記憶のメカニズムを利用した効果的な勉強法
数年前、私の学部時代の大学に、UCLAやHarvardといった大学から、その分野で世界をリードしている心理学者が集まって、記憶や学習についてのセミナーをしてくれたことがあります。非常に役に立つ情報があったので、まとめておこうと思います。
今回は、セミナーの中心人物であったUCLAのRobert Bjork氏の内容を紹介します。
彼は記憶と学習について研究しており、世界でもトップレベルの認知心理学者だそうです。彼の研究室のウェブサイトをみれば、大まかの研究成果はつかめるかと思います。(リンク←このサイトにある情報だけでかなりの改善が見込めるはずです。)
今回紹介する最も重要かと思われる3つのポイントは
『テストの効果』『スペースの効果』『ランダム効果』
です。
1.テスト (Testing effect)
例えば、UCLAの学生たちを対象にした実験で、「鯨は哺乳類である。」という記述を記憶させる実験をしました。
一つのグループ(コントロールグループ)は、
13秒間 「鯨は哺乳類である。」という記述だけを見る。
しかし、もう一つのグループ(実験グループ)には、
8秒間「鯨は____」という問題を出し、
残りの5秒間に正しい記述を表示した「鯨は哺乳類である」を表示する。
つまりこの二つのグループの違いは、学習する持ち時間は一緒だが、コントロールグループにはテストがないのに対し、実験グループには、テストの要素が入っているということです。
さて、このようなテスト問題からなる追試テストにおいて、どちらのグループが高い点数を得たかというと、実験グループでした。
つまり、穴埋めのテストを通して、エラーをしたり、推測したりして、正しい結果を得た後に修正するというメタ認知の行為(自分自身の思考について思考する行為)が働き、そのプロセスが記憶には効果的であるということを示しています。
この結果をさらに発展させて、もう一つ代表的な実験があります。
ランダムに二つのグループに分けられたUCLAの学生は、学習する機会が四回与えられた後、学習した内容をテストする、という実験に参加しました。
(*ここから以下、勉強=S、テスト=Tと表記します。)
コントロールグループ:「SSSS→最終テスト」 という順番、
そして
実験グループ:「TTTT→最終テスト(つまりインプットの機会がゼロ)」
という順番が課せられました。
どちらのグループが、最終的なテストでよい結果を得たでしょうか?
結果は、実験グループでした。ここでさらに、試験監督官は学生にアンケートをとります。
「どちらの勉強方法が効果が高いと思うか?」
UCLAの学生の反応は、圧倒的に前者の「SSSS→テスト」方法。つまり、学生は一般的にインプットをたくさんしてからテストに望むほうがよい結果が得られると「信じている」のにたいして、実験結果は全く逆のことを示しており、むしろインプットは全くなくてよく、アウトプットだけしていれば良い、という結果が出ました。これが、テストによる効果です。
2. スペース (Massed learning vs Spaced learning)
Massed learningとは、短期間で一つのことに集中する勉強の仕方。
Spaced learningとは、勉強する間隔を空けて、勉強するやり方。
実は、Bjorkの実験結果から、長期的な学習効果にはSpaced learningの方が良いと、すでに何度も結果が出ています。
しかし、ここでまたミソとなるのが、「一般的に学習者はどのような方法が効果的だと思って勉強しているか?」という点です。
Bjorkの紹介した実験では、学生に三回だけ学習するチャンスを与えて最終テストを施す実験において、以下のように学生を二つのグループに分けました。
コントロールグループ: SSS→最終テスト
実験グループ: S S S →最終テスト
コントロールグループでは、最終テストの直前にインプットを詰め込むのに対して、実験グループはインプットの期間が大きく開いていることがわかります。
そして最終テストの結果を比べてみると、二つのグループでさほど点数は変わりませんでした。
しかしこの実験のポイントは、最終テストのしばらく後に、またもう一つ抜き打ちテストを与えたことです(はっきり覚えてないので、もしかしたらやり方違うかもです。詳しくは彼のウェブサイトを参考にしてください。)
そして、その抜き打ちテストの結果を比べてみると、実験グループは同等の成績を保っていたのに対して、詰め込み型のコントロールグループは劇的に点数を落とした、という結果になりました。そこでさらに、UCLAの学生に「テスト対策には普段どうやって勉強している?」「誰から勉強の仕方を教わった?」と聞くと、大半の回答が「テスト直前に勉強する」のと、「自分自身で勉強方法を確立した」に集中していることです。つまり、UCLAの学生は特に根拠もなくあまり効果的でない勉強法を採用していることがわかります (UCLAは全米でもトップの公立大学でとても優秀な学生しか入れない)。しかし、Bjorkの一連の実験が示すとおり、長期的な記憶には、十分に間隔を開けて学習した方が効果的であるという結果が出ています。
3. ランダム効果
普段私たちは、新しくアルファベットを習ったり子供に教えるときに、
AaAaAaAa → BbBbBbBb
というようにAから順番に覚えていくのが普通だと思います。
日本語のひらがな、カタカナの習得も同様で、
あいうえお から始まります。
ところが、Bjorkの研究では、順番はバラバラにやったほうが、記憶の定着は早いのだそうです。(詳しい実験に関して興味のある方は彼のサイトを参考にしてください。)
ランダムな順番で物事を覚えていった方が良い理由は、
① 種類の違うものを連続的に勉強していったほうが、それぞれの「違い」が強調される。
② 日常の場面で、そのような順番で知識を問われることはない。
ことが挙げられます。
さらに、この理論は教科書にも応用できるのだそうです。
例えば、普通の授業ではチャプター1から始めようとするが、
教科書内の各チャプターを何度も行き来し、ランダムに学んでいたほうが、長期的な記憶の定着には効果的だと言えます。
実際に試してみた
若干手前味噌ですが、自分が試してみてどうだったかの感想です。Bjork氏の学習セミナーに出会ったのが、幸いにも大学に入学してから早い段階だったので、「テストをたくさん課す」「勉強のスペースを空ける」「順番にはこだわらない(たまにランダムにする)」を徹底してこなすことができました。
私はアメリカ西海岸(西)部にある(おそらく)平均的な学力だろうと思われるリベラルアーツカレッジで、心理学と体育学のダブルメジャーを専攻していました。また、陸上部に所属していたこともあって平日は平均して3時間ほどのトレーニングをし、春学期になると毎週のようにバスや飛行機で遠征があり、勉強に割ける時間と集中力があまり確保できない状況だったため、少ない時間で効率的な勉強をすることは必要でした。
例えば各チャプターに演習問題などがある教科書に関しては、内容を読む前にいきなり問題を解き始めたり、1週間の間に色々な科目をバラバラにいれてそれぞれ十分な間隔を保ったり、メタ認知(どうして自分は問題を間違えたのか、自分の思考プロセスは正しかったのかどうかを確かめたり反芻する)を意識しながら勉強をしていきました。
そのおかげでGPAは3.89を保ち、専攻の心理学では学部最優秀学生に選ばれ、アメリカの博士課程に進むまで学力を伸ばすことができました。
もちろん覚えるだけが勉強ではないですが、教育の早い段階である学生時代は覚えなければ成績を取れないクラスがほとんどだと思うし、あまり楽しくない作業だからこそ少ない時間で効率的にこなしていく方が楽だと思います。さらに、今回紹介した学習法は誰でも即座に実行することができる点で、とても便利だと思います。
そして個人的な感想ですが、UCLAの学生たちが示唆したように、自分の確立した根拠のない勉強法や、巷で売られている勉強法はやはり効果的ではない可能性が高いので、やはり科学的に立証された方法に素直に従うのが一番良いかもしれないという事です。今から自分で試行錯誤して自分に合った勉強法を開発するのも良いですが、それよりも、巨人の肩の上に立たせてもらった方がきっと懸命です。
また、日本は『これさえやれば〜〜勉強方法!!』みたいな自己啓発書があまりにも多く、なぜかこのような本が売れてしまう傾向があるように思えます。このような無駄な情報の増加を一刻も早く食い止め、Bjork氏のような科学的な研究を応援し、蓄積された質の良い知見をもっと世に広めていく必要があると思います。日本は、社会的なレベルで損をしています。
実際、アメリカは大学研究と現場の連携が非常に結びつきやすく、Bjork氏の研究がすでに公立学校の教師を教育したり、実際の教育現場に理論を組み込む、というような取り組みがなされています。
例えば私が博士課程受験の時に必要だったGREと言うテストの勉強の際に活用した、米国バークレーにあるスタートアップ企業のMagoosh(サイト)も、テクノロジーと理論(特にアウトプットの重要性が顕著)の融合によって学習をさらに効率化させています。日本の伝統的な学習スタイルがこのようなテクノロジーと理論を兼ね備えた学習スタイルに凌駕されるのも時間の問題かもしれません。
最後にもう一度、より詳しく知りたい人のために、UCLAのRobert Bjorkのサイトを載せておきます(リンク)。
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