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くるみパン (掌編小説と短歌)

田中くんが、短歌をつくってるらしいことに気がついたのは、木曜日の2時間目。

気になったので、休み時間にちょっと直接聞いてみた。

すると、かばんの中から、一冊、本を取り出して

「よむ?」

と手渡されたのは、「短歌をよむ」という俵万智さんの本だった。

田中くんといえば、田中くんだ。

成績は真ん中くらい、運動も真ん中くらい、ただ本の好みが合う図書委員で一緒の田中くんだ。

顔もうすめの顔。モテもせず、彼女もいるそぶりもない、美術部の田中くんだ。

田中くんは、それからというもの、授業中でも、給食のときでも、教室移動のときでも、時折り指を折って、何かを感じて、短歌を作っているようだ。どんな短歌を詠んでいるのかは、知らない。

だけど、なんだか楽しそうだなと、美術の授業中にふいに思った。

実際、英語とかの授業を受けても、外国人と喋らないと、自分がどのくらい話せてるのかもわかんない。単語なんて覚えたそばからこぼれている。英語の原文を読むこともいまのとこない。いつか、自分の方から使いたいときなんてくるのだろうか、なんて、ときどき思う。

いま田中くんは、先生がこうして、今日の静物画の授業の課題を出してる最中なのに、机の下で指を折ってる。美術なのに、あんたいま、一番美術してんじゃん!いや、国語か?ってマンガだなぁ、青春してんじゃん!とわたしは一人でそう感じた。(あとで、思ったら、いや一番はいい過ぎだと冷静になった。それぞれだからなぁ、うん、たしかに)

わたしも百人一首なら、小学生の時にクラスの中で、いい線いったことあったっけ?でも、あぁ、あれはたしか、バレーボールしてたから、ただ反射神経がよかっただけか。かるた感覚で。どんなのがあったかなんて、いまでもまったく覚えてないよ。

中間テスト前の部活が休みのこの時期、わたしは大好きな(くるみパン)でひとつ短歌でも詠んでみようかと、ふと思った。出だしのくるみパン……からいっこうにこれっと決まらないけど、足取りは軽く五七五七七とともに、バス停まで歩いていった。(了)



短歌

あますぎずからくもなくてやさしくてくるみパンだけ持っているもの



※ 参考図書 俵万智 「短歌をよむ」岩波新書







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