見出し画像

【読書記録】鹿の王 上下巻

おもしろかった。すごい、これは児童文学なのか?
作者は、上橋菜穂子さん。名前は知っていたけど、長いシリーズものだったから手が出せていなかった。「鹿の王」は上下巻だからいけるかなって読み始めたら、2日間であっという間に読み切れた本だ。

この方の読んできた本もすごい。文化人類学者かぁ。だから、この本も森の中の描写がきれいだったり、香りの感じ方、人の体の中と社会の共生というテーマのコラボを思いつけたのだろう。それを物語におこすって……かなりの労力。「鹿の王」は3年かかったという。文庫版も出ていて4冊になっている。

内容は、現代で言うと医療系ミステリーなのかな?でも、この時代背景とか考えると、医療というよりも医術か。狼に噛みつかれた男ヴァンと黒狼病から生き残った少女ユナが旅をする物語。かたや黒狼病を治す薬を開発している男ホッサルと助手の女ミラル。国の名前や人の名前がわかりにくいけど、だんだん慣れてきた。

気になったポイント

全世界で流行したコロナ。あの時を経験した今だからこそ、この物語を読むとおもしろいって思えたのだ。そもそも病気というものの正体って何だろう?そんな疑問をもったから。

「生き物はみな、病の種を身に潜ませて生きている。身に抱いているそいつに負けなければ生きていられるが、負ければ死ぬ」
ため息をつくように、祖父は言った。

鹿の王 上 p10

少年と祖父の会話からスタートした物語。
この時点では、この少年が誰かは明かされていない。気になる所がから始まるのだ。光る葉っぱピカ・バルも、最後にちゃんと繋がっていく。

黒狼熱は黒狼こくろう山犬オッサムに嚙まれることで罹る病ですが、もっと恐ろしいのは、病んだ獣や人を噛んだノミやダニなどが、病を運んでしまうことなのですよ。

鹿の王 上 p96

病が広がる前に何とかしたいと願うのが人情。
だからこそ、薬の開発をすすめていくチームがいる。これには、時間がかかるし、検体もいる。そこから弱毒薬をつくって注射する。しかし、この物語の世界には医術よりも祭司の祈りを信じる国もあった。

そなたは、異教の徒ゆえ知らぬだろうが、天ノ教えを忠実に守って暮らしている者は、たとえ、犬に嚙まれようとも、狂犬ノ病などには罹らぬ。なぜなら、狂犬ノ病とは獣の魂に穢された者が罹る病だからだ。

鹿の王 上 p279

だから、注射なんてもってのほか!こんな人も存在している。ただ、だんだん遺伝の話になってくる。アカファ人には、もともと耐性がありそうだけど、他の民族は病にかかりやすいとわかってくる。だんだん戦争のような雰囲気になってくる。そもそも何でアカファ人は大丈夫なのか?病を戦争に使うなんて許せない!いろいろな思いが交差しつつ、アカファ人の住む土地にヒントがあるかもしれないと、どんどん話はすすんでいく。

「なぜ、人は病むのだと思う?」
………
「とても大雑把に分けるなら、病の原因はふたつある。
ひとつは、君がいま言ったみたいに、何か病の原因となるものが外から身体に入ってきて起こる場合。もうひとつは、自分の身体そのものが原因で病む場合。
大事なのは、このふたつが必ずしも別々ではないってことだ。——そこに、君が問うた、なぜ、病んでも治る者と、治らない者がいるのか、ということの答えがある。人の身体は、ひとりひとり違う。あきれるほど同じだが、あきれるほど違うんだ」

鹿の王 下 p262

この後、予防接種の知識と似たような話が続く。耐性の話が。この辺りを読んでいて、ちょっとはたらく細胞を思い出した。

「彼が前に言ってましたよね、人の身体は国みたいなものだって。ほんとうに、そう。ひとつの個体に見えるけど、実際には、びっくりするほどたくさんの小さな命がこの身体の中にいて、私たちを生かしながら、自分たちも生きていて……私たちの身体が病んだり、老いたりして死んでいくと土に還ったり、他の生き物の中に入ったりして命を繋いでいく。そう思うとね、身体の死って、変化でしかないような気がしちゃうんです。まとまっていた個体が、ばらっと解体しただけ、のような」

鹿の王 下 p304~p305

普段は気がつかないけれど、無意識で働いてくれている身体。心臓だって自分で動かそうと思ってなくても動いてくれている。それを国に例えるならば、小さな小人たちがいつも心臓という名の血液ポンプを押してくれているという感じだろうか。この物語を読みながら、もう少し自分の身体に感謝しようと思う。頑張ってくれていてありがとうって。

「たとえ病を治せたとしても、やがて、その人は必ず死ぬ。それでも、人が病に罹ったら、一生懸命治そうとするのさ」

鹿の王 下 p306

これは、ホッサルのセリフだ。いろいろあって迷ったけど医術師としてできることをやるという思いが詰まっている。微苦笑を浮かべて言っていたから。人はいつか死んでしまう。致死率100%。だったら、ちっぽけな自分に何ができる?そう自分に問うて出た今の答えだった。
これは、私も感じる。ちっぽけな自分に今、何ができるのか?
こうして、読書記録を書いていて何になるのか。一生懸命書いて何になるのかわからない。でも書き続けている。

生きることは、もがくこと。

あとがきから

私はどうも、三つぐらい、心に響くものが浮かぶと、物語を書くことができるようです。『鹿の王』の場合は、「人は、自分の身体の内側で何が起きているのかを知ることはできない」ということ、「人(あるいは生物)の身体は、細胞やらウィルスやらが、日々共生したり葛藤したりしている場である」ということ、そして、「それって、社会にも似ているなぁ」ということ、この三つが重なったとき、ぐん、と物語が生まれ出てきたのでした。

鹿の王 下  p551

この3つから、長い長い物語を紡ぎ出してしまう作者を尊敬する。
それ、神業だから!ってこの文章を読んでいて思った。いいなぁ、私も3つからインスピレーションを得て書いてみたい。

じゃあ、書けばいいじゃん。だって、生きることはもがくことだから。
そんな声が心の内側から聞こえてくる。さぁ、もがいてみるか。今日も。


一応、物語の楽しい所はなるべくネタバレにならないように書いたつもりだ。「鹿の王」というタイトルの謎も読まないとわからないはず。
医療系でも大丈夫で、ジブリが好きで、王宮とか大奥とかに興味がある人で、魂の描写もOKな人は絶対楽しめると思う。そんな物語。

って、2015年本屋大賞受賞作品だからすでにみんな読んでるのか。
私だけだったかも、知らないの(笑)失礼いたしました。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?