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『私の解放日誌』は人生の処方箋

 風邪薬みたいなドラマでした。風邪を引いていない人が薬を飲んでも効かないように、このドラマが刺さらない人は登場人物たちが抱える田舎の閉塞感やだれからも愛されない孤独、何者かにならなければという焦燥感とは無縁なのかもしれません。本来的にはそれがいいのでしょう。でもだれしも、あした風邪を引くかもしれない。そんなとき、このドラマは心に効く薬になると思いました。そしてわたし自身も、風邪薬のような脚本を書きたいと影響を受けた作品です。

 主人公のミジョンは、両親とふたりのきょうだいと韓国の田舎で暮らす、ごくごく平凡な若い女性です。ソウルの大手企業でデザイナーとして働いているものの、契約社員で上司からはぞんざいに扱われ、正社員の同僚たちは自分を仲間外れにしてグアムに行く計画を立てているなど、会社に居場所がありません。毎日片道1時間半かけて会社と家を往復していて、その長い移動時間に彼女はいつも物思いにふけります。「子どものころ、テストで20点を取って、親に見せられなかった。なぜいまそんなことを思い出すのだろう。20点なのは、私の人生かもしれない」―。人生で一度も満たされたことがないミジョン。平凡さに思い悩む彼女の気分が丁寧に描かれていて、パク・ヘヨンさんは人を描く名手だと痛感しました。(パク・ヘヨンさんの『マイ・ディア・ミスター ~私のおじさん~』も上質なヒューマンドラマです!)

 ミジョンが主人公ではあるものの、兄と姉の内面も描かれる群像劇になっています。みなが田舎の閉塞感に苛まれつつ、兄は何者かになりたいと焦燥感に駆られていて、姉は男性から愛されたいと孤独を抱えています。三きょうだいがそれぞれの悩みからどのように解放されていくのか、そしてどんな変化を遂げるのか。その過程を見つめていく面白さがありました。

 また、このドラマを観ながら思い出したのは「守破離」ということばです。「守」は基本や型を身につける段階、「破」はそれらを破ろうとしていく段階、そして「離」は自分の型を生み出していく段階。このドラマは離の境地で書かれた稀有な作品だと思います。強いログラインもなければ明確な縦軸もなく、大きな事件や事故も発生せず、復讐に向かっていくわけでもない。配信ドラマがある昨今は途中で離脱されないように物語を速く、大きく動かすのが主流になっている気がするのですが、そんな時代の流れに逆らうようにつくられているようにすら感じました。そういう意味で『私の解放日誌』は、物語の常識からも解放されたような作品です。