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薄型高性能ノートパソコンの高いCPU温度は本当に故障を招くのか?

※本文は全て無料です。

通説として半導体やコンデンサの寿命はアレニウスモデルによって「温度が10度上昇すれば寿命は1/2になる」と言われています。
よって、基本的に半導体の温度は低ければ低いほど寿命が伸び、良いとされている事に議論の余地はありません。

しかし、この「10度上昇で寿命1/2」から憶測が憶測を生み、「CPU温度が高い薄型高性能ノートはすぐに壊れる」という批判がされてしまうことがあります。

私はこの批判を少し短絡的な批判なのではないかと考えており、その理由を説明すべくこの記事を書いております。

この記事はあくまでも個人的な見解であり、意見を皆様に押し付けるようなものではありません。また、筆者の主観を多く含みます。この記事を読んだらぜひ、ご自身の意見を考えてみてください。この記事がその助けになれば大変嬉しいです。

(※できるだけ分かりやすい言葉選びを意識していますが、PC初心者の方はGoogleと仲良くしていただけると一層楽しめると思います。)


●実際に高温のノートパソコンを見てみよう

2022年現在多数の薄型高性能ノートが出回っており、そのほぼ全てはCPUのフルロード時温度が80度以上に達します。90度以上に達するものも珍しくありません。

これがデスクトップPC環境と比べると明らかに高い数値であるのは間違いなく、「薄型で高性能」という互いに反するような要素を組み合わせたパソコンの宿命でもあります。

例を挙げてみましょう。

・Razer Blade

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(画像はRazerより引用)

Razer Blade 15 2022 vs. Blade 15 2018: Four years of accumulating improvements
上記のNotebookCheckサイトによると、2018年モデルでは平均94度に達しており、十分に高い温度と言えます。
一方の2022年モデルでは、Razerがファンノイズを抑える方針に変更したようで、厳しいTDP制限をかけ平均84度と抑えめにはなっています。

しかし、それでもデスクトップ環境と比較すれば高い温度と言わざるを得ないでしょう。

・Apple MacBook Pro 15(2019, intelモデル)

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(画像は2017年モデル)

最大5GHzのCore i9搭載Mac最速ノート「MacBook Pro 2019 15インチ」“特盛モデル”を徹底検証(43/45)
PC WtachがレビューしているMacBook Pro 15インチ(2019)の温度です。高負荷時にCPU温度が95度に張り付いていることが見て取れます。

実はこれでも温度を低く抑えている方で、私が所有していたMBP 15 Retina Late 2013(4850HQ)とMBP 15 2017年モデル(7920HQ)は99度に張り付き、中でも7920HQはファンの速度が温度に追いつくまでの間、100度超えを記録します。

IntelのCPUは通常、最大温度が100度とされているので、正常動作する範囲では世界で最も熱いノートパソコンです。

他にも、XPS15やAero 15、Zbook Studioなど、CPU温度が90度以上に達する薄型高性能ノートパソコンは無限に存在しますが、今回は上に挙げた二点に焦点を当てます。

(余談ですが、MacBook ProのIntelモデルは温度制限のみでCPUの性能を制御していることが多く、この場合、TDP制限が撤廃されています。)


●では、本当に高温が故障を招くのか

まず、Razer Bladeの例をみていきましょう。
Razer Bladeの2014年モデルでは、不十分な温度管理が起因とされている故障が多く発生しており、実際に4Gamer.netのレビューユニットもレビュー中に故障を引き起こしています。

「Razer Blade(2014)」ファーストインプレッション。ついに日本へやってきたRazer印のノートPCは薄くて熱い!?

このページの本文内では、以下ようなことが述べられています。

戦闘を開始してしばらく経つと,画面表示がぐちゃぐちゃになり,サウンド出力にけたたましいノイズが乗ると同時にシステムの応答が完全に停止するという,見るからに熱暴走という症状が発生。それでもめげずにいったん電源を落として再起動してのテストを試みたところ,最後はBIOSのPOST画面すら表示されなくなり,電源ボタンを押してもファンが一瞬回ってすぐ止まり,また回転してすぐ止まる……という状態に陥ってしまったのだ。有り体にいうとご臨終である。

レビューユニットは多くのレビュワーによって酷使された可能性は否定できませんが、それでも実際に熱によってマザーボードのなんらかのコンポーネントが破壊され、動作不能に陥ったと想像するのは難しくありません。

当時珍しかった薄型ゲーミングノートがこのような惨状であれば、間違いなく話題に上がり、「薄型高性能ノートパソコンは熱で壊れやすい」という認識が広がるのも無理はありません。

(これまた余談ですが、筐体が熱いからこのノートパソコンは高温で、故障しやすい。と言う意見は流石に短絡的であると言わざるを得ません。そもそも筐体の材質によって熱伝導率は大きく異なる上、筐体に熱を逃す(のを許容する)か、熱が逃げないようにするとしても程度の問題があり、ここにはメーカーの設計思想が色濃く反映されます。触って熱いと言う分かりやすい要素があるので、気持ちはわかるのですが...)


●当時のRazerが高温動作を前提とした設計に慣れていなかった可能性

それでは、実際にCPU温度が高いだけで引き起こされた問題と言えるでしょうか?

ノートパソコン業界から見れば、Razerは2011年に初めて17インチのRazer Bladeを投入したのを機に参入した企業で、4Gamer.net記事登場時のRazerは、いわばノートパソコン業界の新参企業です。
そんなメーカーが初めて作った超薄型ゲーミングノートの14インチモデルがRazer Blade 14(2013)であり、4Gamer.netの記事で登場しているのはその二世代目に当たるものでした。

二世代目では、GPUが前世代のGTX 765MからGTX870Mにアップグレードされ、GTX 870MのTDPは1.3倍以上に膨れ上がっています。無理をした設計であるのは言うまでもない上、設計を行ったのは超薄型ノートパソコンを作り始めて2年目の企業です。

私は、当時のMacBook Pro 15 Retinaクラスの筐体にCPUとGPU合わせて140w近いTDPを捌き切り、それを想定したコンポーネントの採用、設計の十分なノウハウが当時のRazerになかったのではないか、と考えています。
当時のRazer Bladeに対する私の印象は、「詰めが甘い(Razerにとっての)初代薄型ゲーミングノート製品」です。

初代製品やフルモデルチェンジした製品は、どんなに開発費用をかけて、どんなにノウハウを持っている企業であったとしても、多くの失敗やリコールを出すことがあります。あのAppleですら、2016年にフルモデルチェンジをしたMacBook Pro 2016で、バタフライキーボードや新設計ヒンジによるディスプレイケーブルの破断など、とても大きな問題を抱えていたことを覚えている方は少なくないでしょう。

つまり、「薄型高性能ノートが高温で壊れやすい」という印象を広めてしまったこの騒動は、該当するRazer Bladeだけの問題であり、「他の薄型高性能ノートもRazer Bladeと同様に高温だから、故障しやすいだろう」と2022年現在においても断定するのは間違いなく早合点です。

次項で詳しく説明します。

●高温動作を前提とした設計を行えば故障しないのか?

前項で説明したように、CPUの高温動作だけが故障を引き起こすわけではなく、「CPUの高温動作とその想定が不十分な設計、この二つが合わさって初めて故障率が上がってくる」と私は考えています。

実際の例を見つつ詳しく解説します。

Razer Blade 14インチラインは2018年にフルモデルチェンジしており、筐体設計が大きく変更されました。このモデルでは、ヒートパイプの代わりにベイパーチャンバーが採用され、より冷却に力を入れていることが見て取れます。
しかし、前述の通りモデルチェンジした後も実際のCPU温度は90度を超え、前世代となんら変わりがありません。実は、向上した冷却能力はこのモデルで採用された新しいCPUの発熱増加に相殺されてしまっているのです。

2018年モデルで採用されたi7 8750Hはモバイル向けCore iシリーズで初めての6コア12スレッドであり、従来通りのTDP45Wに収めるためには低いクロックまで落とさなければなりませんでした。
そのため、増えたコア数の性能向上をそのまま享受するには、4コア時代とは比べ物にならない発熱を覚悟しなければいけません。


少し脱線してしまいましたが本題です。

では、旧モデルと同じようにCPUが高温で動作このモデルでは、前世代と同様に熱による故障が頻発するでしょうか。

その答えは否です。

まず、Razerは2018年時点で初代のRazer Bladeをリリースしてから7年、初代Razer Blade 14からは5年の歳月が経過しており、薄型高性能ノートを高温で動作させるための設計に対するノウハウを確実に蓄えています。

そして、実際に2018年以降モデルの動作不良中古品をEbayなどで検索しても、マザーボード故障による動作不良製品はほとんど出回らず、不良製品として出回っている中でもその多くがディスプレイ故障やバッテリー故障です。

さらに、これは体感レベルの話になってきますが、2017年以前のモデルはかなりの年数が経っていることを考慮しても、2018以降のモデルはEbayで見る限りそもそもの不良品流通数が少ないのです。
私は多数のレビュワーによるRazer Blade 15(2018以降)のレビューを見てきましたが、過去の例のようにレビュー中に故障したことはおろか、長期レビューを見ても、以前よりも確実に信頼性が向上していることが見てとれます。

今は2014年ではなく、2022年です。情勢の変化が激しいこの業界において、8年間の変化は小さくありません。



そして何よりも分かりやすい事例があります。MacBook Proです。

MacBook Proの例を見ていきましょう。
MacBook ProシリーズはCPUの温度を動作できる限界ギリギリの100度まで許容する代わり、静かでできるだけ高い性能を保ち続ける、という設計思想があります。

「プロセッサを冷却し低温に保つ」Windows勢とは大きく異なり、MacBook Proシリーズにおける冷却ファンの扱いは「大前提として静穏性が最重要であり、その中で冷却ファンを回すことによって少しでも性能を稼ぐ」と言うものであると、私は推察しています。

その冷却設計の思想において、Windows勢のように「プロセッサの温度の抑える」という考えは存在しないとすら言えるでしょう。結果、MacBook Proが世界一CPUが熱く動作するノートパソコンとなることは考えるまでもありません。

そして何より、Appleは少なくとも私が所有していたMacBook Pro 15 Late 2013の時点でその冷却思想を採用しており、2017年モデルでも同様、前述した記事の通り2019モデルにおいても同じ考えが通用します。
つまり、Appleはこの熱を限界ギリギリまで許容する冷却思想を、少なくとも6年間は続けているのです。

 
一部の読者さんはもうお気づきかもしれませんが、もう一度同じ質問をしましょう。

MacBook Proの15インチシリーズはBlade 2014などと同様に熱による故障が頻発するでしょうか。

言うまでもなく、答えは否です。

通常のノートパソコンユーザーと比較して、MBPユーザーは高負荷な作業をするユーザーが多いことは想像に難しくありません。

そうなれば、CPUが99度に達する限界ギリギリの高温で使用され続けるMacBook Proは世界に数多く存在することになります。その数はRazer Bladeの数倍、下手したら十倍を超えるかもしれません。

CPUの高温動作だけが故障率に直結しているなら、間違いなく世界で一番高い温度で動作するノートパソコンであるMacBookはロジックボードの故障が多発し、市場にはマザーボード故障の不良在庫で溢れかえっているはずです。

そうなれば、MacBook Proの信頼は確実に失墜し、過去のRazer Bladeのように「見た目はいいけど壊れやすい」というレッテルが貼られることになります。

しかし、実際には全く逆の状況と言えます。
MacBook ProシリーズはAppleが文字通りプロを想定して作ったモデルで、その高い信頼性はユーザーの誰もが身をもって体感しているはずです。

世界で一番高温で動作するにも関わらず高い信頼性を誇るMacBook Proは、Appleが長年高温動作でも信頼性の高いノートパソコンを作り続けるパイオニアであることを、身をもって証明しています。


●結論

半導体の温度が低いに越したことはありません。

ただし、ノートパソコンの現実的な運用年数の範囲内おいて、薄型高性能ノートパソコンのCPU温度が高いだけで故障を招くとは考えにくいと、私は考えます。

Razer Blade (2014)のように、信頼性の問題を抱えた製品が存在したのは紛れもない事実です。しかし、それが単純にCPU温度が高いだけで起きることではない、ということを頭の片隅にでも入れてくだされば嬉しい限りです。

2022現在、Appleはintel CPUの採用をやめましたが、その他多くの企業は何世代にもわたる期間で得たノウハウを元に、高温で動作することを想定し設計した薄型高性能ノートパソコンを作り続けています。
少なくとも、老舗メーカーが出す薄型高性能ノートパソコンにおいて、高い温度に対して過度に神経質になる必要は無くなりました。

制御された墜落は、被害を出さないのです。

この記事は以上です。お読みいただきありがとうございました。
陰ながらも、より良いノートパソコン製品が増えること願っています。


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