もしツル Scene 12


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 伊勢から帰ってきて一週間が経った。
 土曜日の午後、やよいは相変わらずどこかに出かけている。たぶん餌を探しに行っているのだろうと思った。僕はやよいがマンションで何かを食べているところを一度も見かけたことがなかった。
 ダイニングテーブルの上には昔話の解説書が散乱している。僕は、それらを読むのを止めて外の景色を眺めていたが、思い立って鮎子に電話をかけてみた。

miyake_san 小 100

『先週はごめんなさいね。まだ怒ってる?』と、彼女は申し訳なさそうにそう言った。
『いや怒ってないよ。それどころか、八橋先生にお礼を言いたいぐらいだよ』
『あら、どうしたの?』
『鮎子が言ったとおり、八橋先生の話のなかにヒントがあった。じつはすごい先生だったんだね。見直したよ』と言うと、
『ああ、いつものまぐれ当たりね』と、鮎子はあっさり言った。
『まぐれ当たり?』

八橋先生

『そうよ、先生の学説はほとんどが思いつき。でもときどき、まぐれ当たりがあるのよ』
『そう言うと、身もふたもないね』
『でも、発想は面白いから、まだまだ何か掘り出し物が隠れているかもよ』と、鮎子は言った。「掘り出し物」が何を指しているのか、よくわからなかったけれど……。
『まぐれ当たりだとしても、ありがたいことだよ。先生によろしく伝えておいてほしい』と言って電話を切った。

 僕は、きんつばを美味しそうに食べていた八橋先生と、たまり醤油で食べる伊勢うどんを思い出し、あの町には、昔話の世界を思わせる雰囲気が濃厚に存在していると思った。東京では生まれてこない発想を生み出す何かが、確かにそこにあるような気がした。

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 この一週間、僕は暇を見つけては図書館に行き、「わなを仕掛けたのは、他ならぬ鶴女房の夫だった」という想像について調べてみた。
 以前、解説書で読んだなかには、わなを仕掛けて鶴を捕った男について述べているものも確かにあった。しかしその場合は、「別の男が登場してわなを仕掛けた男から鶴を助けてやる」というストーリーになっていた。
 また、わなにかかっていたり矢が刺さっていたりしている鶴を通りかかった男が助けるパターンでは、誰がわなを仕掛けたのかについては、語られていなかった。ただし、助けてやる男が狩人であることが多く、これは、消極的ではあるけれど、僕の想像を裏付けているようにも思えた。
 それとは別に、室町時代の御伽草子「浦島太郎」では、浦島太郎自身が釣り上げた亀を逃がしてやり、その後、海上に現れた女性に誘われて竜宮城に赴き結婚するというストーリーになっている。どうやら、これがいちばんよく似たパターンであるようだった。とするなら、僕の想像もあながち荒唐無稽なものではないはずだ。

向陽くんアイコン

 しかし、わかったのはそこまでだった。“男の罪”の問題も、“鶴女房の恩返し”の問題も、一歩も前に進まず調査は壁にぶつかった。
 「さて、どうすればいいのだろうか?」と思ったけれど、こんな時は、原点に戻って考えることが大切だ。そこで僕は、いったん昔話から離れて、自分とやよいのことを、考え直してみることにした。

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