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拙作語り㊽『群雄列伝 下天の章・三 群雄割拠譚』<Ⅻ>

一次創作、古代中国風伝奇ファンタジー小説『群雄列伝』。
内容その他の詳しいところは過去記事(拙作語り㉟その他)を見て下さいという話ですが、そのうちの『下天の章・三 群雄割拠譚』は、中央政権が衰退し地方の有力氏族が帝都と天下を窺うようになった群雄割拠の人間界が舞台。
小説執筆から遠ざかり、今後何年経っても書くことがないであろう、篇ノ四後半部さらにそれ以降に書くはずだった展開のあらましを述べていこうと思います。
筆者自身が言うのも何ですが、かなりしんどい部分があります(予防線)。
そして、同じく筆者自身が言うのも何なのですけど、人名録(過去記事㊼)と並べて参照しながら読んだほうが良いかもと思います。。

篇ノ四 後半部

丁未ちょうみ〈ひのと ひつじ〉の年にテン家の内で何が起こっていたかを語るべく、まず時を半年ほど遡る。

丁未の年、春の河下かか
兄の死に接してより二年を経る秋こそは帝都に入り、兄を葬り去るに加担しつつ西方へ逃れたという奸臣を討って仇を取ろうと、準成年は過ぎたもののまだ成年たる二十歳にも届かぬ若き当主・伝渥テンアクは入念な計画と準備とを進めていた。
「おぬしは所詮お荷物か。兄の力になろうとは思わぬのか」と、雷夏王女ライカオウジョ桓娃カンアイは伝渥と同年の病弱な弟・伝晏テンアンを突き飛ばし、これを目にした伝渥は無論驚いて弟に駆け寄り、「あんまりです」と桓娃を責めるのだが。軽く体に雷撃を打ち込まれた伝晏は健康体となり、「これならもう寝込むこともない。渥の手助けが思う存分出来る」と喜ぶ。
一方で、篇ノ四前半部本編本文にて述べられる「春の終わりか夏の初めかという頃から河下の城砦に現れた、城砦に謀事はかりごとありと告げる『黒き籠の気』」に係る事案も現れ始める。
伝家の後見人である重鎮・伝諒テンリョウがその身の上を不憫に思い一人の従者を雇い入れるが、かれは「下天の章・一 易姓革命譚」時の狩り残したる本性を古鐘とする妖怪であった(名前は未確定だった:爆)。

秋を迎え、伝渥が軍を率いて河下を後にすると、その人間に化けた古鐘の妖怪は河下の留守役を請け負った伝晏に対し、兄を退けて当主となるようそそのかす。
また、伝渥・伝晏の妹である浹媛ショウエンを言いくるめ、独断で家の在地・江沿こうえんへ向かい、彼女と呉家の継嗣との縁談を当主・呉彊ゴキョウに持ちかける。これまで五人ある子息の中で誰を後継者にするとも名言を避けてきた呉彊もまた決断を迫られ、呉家の子息たちも兄弟で腹の探り合いに。この時、呉彊の三男・呉煕ゴキは河下からの使者に人ならざる不穏な気配を感じ取るが、「リョウ〈すぐ下の弟・呉燎ゴリョウ〉なら、僕と同じことを思うかもしれないけど…今ここに居ないし…」と結局誰にも打ち明けずに見送る。

河下を出て帝都・河南かなんへと進軍する伝渥であったが、まず途中休息に立ち寄った城砦で、桓娃が毀棄キキと出会い、河下へ戻るよう勧められる(ここは篇ノ四前半部の本編本文で既出の箇所)。それでも西へと行軍を続けると、道に一人の武人が現れて進路を阻む。桓娃がその前に立ち、「退け」と言うが彼は退かず、雷撃を見舞うが、武人は持っていた剣で受け、自らは傷一つ追わなかった。驚愕し「おぬし、何者じゃ」と問う彼女に、「伝家の当主様に直接お会いし、話がしたい。叶えてくれるならば、その場でお話ししよう」と述べる。
この武人・薊軻ケイカも、同じく「内に患うところが悪化する懸念があるから在地に引き返したほうがいい」と勧めて去る。迷った末、信心深い伝渥は一旦在地へ戻ることを選ぶ。

河下の城砦では、伝晏は従者に化けた妖怪(何か名前が欲しかった…いや実は姓は斉と決めてあったらしい。名のほうが未定;;)に大叔父・伝諒を人質にとられ、帰還した兄・伝渥そして伝家軍に弓引かざるを得ない状況に追い込まれる。
門扉を固く閉ざしたまま、こちらへと矢を射かけるよう命令するのは、本当に留守を預かっている弟・伝晏なのか――信じられない思いのまま、伝渥は本拠地のほんの手前に留まり、ただ己の本拠地を見つめるしかなかった。

これとほぼ時を同じくし、中庸界。
雷響洞に方士・甲喜コウキが現れ、当地の主・不空フクウが不在で留守を預かっていた少年・呉燎に、河下の城砦に在る古鐘の妖怪の件を明かし、火属性の呪具・火宝輪かほうりんを出しながら「『火は金に克つ』、これをそいつに打ち込めば全て終わる。俺の代わりに片を付けてきてくれるなら、お前にこれをやってもいい」と持ちかける。
呉燎は彼の提案に乗って火宝輪を受け取り、河下の城砦に現れて妖怪を討つ。伝晏は監禁されていた大叔父を救い出し、衛兵たちに門を開けるよう命じる。
再会した伝家の兄弟に互いの事情を説明し和解を見届けたあとで、呉燎は中庸界へと戻るが、「呉燎…なのでしょう?」と二哥(二番目の兄:伝渥)と三哥(三番目の兄:伝晏)の争いを止めてくれたのが旧知の者と悟って声を掛けきた浹媛には多くを語らないままに立ち去るのであった。

**

以上、篇ノ四後半部では伝家および主に河下での出来事が中心となり、加えて南方の呉家、江沿での件が加わることに。
結局、縁組は白紙に戻ったようだが、呉家の子息たち兄弟間での継嗣の座をめぐる水面下の駆け引きみたいなものは消えることなく以降も続くと。
おそらく、呉燎もその件を知ったからこそ出てきたのではないかと…「放っておいたら、兄弟の誰かが浹媛と結婚してしまう」、それは受け入れがたいという心理もあったのだろうと。。

こんなことがあったので、桓娃は薊軻に猛烈に苦手意識を持ち、呉燎は先祖・不空の影響で取得しつつあった風と雷属性の方術の他に火の方術も使えるようになっていくと。この物語、ロマサガと同じで(その喩え…orz)自身が持っているものと反対属性の術や武器は持てない設定。ゆえに、この時点で呉燎は水属性の方術を会得する道を断ってしまった。これが後々、大きな嘆きを生むことに……。

篇ノ五以降

篇ノ四後半部は近い部分でもあり、それなりに構成が出来ていたので、以上のように箇条書きメモの延長でも相応の分量があったのだけれども。
これ以降、終章までの間は、ガチな「メモ」しか残ってなくて(滝汗)、筆者自身何度読み返しても何だか分からない件が多く(更に汗)。エピソードの順番も決まりきってなかった感(もっと汗)。

流れとして捉えれば、(以下、筆者自身による「多分こういう展開を考えてたんじゃないかな…」という推測になりますが:爆)

戊申(丁未の翌年)

初春、西方よりリョウ家・営論エイリンら、国力回復後に東進し帝都・河南に入り平定。

早春、河下より伝渥が再び軍を率い河南へ向かう。

新年の挨拶に河西かせいからの使者として河北かほくに毀棄が到着したのとほぼ時を同じくして北胡軍が南下し、河北に対し伝家領に攻め入る協力を要請する。伝家に恨みのある毀棄は、自身が何者であるかを隠して河北の一兵士としてこれに加わる。

当主不在の河下にも北胡軍が迫りくるとの報が届き、留守を預かる伝晏に「わたしが行って退けてきてみせます」と告げて妹・浹媛が出陣する。
当地に大きな橋は無く、北胡・河北軍は船で大河を渡る作戦だったが、大河の下流域で生まれ育ち常にその姿を見てきた浹媛が立てたのは、この時期の大潮で大海嘯だいかいしょうを起こす大河で船上の北胡・河北軍を壊滅させるという、当地の地理風土を良く知る者なればこその奇策。彼女の策の前に、船上の将兵らは逆流する大河の激流に呑まれていくが、彼らの中に天界の貴子・毀棄が在り、彼が「僕だけではなく、全ての将兵と軍馬も助けてほしい」と望んだため、大河を統べる半神・河伯はその願いを聞き入れて将兵と軍馬を河岸へと打ち上げる。
河岸で意識を取り戻した毀棄の前に、父の使者として河伯の後継者・汀蘭テイランが現れるが、彼はそれが自身のかつての弟分・洪洵コウシュンだと気付くことは無く、二人はそのまま別れてしまう。

一方、家領の中核都市・河西へ「不干渉を貫いてくれるよう」申し入れる使者として向かった桓娃は、毀棄も不在で思いきり偉ぶるが、天界の赤性王セキセイオウの愛児・集箑シュウソウに「あなたのそれは御使者の態度じゃないです!ここで一番偉いのは媽々マーマです!!」と黙らされる。
ともあれ伝家軍は維領を進み帝都を目指すが、その途中で呉家が在地・江沿を出て帝都へ向かったとの報。

帝都・河南へ向かい軍を進めた呉家軍であったが、当主・呉彊が道半ばで死去。次男で正妻の子である呉翼ゴヨクが跡を継ぎ、現地での略式の葬儀のあとで河南へと進む。
これを阻むため南下してきた営論率いる梁家軍と、古よりの皇帝たちの眠る地である陵丘りょうきゅう付近で会戦。
当地に関する知識の足りない梁家軍は、立ち入ってはならぬ場所に足を踏み入れてしまい、かつて太古の皇帝の妻妾の一人となった巫女で、夫君より先に逝くにあたり「私が陵守となりましょう」と先んじて埋葬された聖女の霊に呪詛を受け、敗走。本拠地・しんを目指すも、急ぎ西進してきた伝家軍にも追撃されることとなり、秦に辿り着くことなく営論は死去し、梁家軍も散り散りとなる。
将軍・墨薈ボクカイは、帝都から大江の源流に近い町・宛江えんこうに移っていた医者である許凌キョリョウ蒿矢コウシ夫妻に命を救われるが、「オレ一人助かったところで何になるというのか」と主君や同僚と共に逝けず生き残ってしまった己の宿命を嘆く。
許凌には
「生きたくても生きられない人間が幾らでも居るのに、そんなこと言うのは罰当たりだ」と、
「生と死の狭間に立つ番人」中庸界の鬼籍宮の方士・泰衡タイコウには
「お前の天命は、まだ尽きることがない。お前には、まだこの世で果たすべき使命がある」と言われ、しかし自らが何を為すべきか分からないまま漫然と過ごす墨薈であったが、宛江を旅の高僧・覚道カクドウが訪ね来て、彼と出会ったことで目が覚めたがごとく彼の手により出家し、以降暁悟ギョウゴと名乗り、覚道を師と仰ぎ、その旅に随行することとなる。
梁家と呉家の会戦を知り、中庸界から下天へ駆けつけた呉燎であったが、止めることは出来ず、あの時の約束を守れなかったことを詫びようにも梁家の宗主・琇娜ユウナの所在は不明となり、失意のまま中庸界へと戻る。

話は戻り。
「橋が無いのなら作ればいい」と毀棄は自らの「無から有を生み出す」能力をもって大河に大橋を架け、この橋を渡り北胡軍は船そして河北軍の手を借りずに伝家領に侵攻。
これに満足する毀棄の前に再び汀蘭が現れ、「あなたは他の大衆とは違います。自らの思い一つで、こんな行動を取ってはいけません」と諭す。
「僕に意見するのか?天界の創草王の子である僕に」と、毀棄は今迄決して自分からは口にしなかった権威をちらつかせて彼女に問うが、
「偉いの偉くないのは関係ありません!ならぬものは、ならぬのです!」
言葉に詰まりつつも最終的にはそう言い切った彼女に怪訝な顔を向け、
「…君、あいつと同じことを言うんだな」
と弟分・洪洵を思い出して重ねる。しかし、まだこの時点でも互いに相手が自身にとっての何なのかに気付かない。
本隊が不在の伝家軍には北胡軍の攻勢を抑えきれず、停戦を提案。伝家領の一部割譲を受けて、北胡軍は撤退する。

これに至り、帝都へと近づき呉家軍との開戦が迫っていた伝家軍だが、在地に引き返さざるを得ず、帝都・河南には続いて呉家が入ることとなる。

帝都・河南に入り、元々の在地である南方の他、帝都周辺の中央地域、更に西方へも勢力圏を拡大した呉家は、河南の復興を進めながら維家・伝家の動向にも注意を払い、より帝都に近く警戒する維家領への出兵を考え始める。
その準備が大詰めとなり、第一陣が発ち、本隊の派兵を控えた秋の夜半、帝都の宮殿から火の手が上がり、炎はあっという間に燃え広がり夜空を焦がした。
宮殿の望楼から、その様子を眺めてほくそ笑む影。春の一件から行方知れずとなっていた琇娜は、かつての北胡に対しては燃え上がらせず抑えたはずの「自らの手から平穏な暮らしと愛する者達を奪われた怒りと憎しみ」を堪えがたく、呉家への復讐の為になら修羅畜生にも身を堕とすほどのその愛の強さに、中庸界の桂思君ケイシクンも、己の素姓を隠すための呪具(日本でいう姥皮のようなもの)を与えることで手を貸してしまった。視力の衰えた老婆に身をやつし、憐れんで宮殿の使用人に雇い入れてもらい、この機をとらえて火をつけて回ったのであった。
不空に「いま下天に戻ったなら、お前はもう今回の争乱の中で死んでしまう」と留められるも、それを振り切って再び下天そして帝都へと駆けつけた呉燎だが、火の回りは早く、しかし自身に火を打ち消す水の方術は使えず(甲喜から火宝輪を受け取ってしまったことを思い出してほしい)、親族や臣下たちを救出することはもちろん、これほどの罪業に手を染めずにおれなかった琇娜をも救うことは出来ない。ようやく彼女の前に立つも泣き崩れるほかない呉燎に、彼女は穏やかな笑みを向け、「わたしは何ら後悔などしていない。仕方ない、避けられなかったことなのよ…。呉燎、あなたは生きて。生きて、生きて、きっと生き抜いて」と告げる。その言葉に背を押されるように望楼を脱出した彼の背後で、既に火の手が回り燃え焦げて揺らいでいた望楼が音を立てて崩れ落ちた。
「琇娜さん…!」
振り返って駆け寄り、思わず手を伸ばすが、何も掴めるはずもない。
もはや中庸界へも戻れなくなった呉燎は、次兄・呉翼以外の兄弟、すなわち今なお存命であり維家領へと進軍する長兄・呉隆ゴリュウ、本拠地である江沿に残ったすぐ上の兄・呉煕と弟・呉照ゴショウとを守りつつ彼らと共に在ることを選ぶ。

河下の伝家は、この機に呉家を攻め潰す戦略に出る。
まずは維領へと進軍する呉家軍を敗走さすべく、自領を守りたい河西との連携を締結し、維家・伝家連合軍として呉家軍と戦い、兵力を削いだ上で本拠地へと追い返す。
呉家の長兄・呉隆は、駆けつけてきた弟・呉燎の加勢により辛うじて逃れ、共に本拠地・江沿へと疲弊の果てに帰還する。
この戦いの中で、薊軻は養女・委順と共に呉家軍に属し、委順は呉家軍の精鋭兵を集め「どんなに傷ついても斃れることがない」不死部隊を率いる謎の矮人将軍として戦線に立つが、維家当主・玉鈴の子息である集箑と彼の援護に来た毀棄とに激しく動揺して隊は壊滅し、集箑の手で生け捕らえられた彼女は捕虜として維家軍の本陣へと連れて行かれる。それを知った養父・薊軻は維家軍に降り、娘の助命を嘆願して共に牢に入る。牢の中で再会し涙する父娘の姿を見た集箑は、両親に「あの子を、ぼくに下さい。妻にするから」と申し出る。驚いて「何の冗談を」と返す父母に更に続け、「だって、ぼくがそう言ったなら、彼らは牢から出してもらえるでしょ」と説明する。まだ幼い息子に夫婦の真似事すら出来るはずもなく、彼らを捕虜という境遇から救いたいがゆえの発言なのだと汲み取った父・柳發リュウハツが牢に向かい、父娘に経緯を説明し、「今後一切、我々の敵の陣中に現れないこと」と誓約させて彼らを解放する。柳發の予期した通り、薊軻は委順を連れて、「互いに癒えぬほどの深い傷を負わせないため」に次なる合戦の場へと向かい発って行く。

続いて、伝家軍は南方へと進軍し、本拠地・江沿で守りを固める呉家軍と戦う。
この戦いでは、輜重のみならず武器・兵士をも焼き尽くす強力な兵器となりうる「火」を生みうる者が双方の軍に在るため(伝家軍には雷霆の姫・桓娃、呉家軍には火の方術を使える呉燎)、薊軻は呉家軍に、委順は伝家軍に属する。
呉燎の前に再び方士・甲喜が現れ、「敵陣に向けて火宝輪を使えば、打ち消すべく雨を降らす竜が現れる。それを、このやじりをつけた矢で射ろ」と、鏃を手渡す。その鏃は、天竜の血すなわち「延命の種」を口にし不老長命を得てしまった薊軻と同じ存在をもう二度と下天に生ませないために、太陰君タイインクンが苦渋の決断で天界から持ち出し、甲喜に託したものだった。呉燎は言われた通りにするが、この竜とは委順であり、天竜の血を燃やす毒が籠められた鏃を撃ち込まれた委順は生死の境をさまよって苦しみ、敵陣に在った薊軻や、彼女を「未来の妻女」と思う集箑も中庸界の桂思君の力を借りて駆けつけて支える。やがて天竜の血をほぼ燃やし尽くされた委順は意識を取り戻し、それを見届けて集箑は河西へと去り、薊軻もまた「これ以上戦地に在っても、我々自身が辛くなるばかりなのか」と委順を伴って何処へともなく姿を消す。

河下(伝家)と江沿(呉家)の中間ほどに、どちらの氏族にも属さず独立を保っていた城砦があり、中庸界の方姑見習い・景瑛ケイエイは  かねてより、その城砦を支援し続けていた。自軍のためにそこを支配下に置きたい呉燎は強硬に要求を突きつけるが折れず、遂には火攻めの上で壊滅させてしまう。これに景瑛は怒り嘆き、折しも天界・中庸界の意志として「下天に在りながら方術を使い続ける呉燎を止めよ」と発せられ、彼女は彼の討伐を自ら志願して受ける。一対一の決闘のさなか、方士・鄒頌スウショウの恐れは現実のものとなり、彼女の能力が暴走し止まらなくなるも、危険を感じた泰衡が「彼に引導を渡すのは君じゃない」と自ら負傷しながらも身を挺して止め、そこで生じた隙をついて鄒頌が天界の創草王の従者である範佐ハンサから預かっていた釧を彼女の腕に通して暴走を封じた(本来は創草王の子息・毀棄の為に用意された制御装具だが、実はこんなことに使われた。この箇所は過去記事の繰り返し;)。つまりは方士二人掛かりでどうにか収められ。
中庸界に属す者たちにより生け捕られた呉燎は伝家に引き渡され、そこで最期を迎えることに。

実は伝家と呉家にはほんの一時だけ連携を約した時期があり、その時どうも呉燎は突如河下に現れて「連携の約束に」と浹媛を連れて江沿へと帰り、わずかな期間ながら夫婦であったらしく。しかしそれも破棄され、二人は離縁となり浹媛は河下に戻っていた、と。
敵将として首枷手枷をされて目の前に現れた呉燎に、浹媛はただただ涙するが、もはや助命は叶わず、呉燎も「早くこの首をねよ。『下天に戻れば、親愛なる者の手に掛かって死ぬだろう』と言われていた。家族のことだと思っていたけれど、今にして思えば君だったのかもしれない。君の手に掛かって終わるなら本望だ」と告げる。
涙に暮れながら、彼女はかつて一時夫であった親愛なる者の死刑執行に臨み、その亡骸の腕を取ると、「もう一度、会えるといいわね…平和な時代に…」と、願いを込めながら筆をとり、
 千秋万歳後 誰知栄與辱
 (千年万年の後にはこの世の栄誉や恥辱など問題にはならない)
との一節を書きつける。

強固な柱を失った呉家の前途に光明は消え去り、南方の大都市・江沿と共に数百年の歳月を歩み続けた呉家は、江沿の宮城に燃え立った火柱と共に終焉を迎える。
ただ一人、呉燎が「煕哥〈※兄・兄さん〉は心から争乱を嫌い、避けたいと願ってきた、優れた才能をもつ楽師。出来ることなら助けたい」と自身の呪力を籠めた守りの飾り板を託した兄である前当主の三男・呉煕のみが、この火焔地獄から密かに逃げ延び、身を隠したのであった。

(補足というか裏話的な件になるかもだが…呉燎は鄒頌らに捕らえられた時点で呪具を全て取り上げられてしまい、道具無しで操れるはずの方術も封じられた状態で伝家軍に引き渡されたと思われ、火宝輪は結局甲喜の手に戻っていそうな気がする。なので、甲喜が呉燎をいいように使っていたと見えなくもないし、不空が「余計なことを…」と怨んだとしても仕方ないように筆者は思う。ただ、甲喜はあくまで選択肢を示しただけであり、断ることなく受諾し後の不幸を呼ぶ道を選んでいってしまったのは他でもない呉燎自身であった。これは曲げることの出来ない事実として存在している)

この年が暮れるより前に、維家の本拠地・河西には「あなたがたの敵となる者の陣中に現れることはしないと約束しましたから」と薊軻・委順が姿を見せ、維家当主・玉鈴ギョクレイは彼らを迎え入れていた。当主の子息・集箑は素直に喜ぶが、委順は彼の相手もそこそこに、河西の厩舎の責任者である馬陽バヨウに「仔馬を一頭、わたしに預けてほしい」と願い出る。英雄と共に名馬ありといい、集箑の為に彼が駆るに相応しい名馬を育てたいという彼女の申し出に、馬陽はもうじき生まれくる河西一の名馬たる漆黒の駿馬・翻羽ホンパの子を託すことを決め、彼女は翻羽の子を宿した白毛の雌馬・コウに付き添い、年が明け春となっての出産に立ち会い、以降も母子の傍に在って世話を続けて挟翼キョウヨクと名付けた仔馬の成長を見守る。
この挟翼は父・翻羽に勝るとも劣らぬ駿馬に育ち、庚戌の年の「最後の大戦」で若駒ながら集箑を背に乗せて戦場を駆けることとなる。

己酉(さらに翌年)

西方・南方の有力氏族が消え、争乱の地は中央から北方へと移る。

北胡に対し自軍だけでは対抗できないと悟った伝家では、維家と手を組み、連合軍として北胡を駆逐すべく策をめぐらす。一方、帝都を目指すには河北そして河西と事を構えず避け通せはしないと考えた北胡は、維家軍との開戦へ向けて動く。
これに至り、自らの領土と権限を守り抜くべく、維家では伝家と連合し、共に北胡軍と戦う。

伝家・維家連合軍が勝利し、北胡軍は胡城の北へと押し戻され、フヘデら優秀な将軍を失い、また敗戦の責任を負って、都・ノヤンへと戻ったヤッサは王位を退き、シャマンがかつて「もう一人の王」と告げた幼なじみ・マーニへと王位を譲り、自らは謹慎する。
そんなヤッサの姿に、シャマン・ボルテは「シャマンを降りたい、彼の傍に一人のむすめとして在りたい」と願い、シャマンとしての能力をもつ孤児の幼女・ダヤンに「お前の願いを通せば、お前の愛しい者はほどなく死を賜るが、それでも良いのか」と告げられるも思いを抑えきれず、遂に声を発して彼の許へと駆けつける。
シャマンの座を離れて一人の女となったボルテを見たマーニは、ヤッサが居るかぎり彼女が自分になびくことは決して無いと思うと気心の知れた幼なじみが今となっては憎く、追放の後で刺客を差し向けて謀殺し、目前の現実を受け入れられず抜け殻のようになったボルテを無理矢理に妻としてしまう。
これよりおよそ一年の後、ボルテは出産で命を落とし、彼女が遺した男児は当代の王・マーニの子として育てられるが、成長した王子にシャマン・ダヤンが「お前は、本当の父親を死に追いやった男を父と呼び敬っているのだぞ」と真実を告げ……
北胡の都・ノヤンには、しばしの間 背徳と愛憎が交錯する黒い時代が訪れることとなる。

敗戦の責任を問われ、ヤッサの従妹である将軍・ナランもまた兵乱で犠牲になった者の縁者や辛酸をなめた者達により責められ、身も心もボロボロになりながら痩せ馬に乗せられてノヤンから追放される。
何日も草原をさすらった後で維領に入っていたところを見付けられて河西へ連行されるも、意味のある会話が出来る状態ではなく、皆が持て余し困惑しているのを見かねて、厩舎番の馬陽が自身の馬理論で「そんなの、ふんじばっときゃ大人しくなるだろ」と厩舎に閉じ込めて虐待すれすれの態度で臨み、どうにか彼女の目を覚まさせる。
冷静さを取り戻した彼女に、当主・玉鈴は以後の身の振り方の希望を問うが、彼女は「ここの馬たちが実に楽しそうに幸せそうにしているから、自分も厩舎の馬たちの世話をしたい」と申し出て、聞き入れられる。既に厩舎通いの常連になっていた少女・委順とも ほどなく打ち解け、「ここが新たな自分の居場所」と馴染んでいく。

この、大河周辺で繰り広げられた戦により、河伯の後継者・汀蘭は自身の過去を思い出し、兄貴分・毀棄を慕って彼の許へ駆けつけるが、「君に『哥々』と呼ばれるいわれは無い」と返されて嘆く。
「洪洵…なんでしょ?」
「彼が気付かないのも無理はないね」
真っ先に気付いてくれたのは、集箑と柳發であった。この一件の当事者の一人でもある方士・鄒頌が改めて説明し、ようやく毀棄は彼女が何者であるのか受け止められることに。

庚戌

下天に残る有力氏族は維家と伝家のみとなり、穀物の収穫を終えた秋には雌雄を決する最後の大戦になるという思いのまま、双方の者達が秋を見据えて時を過ごす。

維家の本拠地・河西でも、次こそ最後の総力戦と、とりわけ武官である馬家の者達は日々自らを律する思いで過ごしていた。馬医である末弟・馬陽もまた、こうあっては将軍として出征せねばならないと、覚悟と共に日々を送っていたが、そんな中で唐突に厩舎の馬の世話係を続けてきたナランが言う。
「お前も、この秋には出征することになるんだよな」
「ああ、そうなるだろう」
「最後の大戦、か…生きて帰れるか分からぬのだろう?」
「うん、まあ」
「暢気なもんだな」
「なるようにしかならんだろ」
「お前に何かあったら、ここの馬たちはどうなる?」
「まあ、そん時は…お前や委順が居るから何とかなるんじゃないか」
「僕や委順だけでは無理なんだ!でも、お前の子なら、きっと…」
「…へ?」
話の流れが掴みにくく、思わず馬陽は訊き返すが、
「だから!お前の子を…未来のこの厩舎の番人を、僕が産もうって言ってるんじゃないか!察しの悪い奴だな!!」
「何だ、それ。オレに惚れたって素直に言えばいいのに」
「違う。僕はただ、ここの馬たちの為にこの体を張ろうってだけだ」
こうして、これまで嫁に来てくれる娘さんが現れず独り身のまま過ごしてきた馬陽であったが、かつて当主・玉鈴が口にした「彼にも相応しい女性が現れることでしょう」が現実のものとなり、二人は婚礼を執り行う。

他方、伝家当主・伝渥は桓娃と正式に夫婦となり、秋を迎える頃には桓娃に懐妊の兆候が認められていた。
最後の戦いを前に、伝渥は妻・桓娃に天界へ戻るように言う。無論彼女は最後まで共に在りたいと固辞するが、「この合戦に勝利したならば、また戻ってきて下さい」と言い置いて、その場を去る。
そして、夜を迎えると泣き疲れて寝入った妻を抱いて外へ出て天を仰ぎ、
「天界の雷夏王。ご息女を最後まで幸福に出来なかったこと、お許しください。どうか彼女と胎内の子とをお願いいたします」
彼の言葉に、天界より雷夏王・桓帝カンテイが降臨し、娘をその手から預かる。
「お前は、自軍が敗れるとのしょうを既に見たのだな。この娘も、外見の良さだけに目をつけたのではあるまい。こうも早くに死なすには惜しい、実に聡い男なのだが」
「私は伝家の当主。敗れれば、この命であがない守らねばならないものがあるのです」
雷夏王は小さくうなずき、
「…分かった。後のことは、全て引き受けよう」
天界よりの来訪者の姿が光と共に消え去ると、
「さよなら、桓娃…そして…こんな父親で済まない…」
妻と顔も見ぬ我が子へと、伝渥は小さな声で別れと詫びの言葉を告げた。

互いに「これが最後」と決死の覚悟で臨んだ戦は、早朝より一進一退の末に日没が迫る頃にようやく勝敗が見えた。
決着がつくのを陣中で待った委順は駆け出して天を仰ぐ。
「戦いは終わった…今わたしに在る全てを使い果たして構わない。残された命ある者たちの命の灯が消えぬよう、皆の傷が癒えるように…!」
天はにわかに掻き曇り、ほどなく小雨が降り始める。雨は穏やかに降り注ぎ、まだ息のある傷ついた者たちへと降りしきり、傷を癒し、命を繋ぎ留めてゆく。
しかし彼女が最後の力で降らせた慈雨も、既に命尽きた者たちを救うことは出来ず、ただその骸を濡らしたのであった。
力を使い果たし倒れかけた少女を集箑が抱きとめ、涙ぐみながらその名を呼ぶ。
「委順、しっかりして!!」
「大丈夫だ、まだ息がある…」
薊軻もまた、重荷を負いながら最後まで戦い抜いた娘と、そんな娘を心から慕い続けてくれる少年とを万感を込めて抱きしめる。
屍が無数に折り重なり、朱に染まった戦場から、生き残った者たちが引き揚げてゆく。
終焉は、新たな始まりを生むもの。
一つの歴史が終わり、新しい歴史が幕を開けようとしていた。

***

余談ではありますが…馬家の末弟・馬陽は馬に係る知識と技術は並ぶ者がないほど優れているが、とかく「変わり者」との風評から花嫁候補が現れなかった。だが実は見た目は決して悪くなく、いやむしろ立派にイケメンの域に到達しているよなと(筆者目線、笑)。「厩舎の馬たちの為」と言いながら、ナランも才能も見目も足りてない男なら「僕がこの体を張ろう」にはならなかっただろうと(苦笑)。。
 
以降、筆者メモとして比較的細かいところまで書き残した「いきなりエピローグ」が存在するため、それを自作引用という形で織り込みつつ、展開を追います。

***

「浹媛、この書状を維家の陣に」
「二哥、何を!?」
「河下に退いてまで戦うことは止めたい。郷里を戦火で焼き汚したくはない…敗北を認め、降伏しよう」
「二哥…」
「行ってくれるね、浹媛」
 
維家の当主は彼女の目前で書状を黙読し、
「全てにおいて、承知いたしました。早急に、こちらから使者を出します」
「それなら、わたしが!」
しかし、彼女の申し出は退けられる。
「あなたの身柄は、こちらに置かせていただきます」
「虜囚の辱めを受けるくらいなら、この場で首を刎ねてくださいませ」
「伝家の姫君。誇り高いのは結構なことですが、それは兄君の遺志に反しますよ」
「二哥の…?」
「我が身亡きあとの弟妹の処遇に、厚き情けを…とのことです。敗軍の捕虜としてではなく、別格として遇させていただきます」
(二哥…死ぬつもりなの!?いや…ダメ…!)
思うより早く、彼女は止めようとする維家の将兵たちを振り払い、愛馬・踰輪ユリンに飛び乗り、即座に脇腹を蹴って叫ぶ。
「急いで、踰輪…二哥の許へ!」
毀棄が、口笛を吹いて晨風シンプウを呼び、言う。
「僕が追います!」
陣所から離れたところで、鄒頌が現れて、
「難しいと思いますけど。姫君は魅入られているようですからね…鬼籍の番犬に。おそらく、生きて帰ることのない道を突き進んでいきますよ」
「え…!?」
 *
新月の山中を、速度を落とすことなく踰輪が駆ける。だが、不意に犬狼の群れに追い立てられ、狂ったように道から逸れて走り出す。
「踰輪…!」
浹媛は、犬狼の群れに一頭、奇怪な者の姿を見た。一つの顔に四つの目を持った、銀白色の犬狼――
尚も踰輪は何かに怯え逃げるように走り続ける。彼女が手綱を引いても声をかけても届かない。
道なき道の果てにあったのは、闇。その下には、深い谷が口を開けていた。
 *
崖下にぴくりとも動かず倒れ伏したままの駿馬と鎧姿の少女とを見下ろし、道服の青年が涙を落とした。
「浹媛…」
呉燎ばかりか、彼女の早すぎる死も止められなかった。涙が途切れることはない。
彼は夜空を見上げ祈る。
夜摩王ヤマオウよ…もし、私がこれより後に受けるべき全ての幸いと引き換えに、彼らの幸福な後生を願うことが叶うのなら…どうか、哀れな二つの魂を救い給え」
 * *
不空は、中庸界の自らのすまいにも戻らず、さすらい歩く。
「不空」
「桂思君…」
彼を気がかりに思い現れた中庸界の佳人は、彼に近づくとその肩に手を添える。
「一人で時を過ごすのは、あまりにも心が辛いでしょう。わたくしの許へ…愛染宮あいぜんきゅうへお越しなさい」
膝をつき地に崩れる彼を支え、腕をその背に回して優しく抱きしめる。
「なぜ…」
「あなたのことは、よぅく分かっております。ほんとうに、幼い頃から…」
どれほどの間、彼女の腕の中で不空は涙をこらえていただろうか。
「参りましょう」
彼女の言葉に小さくうなずき、立ち上がる。
霧とともに、二つの人影は消え去った。
 
 * * *
 
最後の戦いに臨む直前に妻女・桓娃を天界へ帰し、敗戦を受け妹・浹媛を降伏の使者として維家軍の陣へと送り出した後に自決した伝渥の遺骸は、河下の宮城で彼の無事の帰還を待っていた弟・伝晏の許へ運ばれた。
河下を訪ねた維家からの使者・柳發に、伝晏は膝をつき頭を下げて懇願した。
「どうか、兄を…伝渥を、このままの姿で、この河下の地に埋葬する許可を下さい…。ぼくの命一つでそれが叶うのなら、いくらでも差し出します。ですから…」
「伝晏殿、顔を上げられよ」
柳發は、彼を促す。
「戦いは終わったのです。『敗れ去りし者にも敬意を表せ』、それが当主の意向であり、私自身の考えでもあります。あなたの兄上は、自身の命と引き換えに、この河下に兵火を及ぼさないこと、そして…あなたと妹君、更に伝領の臣民との助命を願われたのです。私は、それを聞き届けた旨を知らせるべく、ここに来ました」
「では…」
「勿論、英雄として派手に葬儀を行われるのは問題ですが、首と胴とを切り離せとか、城壁に逆さ吊りにして晒せなどとは言いません。手厚く葬って差し上げなさい」
「は…はい、ありがとうございます…」
「あなたの身柄は、一時預かることになります。改姓のあと移封となるだろうと思います」
何百年も続いてきた伝家そして河下との歴史が、ここで終わる。屈辱ではあったが、それよりも選ぶべきものがあるのだと、伝晏は堪えた。
「もう一つ…申し上げにくいことだが、妹君は…」
「え?浹媛は、今どこに!?」
「兄上の書状を我らの陣に届けた後、兄の許へ戻ろうと夜の闇へと飛び出して行かれ…途上の山中で崖から落ちてお亡くなりになった、と報告がありました」
「まさか…」
兄の命を賭けた嘆願を聞き入れてくれたはずなのに、妹を死に追いやったのかと問い詰めかけた伝晏より早く、柳發が答える。
「申し訳ありません。後を追ったのですが間に合わず…この件に関しては、中庸界から何か説明があるかと思います」

群雄列伝 下天の章・三 群雄割拠譚  終章~河下の落日

自軍が敗れるであろうと予期していても、もはや大戦は止めようもなかった悲しさ。
当初の年齢設定を見返すと、おそらく伝渥の享年は二十…成年たる弱冠を迎えた年に自ら命を絶つこととなる、若すぎる早すぎる死であったと。舅たる雷夏王・桓帝ならずとも「今死なすには惜しい」と思われるに足る人物であった。
それを言うと、呉燎は十六、浹媛は十五で亡くなっている。不空が嘆くのもむべなるかなの早すぎる死なのだった・・・。

「戦いは…終わったんだね」
「ええ…」
周囲が宵闇に沈みゆく中、河西の宮城内の小庭では、最後の兵乱から帰還した集箑が、ここに招き入れた委順と話している。
「委順は、これからどうするの?」
彼女は首を振り、
「分からない…この先のことなんて」
「じゃあ、ここに居ればいいよ」
「出来ないわ、そんなこと」
「どうして?ここは…河西は嫌い?」
「わたしは日の当たる場所で生きられるような者じゃない…平穏な暮らしを享受することが許されるような者じゃ…」
足早に遠ざかる彼女を、集箑が追いかける。
「委順…!」
突然彼女が立ち止まる。危うくぶつかりかけた。
彼女の視線の先には白銀の毛皮とまとった一頭の犬狼が居た。顔に、鋭く研ぎ澄まされた刃のように青白く光る四つの目を持つ犬狼が、彼女を見据えていた。
震えて声も出ずに立ちすくむ彼女を庇うように、集箑はその前に立ちはだかる。
フン、と鼻息の音をさせ、犬狼が向きを変えて闇の中へと走り去る。
(委順が…連れて行かれる!)
なぜかそう直感した少年は、すぐに犬狼を追いかける。
「待て!」
どこまで走ったかは分からないが、手が届いた。無理やりその毛皮にしがみつく。犬狼は振り払おうとするが、集箑は決して離さない。やがて、犬狼は彼を引きずりながら駆け出した。
(離す…もんか!)
きつく目を閉じ、歯をくいしばる。格闘は続いた。だが、不意に犬狼が足を止める。彼が目を開けてみると、どこかの宮殿のようだが見知らぬ場所だった。
「まさか冢狛チョウハクにしがみついてここまで来る人間が居るとは思わなかった」
足音に顔を上げれば、経巻を手にした青年が近づいてくる。
「あなたは?」
「他人にものを問うより、自分から名乗ったらどうだ」
「集箑です」
「…私は泰衡。ここ鬼籍宮の方士であり、この冢狛の主だ。君は、何故ここに来た?」
「この犬狼が、委順を連れて行ってしまうと思ったからです」
(この少年…その幼さゆえに分からないはずのことも多いが、本質的なものは確かに感じ取っている)
驚きを隠し、泰衡は語る。
「そうだ。冢狛は、死期が迫っている者の前に姿を現すのが一つの職務…おそらくは、君の言う委順という者も」
「嫌なんです!だから、追いかけてきたんです!」
「だが、これは既に定められたことだ。私の力では、どうすることも…」
沈黙が漂う。
「しかし…例外というのが、ごく稀にある」
不意に、初老ほどの紳士の声が宮殿の一室に響いた。
「…夜摩王」
泰衡が振り返ると、部屋の奥の一段高い場所に置かれた椅子に冠をいただいた紳士が腰掛ける。
「見上げた勇気、そして根性を持つ童子だ。されど、何の代償も無いのでは天命を変更するなどということは出来ぬ」
「代償…?」
「例えば…かつて、ある皇帝は己の残命の半分を妃に譲り渡して彼女の命を延ばした。さて、お前はどうする?」
「なら、ぼくも自分のを半分委順に分けます」
「お前、己の残命を知るまい?お前とて、冢狛を『見た』。もし、それがわずかばかりであっても、その半分を譲っても良いと思うか?」
「もちろんです。一日でも二日でもいい…委順には平和な時を、少しでも明るい顔をして過ごしてほしいから」
夜摩王は微笑し、
「その覚悟があるならば、良いだろう」
言うと手の内の経巻を開き、筆を取る。
「おお、そうだった。紅緋コウヒ〈※赤性王の名〉に そそのかされて、お前の享年は九十九にされていたのであったな…。今、お前は七歳…九十二年を折半して、天竜の血を失い残された人間の血のみで生きるがゆえに今年のうちに逝くはずだったその娘に四十六年を譲り、お前は五十三で死ぬことになる。これで良いのだな」
「はい、ありがとうございます」
 *
何事も無かったように河西の宮城へ戻り来た彼は、委順を見つけて駆け寄り、
「何も心配要らないよ」
「でも…わたしは…」
「いいえ。あなたの未来は光の下にあります」
はっとして振り返る。そこに立つのは太陰君だった。
「たった今、私にも『見える』ようになりました。あなたには、あなたが夢見ていた暮らしが待っている…。胸を張って、誇らしく生きなさい」
「わたしが、夢見ていた…暮らし…」
太陰君はうなずき、
「素敵な男性ひとと恋をし、その許に嫁ぎ、愛する彼との間に子をもうけ母となる…己の職務に誇りを持つ夫を支え、子供たちを慈しみ育てる幸福な女性としての、暮らしです」
 * *
のち、薊軻は河西を去るが、彼の希望で委順はこの地へ残り、よしみのある伯楽・馬陽とその妻子の許へ引き取られる。
「のちの皇后さまをお預かりするだなんて…」
馬陽は困った様子であったが、
「委順には、ここの馬たちもとても良くしてもらった。それに、この子の良き姉にもなってくれそうだ。こんなありがたいことは無いだろう」
先頃第一子を産んだばかりの妻・ナランも言い、また当主夫妻にも頼まれ、あによめである兄たちの夫人たちにも、揃って
「あなたたちに全て任せやしないわ。私たちもお手伝いいたしましょう。何せ、未来の皇后様なのですからね」
などと言われたもので、渋々ながら引き受けたのであった。

群雄列伝 下天の章・三 群雄割拠譚  終章~未来は光の下に

ここで夜摩王が語った「己の残命の半分を妃に譲り渡して彼女の命を延ばした皇帝」とは、永王朝初代・興穏帝コウオンテイ永初エイショ)のこと。詳しくは過去記事「拙作語り㊺」を参照されたし。
それにしても赤性王・紅緋は自らが仲を取り持った男女の子である集箑に大層目をかけており、下天の人間として想定しうる最大の陽数(奇数)を重ねた九十九歳の長寿を贈るべく夜摩王に頼んでいたことが何気に判明した。。

ダイバーシティやジェンダーフリーが唱えられる当世にあっては、「素敵な男性と恋をし、その許に嫁ぎ、愛する彼との間に子をもうけ母となる…己の職務に誇りを持つ夫を支え、子供たちを慈しみ育てる」のみが「幸福な女性」像ではないとは承知の上ながら、いかんせん本作執筆は二昔前ということで…<原文ママ>にすると、こうなるのは想定内です…。

最後の戦いで重傷を負い本陣に連れ戻された馬陽は「ここで死んでも、ナランの腹にはオレの子が在る。河西の厩舎の心配は要らない」と言うが、文官ながら従軍していた華弼カヒツが「お前はその子に父親の顔も知らぬまま育てと言うのか!?私がここに居る以上、そんなことは決してさせない」と、片腕を失くしても命を落とすよりは軽いはずと彼の重傷の右腕を切断する選択をし、委順も同意し彼の傍で手術の無事を祈った。結果、彼は一命を取り留め、河西に帰還する。隻腕となった夫に、ナランは当然のごとく言葉を失うが、「生きて戻ってきてくれて良かった。僕が…この子が、お前の右腕となろう」と涙を流して迎える。ほどなく、彼女は元気な男児を出産し、以降も子宝に恵まれ、子供たちは委順を姉と慕いながら厩舎ほか広く河西とその周辺の馬たちにも親しみつつ育っていく(馬陽とナランの子供たちについて名前は未定だった;)。

一方、河西を去った薊軻にも、遂に「延命の種」の効力が尽きる時が訪れ、長い生涯の中で様々なものを見聞きし苦悩してきた彼は、戦友でもある太陰君の腕の中で、その命を終えて風と消え去っていく。

辛亥

度重なる兵乱に荒廃した帝都・河南の復旧には時間と労力が掛かることが見込まれ、ただ一つ下天に残った有力氏族である維家の当主・玉鈴は、将来どうするとも当座は首都機能を河西にうつし置くことと定め、新年の訪れと共にその子息である集箑が皇帝として即位し、新たな王朝・集王朝を興す。まだ八歳の幼い皇帝は、成年までを母・玉鈴と丞相じょうしょうに就いた父・柳發との補佐を受け、国政にあたることとなる。

これを見届けたかのように、天界から創草王・初禅ショゼンが娘である陽炎王・水月を伴って、子息・毀棄を迎えに下天へとやって来る。
最後の兵乱の終結後、姉たる水月に新年が来たら迎えに来ることを伝えられていた毀棄は、既にゆかりの維領の者たちへの別れの挨拶を済ませていた。そして河伯の父娘や、中庸界からは鄒頌や景瑛に見送られて天界へと旅立つが、
「待って、哥々!行っては嫌…!」
汀蘭が彼を追いかけ、
「今迄いつも一緒だったのに…寂しいよ…」
と、すがりついて泣き出す。
河伯は娘に「聞き分けのないことを申して困らせるな」と諭すが、二人が互いに強く慕い合っているのを感じ取った初禅は、河伯・洪衛に
「私はこれまで、息子に何一つしてやれていない。叶うことなら、そなたの息女を我が息子の妃として貰い受けたいのだが」
と願い出る。元をたどれば、河伯とは下天の大河の守護と統治を天界の創草王ならびに水護王から委ねられた存在であるがゆえ、洪衛も
「仮に望んでも、このような良縁は今後二度とありますまい。彼らの間に生まれる庶子を一人、河伯の後継者として貰い受けられるのであれば…」
と返し、汀蘭も次代の創草王と手を取り合い、共に天界へと昇ってゆく。

幼帝・集箑が即位して幾年かあと。西へと傾いた陽光の射すなか帝都・河西の大路を歩いていた、少府しょうふ〈収税官。後に宮中の衣食を管理〉・甘侑カンユウの娘である恵貞ケイテイは人だかりを見付けて不思議に思い、近付いた。
「どうかしたの?」
「いえ…旅の御方が倒れているんです」
「それだけで、どうしてこんなに…」
人垣をかきわけて見ると、一人の男が大路の上で横たわっている。白髪なので老人かと思ったが、かがみ込んで男の顔を覗き込んだ彼女は愕然とした。
「うそ…」
歳の頃は、せいぜい二十半ばに至るかどうかと思えるほどの青年だ。見れば、その手も皺など無く、張りがある。
集まっている町の男たちに、彼女は声をかけた。
「わたしの家で介抱するわ。運ぶのに手を貸してくれないかしら」
 *
「…気が付きましたか?」
寝台で目を開けた青年に、恵貞が気付いて歩み寄り、問いかける。
「ここは…」
「少府の私邸です。何も心配しないで、ゆっくり体を休めてくださいませ。旅の御方」
彼女が答えると、
「少府…。では、皇帝陛下の臣である御方の…」
「え?ええ…まあ…」
青年は慌てたように身を起こす。
「あの…私は一体…」
「帝都の大路で倒れていたんですよ。覚えていらっしゃらないの?」
黙り込む彼に、恵貞は尋ねる。
「あなた、笛をお持ちでしたけど。あれは商売道具ですか」
「商売だなんて!奏楽をお遊戯か金儲けの芸事みたいに言わないでいただきたい」
青年が声を荒らげるが、彼女は驚いた様子もなく、逆に笑顔を見せた。
「音楽に真面目な御方なんですね、あなた」
彼女は背後の棚へと歩き、そこに置かれていた琴に掛けられた布を取る。
「わたしもね…習っていたものだから。もう長いこと触っていないけれど」
「なぜ…?」
「これを弾くと、歌ってくださる御方が居たの。とてもお上手な御方で…。でも…遠いところへ行かれてしまった」
「そう…でしたか」
彼は、彼女の言葉を沈痛な面持ちで受け止める。
「申し訳ありません、事情を知らなかったとはいえ…」
彼が誤解していたようなので、彼女は慌てて、
「あ、違うの。お亡くなりになったとかじゃなくて…お嫁に、ね。だけど、もうお会いすることも無いほど、遠いところに…」
沈黙が漂う。
「では、介抱していただいたお礼代わりに、何か一曲合わせましょうか。その御方も、自身が去ったことであなたが音楽から離れてしまったと知ったら、がっかりなさるでしょう。どんなに遠くても、心の繋がりが絶えることは無く…思いは届きますよ、きっと」
「え?でも…わたし、本当に久しぶりだから。ちゃんと弾けるかどうか」
「巧拙よりも心の在りようだと私は思います」
彼の言葉が何よりも心強く思え、彼女は笑みを浮かべた。
「…あ、わたしは恵貞。少府・甘侑の娘よ。あなたは…?」
青年はしばし戸惑っていたが、
呉煕ゴキ…それが私の本当の名です」
「呉…」
彼女が言葉を失うのを予想していたかのように、彼が微笑む。
「かつての兵乱で伝家に敗れ、滅亡したはずの家の人間がここに居るのに驚きましたか。当然でしょうが」
「でも…どうして?」
「燎…弟が、世が平穏に戻り追手がかからなくなるまで守ってくれました。ですから、私も娑婆に出る覚悟を決めたのです。残された命で何かを為そうと…弟が繋いでくれた、この命で」
言いながら、彼が懐から小さな飾り板を取り出した。その呪符を書きつけた文字は薄れ、繋がれた水晶の玉も白く濁っていた。
「なら…あなたの、その白髪の理由は…」
「いまだに思い出すのです。火炎と怒号、そして叫喚に取り巻かれた『最後の日』を」
彼に促され、彼女はその前に箏を置く。彼の指が、弦をはじく。
「音楽に慰めを求めようにも、楽師として少しばかり名を馳せてしまったがゆえに、己の所在を明かすことになりかねず…今の今まで堪えていました」
行き倒れて先程まで寝込んでいた者の演奏とは思えない、妙なる調べが響き渡る。彼が弾いたのは、南方の挽歌であった。初めてこの曲を耳にした恵貞も、涙がこみ上げてくるほどだった。
「でも…戦いは終わった。争いの無い、平和な世が訪れたのよ」
曲を弾き終えた彼の手に、彼女は自分の手を重ねる。
(わたしが…この人を支えていこう)
周囲の反対はあったが本人の意思が固く、了承せざるを得なかった。
こうして、少府・甘侑の息女である恵貞は、〈※中国読みは呉と同じ「wuウー」〉の姓を丞相・柳發より下賜され改姓した梧煕に嫁ぐ。
後に梧煕は客曹かくそう〈礼儀・祭祀・科挙をつかさどる官職〉となり、宗廟で祭祀の楽曲を奏でる任につく。そして歳月が流れ、夫妻が子女を授かる頃には、己が家の滅亡とその後の労苦で老人の如く真っ白になった梧煕の髪も、あるべき墨色に戻っていたという。

群雄列伝 下天の章・三 群雄割拠譚  終章~白髪の楽師

維家の文官・甘侑の娘である恵貞の、その後。
呉家から唯一生き残った三男・呉煕の その後、とも。
恵貞の言う「琴を弾くと歌ってくれていたが遠くへお嫁に行ってしまって、もう会うことはない御方」とは、改めて説明するべくもなく汀蘭(洪洵)のこと。
一応、この件に限らず漢和辞典の巻末付録の官職表とか見ながら兵乱終結後の役職とか決めてみているのだが、少府って実はそれほど偉くないのかもしれないなと…(汗)。甘侑は河西さらに維領の財務省みたいな人物であり、一有力氏族のからそのまま帝国の財務省になるわけで。その辺ちゃんと移行できているのかは、やや不安(墓穴)。

他に、この頃に河西であった「出会い」というと…
恵貞の弟である甘達カンタツが馬に乗って河西の宮城を移動中、急に馬が立ち止まって一歩たりとも動かなくなり、何をどうしても進まないので困り果てていたところ、通りがけた少女が手拍子をとって歌いながら馬の周りを巡り、かれの機嫌を取り直した。しかし甘達は馬がまた歩を進める気になったことよりも、少女が歌った歌曲に驚き、「君…どこでその歌を」と尋ねる。訊かれた少女は、笑顔で
「汀蘭さんに教わりました。わたし、小さい頃から、その歌声が大好きだったって母から聞いています」
この少女の名は翠雨スイウ。よく機嫌を損ねては母親を困らせ、洪洵の子守歌にはおとなしく寝入っていた幼女の成長した姿である。
実は(ここまで書いてはいなかったが;)洪洵時代の記憶が戻らない頃にあっても、汀蘭は河西でぐずる幼女・翠雨の前に現れ、自ら歌を聞かせて眠らせてあげていて、それを見た幼女の母・詩藻シソウは、河西の宮城内で毀棄と顔を合わせたとき、「洪洵くんが、うちの子に歌を…。お姫様みたいな恰好をしてました…でも、うちの子があんなに嬉しそうに聴いて寝入ってしまったんですもの、あれは間違いなく洪洵くんなんです」と語っていた、と。再び維家に属すこととなれば、当然のように汀蘭はたびたび翠雨に歌を聞かせてあげ、成長し言葉を覚え話し始めた翠雨は、自分も一緒に歌うようになっていた、と。
甘達はこの出来事を忘れることなく、改めて「僕が!晴れて文官になったなら、お嫁に来てもらえないかな!?」と頼みに行く、と。。

争乱が終結し、下天に平和が戻ってより幾年かを経た頃、帝都よりはるか南の湖南こなんの県令長の家に男児が生まれた。
ようやく得た長男に県令長は喜んだが、嬰児の腕の痣を目にして一抹の不安を覚えた。
 千秋万歳後 誰知栄與辱
 『千年万年の後にはこの世の栄誉や恥辱など問題にはならない』
(…この子は罪人の生まれ変わりだとでも言うのであろうか)
そんな折、この南方の地を高名な僧侶・覚道とその弟子・暁悟が訪れた。県令長は覚道を自邸に招き、子息のことを打ち明ける。すると覚道は
「何も心配することはございますまい。その詩の通り、罪も名誉も、経る年月が遠ざけてゆくのです。もし、この子が過去生で大罪を犯したのだとしても、それを償うために今ここに生まれてきたということでしょうから、大事になさっていただきたく思います」
と返し、邸を後にした。
 *
集王朝を立てた幼帝・集箑も男子の準成年たる十五歳となり、太僕たいぼく〈車馬や牧畜を司る職〉・馬陽とその妻子の許で育ち既に笄年けいねん〈※女子の成年、十五歳〉を迎えていた委順を正妃とした。幼き日の彼女を守り慈しんだ、今は亡き養父・薊軻への感謝の思いから、馬家の養女ではなく薊家の娘として薊皇后と呼ばれることになる、集王朝初代皇帝の正妃である。
更に五年ほどが経ち、皇帝に初子が誕生したとの報が帝都から伝わり来たころ、湖南では県令長の子息・岳愈ガクユが十歳ほどの少年にまで成長していた。彼は左腕の薄墨で書かれたような痣を負い目に思いながら日々を過ごしていた。
「僧侶様のお話では、それを書き残した者と巡り会うとき、それは消えるだろう…とのことだった」
父の言葉を、何度繰り返してきたことか。しかしまだ、腕にはその詩が在る。
(まだ出会えていないのか…)
自分は、かつてどこで何をしていたのか。誰が、どんな思いでこの言葉をこの左腕に書き遺したのか――
季節は夏。夕立ちのあとで、彼は馬に乗り、邸を出て農村へ向かう。
ふと、これまで嗅いだことのない強い香気を感じ、周囲を見回す。折しも通りかかった村の娘に、尋ねかける。
「これは、何の匂いだろう」
「茉莉の花ですわ」
「茉莉の、花…」
娘がうなずく。農耕を生業としているのか、土にまみれ日に焼けた少女だが、その笑顔はまぶしく、彼は何故か心惹かれた。馬から降り、彼女に一歩近付く。
不意に、傍を忙しく車が駆け抜けていく。水たまりの泥水をはね上げ、二人に浴びせかけたことにも気付かぬまま走り去って行った。
「うわ…」
「大丈夫ですか!?」
相手が身分ある少年と知り、娘は慌てて偶然手にしていたおろしたての麻布で(こちらは泥水の洗礼を免れたらしい)彼に付いた泥水を拭う。彼女の手が左腕に掛かったとき、彼は声を上げて腕を振った。
「いいから…!」
「ですが…」
袖がまくれ、振り上げた腕が露わになった。しかし、そこには…見る間に薄れ消えていく文字があった。
(うそ…だろう?)
つい先程までは―少なくとも今朝着替えたときにはあったはずの、字。それが、跡形もなく消えていった。
(もしかして…彼女が?)
驚きを隠せないまま、彼女を見る。少女は何か気に障ることをしてしまったかと、おどおどしている。
「あの…」
「いや、すまなかった。ありがとう」
「はい…申し訳ありません、差し出がましいことを」
 *
「良かった…こうして再び巡り会うことが出来て」
二人を遠くから見守る、一人の青年の姿がある。
乱世に翻弄され、若くして相次いで逝った二人――
「呉燎、浹媛…今度こそ、平穏な日々を」
彼らに背を向け、一、二歩進んだところで目の前に人影が現れる。
「不空様。あなたの願いが聞き届けられたということは、この為にあなたが払った代価もまた…」
「分かっている、泰衡。後悔はしていない」
「あなたにはもう、災禍に見舞われたときにそれを打ち消す幸福の貯蓄が無いのです。次に大乱が起こるとき、下手に係わると災禍を避けられず御命を落としますよ」
「構わないさ。もうそろそろ、自分が見送られる立場になりたい」
以降自身が受けるはずだった「全ての幸い」と引き換えに、彼らの幸福な後生を願った不空。彼の心には一点の曇りも無かった。

群雄列伝 下天の章・三 群雄割拠譚  終章~めぐり、逢い

乱世に翻弄され、若くして相次いで逝った二人・呉燎と浹媛の、その後。
呉燎の後生には名が確定していたが、浹媛のほうは未定だったので、引用文もこういう形で切らざるを得なかった(困)。
更に、彼らの幸福な後生を願った不空の未来へと、話は移っていき・・・

「景瑛!」
突然に養寿庵ようじゅあんを訪れた鄒頌は、彼女の姿を見付けるなり駆け寄ってきてその手を取り、
「ちょっと、顔貸せよ!会わせたい人が居るんだ」
「な…何ですか、急に」
だが、事情を訊くより早く、あっという間に連れ去られていってしまった。
 *
彼が彼女を連れて来たのは、水晶宮の一室。水晶珠が鎮座する奥の卓子に歩み寄ると、珠が微かに震え、輝いた。
「…驚いたでしょう?母上」
「母…?」
「まだ姿は戻らない。だが、『心』が…『精神』が戻り始めたんだ、母上に」
鄒頌は微笑み、
「景瑛。お前は本当に母上に…そして、姉上によく似てるんだ。母上も、こうしてびっくりされてる」
「え…そうなのですか」
水晶珠が、今度は穏やかに、まるでくすくすと笑っているかのように光る。
 *
景瑛を養寿庵に送り届け、鄒頌はあの部屋に戻り、母の傍に立ちながら思う。
彼女が予想より早くに『精神』を取り戻したのには理由がある。おそらくは、同類の存在である桂思君が何かとここを訪れ、彼女に語りかけていたからだ。
「ねえ、吉地…わたくしも、覚悟が出来た気がするの。わたくしもね、あの子の『継嗣』を生みたいと思うようになった…。彼は、次に下天に大乱が起こる時にはきっと命を落としてしまう…。もちろん、彼の子孫は今も下天で生きているわ。そして、これからも…。けれど、わたくしは彼の子を雷響洞の後継者にしたいの…優れた方士としての力を持つ子を、わたくしが生んで」
(桂思君は不空さまとの間に子を生む おつもりらしい…。だが…)
下天に生きた時代の妻を今なお忘れることなく、その思い出の花が咲く夏には感傷に浸る彼の心を動かし、男女の契りを交わすことなど出来るのだろうか――
(心とは弱いもの…差し伸べられる温かい手に、救いを求めたくなるもの。でも、彼の弱さを誰も責めないでしょう)
母の声が答えくる。
「…母上にも見えますか」
母がうなずいた気がした。
戦場で、一兵士が放った矢に胸を射抜かれ倒れる青年の姿。
己の父とは知らず、彼に引導を渡す若者・李典リテン。桂思君が、少しでも自身の消耗を抑え、また時を稼ぐために本性の桂樹となって胎内で育て、のちに下天の樵夫しょうふ〈※きこり、そまびと〉・李某リなにがしに拾われた子である。
この親譲りの方士としての優れた資質を宿す李典が、後に命尽きた不空の跡を継ぎ、雷響洞の主となる――
それが、母子の見た一つの未来だった。

群雄列伝 下天の章・三 群雄割拠譚  終章~母子の見た一つの未来

不空に待つ未来の光景も相応に衝撃なのだが、筆者としては自らが生んだ子の一人が何事もないような顔で中庸界の方士になっていたことを素直に受け入れた様子の母たる水晶精・吉地の心の広さに感服する(地)。
そして、おそらく鄒頌は桂思君に後事を託され、訳も分からない李典を中庸界に連れて来て「お前はあの二人の子だろ!?こんなことも出来ないでどうする!!」と彼を短期間で一人前の方士とすべくビシバシ修行させるんだろうなと…あの鄒頌が遂に弟子をとるのか、大丈夫なのか、、という思いしか無い(しみじみ)。
そして話の舞台は天界へと移り・・・

天界の広海にそびえる弥山に建つ、雷夏王の居城・善見城の片隅から、元気な産声が上がった。
「よく頑張りましたね、桓娃」
初産で一昼夜もの長く激しい痛みに耐え、ようやく新たな命をこの世界へと送り出した娘に付き添い続けた雷夏王の妃・栄熾エイシが、娘の汗を拭い、その手を取って労いの言葉をかけた。
「母上…」
「とても元気な男の子ですよ」
「男の…子…」
産湯で体を流し、真新しい産着にくるまれた嬰児が、産褥にある彼女の前に差し出された。
「あ…」
母の腕に抱かれたのに気付いたのか、嬰児が目を開く。
「鳶色の…茶の瞳…。伝渥と、同じ…」
彼女の双眸から涙があふれた。
今は亡き、誇り高き下天の若き領主。己の領土と臣民とを守るべく、自身の命で贖いそれを願った、生涯唯一の夫。彼が遺したものが、今ここに在る。
(必ず…この子を守ってみせる)
決意と共に、桓娃は震える指で そっと赤子の頬を撫でた。
 *
「桓娃様。初禅様からのお祝品を突き返されたと伺いましたが…それはよろしくありませんね。お詫びして、改めてありがたく頂戴するのが良いと思います」
竪琴を抱えた婦人に意見され、嬰児の眠る揺籃ゆりかごを優しく揺り動かしながら桓娃は不愉快そうに返す。
栴檀センダン…お前、知っていよう?創草王の倅が、わたくしの夫を…この子の父を死に追いやるに加担していたことを」
しかし、善見城に在って雷夏王に仕える楽師・栴檀は平素の調子のまま穏やかに答え、
「存じております。しかしながら、それは過去のことであり下天でのことです。今、この天界に在っては、創草王と雷夏王との旧交を考えていただきたいのです」
「だが…」
「母は強くなければ…したたかでなければいけません。初禅様からの贈物ならば、お子様にとって困るものは無いでしょう。いただいておくのが賢い選択です」
 * *
次代の雷夏王の無事の誕生を知り、初禅は「毀棄キキ」から「大きな喜び」あるいは「土地の神が喜ぶ」という意の「祇喜キキ」へと名を変えた子息に創草王の号を引き継ぐことを決めた。子息を夫の仇と恨む思いが消えぬままの、夫の忘れ形見を胎内に宿した寡婦たる雷夏王女を気遣って、今まで待っていたのであった。
創草王の居城である真我城に、離れ暮らす子女が訪れる。
「祇喜、おめでとう。やっぱり、あなたが父上の跡を継ぐ子だったのね。堂々とした姿よ」
嬉しげに声をかける姉・水月に、祇喜は照れたような笑顔を向ける。
「ありがとう、大姐」
「僕もよく父上に似てると言われたけど、こうして父上と同じように髪を結って装束を変えたら、本当にそっくりだね。しかも、もう妃となる女性も見付けてきたなんて…僕たちはどうしたらいいだろうね、姉さん」
兄・金翅コンジにも、困ったような笑顔で答える。
「いえ、そういうつもりでは…」
「気にしないでよ。男女の縁も時機ってものがあるの。私たちも、別に先を越されたとか本気で心配なんてしてないから大丈夫」
そこに、着飾った二人の女性がやってくる。
「継母様、お久しぶりです」
下界での二十年ほどは、天界では四、五年。実の息子である祇喜と並んでも姉にしか見えない母・清婉セイエンであった。彼女が伴って来たのは、汀蘭テイラン。下天の河伯の息女だが、互いに慕いあう様子を見た初禅が、直接河伯に願い出て子息の妃とするべく貰い受けてきた娘だ。
「継母様は、すっかり汀蘭がお気に入りのご様子ね。でも、見た目は嫁というより義妹みたい」
継娘の言葉に婦人は笑い、
「やめてくださいな、水月ったら。わたくし、これでも一児の母ですし…きっと、じきに『奶々ナイナイ〈※父方の祖母に対する呼称〉』と呼ばれるようになってしまうわ」
「いえ、まだそんな」
祇喜は慌ててみるが、
「下界とこことでは時の流れ方が違います。河伯にも継嗣が必要なのですから、考えないわけにはいかないでしょう。祇喜」
「あの偏屈な父様を早く安心させるためにも、頑張ろうよ」
「汀蘭…!」
顔を赤らめる祇喜に、皆が笑う。
「揃ったようだね」
当代の創草王・初禅が姿を見せる。
「さあ、天父と地母の許へご挨拶とご報告とに赴こう」
「はい」
 
 * * *
 
時は流れ、桓惇カンジュンと名付けられた雷夏王女の一人子は、人間で言えば十代半ばといった年頃にまで成長していた。
「母上」
「何じゃ?そんな神妙な顔をして」
「僕は…下天に行きたいのです。父上が御命を賭してまで守りたかった地を、この目で見てきたいのです」
当然、桓娃は不安がって反対するが、
「行かせてあげなさいませ、桓娃様。旅は人の心を強く、豊かにいたします」
と善見城の女楽師・栴檀は勧めた。
そして、地母も分霊とも呼べる『娘』・碧亜ヘキアを使者に寄越し、
「下天での出会いが、ご子息を次なる雷夏王に相応しい者と為すであろう…そう天父や地母が仰せです。これをお守り代わりにと、預かってきました」
彼女は、小さな水晶柱の首飾りを置いて帰っていった。
「お前が送り出してやらずとも、あいつならじきに飛び出して行くぞ。何せ、お前の息子なのだからな」
父帝にも言われ、桓娃はようやく決心をつけた。
「ならば、もう止めはせぬ。けれど…無茶はするでないぞ。必ず無事でここに帰ってくるのじゃよ」
少年が旅立ったとき、下天は集王朝が興ってより百年余りが経ち、継嗣を決めぬまま皇帝が崩御しようとしていた。三人の皇子が帝位をめぐり、各地へ散って氏族たちと手を取り合い、兄弟相争う時代が迫りつつあった。
のち、桓惇と彼が出会う人外の力を宿した若者たちが、皇子たちの帝位をかけた内乱に飛び込んで行った顛末は怪力乱神譚として語られるところであるが…それはまた、先の話である。

群雄列伝 下天の章・三 群雄割拠譚  終章~引き継がれしもの

当時のメモに欠落している事項を追記しておくと・・・
夫君たる創草王の胸の内にある疑念に嘆き、深い眠りについてしまった妃・清婉であったが、下天より夫君が子息を連れて戻るより少し前に真我城を訪ね来た地母の分霊(『娘』)・碧亜がその枕辺に立ち、
「あなたの母から預かった言葉を伝えます」
と、若さゆえのあの日の出来事、創草王の再訪を待ちながらも別の男の妻となった我が身への思い、そして後年授かった娘に託した願い「叶うことならば、この母になり代わって初禅様の傍に在り、彼のたすけとなってほしい」を語り聞かせ、
「もうじき、あなたの子息が戻り来るわ。温かく迎えておあげなさい」
と告げて去っていく。
真我城の留守を仰せつかり、この一部始終を見届けた創草王の従者・範佐ハンサは、居城に戻った主君らに
「我が君!実は、あなたさまがご不在の間に、このようなことが…」
と己が見聞きした一部始終を明かす。
妃が眠りについた部屋を訪ねてみれば、清婉が目を覚ましたところであり、
「清婉…全てが明らかになった。疑念を持った我が身が恥ずかしく、お前の母にも申し訳ないことをしたと思う。許してもらえるだろうか」
寝台へ歩み寄り語りかける夫君に、妃は笑みを向けて小さく首を振る。
「私とお前の息子が、こんなに立派に成長したのだよ」
父に促され、毀棄は初めて会う母の傍に立ち、
「母、上…?」
その顔を見つめた清婉は、幼き日の息子の面影を認め、我が子との再会に涙するのである。

さて以前に過去記事でも一部触れた「創草王の長女・陽炎王と長男・鳥王は、いまだ独り身」の件。陽炎王・水月については、過去から一切そういう浮いた話が無いので(おそらくは弟たちが気になりすぎて好きすぎて、他の男に興味関心が向かない:苦笑)筆者自身は何ら驚かないが、鳥王・金翅に関しては誰より気にかけて下天まで行ってしまっただけでなく兵乱にまみれた後でようやく天界へと連れて戻ってきた氷晶公主ヒョウショウコウシュが居るよな、と(鳥王・金翅と氷晶公主については過去記事「拙作語り㊺」にあり)。実際問題、「下天の章・一 易姓革命譚」の中で、中庸界の方士である甲喜や柳擶リュウセンなどは、「下天までやって来て、こんな兵乱兵乱で苦労してまで…。鳥王様は、よほど公主を慕っておいでなのだろうなあ」と思っていたのであり(激笑)。
半ば蛇足ながら説明を付け加えておくと…天界に在った当時の氷晶公主というのが、天竜ゆえの能力を備えつつ剣術の腕前にも抜きんでており、金翅からすれば物凄く年上でもある、野性的で大人の色香むんむん漂う濃艶な女性であり。金翅はもうただただ子ども扱いしかされないような状況だが、それがそうでもなく、彼に若さゆえの向こう見ずさや計算などない素のままの優しさを見て心を大きく動かされた公主だったり…恋に落ちる事情は人それぞれ(しみじみ)。当世の大多数の竜族と多々少々事情は違えど、それでも公主は天竜であり、有翼種とは相容れないというか両極端な存在。年の差云々以前に不毛な恋の気配しか無かったのではある(困)。しかしながら、天界での生を終えて下天に人間の娘子・琉瑠ルルとして生まれた公主は、バカ強なところは継承しながらも全く対照的に妹系の可愛いドジっ娘っぽい姿となり(爆笑)、鳥王も正直少なからず「え?こんなはずじゃ…」と思ったのではないかと…彼はもしかしたら自分の母親いやそれより上でもいいような年上好みだったりするのかもと(苦笑)。いやいや、人外の嗜好だから分からないよなと(おい)…閑話休題。ただ、肉体は変わろうとその剣術の冴えは一切変わることがなく、受け取った剣を何気なく構えた琉瑠の動きを見て、彼は「やはり彼女こそ公主だ」と悟るのではあった。
そんなこんなの経緯があるため、彼女とはどうしているのか、今現在どういう関係なのかと、真剣に筆者は問いたい(切実)。。

あと…だいぶ先輩づらな貫禄で桓娃に意見する善見城の女楽師・栴檀なのだが、彼女は実際に娘をもつ母親なので、その言葉にも強さがある。天界の者たちは、それこそ二昔以上前に考えて描き起こしたキャラクターであり、多くは天部の仏をイメージモデルとしていて、分かる人には多分分かるような構造(何気に墓穴)。栴檀は雷夏王に仕える四天王の一である東方天王トウホウテンオウ尋雄ジンユウ(見た目青年層の多い天界にあってナイスミドル将軍;)の縁者で、雷夏王に仕え奏楽を司る天界きっての名楽師にして、司楽王シガクオウの号も持っている。親譲りの優れた奏楽の才をもつも やや体が弱い娘・白檀ビャクダンは年頃を迎え、既に天界の荒くれ武者・焔将エンショウ(実は鳥王・金翅の武術と兵法の師)に嫁いでいるが、周囲からの「あんな粗暴な者の許へ行くなど…」との反対意見もある中で「本人がそうしたいと言うのだから」と娘の希望をそのまま受け入れたのが母・栴檀であった。だからこそ、彼女の「母は強かでなければいけません」「旅は人の心を強く、豊かにいたしますから(ご子息を)行かせてあげなさいませ」という言葉には重みがあり強さがある次第。

それにしても…汀蘭がちゃんとアレソレ分かった上で「頑張ろうよ」と言っているのかどうかが気にかかる(何気にシモい系話題:墓穴)。こうなると、過去記事「拙作語り㊹」にあった、かつて毀棄(祇喜)は西岳の書庫で例の房中術の本を読んだのか否かの件も気になる(止めい)。

「下天の章・四 怪力乱神譚」へ

そして最終盤は、続く「下天の章・四 怪力乱神譚」への布石とでもいった内容へと。
怪力乱神譚もまた、詳細を追って内容を書ける気がしないので、主要登場人物とあらましだけ述べておくと、
物語の中核となる「人外の力を宿した若者たち」は、当代の雷夏王・桓帝の孫にあたり、天界の半神と下天の人間との血を引き、祖父・母同様に雷霆使いの少年である桓惇の他、

阜澈フテツ
 河下の近く、東岳とうがくの麓に曾祖母と暮らしていた少年。中庸界の方士・鄒頌の兄である鄒雅スウガの子孫で、占術をこなす資質をもつ。
桓惇との出会いのあとで東岳を襲った大地震そして曾祖母の死により、桓惇と共に旅に出る。
鄒頌にとっては「お前、なんか雅哥に似てんのな」と実兄に見目や言動に重なるところのある子孫だけに他人のふりも決め込めず、彼が占術に使う為の水晶柱を渡すなど、時に援助の手を差し伸べたりもする。
 
熊女ユウニョ
 下天地図の中央付近、中岳ちゅうがくの山中で薪拾いをしていた少女。怪力の持主で、実は薪という次元ではなく巨大な丸太すら軽々と集めては運び、売って生計を立てていた。この名は皆がその馬鹿力ぶりを見て付けた「呼び名」であり、実は本名ではない。ならば本名は一体…(謎)

この二人との出会いで三人になったところで、桓惇が身に着けていた水晶柱の首飾り(地母の『娘』・碧亜が届けたもの)が三つに割れ、三人は同士の証としてそれぞれ水晶柱のかけらを持って別れ、「誰が仕えた皇子が帝位につくか?」と各々帝位を争う三人の皇子たちの許へ向かう。

彼らはそれぞれパートナーと呼びうる存在と以降出会うこととなり・・・

深慈シンジ
 天界にて天父と地母に近しいところに在り、神そのものたる天父と地母に次いで神に近い存在であり慈悲と光の化身たる半神が慈照王ジショウオウなのだが、彼女は出産により己の心身を失ってしまった母・光紗コウサの跡を生まれながらに継いだ当代の慈照王。
 天界というか天父および地母の意志として「次代の雷夏王の妃に、当代の慈照王を」と示され、彼女は最愛の妃が消えてしまい残された娘を心の支えにしていた領主(上に立つ者にあるまじき暴れん坊であったが、光紗が妃となり傍に付いて名君へと生まれ変わらせていた。やはり名は未定であり、おそらくは他の天界の住人同様に「〇〇王」という称号も持っているように思われる;)の許から下天の皇后の手へと「この娘は、やがて下天に降りくる天帝の継嗣を輔け、彼へ嫁ぐ者」と託される。天界の御意により娘と引き離された天界の半神たる領主だが、「娘が戻り来た時に、父として恥ずかしくないように」と、妃の遺した言葉「これからも私が傍に在るとお思いになって、変わらずに善き行いを続け、素晴らしい領主でいてください」を胸に善行を重ねて時を送る。
(中庸界の水晶精・吉地や樹精・桂思君の場合、本性が実在する「もの」であるがゆえか、出産によっても心身の全てが消えるということはなく、時が過ぎれば回復できるものであったが。天界の慈照王・光紗については慈悲に光という「実体のない掴めないもの」だからなのであろう、完全に精神も肉体も消え失せてしまい、王の号は入れ替わるように生を受けた娘へと引き継がれた、という説明づけだった模様。余談ながら、深慈の父は「既に夫婦となることが運命づけられていて…娘もまた子を産んだなら消えてしまうのか」と思い悩み、地母の許へ尋ねに行き、「父たるお前から強固な心身を受け継いでおり、出産を経ても心身を保ちうることでしょう」との返答に安堵する、と)
 桓惇が彼女と出会うのは、河下攻略をもくろむ皇子の一人を止める為に、その継母たる皇后と義妹にあたる天界の貴子の威光をたのむほか無く、無礼を承知で帝都の皇宮に押し入った時であり。
 目の前に現れた輝かんばかりに麗しい半神の乙女が、「私はあなたの妃となるべく、あなたをお輔けする為にここに在るのですから」と何の疑問も挟まず言うのが、桓惇には嬉しくもあり甚だ不安でもあり…滅多なことでは怒らないのだが、怒らせたなら怖いなんてもんじゃないのを知ってしまったら、尚更不安になるのであった。。

泊如ハクジョ
 先代創草王と当代河伯とを祖父とする少女。すなわち、当代の創草王・祇喜と、その正妃である河伯の息女・汀蘭との間に生まれた庶子であり、母方の祖父の跡を継ぐべく下天に在る祖父の許へとやって来た。祖父の河伯やその従者たちがどれほど良くしてくれても、両親やきょうだいと離れた寂しさは埋めがたく、そんなところに現れた阜澈を恋い慕い、彼と共に在り続ける為に彼を輔けるべく己の能力を発揮する。一方で、そんな彼と無二の親友という桓惇の両親と自身の両親との間での過去の因縁を知っており、「だって、わたしの父様と母様を怨んでいるのでしょう?」と桓惇の為にも力を出し惜しみしない律儀な面もある。
 ちなみに、彼女もやはり母・汀蘭とほぼ同等というか、初登場時は小憎らしい童児でしかないが、親切にしてくれた阜澈を気に入って、高熱にうかされるのを経て年頃の娘子へと変化する。鄒頌には既視感しかない事態であり、事情を飲み込めず慌てふためくばかりの阜澈に「命に別状はない。ただ、何が起きても驚かない心の準備だけしとけ」と言うんだろうと(微笑)。。
 容貌は母に似て可憐ではあるのだが…阜澈としては「有難いのだけど、時々その愛が重い」と感じている時も(苦笑)。

熊女には、姓名は未定だったのだが(嗚呼)、皇子の一人・第三皇子の側近である青年がこれにあたり。
彼女の怪力は無論対人でも威力を発揮し、何人でも投げ飛ばせるはずが、何故かその青年に対してだけは怪力が通用せず、
「あれ?おかしいな。どうしたことだろ」
と、それを悟った時の二人は、顔を見合わせてただただ声を上げて笑うのみだったのだが。
己の仕えた第三皇子が敗れるも、熊女の嘆願により助命が叶ったこの青年、最後に残った第一皇子が帝位につくと決まると、自ら剣を抜いて第一皇子に襲い掛かって斬り捨て、
「帝位には俺がつかせていただきますよ…大哥〈※一番上の兄〉」
彼こそが、別人を皇子として影武者に立て、自らはその側近になりすましていた先帝の真の第三皇子なのだった。
・・・という展開(汗)。
皇子なので、本名は姓を集ということになるんではあろうが…やはり名前までは決めてなかったのだなと(困)。
おそらく阜澈ならば、途中からではあっても、この展開を予期していたのではないかと(苦笑)。。

前述のように、この三皇子の帝位をめぐる争乱の中で、中庸界の方士・不空の最期があるわけだけど・・・。

兵乱が終結し第三皇子が即位して、三名の「怪力乱神の具現」たる非凡な若者たちは、それぞれの生きる道そして場所へと向かう。
桓惇は未来の妃・深慈と共に天界へと戻り。(深慈の父は、そりゃもう母同様の美姫に成長した娘の姿に嬉し泣きすると同時に、「おめえが婿か。フン、娘を泣かせたらタダじゃおかんぞ」と凄んで、桓惇ガクブルになりそうな予感しか無い;)
阜澈は「俺が居れば河伯の宮殿も寂しくはないだろ」と河伯の後継者・泊如に付いて彼女のすまいである大河の水底の宮へと赴き。
熊女は新帝に「お前ほど私に尽くしてくれた娘子は居ないから、お前こそ私の后に相応しい」と傍に留まってくれるよう乞われるも「でも、あたしは何処の馬の骨とも分からない平民よ?」と返すのみだったが、阜澈が「けどさ、その怪力は君が過去生で善行を積んで得たもので、君の親御さんが神仏に熱心に願ってこそ君を授かったんだよ?新帝陛下がそう仰るんだし、乗ればいいんじゃないかな。この俺の見立てを吹聴すれば、出自の件なんてどうにでもなるさ」と言い置いて大河へと去った為、「そうか、そういうことなら…」と、そもそも互いに憎からず思う新帝と熊女とは改めて手を取り合う。他の者ならば両手を骨折しても止むなき場面だが、新帝が負傷することは無論なく、二人は顔を見合わせて笑うのであった。
―了―

…的な感じで考えてたみたいです。。←もはや他人事のように言う(墓穴)

古い絵で恐縮ですが、怪力乱神譚のメインキャライラストを出してみると…

「怪力乱神の具現」者、三名

右下から時計回りに、阜澈・熊女・桓惇であり。
桓惇は、つくづく父にも母にも似ず、見た目に関してのみ言うならば母方の祖父である雷夏王・桓帝にそっくりなんだなと(苦笑)。
そして、見た目で言えば阜澈が「自称・僕」のほうがしっくりくると筆者的には思うのだけれど、最初に登場する桓惇が育ちの良さからか「自称・僕」だった為、登場回数の多い人物による自称重複を避けるべく、彼は「自称・俺」にせざるを得なくなった、と。。
更に付け加えるならば、「三・群雄割拠譚」に続き、「多方面お節介かつフリーダムな方士・鄒頌」という場面が多いなと。キーパーソンすぎ活躍しすぎ…筆者きっと鄒頌というキャラが大好きなんだろなと(自分で言った)。

***

というわけで、過去のメモ書きを何度も読み返し、脳内に残っていたものを探して絞り出して、それなりに辻褄を合わせつつ、「きっとこんな構想だったんだろう…」をまとめてみました。あくまで筆者一人によるものなので、思い違いによるおかしな点が幾つも出てきそうな気がしてますが(墓穴)。そして筆者自身が相応に納得しうる程度の繋ぎ方なので、おそらく第三者にはかなり解読が難しい様相になってしまっているとは思いますが(さらに墓穴)。なんかイイところでKYな筆者ツッコミが入りますよねぇ、とかも←自分で言った!。
更には、読み返してみて筆者自身も「まあこうも色々ツッコみたくなるような設定やら展開やら考えたよな…」という思いにも(おおいに墓穴)。

この物語は『群雄列伝』シリーズ内の一部であり、列伝とは「多くの人々の伝記を書き並べたもの」。様々な生涯を送った者たちの個々の歴史が縦に横に重なり、別れする、そんな構造であると筆者自身感じます。  

以上で、長々と語ってきた拙作語り『群雄列伝 下天の章・三 群雄割拠譚』を終えたいと思います。。

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