トークイベント:「一問一闘」

2013年に私が中心となって企画した若手のグループ展で、ひとつの参加型トークイベントを行った。「一問一闘」というもので、一般参加者の疑問に学芸員が一対一で答える。当時その館の嘱託職員だった喜安嶺さんと二人で学芸員サイドを担当し、答えに詰まったり疲れたりしたら、プロレスのように、タッチして交代する。そのように娯楽的でありながらも、自分たちが展示しているものの良さをどうにか伝えなければというプレッシャーもあり、やっぱり真剣勝負である。

ルールは次のとおり。

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ひとつ、 一つのトピックについて話し合う
疑問は次々とわいてくるものですが、今日はひとつのことを話していくことで、確かなものを分かち合いたいと思います。

ひとつ、 制限時間は10分
集中してひとつのことを考えるために、今日は10分で闘います。お互いが理解に達したり、なにかを分かち合ったと感じたら、両者が勝者です。何か納得のいく理解がなかった場合には、両者引き分けです。

ひとつ、 無理にわかろうとしない
わからないときは、わからないままにしましょう。正直に話し合うことが何よりも大事です。

ひとつ、 上も下もない
私たちもみなさんも、作家も、誰にも上下はありません。誰も先生や生徒ではなく、また、ここにはサービスを享受する側と提供する側も存在しません。それぞれが一人の人間として、あることを分かち合うために、この場所にいると考えてください。

ひとつ、 人格攻撃をしない
謎を抱えているとき、私たちはいらだちを感じることがあります。それは自然な心の動きです。そのいらだちは理解の瞬間へとつながっています。「馬鹿にして!」と思ったり、「なんで分からないんだ」と思ったりするのはやめましょう。理解できないものを理解しようとするあらゆる努力に敬意を払いましょう。

この闘いを、すべての「未知なるものに苦悩するあなた」に捧げます。

(2013年8月4日、川崎市市民ミュージアムでのイベント)

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リハーサルに、当時テナントで入っていたミュージアムショップのオーナーが参加してくれて、本当に正直に「これ(展示されていた現代美術の作品)が何なのかぜんぜんわからないんだよね」とぶつけてくれた。私は汗をかきかき、いくつかの説明を試みた。3つめの例あたりで、彼が「ああ!」と言った瞬間を今でも思い出す。ただ常にうまくいくわけもなく、本番では一勝二引き分けくらいだったような気がする。それでも、その場の人々は、やってよかった、見に来てよかったと、何らかの充足を口にした。

2005年につくった、一般参加者との完全対話型キュレーティングによる展覧会「ハッピーホーム」(熊本市現代美術館)や、2018年にゲスト・キュレーターを勤めたアーカス・プロジェクトの、オープン・スタジオでのイベント、「オープンディスカッション、または大喜利」も、同じ系譜だ。いつもどうにかして、フラットな場所でみなと落ち合いたい、と思っている。


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