立ち位置で、活動全般を仕切っていた彼女である。
 斎もまた、話は済んだとばかりに店の中へと入って行く。一人取り残されたことに気付き、啓人も皆を追いかけ、ドアを開けた。
  * *
 啓人の不安をよそに、「文化祭お疲れ様でした会」は和やかに進み、皆が笑顔でお開きの時間を迎える。
 翌日は第五土曜で、午前中のみだが授業があり、休みではない。
「じゃ、また明日」
 集合写真の撮影を終え、それぞれ家路へと向かう。
「千賀ちゃんは、うちの車乗って。家の前まで送ってくから。いっつんの後だけど、平気だよね?」
「あ、はい。すみません」
 家族が迎えに来る啓人・咲良そしてもう一人の一年生・津久井聡介つくい そうすけに「お先ぃ。気を付けて帰るんだじょ」と挨拶し、魅羽は斎と千賀をパジェロミニに乗せると、一足先に洋食店の駐車場を出た。
「ミウちゃん、たまにはウチに顔出してやって。特にお父さんが喜ぶから」
「…あー、うん。ごめんね、分かってはいるんだ。まあ、お正月には…」
 従弟を筑波八重垣神社の手前で降ろし、千賀の家へと向かう。昨年秋の文化祭打ち上げの後に姉の万希を送り、春には岸浪教諭の異動を聞いて花束代徴収と寄せ書きリレーのために訪ねた。ゆえに、彼女にとって橿原邸はこれで三度目となる。
「それにしても神足先輩って、お姉ちゃんから聞いたまんまで。びっくりしました」
 女二人きりになった車内で、不意に千賀が言った。
「え?どんな風に?」
「姐御…って」
 魅羽はひとしきり笑った後で、
「千賀ちゃんもサイエンスクラブ入ったとは驚いたなー。やっぱ、お姉ちゃんの影響?」
「はい!だって、楽しそうだったですもん」
「そう…。じゃあ、千賀ちゃんは入って良かったと思う?楽しんでる?」
「ええ、もちろんです」
 信号が青に変わる。橿原邸は、もうすぐそこだ。
「千賀ちゃんには、好きな人って居る?」
「はい?ああ、クラブの皆もクラスメートも大好きです」
「そっ、かぁ…」
 裏のない、すがしい笑顔で答えられ、魅羽は苦笑いした。
 門の前で千賀を降ろし、手を振って自宅へ向かう。彼女は、走り去るパジェロミニを、昨年の万希と同じようにお辞儀をして見送ってくれた。
(姉と妹…やっぱ似てるとこも多いな。でも…)
 今のところ、妹・千賀には『特別な一人』は居ないらしい。姉・万希がサイエンスクラブでの時間に喜びを感じていたのは、活動そのものや他の部員たちや顧問ももちろんだが、一番は『特別な一人』と同じ場所で同じ時間を過ごせたからに違いないのだ。
(宇内は、どうしたかなぁ…)
 何より魅羽は、その場の流れや勢いで、彼女にクラブ在籍時代の姉のことを―同級生・宇内那由多との話をしてしまわずに済んだ事に、ほっとした。
 自宅ガレージに車を停め、バッグから携帯電話を取り出す。部員たちからの「無事帰宅しました」メールが揃っていたのを確認し、
「…あたしも、これにて任務終了ね」
 肩の荷が下りた思いで深く一つ息をついて伸びをし、車を降りた。
「ん。今夜は、ちょっと暖かい…かな」
 明後日から11月。朝夕めっきり冷え込み、冬支度に追われる頃であった。

『Secret Base』「Oct-2009 =SIDE STORY <after the festival>=」 より

一年間、いろんなことがありながら過ぎていき・・・

 2月3日、水曜日。放課後を迎え、東校舎二階の第一理科室にサイエンスクラブ部員たちが集まる。
 三年生が自由登校に入った後のはずだが、そこには部長の啓人も居た。
「家でゆっくりしてりゃいいじゃないですか。いくら推薦で受かって進路が決まってて受験スケジュールが真っ白だからって」
 一年生の聡介は言うが、
「だってぇ。家に居ても母親に『邪魔だ』って目で見られるし。昼間は図書館とかウロウロしてるんだぜー。まだ2月も始まったばっかなのに、今からこうじゃ厳しいなあ」
 確かに、それも理由ではある。しかし……
「こんにちはー」
 同じく一年生の千賀が現れる。
「あ、先輩。今日も学校来たんですか、大変ですね。わたしなら、もう家でダラダラしちゃう」
 春が来ればこの学校を巣立ち、東京の大学へ通うことになる。密かに思い慕う可愛い後輩と少しでも長く一緒に居たいという願いに他ならなかった。だが、彼女は気付かぬ様子だ。
「今日は節分ですよね!家に帰ったら太巻作らなきゃ」
「あ、恵方巻?橿原さんちでもやるの?」
「うん。あー、でも…今年はお父さんと二人かあ。豆まきも寒いなあ」
 実際、この数日は雪もちらつく冷え込みようなのだ。
 不意に引き戸が開き、二年生の咲良が理科室へと入りかけるが、
「あ、やだ。今日も有田先輩来てる」
 そのまま戸を閉めようとするので、啓人は声を上げる。
「来ちゃ悪いかよ。別に邪魔もしねえよ」
 すると、彼女はいつも通りに理科室に入り、後ろ手に戸を閉める。
「あー、今日はこれで全員かあ」
 ため息をつきつつバッグを机に置く彼女に、聡介が即座に訊く。
「え?祝部先輩は?」
「休みなんだって。風邪ひいたらしいよ」
「へー。注意しなきゃなりませんね」
 不意に、啓人が話に加わる。
「それ、お前のせいじゃねーの?石動」
「え?なんでですか」
「ホラ、去年の節分。あいつ、どうしていいかっていうよな、居づらそうな顔してたじゃん」
「…あー」
 咲良は一旦は納得するも、
「でも、だとしたら あたし一人の責任じゃないですよ。乗った先輩も同罪」
 去年まだここに居なかった一年生には話が見えない。たまりかねて聡介が尋ねる。
「あのー。去年の今日、何があったんですか」
「いやね、こいつが『恵方巻って、食べてるとこがなんかエロい』って言い出して。それからもう、オレとコイツとで大論争」
 啓人が答える。
「恵方巻が…エロい?」
 千賀は首をかしげ繰り返すが、
「あー…分からなくもないなー」
 聡介がうなずくと、
「どうしてそこで妙に納得するの!聡ちゃん!」
 どこか慌てた風で声を上げる千賀も、まるで分からないわけではなさそうだ。そういうお年頃である。
「あ、そういえば。この間知ったんですけど、インドネシアのバリ島に『キンタマーニ高原』ってのがあるらしいですよ」
「それ言うと、オマーンという国にある湖は」
「それは無いでしょ、先輩」
「もう皆して!そんなだから、生真面目な祝部先輩が思い悩んで風邪なんか引くんです!」
 祝部先輩こと二年生の斎が学校を欠席した理由は風邪以外の何物でも無かったのだが、部員たちはそれまでも話のネタにし盛り上がっていた如月の夕刻だった。

『Secret Base』「Winter-2010 ~節分の日」 より

やがて啓人にも高校を巣立つ日が訪れ……

 平成21年度卒業式は、例年のように3月1日。やや肌寒い曇り空の下、この高校で三年間を過ごした卒業生たちが巣立ってゆく。
 卒業後の進路がまだ決まらず合格発表待ちの多くの同級生と違い、サイエンスクラブ創設時よりの古株であり今年度部長を務めた有田啓人は、既に推薦入試で4月以降の予定が立っている分、気持ちもより晴れやかだったはず。しかし、そうでもない様子であった。
 卒業式そして最後のホームルームを終え、第一理科室へ向かう。今までと同じ、後輩と…今日は顧問の水本教諭も揃って迎えてくれた。
「先輩、卒業おめでとうございます」
 一年生の後輩・橿原千賀が笑顔で差し出す花束を受け取る。
 花束贈呈なら女子が適任よと言うのなら、二年生の石動咲良も居る。咲良なら、「あたしがやるー」と自ら立候補しそうな感じだ。しかし、彼女はあっさりとその『華のある役目』を後輩に譲ったのである。
「先輩は自宅から大学通うんですよね?東京ってと、ちょっと大変そう。でも、それなら、たまにつくばで会うこともあるかな」
 無邪気に言う可愛い後輩を前に、啓人は思った。
(…ああ、そうだったんだ。橿原は、『これ』を崩したくなかったから、ヤツに何も言わないまま…)
 思い出されたのは、彼女の姉でありサイエンスクラブOGでもある万希のこと。中学の頃から慕い続けた同級生・宇内那由多に、ずっと好きだったことを告げぬまま進学先の京都へと去って行った、一つ上の先輩だ。
 正に、自分がしようとしていたのはお節介以外の何物でも無かった。
 昨年の4月、妹がこの高校に入学するということを万希から知らされなかったことが不満で、彼女の携帯に電話をかけた。呼出音ばかりが続き、出てくれる気配がないので、たまらず切ろうとしたとき、
『…何?』
 確かに彼女の声が答えた。ほっとして、問いかけた。
「あのさ、妹さんがウチの高校入るってこと…どうして祝部と石動には教えたのに、オレだけには黙ってたんだよ」
『…妹にまで余計なことベラベラ喋ってほしくないから』
「え?そんな口軽くないってば、オレ。言っていいことと悪いことの区別はつくつもりよ?」
 沈黙が続いた。
「宇内と、何か…あった?」
 啓人は、おそるおそる訊いた。
『何かってほどでもないけど。あなた、彼に何か言ったの?』
「いや、何かってほどでもないけど」
『ふーん…そうだったんだ』
 電話の向こうの彼女が、微かに笑ったようだった。
『京都に向かう途中でね、たまたま東京方面行きの電車で会って。「こっち帰ってきた時には、また『かはく』行こうか?」ってね…気を遣ってくれたよ、わたしに』
「あ、そう…」
 国立科学博物館に出掛けよう、とは彼らしい。それでも彼にしてみれば、かなり勇気を出しての一言だったろう――
 啓人は胸をなでおろし、電話を切った。
 彼女のほうから『彼には余計なことを言うな』と釘を刺してくれて良かった、彼に電話でただ「あいつにとってのオレは、あくまで気の合う男友達か弟分。お前は別格なんだよ」と言うに留めて良かったと、しみじみ感じた。あれから、早一年弱……
(橿原…オレもそうだった。今のこの関係が壊れるのが怖い)
 もう一歩近付きたい。だが、欲をかいたばかりに、この一年で築いた温かい関係を崩してしまったなら、悔やんでも悔やみきれない――
「うん、そうだな。もし見かけたら、他人のふりしないで声かけてくれよ」
 複雑な胸中を隠し、笑みを浮かべて返す。千賀も笑顔でうなずいて答えた。
「もちろんですよ」
「あ。あたしはもりもり他人のフリしますんでヨロシク」
「石動、お前はどっちでもいい」
「まっ。有田先輩ったら、つれないわ」
 皆が笑った。

『Secret Base』「Mar-2010」 より

結局、啓人も直接伝えられないままに高校を去ることとなり。
千賀がそんな彼の想いを知るのは、自身が高校を卒業する時……同級生・聡介に、
「おれも来栖くるす〈※怜司/彼らの一年下の後輩〉も一年生たちも、橿原さんのことが大好きだよ。だけど、一番その想いが強かったのは有田先輩だったろうね」
と打ち明けられてのことであり。
聡介も意地悪というか…しかし彼からすれば三年間頑張ってみたけれども「やっぱり先輩には及ばなかった」と負けを認めて、千賀に明かすことにしたのだろうと。。
離れた場所で大人になり、再会したとき。二人には何が起こるのか――というのが後日談「君がそこに居るだけで」に繋がっていくのだろうと。(筆者なのに断定口調ではない:墓穴)

・・・そんな感じで、『扶桑奇伝』とはまた別の もどかしい「青春」を描きました本作でした。。

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