7-6 麻薬性鎮痛薬
麻薬性鎮痛薬は、強力な鎮痛作用を持ち、がん性疼痛や慢性疼痛の管理において、非常に重要な薬である。
◯痛みを感じる経路
まずは、「痛み」の仕組みを見ていく。
末梢の受容器で、炎症による化学的な刺激や、熱刺激、機械的刺激(刺すなど)の痛み刺激を感じると、神経細胞によって、その信号が中枢に伝達され、大脳皮質で「痛み」として認識される。
これが、痛みを感じる経路であり、上行性痛覚伝達系と呼ばれている。
また、ヒトには痛みを抑制する経路も存在している。
痛みを感じると、中枢から脊髄に信号が伝達され、痛みを抑制している。
これを、下行性痛覚抑制系と呼ばれている。
◯痛みの種類
痛みの種類は、2つに大別される。
侵害受容性疼痛と神経障害性疼痛
侵害受容性疼痛は、末梢で痛み刺激を感じて、それが中枢に伝わることで感じている痛み。
神経障害性疼痛は、痛み刺激がないにも関わらず、痛みを伝える神経が障害されていることなどにより、感じている痛み。障害されている神経部位に対応した箇所に痛みを感じる。
ビリビリ、ジンジンした痛み
両者は、痛みのメカニズムが異なるため、効果のある鎮痛薬も異なる。
◯鎮痛薬の分類
鎮痛薬は、以下の3つに大別できる。
・オピオイド鎮痛薬
・非オピオイド鎮痛薬
・神経障害性疼痛治療薬
まず、「オピオイド」とは、オピオイド受容体に親和性を示す物質の総称である。
オピオイドには、麻薬性鎮痛薬やその関連の合成鎮痛薬を含む。また、ヒト体内には、オピオイド受容体に結合する物質も、もともと存在している(エンドルフィンなど。脳内モルヒネ、と呼ばれることもある)。これらの内因性の物質も含めた総称として、オピオイド、と呼ぶ。
なお、代表的なオピオイドであるモルヒネは、植物のケシの未熟な果実から採取したアヘンから抽出したものである。アヘンのことを、opium といい、「オピオイド」とは、アヘン類縁物質という意味で付けられた。
オピオイド鎮痛薬には、麻薬性鎮痛薬と非麻薬性鎮痛薬がある。
「麻薬性」とは、麻薬及び向精神薬取締法で、管理方法などが厳しく規制されているものである。
麻薬性鎮痛薬のうち、アヘンアルカロイドには、モルヒネ、コデインがある。
ここから、薬理作用を高め、副作用を軽減するために、化学的に修飾した半合成物質(基本骨格は同じだが、側鎖が異なる)が、オキシコドンやジヒドロコデインである。さらに、天然物をまねて合成した化学物質(基本骨格も異なる)に、フェンタニル、メサドンがある。
※図中の色の違いは、後述する。
非麻薬性鎮痛薬には、トラマドール、ペンタゾシン、ブプレノルフィンがある。
オピオイド鎮痛薬によって、(後述するが)呼吸抑制など急性中毒を起こした時の治療薬として、オピオイド受容体拮抗薬がある。
非オピオイド性鎮痛薬には、NSAIDs やアセトアミノフェンがある。
神経障害性疼痛治療薬には、プレガバリン、ミロガバリン、抗うつ薬、メキシレチンがある。
プレガバリン、ミロガバリンは、上行性疼痛伝達系を抑制したり、下行性疼痛抑制系を増強させることで鎮痛作用を発揮する。
また、下行性疼痛抑制系には、ノルアドレナリン神経やセロトニン神経が関与している。そのため、抗うつ薬のうち、デュロキキセチンなどは、それらの神経系に作用することで、鎮痛作用がある。
メキシレチンは、不整脈治療薬でもあるが、上行性疼痛伝達系の抑制や、下行性疼痛抑制系の増強などの作用で、鎮痛作用を発揮する。
◯オピオイド鎮痛薬の作用機序
オピオイド受容体はいろんなところに存在している。 μ(ミュー)、δ(デルタ)、κ(カッパ)の3種類があり、鎮痛作用には、主に、μ受容体が関与している。
脊髄や脳内にオピオイド受容体が存在しており、これに結合することで、鎮痛作用を発揮する。 上行性痛覚伝達系を抑制したり、下行性痛覚抑制系を亢進させることで、強力な鎮痛作用を示す。
◯がん疼痛治療の基本的な考え方
麻薬性鎮痛薬は、がんの緩和ケアにおいて、非常に重要である。
がん疼痛治療の基本的な考え方を示す。
まずは、段階的に目標を設定する。
第一目標:痛みに妨げられずに、睡眠をとることができる
痛みのため中途覚醒や入眠困難がなく、睡眠が取れる状態を目指す。
第二目標:安静時の痛みが消失する
安静にしていれば、痛みがなく、過ごすことができる状態を目指す。
第三目標:体動時の痛みが消失する
痛みがなく、体を動かすことができる状態を目指す。
これに関しては、医療者と患者様の思いに齟齬がないように、十分にコミュニケーションをとることが重要である。
医療者は眠れているから大丈夫だろう、と考えていても、患者様には生活のためにしたいことが、痛みのためにできない状態かもしれない。
次に、治療目標に応じて、適切な薬剤を選択する。
そのための考え方として、4原則や3段階除痛ラダーがある。
WHO3段階除痛ラダー
鎮痛薬の分類に沿った使用方針の基本的な考え方である。
軽度の痛みに対して・・
(第1段階)非オピオイド系鎮痛薬
必要に応じて、適宜、鎮痛補助薬を追加
軽度〜中等度の強さの痛みに対して・・
(第2段階)非オピオイド系鎮痛薬+弱オピオイド鎮痛薬
必要に応じて、適宜、鎮痛補助薬を追加
中等度〜強度の強さの痛みに対して・・
(第3段階)非オピオイド系鎮痛薬+強オピオイド鎮痛薬
必要に応じて、適宜、鎮痛補助薬を追加
さらに、鎮痛薬に加えて、神経ブロックや放射線療法など、必要な選択肢を取る。
以前は、弱い方から順番に、とされていたが、「順番に」という考え方は廃止された。
なぜなら、痛みの強さに応じて鎮痛薬を選択することが重要であるため。患者様の痛みの強さに応じて、最初から、第3段階目の鎮痛薬が必要なケースもある。
非オピオイド系鎮痛薬をまずは投与してからオピオイドを追加、とされていたが、オピオイド単独で除痛可能な場合は、オピオイドのみ、というケースもある。
WHO 鎮痛薬使用の4原則
(2018年に改正され、5原則→4段階となった)
①経口的に
内服が可能な方は、内服薬を使用する
ただし、悪心・嘔吐、嚥下困難、消化管閉塞などのある患者には、直腸内投与、持続静注、持続皮下注、経皮投与などが必要となる。
※ただし、副作用など、内服薬から注射薬に切り替えると改善する場合もあるため、そこは、個人に合わせて、適宜
②時間を決めて規則正しく
持続的な痛みに対しては、一定の投与時間を決めて、鎮痛薬を使用する
がん性疼痛は、鎮痛薬の投与後、時間が経過し、鎮痛薬の血中濃度が低下したときに痛みが生じるので、痛みが出てから頓服的に使用するのではなく、一定時刻に使用する。
これに加えて、突出痛に対しては、レスキューを使用する
③患者ごとの個別的な量で
強オピオイドには、標準投与量はない(個人に合わせて、必要な量を投与する)
十分な緩和が得られる量を投与する
④そのうえで細かい配慮を
治療による患者様の痛みの変化の観察を続けることも重要である
効果と副作用の判定を頻回に行う
治療によって痛みの原因病変が消失・縮小した場合は、投与量の減量が必要な場合もある。この場合も、離脱症候群が出ないように、突然の中断は避け、計画的に減量する。
◯痛みのパターン
痛みのパターンに合わせた、オピオイドの使用方法
・持続痛
24時間のうち、12時間以上経験される平均的な痛み
これに対しては、鎮痛薬を一定時間に投与することで対処する。
定時鎮痛薬を使用する。この目的のためには、薬効時間が長い、徐放性製剤が用いられる。
・突出痛
1日に数回発生する、突発的な痛み、または、痛みの増強であり、持続痛や鎮痛薬の有無に関係なく発生する。
突出痛には、体動時や排便の際に痛みが発生する「予測できる突出痛」と、咳や臓器の攣縮などで起こる「予測できない突出痛」、定時鎮痛薬の血中濃度の低下によって起こる「定時鎮痛薬の切れ目の痛み」に分類がある。
ベースに使用している鎮痛薬で不足している痛みに対しては、即効性があるレスキュー薬でコントロールする。
オピオイドを定時投与している場合は、急な痛みの増加を想定して、必ず、レスキューを用意する。
突出痛が出ないように、定時鎮痛薬を増加すると、過量となり、傾眠などの副作用の可能性が高くなる。そのため、持続痛に対して、適正な定時鎮痛薬を使った上で、突出痛に対しては、レスキューでコントロールする。
レスキューの投与方法
・内服でコントロールしている場合:
内服液
散剤→水に溶かして内用液とすることも(苦味の工夫が必要)
口腔内崩壊錠
・持続静注でコントロールしている場合
一時的に“早送り”
◯オピオイドスイッチング
①副作用のため、鎮痛作用に必要な量が投与できない場合
②オピオイドを適切に増量しても、必要な鎮痛作用が得られない場合
投与中のオピオイドを、他のオピオイドに変更する場合がある。
他にも、肝機能や腎機能の低下から体内動態が変化することが予想される場合や、薬物相互作用を回避するために、変更する場合もある。
他の薬に変更する場合、同程度の鎮痛作用が得られる薬用量に換算して、薬用量を決定する。
(換算表にはいくつか種類があるため、一例を示している)
(例)モルヒネ
モルヒネ:経口投与すると肝初回通過効果を受けるため、内服:注射=2:1 として換算される(つまり、内服は注射の2倍量で同効果が得られると考えられる)
レスキューの1回量は、1日量の1/6量が一般的に用いられる。
◯タイトレーション
薬用量の調節方法について
個別に適切な投与量が異なるため、少量から開始して、至適投与量を調節するタイトレーションが行われる。
傾眠が過量の指標であるため、持続痛がない(薬が効いているが)、かつ、傾眠がないような用量(過量による副作用がない状態)に調節する。
◯モルヒネの薬理作用と用量の関係
図は、実験動物の結果ではあるが、モルヒネのさまざまな薬理作用と ED50 の関係を示したものである。鎮痛作用を発揮する時の ED50 を1とした場合、致死量とは大きく離れており、この点では、非常に安全性が高い薬であると言える。
一方、便秘や嘔気・嘔吐は、鎮痛作用を発揮するよりも、低用量で引き起こされる(便秘は鎮痛用量の1/50、嘔気・嘔吐は鎮痛用量の1/10量でおこる)。したがって、鎮痛目的でモルヒネを使用する場合、便秘や嘔気・嘔吐は、“起こるもの”と考えて、十分に対策をとることが必要である。
副作用
モルヒネの三大副作用は、
・便秘
・悪心・嘔吐
・眠気 である
◯便秘
消化管には、多くのオピオイド受容体が存在しており、これに作用することで、小腸・大腸、十二指腸、肛門括約筋に影響し、便秘を生じる。消化管運動が低下し、そのことで停滞している便から水分が吸収され、便が固化し、ますます、出しづらくなる。
便秘には耐性が生じない(耐性とは、「薬がだんだん効かなくなる=薬を飲んでも便秘にならない」こと。これが、起こらない、という意味)。
オピオイドを使用している間は、必発の副作用であるため、十分な対策が必要である。
便秘対策に使用する薬剤:
・塩類下剤・・便を柔らかくする
・大腸刺激性下剤・・大腸を刺激して、便の排出を促す
・末梢μ受容体拮抗薬(ナルデメジン(スインプロイク(R))・・末梢のオピオイド受容体に拮抗し、オピオイド鎮痛薬による便秘に効果を発揮する
※普通の下剤ではなく、オピオイドが原因で起こる便秘に対する専用の下剤
◯悪心・嘔吐
オピオイド服用患者の50〜60% で悪心・嘔吐が起こると言われている。
その機序として、3つが考えられている。
①CTZ のμ受容体に結合して、ドパミンを放出させ、嘔吐中枢を刺激するために起こる
②内耳の前庭を刺激するために起こる
③消化管の蠕動運動を抑制するため、内容物が停滞し、その信号が嘔吐中枢に伝えられて起こる
オピオイドによる悪心・嘔吐は、3〜7日後には耐性がつき、慣れてくるため、制吐薬も不要になることが多いが、投与開始時など、適切な制吐薬が必要である。悪心・嘔吐のメカニズムにより、適切な制吐薬も異なる💡。
①CTZ 刺激による悪心・嘔吐
ドパミンを介しているため、ドパミン受容体拮抗作用を持つ制吐薬が用いられる。
制吐薬が無効な場合、オピオイドに誘発された悪心・嘔吐に対して、第二世代抗精神病薬の一部(オランザピン、リスペリドン等)が用いられることがある。
オピオイド服用後1時間後に悪心・嘔吐が起こるといったように、Tmax と発現時間が一致すると言われている。
②前庭刺激による悪心・嘔吐
前庭刺激による悪心・嘔吐には、抗ヒスタミン薬(動揺病に対する効果)が有効である。
前庭刺激による悪心・嘔吐を見分けるポイントとして、体動時や頭位を変換したときに悪心・嘔吐が起こっていることやめまいを伴うこと、などがある。
③消化管の運動停滞
これに対しては、消化管運動亢進薬が用いられる。
食後に悪心・嘔吐が起こっている場合、消化管の運動停滞のため、内容物が圧迫していることが一因と考えられる。
このように、悪心・嘔吐の機序によって、有効な薬剤も異なる。判別のため、どのようなときに、悪心・嘔吐が起こっているのか、他にどんな症状がでているのか、を観察することが重要である。
◯眠気
オピオイドにより集中力・認知力の低下や、眠気を生じることがある。
これは、QOL や ADL の低下につながり、転倒事故の原因となるため、注意が必要である。
特に、治療開始時や増量時、変更時に注意が必要である。
眠気に対する耐性は、3〜5日で形成され、だんだん慣れてきて眠気が出なくなると言われているが、増量に伴い改善されないこともある。
眠気はオピオイド過量のサインである。
投与量は、個別に至適投与量に調節する必要があるため、眠気に十分に注意をしながら、タイトレーションを行う。
オピオイドに対する誤解
以下に、代表的な誤解を示す。
「オピオイドを使用すると、麻薬中毒になる」
A. 誤。慢性疼痛を持つ人に対して、専門的な知識を持つ人が、正しく使用すると、中毒にはならない。
「オピオイドを使用すると、先が長くない」
A. 誤。WHO 式の麻薬性鎮痛薬の使い方が普及する前までは、オピオイドを定期的に投与することはなかった。そのため、いよいよ我慢できない痛みに対して使用する、というイメージから、麻薬を使うということは、先が長くないと誤解される方もいる。現在は、強い痛みに対して、麻薬を上手に使って、痛みをコントロールする、という考え方。
今までの研究から、「オピオイドを使用すると予後が短くなる」ことはない、とわかっている。
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