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ただ歩くことから——自分の全身を使って考える(2024年度「キュレーションのマテリアル:歩行・言葉・映像」)

2020年3月に太田市美術館・図書館を退職してから、「キュレーター」という肩書きを自覚的に使うようになった。というのは、「学芸員」は、その有資格者であるかどうかというより、博物館(美術館を含む)に勤務しその業務にあたっている人間について言う場合が一般的だろうと思う。博物館等に所属せず展覧会を企画する人が自身を「インディペンデント・キュレーター」と名乗ることはあるが、「インディペンデント学芸員」や「独立型学芸員」という言い方はしているのは聞いたことがない。なんとなく、日本/日本語では、「学芸員」と「キュレーター」についてそういう「棲み分け」をしている(つまり前者は博物館等の組織に属しており、後者は属していない。もちろん、それ以外にも業務的な差異もある)、ということと思いながら、自分自身、そのような慣例にならって、「キュレーター」という言葉を使ってしまっている。

さて、2024年5月11日(土)の説明会をスタートとして、6月2日(日)、6月23日(日)、7月14日(日)、9月1日(日)と、「キュレーションのマテリアル:歩行・言葉・映像」と名づけた講座を、東北芸術工科大学の[温泉地を舞台にした持続可能な「アート&ウェルビーイング」人材育成プログラム]の一環として開講することになった。

この講座は、文化庁が「大学における文化芸術推進事業」と題し、「大学の有する教員,学生等の人材,教育研究機能,施設・資料等の資源を積極的に活用したアートマネジメント(文化芸術経営)人材の養成プログラムの開発・実施を補助し,開発されたプログラムを広く他大学等に周知・普及させること。また,新進芸術家等の人材が技術を磨いていくために必要な舞台公演や創作及び発表などの実践の機会や,知識を身につける場を提供することで,我が国の文化芸術の振興を図ることを目的」として行なっている事業で、要するに、文化芸術に関する大学ならではのユニークなプログラムを開発し、広く公開し、学内にとどまらない国内の文化芸術の振興につなげる、というものだ。

採択を受けた東北芸術工科大学では、以下の4つの講座を開講予定で、私はそのうちのひとつ「キュレーションのマテリアル:歩行・言葉・映像」という講座のコーディネーターを担当している。

2024年度に展開する4講座
①キュレーションのマテリアル:歩行・言葉・映像
②「ざおうラジオ〜トレッキング&ヒアリング〜」蔵王を舞台にした、ツーリズムラジオコンテンツの制作
③まちのおくゆき 〜ことばとからだの温泉ダンスワークショップ〜
④現代山形考 ─山とうたう─『忘れられた歴史の記憶を掘り起こす』

https://www.tuad.ac.jp/news/events/20542/

「キュレーションのマテリアル:歩行・言葉・映像」の講師は、ビデオグラファーの岡安賢一さん、詩人の管啓次郎さん、デザイナーの平野篤史さん、アーティストの大和由佳さんの4名。
講座内容としては、以下の通りである。

日本有数の温泉地である蔵王温泉(開湯西暦110年)を舞台として、アーティスト、キュレーター、詩人、デザイナー、ビデオグラファーを講師に、複合的な方法を手がかりにしてアートプロジェクトのキュレーションを学ぶ講座です。

「みちのおくの芸術祭 山形ビエンナーレ2024」のプロジェクトのひとつ「ひとひのうた」では、温泉地を舞台とすることに加え、同地が日本の近代文学を代表する歌人・斎藤茂吉と縁の深いことから、この地域で注視すべき文化芸術として短歌=「うた」(言葉による表現)からインスピレーションを受け、内容を設計しました。本講座では、温泉地(地域・土地)を歩くこと=「歩行」、歩くことを通してその体感や発見を言葉にすること=「言葉」、さらにはその発見を写真や映像を通して撮影・記録すること=「映像」を、アートプロジェクトのキュレーションにおいて重要な「マテリアル」(素材)と捉えます。

ある土地に赴き、自らの身体を通して感じ、見つめることからはじまる、地域の歴史・風土に根差したキュレーションの創造的なありかたを学びます。

https://www.tuad.ac.jp/news/events/20542/

この講座だけではなく、全4つの講座は、東北芸術工科大学が今年の9月1日から9月16日まで実施する「みちのおくの芸術祭 山形ビエンナーレ2024」とも関わっていて、受講生は、最終的にその成果発表を「みちのおくの芸術祭 山形ビエンナーレ2024」で行うことになっているのだが、では、「キュレーション」とは何か?という話をすると、これはなかなかややこしく、講座内容に興味をいだいたとしても、そういうことが自分にできるのだろうか?と思われる人もおられるのではないかと思う。

「キュレーション」とか、「マテリアル」とか、横文字をつい用いてしまったが、この講座でとても大切にしたいのは、「自分の全身を使って考える」ということだと考えている。

展覧会であれ、アートプロジェクトであれ、キュレーションする(企画する)となった際、まず、頭で考えるという人が比較的多いのではないかと思う。現在の美術、視覚をはじめとする文化芸術、社会現象、自然、環境、歴史…などなどに対するリサーチを丁寧に行い、思考を深めながらつくっていく展覧会がある。他方、ある空間に対する作家や作品のイメージが先に生まれ、そこから内容を具体的に組み立てていくという人もいると思う。

「キュレーションのマテリアル:歩行・言葉・映像」では、まず、歩くことを重視する。頭で考えることは、何かをキュレーションをするうえで、事後的にとても大切になってくるのだが、それは今回あくまで事後的なものとして捉え、ただ、歩くことからはじめたいと思っている。

ある土地を歩く。自分の足を使って、歩いてみる。自転車でもなく、自動車でもなく、自分なりの歩くスピードで、ぶらぶらする。歩いていると、だんだんと身体が熱くなってくる。上着を脱ぐ。風がそっと吹いて、その気持ちよさにふれる。遠くに何かが見えるな。なんだろう。ちょっと行ってみる。先を見たり、上を見たり、下を見たり。キョロキョロ。ときどき立ち止まって、気になる風景の写真を撮ってみる。なんでそれが気になったのか、ちょっと言葉にしてみる。人と会って、直接話を聞いたり、あるいは知らない人たちの会話に耳をそばだててもいい。

そうして、ある土地での出来事を、自分の身体全身でむかいいれようとしてみる。繰り返すと、だんだんとその土地のことがわかってくるかもしれない。あんなところがあるな。こんなところがあるぞ。いったいこれはなんだろう?

けれども、時間が違えば、季節が違えば、むかいれられるものも違うだろうし、第一、自分自身の気分も違う。自分の身体と、その土地との関係は、一対一というよりも、もっと複雑な、自分の身体自体についての認識とともに、その土地との一様ではない関係として、だんだんと立ち上がってくる。

文献等でのリサーチはそのあと。まず体感からはじめてみる。

そういうところから、「キュレーション」という行為を考えてみたい、ということが、「キュレーションのマテリアル:歩行・言葉・映像」の発端にあって、さらにその起源へと向かおうとすれば、今回の講師の方々の仕事・作品にたどりつく。

岡安賢一さんの映像。
管啓次郎さんの詩・文章。
平野篤史さんのデザイン・アートディレクション。
大和由佳さんのアートワーク。

それぞれのまなざしと方法をもって、ある土地・場所・空間にまっすぐに向かい合う人たち。(*)

「キュレーションのマテリアル:歩行・言葉・映像」は、そういう人たちとともに、今回は、蔵王温泉(山形県山形市)という場所で、全4回の講座として開講されます。

応募期限は、明日5月3日(金)の昼12時〆切と直前に迫っていますが、ぜひ、ご興味のある方々とご一緒できれば嬉しいです。


このプログラムの発想は、山形ビエンナーレ2024へご参加いただく、シンガーソングライターの前野健太さんのお仕事や考え方からの影響も色濃いと感じています。

前野さんのお仕事に強い敬意をいだきつつ、ここにその自覚の表明をさせていただきます。


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