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星空うどん (短編小説と短歌)

お父さんの田舎に引っ越してきて、半年が経った。

こっちの学校のサッカーチームでも、ぼくは補欠。でも、落ち込んだりはしていない。ぼくの名前は、わたる。わたるって名前は、嫌いじゃない。なんか一歩踏み出してる感じもするから。

東京からの転校生ってことで、最初は珍しがられたけど、いまは何人かの仲がいい友達もできた。身体の具合の方も、ぼちぼちだ。(目立たないけど、ぼくには持病がある。)身体を動かすこと自体は好きだ。できることから少しずつ。激しい練習は難しくても、パス練習とか、リフティングとか、しんどくなったら、休み休みでもできることはある。

お父さんは、じいじとばあばも近くだし、一緒だと賑やかでいいだろ?とか、元々、仕事の方もちょうどそういう時期でもあったんだよと、東京の会社を退職して、こっちのちっさな会社に再就職をした。通勤時間が、あっという間だから、楽でいいよなんて、お母さんに言ってたけど、ほんとのところはよく分かんない。

5年生になってからは、あんまりお父さんとも話す事が少なくなってたから。

お母さんは、お父さんの給料が少なくなった分、お母さん、頑張らなくっちゃね。なんていって、スーパーのパートを週に何回か、朝から夕方頃までやっている。(お母さんは、行動派だから、パート募集の張り紙をみてすぐ決めてきたらしい)

だから、たまにだけど、お父さんと2人だけで、先にごはんを済ませてしまうこともある。

お父さんは、麺類でうどんが一番好きだ。さすがに香川県生まれのことはある。ぼくは東京育ちだけど、ばあば(お父さんの方のおばあちゃん)によると、お父さんは、保育園3才頃から両親の影響をもろに受け、うどんをおいしそーに、にこーっと食べていたらしい。うどんをうれしそうにちゅる、ちゅる〜とおどけて食べている写真も見たことがあったと思う。たぶん。

お父さんの体脂肪率ならぬ体うどん好み率は、かなりのものだろう。塩分多めのしょっぱいのとか、お母さんは気になるとは言ってたけれど。香川の人は、ほんとよくうどんを食べる。うどんが好きなんだ。

それはそうと、今日もお父さんはうどんを作った。(わかめ)と(ねぎ)入りのうどんだ。シンプルな分だけ、だしの味がよく分かる。

2人分を湯がき、だしもかけると「なぁ、わたる」とお父さんは、ぼくの前にどんぶりを置き、「すまんが、ちょっとそこの白ごまをとってくれよ」とそう言った。

「ん、あぁ、いーよ」ぼくは、右手を伸ばして後ろの調味料の入れてある棚の中から、白ごまの容器を取り出した。「はい。」と手渡す。

「あぁ、さんきゅ。なぁさぁ、ここに(たまご)を落とすと(月見うどん)っていうけどさぁ、こうやってわかめの夜空に、草原のねぎ、そこに(白ごま)をぱらぱら〜ってのせたら、なんてゆーかな?」お父さんは、たまにこんな風に訳の分からないことを突然言い出す。

「んー?なんだよ、突然……」

「(星空うどん)ってのは、気取りすぎか?」ときいたあと、ぼくの方をじっと見てる。

「んー……名前負けしてない?具が(白ごま)なんだから?」そう答えると、時計の方をちらっと見た。もうすぐ夜の7時になろうとしていた。テレビでは、天気予報をやっていて明日の予報は、降水確率0%と、今晩の星空マークから明日の天気も晴れの、お天気マークがびっしり並んでいた。

「ただいまー」お母さんが帰ってきたようだ。スーパーの袋を玄関におく音がした。くつを脱ぎ、「あー、疲れた、疲れた」といいながらこちらにやってくる。ぼくたちが、うどんを食べているのを見ると「あぁ、いーなー。うどん。わたしの分もある?」とお父さんに聞きながら、とりあえず自分が買ってきた野菜なんかを冷蔵庫に詰め込み始めた。

「あるよ。」と手短にお父さんは答えると、うどんのだしをずずずと飲み込んだ。食べてる途中だけど、お母さんの分のうどんをよそってあげる。

「ほい、どうぞ。」とお父さんが、テーブルにうどんを置く。

「ありがとー」と軽くいいながら、長い髪を後ろで、さささとまとめると、お母さんは、ぼくたちのうどんをのぞきこんで、「あたしも、(白ごま)入ーれよっと。」とぼくの目の前にあった白ごまをさっと、どんぶりに振りかけた。

一口食べた所で、お母さんは「あっ、そうだ。あれも入ーれよっと。」そういうと冷蔵庫から、自分の漬けた梅干の瓶をテーブルに置き、そこから一個(梅干)を取り出すと、どんぶりにちょこんとのっけた。

「梅わかうどん!!」お母さんは、へへへとぼくたちより優位に立ったような態度をとり、どうだといわんばかりに、おどけてあごをあげている。

「おぉ!」と言ったのは、お父さん。

「何よ」と言ったのは、お母さん。

「そーだよ、なんだよ」とぼく。

「(太陽)のお出ましだ!」お父さんは、さっきの続きをまだやってるらしい。どうせ(梅干)を(太陽)と見立てているのだろう。

お母さんは、「何よ、太陽って」とお父さんに聞いている。

そんなお母さんをおいといて、ぼくたちは、開けたまんまにしてる瓶から、梅干を一個ずつ取り出すと、それぞれのどんぶりへと放り込んだ。

朝焼けのように澄んだおだしの上には、真っ赤な太陽が、でん、とのっかっていた。

(了)




短歌

 白ごまをわかめとねぎのおうどんに一振りかけて星空うどん





※この小説は、フィクションです。


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