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【感想】広重─摺の極─展 @あべのハルカス美術館:後編


私が浮世絵師の中で一番すきな広重にフィーチャーした特別展が、あべのハルカス美術館で開催されています(会期は9月1日(日)まで)。

本展の概要は ‘広重作品の総覧‘。まさに広重ファン必見の展覧会でした。

本記事は、私が見た後期展示のうち、気になった作品かつネット上に画像があった作品を中心とした感想の後編です。
前編は第1章~第4章で、今回は第5章~第8章の作品紹介です。

前回記事はこちら↓

※例によって作品画像は、wikipediaのパブリックドメイン以外はリンク貼付しています。問題があった場合はご報告ください。
※引用に「図録」とあるものは公式図録です。詳細は最後に載せています。

▶第5章 広重の花鳥画

実は広重は花鳥画も得意とした絵師で、前編で見てきた名所絵と同時期に花鳥画の制作を始め、晩年まで続いたといいます。

さて、美しい花鳥画のひとつとして、『海棠に鸚鵡』が印象的でした。


一見するとカラフルな鸚鵡とハナカイドウですが、図録によると「墨・薄墨・紅・薄紅・黄・藍・緑と背景のおそらく8版だけ」(図録、231頁)の摺りで表現しているそうです。

羽に入った様々な太さと色の線、枝のかすれたような線など、線自体も細かく描き分けがされているので、花と鳥とのメリハリが利いた作品に仕上がっているのかなと想像します。

お次は雰囲気がガラッと変わって、『獅子の子落し』です。


実は摺りの違うものが2つ並んでいて、子獅子が青色で摺られたものもありました。
全体的に線が太いですが、とりわけ崖の部分の太くて力強い線の表現は、私の思う広重のイメージとは違っていて新鮮に感じました。(いかんせん名所絵に代表される細めの線のイメージが強くて。)

また、写実的な絵画として「上手いなぁ…」とため息がもれたのが、魚づくしシリーズと呼ばれるものでした。

たとえば、『(魚づくし) かさご・いさきにはじかみ』。


魚の姿かたちはもちろんなのですが、細部まで描きこまれていて、なおかつその質感が見事に表されていることが驚きでした。版画なのに驚くほどにリアルなんですよ。

▶第6章 美人画と戯画

私は初耳だったのですが、広重は文政期(1818~30年)に美人画家として認識されていたらしく、名所絵師として名を馳せる天保期(1830~44年)を経て、天保末から再び美人画を制作したそうです。

同時代の美人画の名手はほかにもいましたが、広重にも一定のファンはいたそうで、「わかる、私も広重の柔らかで表情豊かな人物画好きだもん!」と思わず大きく頷いてしまいました。

まず私が興奮したのは、『雪月花の内 月の夕部』という作品です。 


理由は、浮世絵なのに人物に影があること。大学時代に日本美術の授業で学んだ知識なんですが、基本的に浮世絵には影がありません。ただし、その例外が月光に対する影は描くパターン。

こちらの絵、月そのものは描かれていないんですが、影が落ちているということは…と思って作品名を見たら「の夕部」とある!ビンゴでした!

月そのものを描かずに月夜を表現する──それが粋ってもんだなぁと思います。

ちなみに西洋絵画の影響を受けて、昼間の景色でも人物の影が落ちている作品もあります。(葛飾北斎『くだんうしがふち』など。)

影の有無という視点で作品を見てみるのも面白いなと思います。


続いて、影は登場しませんが『隅田堤闇夜の桜』もよかったです。(↓リンク先下部の絵)

図録によると、向かって左の「をぐらあん」の提灯を持っている女性が女中で、料理茶屋・小倉庵で遊興した右の女性二人組の帰り道を描いたシーンとのこと。

3人それぞれの着物の柄を摺り出すのが大変だったろうなと思いつつ、なんだか陽気な雰囲気から。楽しい食事だったことが想像されて良いです。

そしてこの章の後半は、様々な戯画が続きます。たとえば影絵遊びの『即興かげぼしづくし ふじの山』『即興図両づくし らんかんぎぼし』(↓リンク先下部の二段目、一番右の作品です)

上段は富士山の影絵、下段は橋の欄干・擬宝珠の影絵です。とにかく明るい~~さんも顔負けのポーズに笑ってしまいそう。

今のご時世もうないと思うけれど、一発芸をどうしてもしなければいけないシーンがあったら、これも選択肢に入れておこう…とコッソリ思ったのでした。


▶第7章 多彩な活動

広重はこれまで見てきた作品以外にも、頼まれればなんでも描いていたそうですが、「三代豊国が得意とする役者絵、国芳が得意とする勇壮な武者絵、そして風刺画は避けていたようである。」(図録、273頁)とのことで、春画もあまり描かなかったそう。

とはいえ、絵本や絵手本、張交絵、絵双六すごろくや土産物の絵札など、多岐にわたる作品を残しています。

一枚だけ前期展示だったのですが、図録で思わずうなった作品を紹介させてください。それは『平清盛怪異を見る図』という作品。


背景知識ゼロでこの絵を見たとき、庭の雪景色がどうもドクロに見えるな~と思っていたら、本当にそういうモチーフだったというもの。

図録いわく「福原遷都後のある朝、平清盛が中庭を見ると、夥しい髑髏・骸骨が出現し、山のようになったが、清盛が睨むと陽に当たった霜露のように消え失せたというもの。(中略)雪の景としたのは、恐らく広重の独創」(図録、274頁)だそう。

細かいところまでドクロやガイコツを思わせる摺りが施されていて、おどろおどろしい絵なのについ隅々まで見入ってしまいました。生で見てみたかった・・・!

次も歴史物続きですが、『忠臣蔵 八段目』。

私は忠臣蔵のストーリーは詳しくないのですが、木に巻き付く色とりどりのツタの葉っぱ、女性陣(加古川本蔵の妻と娘)の着物の鮮やかさ、その後ろの武家一行の黒が効いていて、純粋に風景画として美しいなと思った作品です。

忠臣蔵シリーズは絵の枠もシャレていて、雷門に二つ巴という大石家の家紋があしらわれているそうです。そういうこだわりも素敵ですよね。


忠臣蔵シリーズの存在は何度か目にしたことがあったので知っていたのですが、『源氏物語』シリーズがあったことは知らなかったので驚きでした。
↓こちらは、『源氏物語五十四帖 夕顔』です。


ただ、源氏物語シリーズは

「桐壺」から「若紫」の5図しか刊行されていない。(中略)広重としては異色の作品。上下に雲形(すやり霞)を施し、金砂子を蒔いたようなデザイン、ぼかしを最小限とし、敢えて平面的な画面、木目を活かした摺刷、古様な人物表現など、広重は通常の作品とは異なるイメージを現出することを試みている。

図録、284頁

とのことで、どうやら珍しいという感想は正しかったようです。

続きまして、『福福双禄(袋付)』。
これは三代歌川豊国・歌川広重の合作です。 

画面下のコマ割りサイズが大きい又平(三代豊国画)から時計回りに回って、中央の福禄寿(これも三代豊国画)で上がりになるそう。鮮やかなブルーがとてもよく目を引きました。

ネット上に画像が見当たらなかったのですが、絵封筒の図案であったり、千社札という交換納札(同好者間で交換するための鑑賞用の札)であったり、『江戸絵本土産』のような冊子まで、種々の形態の作品がありました。

それだけ広重の絵が人気があって愛されていたんだろうと思いますし、私が同時代人だったら絶対に集めていたに違いない!

▶第8章 肉筆画の世界

数は少なめでしたが、広重の肉筆画がいくつかありました。残念ながらネット上にもほとんど画像がない!というわけで、サラッとご紹介です。

まず印象に残ったのが『富士清見寺三保景』。これは「三保の松原の南から松原と清見寺、そして富士山を展望した図」(図録、319頁)です。

今年5月に『北斎と広重 富嶽三十六景への挑戦』(現在、9月8日まで大分県立美術館にて開催中)で、広重が生涯手元に置いたという10歳の時の作品を見たんですが、その絵がまさに、富士山と三保の松原の絵だったんです。

『富士清見寺三保景』はどうやら広重が亡くなる年に制作されたらしく、富士と三保の松原は、生涯広重が大切にしたテーマの一つだったのかなと思ってみたり。

全体的にシンプルですっきりとしていて、少しかすんだような富士山の雄大さが印象的な作品でした。

最後に、『甲府道祖神祭幕絵 東都名所 洲さき汐干狩』(リンク先第3章の一番下のもの)

この作品は、高さ163センチ×幅1084.2センチの超大作。そのため美術館の中で全体を一気に眺めることはできなかったのですが、迫力は十二分に感じられました。

ちなみに「甲府道祖神祭」とは何かというと、

江戸時代、甲府城下では1月13日から15日にかけて、道祖神祭りが賑やかに行われていました。その盛大さは「当国一大盛事」とも評されるほど。しかし、祭りは明治初期に突如廃絶してしまいました。さらにその後の甲府空襲により、資料のほとんどが失われてしまったと考えられています。

シンボル展「よみがえる!甲府道祖神祭り」: 山梨県立博物館 -Yamanashi Prefectural Museum-


とのこと。この幕絵は現代だと美術作品でもありながら、失われてしまったお祭りの様子を伝える遺産のひとつでもあるんですね。


▷図録と戦利品

ミュージアムショップでゲットしたものをご紹介します。

・公式図録
図録はボリュームたっぷりで、絵も大きく配置してくれています。

本体の濃いブルーは広重ブルーを意識しているのかしら?!

嬉しいのは、カバーが裏表付け替えられるデザインになっていること!

このカバー、カラー印刷で厚みもある紙なので、そこそこお金をかけているんじゃないかと想像するのですが、どうなんでしょう?!こういう小さな工夫が嬉しいですね。

カバーを付け替えてみました


・クリアファイル

前編第4章でご紹介した『名所江戸百景 亀戸天神境内』のものを購入しました。本展オリジナル品です。

ここにプリントを挟むと…↓
前景が浮かび上がる仕様


広重関連のクリアファイルを買うのはもう何枚目なんだろうか・・・?と思いつつも、中に紙をはさんでも映えるデザインが可愛かったので買ってしまいました。

・ピンズ
こちらも前編第4章に登場した『名所江戸百景 浅草田甫酉の町詣』の猫ちゃん。

無地のニットかジャケットの襟あたりにつけようかなと思案中。これくらいなら会社につけて行っても問題ないでしょう!

こちらも本展オリジナル品


・法善寺あられ

写真を撮り忘れちゃいましたが、ピンズと同じく『名所江戸百景 浅草田甫酉の町詣』が箱にプリントされたあられです。お土産として購入しました。

・写真撮影用パネル(フォトスポット)

お顔のモザイク処理が雑ですみません。

美術館から出るときに気づいた、エレベーターホールすぐ横にあったパネル。

東海道五十三次の第1場面、『日本橋 朝之景』ですね。これ、後期展示はなかったんですよ。パネルに採用するなら通期展示したら良いのでは?と思うんですけど…ダメだったんでしょうか??

今回作品は見ていないものの記念に写真を撮りました。私は駆け出す人のポーズをしてみたんですが、盛大にすっころぶ人のポーズをしてもよかったなと後から思いました。パネルに並んでいる人はおろか、周囲に人がそんなにいなかったので。


▷おわりに

総括すると、あべのハルカス美術館だけでの展示がもったいないくらい、広重作品満載の良い展覧会だったと思います。

前編でも書きましたが、初期の風景画から徐々に私たちがよく知る名所絵シリーズへと進化していく様子を追うことができる点、そして名所絵だけではない広重の幅広い画業を総覧できる点が特によかったです。

長くなりましたが、最後までお読みいただきありがとうございました。


◇広重 ─摺の極─展 HP

◆公式図録
『あべのハルカス美術館開館10周年記念 広重 ─すりきわみ─』あべのハルカス美術館ほか、2024年