もしツル Scene 16


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 長方形のダイニングテーブルの四方に、八橋先生、鮎子、二羽のカラス、やよいがいた。テーブルの奥に八橋先生が座り、その八橋先生の右側のテーブルサイドに鮎子が座っていた。そして、テーブルを挟んで鮎子の向かい側には二羽のカラスが椅子の上に止まり、八橋先生と向き合うように、テーブルの手前にやよいが立っていた。

「何だこれは?」と思って立ちつくしていると、八橋先生が僕を見て   『安和慎之介、これから君と、君の妻の裁判を行う。鶴の横に並んで立ちなさい』と、甲高い声で言った。
僕はびっくりした。
『いったい何の裁判ですか? 僕たちは何もしていません』と言ったけれど、先生は、
『安和慎之介の申し出は却下! 検察官のカラスは起訴状の朗読をすること』と言い、何だか分からないうちに、僕とやよいの裁判が始まった。

 検察官と言われた二羽のカラスのうち、小さい方のカラスが、胸をそっくり返して起訴状を読み始めた。
《起訴状! ……》
 僕は、カラスを見つめ息を殺して聞いていたが、しばらく沈黙が続いた。大きい方のカラスがじれったそうに《早く続きを読め!》と言うと、
《兄貴、この漢字の読み方が分からねえ》と言った。大きいカラスは《もういい、俺が読む!》と言って、小さいカラスから起訴状を取り上げて読み始めた。

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(二羽のカラス: Scene 4を想い出してください!)

 起訴状。被告人、安和慎之介の祖父は、若い時から放蕩な生活を続けていた遊び人であり、食いしん坊であった。本件審理の犯罪行為である鶴の肉を食べた事件は、次のような経緯で発生した。
 ある時、因幡の国に旅に出かけた安和慎之介の祖父は、海岸でラビット・イナバ氏の毛皮を剥いでまさに食べようとしていた。その時、たまたま通りかかったオオクニヌ氏がイナバ氏を助けたためにこれは未遂に終わった。
 しかし、ウサギの肉を食べることができなかった欲求不満が昂じ、ついにその欲求を抑えることができなくなり、わなを仕掛けることを思いついた。そして、不運にもそのわなに掛かった罪もない鶴を食べるという野蛮な行為に及んだ。これは、動物の尊厳を傷つける甚だしい虐待行為である。しかもこの男には、罪の意識のカケラもなく、反省の色もなかった。これは重大な犯罪であり、有罪であることは明白である。
 しかし、その男はすでに他界しているため、この罪は孫である安和慎之介が償わねばならない。よって検察官は、慎之介を「目玉二つを差し出す」刑に処することを、当法廷に求刑するものである。
 次に、鶴のやよいは、我々の忠告を無視してカラスの縄張りに入り込み、再三にわたって、どじょう、カエル、ザリガニなどの貴重な食料を食い荒らした。これは、自然環境保護の観点からも重大な犯罪である。よって検察官は、鶴のやよいについても安和慎之介と同じ刑に処することを求めるものである。以上。

八橋先生

 僕は呆然とした。何というデタラメな起訴状だろうと思った。
「ラビット・イナバ氏? それは“因幡の白兎”の神話じゃないか。これは冤罪に等しい」と思い、
『異議あり。検察官は“因幡の白兎”神話と“鶴女房”の昔話を混同しています。これは明らかな誤りです』と抗議したが、裁判長の八橋先生は、
『却下』とあっさり言い、さらに、
『それはわしのガクセツじゃ。間違いない! もっとも、誰も認めてくれないけどな。ケシカラン! そもそも国文学とは……』と、また饒舌に話し始めた。「何と言う無茶苦茶な思いつきだ」と思っていると、すかさず鮎子が立ち上がり、
『裁判長、これどうぞ』と言ってきんつばを一個差し出した。

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 八橋先生は満足げにそれを食べながら、『弁護人鮎子君は、ただ今の検察官の起訴状に対して、何か言うことがあるかね?』と尋ねた。

 鮎子は『弁護人は無罪を主張します』と言い、弁護の意見陳述を始めた。

miyake_san サムネイル


つづく

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