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再録:10年前の、そして、また10年後の私(たち)へ

今から10年前の2013年3月16日、「櫂」(かい)というタイトルで開催された2012年度武蔵野美術大学大学院日本画コース修了制作展(佐藤美術館)に合わせて、シンポジウム「2023年、私たちはオールを漕ぎ続けているか?」が行われた。今回の展覧会「寄港 - UW」にとって、 このシンポジウムは欠かせない出来事であるため、まず、このことから話をさせてもらいたいと思う。

さらに半年ほど遡る2012年7月24日、1通のメールを受信したことから私との関わりは始まっている。差出人は武蔵野美術大学大学院日本画コース修士課程2年に在籍していた福岡しの野さんで、来年3月、佐藤美術館(新宿区大京町)で修了制作展を開催する予定があり、その会期中予定しているイベントにゲストとして参加してもらえないか、ついては、もし可能であるならば秋頃に大学のアトリエに来て作品を見てもらいたい、という内容だった。イベント班だという福岡さんをはじめとする学生はもちろん、当時の私はムサビの教員の誰とも関わりがなかったため、驚いたが、なんと、そのメールのちょうど1週間前、東北芸術工科大学(山形県山形市)の大学院で私が特別講師として行った講義をわざわざ聴講しに来ていたのだという。当時29歳だった私は、年の近い20代半ばの彼らを、学生というよりも同じく美術を志す同志という気持ちで、その熱意に感応し、イベントの出演を快諾した。

そして、アトリエを訪れ、メールでのやり取りを行い、決定した「2023年、私たちはオールを漕ぎ続けているか?」というタイトルは、展覧会のタイトルが「櫂」(つまり、船を漕ぐための 「オール」)であること、そして、学生たちの希望するシンポジウムの大きなテーマが「今後自分たちがどうアートと生きていくのか」であり、その上で、「10年後ぼくたちは生きていけるか」「10年後ぼくたちはどうあるべきか」「10年後に求める、ぼくたちの在り方」というタイトルが候補として挙げられる中、私から展覧会名の「櫂」をいかすかたちで提案したものだった。大学院修了を目前に控え、これから私たちはどのように生きていくのか、という問いは切実で、あまりに現実的だ。展覧会に出品する14名の学生(伊藤志帆、岩月梨紗、桑原理早、キムジョンヨン、齋藤彩夏、佐藤希、柴田碧、鈴木健太、高橋智美、チェヨンス、西野由璃子、福岡しの野、 宮嵜麻理子、森矢かおる)は、それぞれが、自分ごととして考えなければならない。

一方、当時世田谷美術館で5年任期の非常勤学芸員を務めていた私自身にとっても、10年後はあまりに不確かなものだった。そう、その問いは、学生たちに向けられたものであると同時に、私自身にも同様の厳しさをもって向けられたものであり、その意味で、私と学生たちは、作家と学芸員という立場は違うにせよ、同志として共有・検討することのできる課題を持っていた。学芸員/評論家のゲストが自分より若い作家に対して一方的に何かを説くのではない、ともに考える場を作りたかった。

とはいえ、今振り返ろうとすると、シンポジウムについての記憶は断片的で、けれども、ひと段落しての質疑応答の際、(当時、私としては初対面の)山本直彰先生から、必ずしも絵や展示を続けてなくたっていい、休んだっていいんだ、という言葉があったことが、このシンポジウムでのとても大きな財産だったのではないかと、私は思っている。そう、「2023年、私たちはオールを漕ぎ続けているか?」と問いながら、「絵を続けること」に、体や心がしばられ過ぎてはならない。生きることは、生活をすることは、絵だけ、ではない。絵は、美術は、芸術は、生きることとともにあって、ともすれば、すべてをそこに注ぐということもあるわけだが、そのありようは人それぞれであって、なにが「正しい」というものではない。その「成功」とはなにか。しかし、何かのとき、絵がある、ということが救いになる、ということがあるだろう。私たちは、私という個人のなかで、絵との関係を結んでいく。

さて、それから10年後の2023年10月に開催される「寄港 - UW」は、当時の修了制作展に参加していた5名が、「2023年、私たちはオールを漕ぎ続けているか?」を念頭に、この年の開催を目指し、数年をかけて準備をしたものだ。伊藤志帆さん、桑原理早さん、柴田みどりさん、鈴木健太さんが作品を展示し、高橋智美さんが展覧会運営(サポート)を行なっている。言うならば、修了制作展をともにするメンバーというのは、たまたま、同級生であったという間柄で、作家としてのテーマや方向性を共有しているわけでは決してない。それはつまり、展覧会としてのまとまりという点で、難しさがあるということを意味してもいるわけだが、今回、そういうことは、 私としてはどうでもいいことだと思っている。

あるとき、ある場所を共有していたということ。アトリエに行けば、誰かがいて、あるいは誰かの作品や気配があって、お互いがお互いをなんとはなしに意識していた、そういう時間がかつてあった。だが、それから10年が経って、そういう環境・状況は失われてしまって、いま一度、展覧会として、ギャラリーであいまみえる。変わったことが当然あり、あるいは変わらないこともあるかもしれない。わからない中で、彼らは今回、ポツポツと、対話を重ねることから始めたのだと思う。そして、作品をともに並べてみる。そこに、10年が、それぞれの人間が、どこかに向けてオールを漕ぎ続けてきた時間(そこには、「休む」ことも含まれているだろう)が、あらわれることを望んだのかもしれない。

いわば「同窓」の仲間達によるこの展覧会は、とても個人的なものだ。今の時代の美術に対する、なにかのメッセージを発信するというものではない。しかし、それでいいのだと思う。少なくともこの展覧会は、それでいい。展覧会名には、10年前の「櫂」を経ての現在を彷彿とさせるように、 「I wish you a pleasant voyage」(「ご安航を祈る」)という副題がついている。私(たち)は、いつか死ぬまでは、生きるしかない。そうして生きていく中で、かつて、誰かと、何かをたまたま共有していたことが、その先を見つめるときの灯火となって、いつかの「私」を勇気づけるかも しれない。

本展「寄港 - UW」は、ひとまず、10年前の私(たち)からのメッセージに、現在の私(たち)が応答するようにして開催される。その応答は、また次の10年を、すなわち、また次の時間を、そしてまた次の場所を、私(たち)に用意するかもしれない。それが例えバラバラであったとしても、私(たち)が、あなた(たち)が、安全にこの世界を生きていくために。願いのようなものとして。

小金沢智
キュレーター/東北芸術工科大学芸術学部美術科日本画コース専任講師/武蔵野美術大学造形学部日本画学科非常勤講師。
世田谷美術館(2010 - 2015)、太田市美術館・図書館(2015 - 2020)の学芸員を経て2020年4月より現職。1982年、群馬県前橋市生まれ。2008年、明治学院大学大学院文学研究科芸術学専攻博士前期課程修了。「現在」の表現をベースに据えながら、ジャンルや歴史を横断するキュレーションを得意とする。

*以下の展覧会のために執筆。会場掲示、及び、伊藤志帆、桑原理早、柴田みどり、鈴木健太の10年間を振り返るテキストとともに、印刷・配布が行われた。レイアウトは、高橋智美。

展覧会
「寄港-UW」〜I wish you a pleasant voyage.〜
出品:伊藤志帆、桑原理早、柴田みどり、鈴木健太(2012年度武蔵野美術大学大学院日本画コース修了生4人による展示)
会期:2023 年10 月26 日(木)~ 10 月31 日(火)
開場時間:11時~18時[最終日は17 時まで]
休廊日:無休
入場料:無料
会場:アートスペース88
〒186-0004 東京都国立市中1-9-66
*JR中央線国立駅南口より徒歩3分
Instagram:https://www.instagram.com/kikou_uw/

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