こども未来戦略方針(案)~異次元の子育て支援は実現するのか~
こどもの未来につながる働き方研究機構 代表理事の菊地加奈子です。
6月1日、第5回こども未来戦略会議が開催され、「こども未来戦略方針」案が示されました。若い世代が子育てに希望を抱き、子育て世代が感じている育児と仕事の両立の苦しさ、さらには経済的・精神的負担感や不公平感を解消していくための異次元の子育て支援策。ここ3年の集中取り組み期間に取り組むべき具体的な施策が「加速化プラン」として掲げられています。
企業・保育所等における働き方の構築に携わる社会保険労務士という立場、そして保育園・認定こども園経営者の立場、さらに大学生から未就学児まで6児の子育てをするひとりの親の立場からこの戦略案について考察しました。
要点
はじめに
「このままの社会のあり方を続けていれば2030年には今の倍速で若年人口が急減し、少子化に歯止めがかからない状況となる」
こども未来戦略方針(案)は日本のギリギリの状況に対するラストチャンスへの本気の取組みです。出産・就学の支援、育休制度・保育制度の見直しと、これまでにない支援が打ち出されています。一方で企業や保育所等ににおいては相当な不安と抵抗も感じるところです。企業では主導的立場の社員であっても1年以上育休で不在、復帰後も時短勤務することが当たり前になり、保育所等に関しては一定のリズムで毎日通う子についての年齢に応じた見通しが、複雑化・高度化するわけですから。私自身も一人の経営者の立場として、社労士法人や保育園のあり方について深く考え、悩み続けてきた一人ですが、自分自身の決意を兼ねて加速化プランに対する考察を記したいと思います。
1.子育ての苦しさを解消するという視点から子ども視点での課題解消へ
そもそも「子育てが苦しい」という切実な声が上がらなければ課題は見えず、企業も保育制度も変わることはなく、当事者の声が届くようになったことは大きな成果です。育休や時短勤務等の両立支援措置については労働者の請求を拒むことができず、「マタハラ」に関する定義と防止策についても強化される中、徐々に育休取得率は上昇しつつあります。しかし、現行の企業の両立支援策を見てみると、「子が1歳になる前に育休復帰した場合の子ども手当」「管理職(性別は指定していないものの対象はほぼ女性)の長時間勤務に対するシッター代の補助」といった制度も散見されます。女性活躍推進法において女性管理職割合(人数)を引き上げていくという機運の中で生まれた施策でもありますが、これによって保育所等の延長保育と保育士のシフト勤務負担が大幅に増え、当事者の女性(パートナーも含め)は疲弊し、これ以上子どもを産むなんて無理だと諦める人もいたのではないでしょうか。女性の労働力率・社会的地位を引き上げることにより、各家庭が自力で経済力を上げて子どもを産めるようにするというシナリオは、結局のところ、あらゆるリソースを駆使して企業評価システムの中で勝ち抜いた人のみが享受できるしくみとなり、より一層、子育ての苦しさを助長したようにも感じます。そして、当時の感覚で「こどもまんなか」を訴えようものなら、「長時間、子どもを保育園に預けるなんてかわいそうと言われ・・・私(親)だって罪悪感で苦しんでいるのよ」と、親を追い詰めることになってしまうのです。
2.企業は休みやすく、働きやすく。
男性の育児休業を取得率・期間ともに伸長するとともに時短勤務が女性のみに偏らないよう男女ともに取得できることを目指すことが示されました。現状、育児休業給付金は取得後半年までは賃金の67%、育休開始から181日目以降は50%。さらに上限額もあるため、賃金が高い人は相当な収入減となります。これを給付率80%に引き上げることで休業期間中の社会保険料の免除と育児休業給付金が非課税であることを加味して実質10割保障が実現することになります。また、時短勤務による収入減の補填についても言及され(「育児時短就業給付(仮称)」)、これによって収入減を気にせずに長期間の休業と復帰後の無理のない両立が可能になることとなります。保育所においても第二子以降の育休期間は短時間保育となりますし、時短勤務者が多ければ保育利用時間の適正化にも寄与することとなるでしょう。
しかし、企業側にとっては主力メンバーが長期離脱することは大きなリスクであり、特に「女性は育休を取るから」という理由で男性を主力に据えていたような企業にとっては大問題です。そしてリスキリングのための支援(雇用保険の教育訓練給付は生活保障を受けながら教育訓練が受けられるというしくみですが、これがさらに拡大されるとのこと)で、主体的に職業選択・働き方を選択できるような支援が増えていくことによって、本当に優秀なメンバーは企業に帰属する意味を見出せなくなれば離脱する可能性も高まることとなります。いま、「人を大切にする経営」「人的資本(「人」を使ってはなくなる資源ではなく資本と捉え直す考え方)」など、組織のあり方を根本から見直す企業が増えてきていますが、国が強制的に示した「休みやすいしくみ」と併せて、「子育てを楽しみながらも自分自身のキャリアを高め、組織の中でやりがいを感じながら貢献できる働き方」を考える必要があります。これについては加速化プランの中で、育児時短を含めた企業の両立支援措置の中にテレワーク、フレックスタイム制を含む出社・退社時刻の調整、休暇な ど柔軟な働き方について、事業主が職場の労働者のニーズを把握しつつ複数の制度を 選択して措置し、その中から労働者が選択できる制度(「親と子のための選べる働き方 制度(仮称)」)の創設が検討されており、制度としても浸透していくことが見込まれます。
テレワークで両立は可能になるのか?という声に対して
上記制度の検討段階で「子どもが家にいる中でテレワークなんて絶対に無理」という声が挙がっていましたが、この制度の意図としては、保育所等を利用することを前提としたテレワークです。私もテレワーク・フレックスをフル活用して6児の子育てをしている一人ですが、移動時間を仕事の時間に充てられること、子どもが起きる前の朝の時間など柔軟な時間の使い方が可能になること、さらには子どもの授業参観や面談などにもわずかな中断で参加できるなどメリットは大きいです。最近は子どもの迎え時間を早めて先生が余裕のある時にじっくり子どもの話をして、戻ってから上の子と遊ばせている間に残務処理をする、といった工夫もしています。
3.保育側の機能強化と保育者の専門性強化・処遇改善
こどもまんなか社会の実現には「全てのこども・子育て世帯を対象とする支援の拡充」が必須です。保育の必要性の判断は親の就労を理由とするものがほとんどですが、障害や医療的ケアを必要とする子においては受け入れ先が少ないという事情によって働くことを諦めなければならない親たちもいます。また、専業主婦世帯の孤独な子育てについても虐待や育児ノイローゼといった社会課題が問題視されています。
障害児や医療的ケア児の親は「親ではないと育てられない」のではなく、助けの手がないだけで、普通の子育ての何倍も苦しい思いをしています。そして、「子育てそのものが普通の子よりも大変なのだから働けるはずがない」のではなく、適切なサポートを受けられるのであれば働いて自分自身の人生を生きている実感を味わいたいと思っている人はたくさんいます。こうした子を受け入れるには高度な専門性と特性に応じた環境が必要ですが、対象児ごとに施設を分けるのではなく、少子化によって園児の減少が進んでいる施設において、一つの組織の中で外部の専門家等との連携を通じて多機能化していくことや、一つの環境で多様性を受け入れていくインクルージョンを実現することも検討されています。既存の保育士の専門性・職務を拡張するよりも、児童発達支援センターや医療機関との連携を深めて実践する保育所等も増えてきました。
また、私は10年以上、働いていないお母さんたちの子を預かる事業を行っており、5年前からは乳幼児一時預かり事業として年間のべ4,000組の親子と向き合っていますが、「2時間でいいから寝かせて」「病院にすら行けない」という方々が毎日やってきます。仕事をしないで子育てしている人の方が楽ということなどなく、ストレス度合いについても就労している親より専業主婦の方が大きいというデータもあるのです。
0歳児の月極保育は極端に減り、一時預かりは増える
育休制度の改正について触れましたが、今後ますます0歳児からの入所は減ると考えられます。保育園運営の視点から見ると、乳児の入所が減ることは経営にも大きく影響します。反面、一時預かりに関しては各自治体ごとに「マイ保育園」「はじめてのおあずかり券配布」など、乳児期の育児負担解消をサポートするための施策が始まっています。育休中であっても乳児の子育ては相当な負担であり、誰もが実親等の頼れる人がいるとは限りませんし、夫婦で一緒に育休を取っていても、夫婦ともに疲れてしまうこともあるのです。そうした時の一時的なサポートとして、園側も体制を整えていくことが求められるでしょう。
こどもまんなかの視点で考えたとき。すべての子どもにとって保育が必要
保育者にとっては高度な専門性が求められること、どのように環境を整えていけばよいのかという不安も大きいでしょう。また、「こども誰でも通園制度(仮称)」によって月極の安定した保育環境に日々「はじめて保育園を利用する子」が来たら、ずっと泣いているだけ・ずっと抱っこしていなければいけないという状況に困惑し、長期的な視点で成長を見通す保育の醍醐味も味わえない消化不良にやりがいを感じられない、そもそも普通の保育だけでも大変なのにこれ以上負担を増やさないでほしい、そんな声も耳にします。
しかし、ここで考えたいことは「誰が保育を必要としているか」という視点ではないでしょうか。先に述べたように医療的ケア児や障害児の親たちが働くことを希望している、育児に疲れた親たちが保育を利用したいと願っているといことも事実です。しかし、視点を変えてみると、幼児期に保育士やそれ以外の専門家による保育を受けられることは子どもにとって非常に有意義なことです。つまり、保育を必要としているのはこども本人なのです。そして、長い間定義されてきた幼児期の「生活」「教育」というものから離れたものであったとしても、その子たちひとりひとりに必要な生活・教育があり、未来を担う子どもたちが社会から守られ、育てられる社会の第一歩として保育所等があるのであれば、連携を推し進めて保育機能を開いていく必要があるのではないでしょうか。
今回のプランの中には75年ぶりの配置基準改善(1歳児を6:1⇒5:1へ、4・5歳児を30:1⇒25:1へ)とさらなる処遇改善について明記されました。もちろん、まだ整備すべきことはありますが、公定価格の改善も進んでいます。保育・幼児教育・保育者という職業の価値がより一層高まっている中で、安定した施策のもとで改革が期待されているといえるでしょう。
これらの詳細については拙著「人口減少時代における保育の多機能化~子育て支援・保育の職場環境改革~」でも執筆しています。
まとめ
2030年までのラストチャンスをそれぞれの当事者がどう捉え、実行に移していくか。国が示しているのは異次元の支援だけでなく、それぞれの立場が抱える課題感です。当事者だけが悩み、改善を訴えるのではなく、こどもをまんなかに、親・企業・保育が相互に理解・協力し合える関係性構築が急務であるともいえると考えます。
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