もしツル Scene 13


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 やよいと出会ったのは三年前。

 昔話のように傷ついた鶴を助けたこともなければ、やよいが機織りをしてくれているわけでもない。もちろん、僕は狩人じゃない。僕たちはごく平凡に出会い、そして結婚した。彼女から、一人でいるところを「見ないで」と言われたこともないし、大切な約束を破ったり、罪と呼べるような過ちを犯したこともない。僕たちの生活と「鶴女房」の物語との接点は、どこを探しても見当たらなかった。
 しかし、どうも引っかかる。何かを見落としているような気がした。でも、どれだけ頭を捻っても何も思い浮かばなかった。僕は、考えるのを諦めて、冷蔵庫から取り出したビールを飲みながらテレビのグルメ番組を見た。お笑い芸人が、出された料理を見て大げさに驚く様子が映し出され、「ついに明かされた幻の食材」というナレーションが入った。

 それを見た瞬間、《罪は三代続く。自分は何もしていないと思ったら大間違いじゃ》という八橋先生の言葉【scene 10】を思い出した。飲みかけのビールをテーブルに置き、急いで書棚から『日本国語大辞典』を取り出してページを繰った。そこにはこう書いてあった。

  さんちょう【三鳥】:料理で、鶴・雉子(きじ)・雁をいう。

 僕は、考え込み記憶をたどった。そして、あることを確認するためにもう一度鮎子に電話をかけた。
『どうしたの? 一日に二回も電話をかけてくるなんて』という彼女の問いには答えず、
『僕たちのおじいちゃんが、若い時に鶴料理を食べたという話をしてくれたことを覚えているかな?』と尋ねた。
『ああ、そう言えば、そんなことを言っていたわね。「昔は鶴が高級食材だった」って自慢していたのを覚えているわ』
『ありがとう、掘り出し物が見つかったよ』と言うと、
『鶴と結婚でもするつもりなの?』と言って笑い出した。
『まあそんなものだ』と言って、僕も笑った。笑って誤魔化すしかなかった。彼女にもう一度お礼を言って、電話を切った。

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 鮎子に確認してはっきりした。僕たちのおじいちゃんは間違いなく鶴を食べていた。八橋先生は《罪は三代続く》と言った。
 「これだ、これで、つながった」と確信した。どうやら、僕は鶴を食べた祖父の罪を受け継ぐ一人であるらしい。その因果が報いとなって、やよいと出会い、結婚する結果になったのだろう。
 しかし、そうだとしても、僕は祖父の罪をどうのようにして償えばいいのだろうか? それともうひとつ、恩返しに隠された意味についてはまだ解決がついていない。ひとつの疑問が解決すると、また別の疑問が浮かび上がってきた。その疑問は頭の中で回転木馬のようにグルグル回わり、時間だけが過ぎていった。


 やよいが戻って来た時には、夕方になっていた。彼女の嘴の端から、何か小さなものが見えていた。それは池の小魚かどじょうの尻尾ように見えた。やはり、どこかで餌を食べてきたのだ。

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つづく

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