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悪魔の風の軌跡

 ディアブロ山から吹きすさぶ猛風が山火事の煙と炎を巻き上げ、雷雲を生み続けている。絶え間なく降りそそぐ稲妻と火の粉は、今日も原野のどこかで新たな火災を引き起こす。投入された消防士は2週間で6千人を超えたというのに、制圧率は上がらない。
 ゾーイはスコップを地面に突き立て、防火グローブの指先で腕時計の煤を拭った。
 午後3時、気温49度。
 軽くなった水筒で喉を湿らせる。
 新米のゾーイを含む受刑者消防隊70名が前線基地に入って8日。森林保護防火局の隊員たちと低木を切り、枯草を取り除いて伸ばしつづけた防火帯は、ひとまずの完成が見えてきた。町に延焼しようとゾーイにはどうでもいいが、塀の外に出る手段はこの仕事しかない。
「燃えてるぞ!」
 不意に誰かが叫んだ。ざわつく隊員たちの視線を追うと、50メートルほど向こうにいる ”フレイム・ウィル” のひとりが燃えていた。飛び火で身を焼かれてもなお祈りの姿勢を崩さず、数十人いる信者たちは助けるそぶりすら見せない。山の炎が罪と穢れを赦すと本気で信じているのだ。
「自殺志願者が!」
 毒づき駆けていくホースクルーの背中を、ゾーイは冷静に眺めた。ディアブロ山一帯の炎を神聖視する赤頭巾姿の集団は、今回の山火事でもあちこちで目撃されている。避難命令に従わないので疎まれているが、兄を探すには都合がいい。

「ロブの馬鹿が、自殺するかも」

 半年前、一度だけ面会に来た母の言葉が頭の中に響く。
 ゾーイの服役中にフレイム・ウィルがネットで生まれ、感化された兄は姿を消したという。兄は聡明だ。腑に落ちない部分もあるが、”死ぬ前に聞き出す”、ここは母と利害が一致した。
「航空支援? 聞いてないぞ」
 消防士長の声とジェット音が、ゾーイの思考を遮った。見上げた瞬間、エアタンカーが分厚い煤煙を切り裂きながら現れ、赤頭巾たちの上空で透明な液体を散布――爆発的な閃光に目がくらむ。
 灼けるような突風は、ガソリンの臭いがした。

(続く)

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