もしツル Scene 17


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 鮎子は『弁護人は無罪を主張します』と言い、弁護の意見陳述を始めた。

 被告人の祖父、つまり私の祖父が、ラビット・イナバ氏の皮を剥いだ理由は、八橋学説によれば、そもそもイナバ氏に騙されたサメに頼まれたからであり、食べるためではありません。検察官のカラスはこの八橋学説の思いつき……失礼、新説をまったく理解していません。
 ところで、祖父がわなを仕掛けて鶴を食べたことは間違いありません。これは確かに許されるべきではありません。しかし、鶴の世界に伝わる昔話によれば、人間の妻となった鶴の機織りについて、違った解釈をしています。人間が伝えてきた昔話のなかで、鶴の機織りは「助けてもらった恩返し」と言われていますが、そうではありません。
 鶴の機織りは、人間のわなに掛かって犠牲となったすべての鳥や獣に対する贖罪のためなのです。つまり、鶴の世界の昔話では夫の罪はすでに償われています。

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 鮎子がそこまで陳述したとき、突如として八雲先生が大声で『そうだったのか! なるほど、これで最大の謎が解けたぞ。ありがたい! 新しい論文が書ける』と、満足そうに肯いた。
 僕も、八橋先生とは違った意味で納得した。鶴女房の男の本当の罪は、やはり、多くの動物を犠牲にしたことにあったのだ。しかし、また別の疑問が湧いてきた――「そうだとすると、どうして鶴は出ていく必要があったのだろうか?
 検察官の小さいカラスも、そこを突いてきた。

《おい、ちょっと待てよ。それなら、鶴は初めからそう言えばよかっただろう? 出ていく必要もないじゃないか。それをどう説明するつもりだ、白黒はっきりさせろ!》

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 それに対して鮎子は、こう陳述した。

 それは、今も話したとおり、鶴の世界で伝えられてきた昔話に基づいているからです。以下は、それに基づいて説明します。
 鶴は、じつは夫の罪を「二人だけが知っている秘密」として機織り部屋に置いておくために、「見てはいけない」という禁止を言い渡したのです。鶴は妻となり、時間をかけて夫の罪を解きほぐそうとしたのです。ところが、夫は自分の罪に対して無自覚であったため、それに気づかず禁止を破ってしまったのです。
 次に、妻が恥ずかしく思ったのは、正体を見られたからだけではありません。機織り部屋が覗かれた結果、そこに置いておいた「二人だけの秘密」が露見したからです。それは、厳密には夫の罪ですが、戸が開けられてしまった結果、夫の罪を閉じ込めておいた妻の神通力も通用しなくなったため、彼女は立ち去るしかなかったのです。これが、鶴の世界で伝えられてきた昔話の内容です。
 問題は、夫の無自覚です。しかし、この「無自覚」の罪を償うための刑としては、カラスの求刑は的外れです。夫は贖罪のために、犠牲となったすべての生き物に感謝し、神通力を失った妻を支え続けていくことこそが必要だと弁護人は主張します。

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 八橋先生は頷きながら、一言一句聞き漏らさずメモを取っていた。鮎子は弁護というかたちで、この昔話に関する僕の疑問を解消してくれた。


つづく

 

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