もしツル Scene 20


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 カラスの話は、心の奥に深く突き刺さった。
 長いあいだ、この国では鶴女房の物語を、「正体を知られた鶴が去って行く、あわれで美しい昔話」として読んできた。その理解が間違っていたとは思わないけれど、見方を変えれば、僕たちがまったく気づいていなかった別の問題がこの昔話の中に隠されていることを、カラスに教えられた気がした。言い返す言葉がなかった。

(ここまで前回)

 さて鶴の姐さん、裁判長の爺さんはお前さんを無罪だと言ったが、冗談じゃない。俺は言ったはずだ、『今日だけは見なかったことにしてやるから、二度と俺たちの縄張りを荒らすな』とな。お前さんはその忠告を聞かずに、毎日のように、こっそりやって来ては、森に住んでいる生き物どうしのルールを無視して、貴重なカエルやドジョウを好きなだけ食べ荒らしていた。どうやら、お前さんは長く人間と暮らし過ぎたようだな。森の仁義を忘れた鶴を許すわけにはいかない。可哀そうだが、お前が好きな人間の兄さんと同じように、その両目をいただく!

 その言葉を聞いた僕は、叫んだ――『やめてくれ、やよいは僕の妻だ!』。それを聞いたカラスは、バカにしたように「カアー」と鳴いてから、
《兄さん、お前には、こいつが今でも人間に見えるのかい? こいつはただの鶴だよ》と、静かに言った。それに反論する言葉が出てこなかった。しばらくしてカラスが言った。

《もし、愛する人が鶴だったら、お前はどうする?》

 カラスの迫力にたじろぎ、僕は答えに詰まった。答えられない僕とやよいを見据えて、カラスは《覚悟するんだな》と言って、嘴を突き出してきた。もう後がなかった。

 その時、「ドアが開きます」という甲高い音声が流れ、エレベーターの扉が開くと同時に、中から八橋先生が飛び出してきて、
『逃がすものか!』と大声で言いながら、たも網を振り回した。不意を突かれた二羽のカラスは、身をかわす間もなくその中に消えた。その途端、電灯の明かりがすべて消えて真っ暗になった。

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(いよいよ大詰め)


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