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私家版写真集『flows』について(note版)

写真集を作った。作ったと言っても、写真を撮ったのは私ではなく、デザインをしたのも私でもない。私はそういう具体的なことは何もできない。どなたかにお願いして、その物事に関わっていただいて、作っていただく、ということしか私にはできない。

著:小金沢智、写真:吉江淳、アートディレクション・デザイン:平野篤史『flows』2022年3月

これまで、写真集を作ろう、と思ったこともなかった。2021年12月10日、父が亡くなって、ここ数年ほとんど実家に帰らず、数年来病気の父と会わなかった私の後悔から、「父の葬儀の1日の写真を撮ってもらいたい」と思い、ほとんど無理やり写真家の吉江淳さんにお願いし、お引き受けいただいた。その写真が、とてもよかった。とてもよかった、と言うのは、そこには自分が写っているのだけれど、自分でないような気がしたということも、大きな理由であったかもしれない。


撮影:吉江淳
撮影:吉江淳
撮影:吉江淳

その「自分ではないような気がした」ことの一因に、吉江さんによる全378枚の写真の中に、私がお願いした範疇の「葬儀の1日」を超える光景が含まれていたことも大きかっただろう。「私の実家」の群馬県前橋市の、そして「父の実家」の群馬県南牧村の風景が、そこには写しとられていた。

写真:吉江淳
写真:吉江淳

「自分ではないような気がした」にもかかわらず、「実家」という「ある固有の場所」に対して切実さを感じるというのは、矛盾しているのだが、なかなか自分の感情を律するというのも難しい。

写真:吉江淳

これは群馬県前橋市の斎場の写真。空が青い日だった。斎場というのは行政の施設なのだと、このとき初めて知った。

写真:吉江淳

写真集は、内容が内容なので、ここにアップすることのできない写真の方が多い。実際は、実家、葬儀式場、斎場、さらに斎場から戻ってきた実家での様子などが、(亡くなった父の顔も含めて)、写真集には収められている。

写真:吉江淳

写真集を作るにあたっては、平野篤史さんにデザインをお願いした。吉江さんと平野さんは、私が太田市美術館・図書館に勤めていたときのご縁で、とてもお世話になった方たち。お二人との仕事は、それだけではないのだけれど、2021年には、私がディレクションという格好で、「HOME/TOWN」という展覧会をしたとき、吉江さんに出品いただき、平野さんに広報物・造作物・カタログ等のデザインをしていただいた。

太田市美術館・図書館開館3周年記念展「HOME/TOW」(2021)
アートディレクション:平野篤史(AFFORDANCE)

「故郷」とは、どこにあるのだろうか? 私の「実家」は群馬県前橋市にあり、ただ、県内の太田市に勤めていたときも帰省することは多くなかった。これも後悔のひとつだが、そのことが、太田で関わった吉江さんと平野さんへのお願いに繋がったという単純なことではなくて(とはいえ「土地勘」はなきにしもあらずかもしれないが、吉江さんこそ群馬県内在住であるものの、平野さんは違う)、おふたりが私にとってとても信頼する写真家でありデザイナーであるということだった。吉江さんがとてもよい写真を撮ってくださったので、これは写真集にしなければならないと思ったとき、平野さんにお願いができればと思ったのだった。

写真:吉江淳

話はまったく変わるのだが、キュレーターという仕事上、「その作品・仕事のコンセプトは何か」ということをよく考えるし、(不遜にも)尋ねたりもする。相手はアーティストあるいは職場の学生が中心だ。つまり、何がその作品の核にあるのか、ということを聞くのだが、はたして自分がこの『flows』を考えてみたとき、明確に答えることが難しい。
「父が亡くなった」「写真を撮ってもらいたいと思った」「写真を撮ってもらった」「その写真がよかった」「写真集を依頼した」「その写真集がよかった」という、あまりにも「ざっくり」とした「感情」しかそこにはないように思える。それは「コンセプト」未満の「動機」である。
そして、周囲から見れば、「亡くなった父」の「葬儀の1日」を写真家に撮ってもらい、デザイナーに写真集にしてもらうということは、よほど、父への想いがあるとか、死ということ自体に関心があるとか、そう思われるかもしれない。とはいえ、必ずしもそうとは言えない、というところに、今回のこの写真集『flows』の難しさがある(と思っている)。どちらも間違いではないが、それだけではない。でもその形は私にとってまだ、はっきりとしていない。

写真:吉江淳

2022年8月19日・20日と、東京の蔵前にあるiwao galleryで、「『flows』を見る/読む」というイベントをさせていただくことになった。『flows』は、私家版といっても印刷費を検討した結果、50部制作しており、家族・親族に渡すだけではなく、信頼する方々に見ていただくということを行っていた。その中で、ギャラリーの磯辺加代子さんに、この写真集を見る場を作ってはどうかと声をかけていただいたのだ。iwao galleryは、磯辺さんのお父さまの名前「巖」(いわお)から名付けられているといい、そのような「父」を巡る縁も感じている。貴重な機会を、ありがとうございます。

私にとってこの催しは、「展覧会」という位置付けではなく、「自主企画」。あまりに私的なものなので、展覧会と位置付けることが憚られた。そのため会期も2日間と短いが、写真集と、吉江さんの写真も数枚会場に展示させていただく予定で、サイズや額装をどうするかなども、吉江さんとご相談の上決定した。

『flows』を見る/読む
日時:2022年8月19日(金)午後1時~6時、20日(土)午後1時~5時
会場:iwao gallery(〒111-0051 東京都台東区蔵前2丁目 1−27 2F) 
入場:無料・予約等不要
主催:小金沢智
協力:磯辺加代子(iwao gallery)、岡安賢一(岡安映像デザイン)、谷口昌良(空蓮房)、野口忠孝(ターデス株式会社)、前野健太、平野篤史(AFFORDANCE)、吉江淳(吉江淳写真事務所)

https://www.koganezawasatoshi.com/flows_event2022.html

初日の19日(金)には、私と吉江さん、平野さんによるトーク、そしてシンガーソングライターの前野健太さんをお迎えしてイベントの「『flows』をめぐって」も行う。お申込は既に締め切っているものの、後日、岡安賢一さんによる映像と、西澤諭志さんによるスチル写真を公開する。皆さん、私が尊敬する方たちで、このようなとても個人的な動機から始まっている催しに関わっていただけることが何より嬉しい。

『flows』は、私にとって非常に個人的な写真集だが、こうして人に見ていただくこと、多くの人に関わっていただくことで、私個人からだんだんと離れていくという感覚がある。それはつまり、『flows』が「私の父」の「葬儀の1日」ではない複数性を持つ何かへと、変わる可能性があるということかもしれない。そうであるといいなと思う。

会場には10冊ほど写真集を持っていき、ギャラリーの各所で自由に見て、読んでいただきたいと思っています。私は常にいますが、どうかお気兼ねなく、ご来場・ご鑑賞ください。

そして、よろしければ『flows』についてのご感想をいただけたらありがたいと思っています。

『flows』を見る/読む
https://www.koganezawasatoshi.com/flows_event2022.html

私家版写真集『flows』について
https://www.koganezawasatoshi.com/flows.html

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