「炎環」と「悪名の旗」

永井路子さん「炎環」、滝口康彦さん「悪名の旗」の両作品、読み終えました

まず最初に「炎環」。平安時代末期から鎌倉時代初期、源頼朝が鎌倉で武家の世を目指し始めた頃から始まる。源頼朝の異母弟で義経の同母兄の「阿野全成」。頼朝の信頼を得て権勢をふるった「梶原景時」。北条政子の妹で阿野全成の妻「北条保子」。北条時政の次男で政子の弟「北条義時」。鎌倉での四人の生き様がそれぞれ描かれている。

阿野全成編。いち早く兄頼朝に合流して信頼を得た全成だったが、頼朝の表情の裏にあるものに気付く。弟の義経はその裏に気付かず後に疎まれ失脚するが全成は危険を察知して目立たず前に出ずの昼行燈とも言える行動。しかし妻の保子が頼朝の次男(後の実朝)の乳母になり密かな野望の様なものを抱くが落とし穴が待っていた

梶原景時編。頼朝の危機を救った縁で鎌倉での地位を確かなものにする。全成編での描かれ方と同じく表裏のある頼朝の心を先読みし、政権を確かなものにするために汚れ役も厭わない。権勢を欲しいままにした景時だったが、頼朝亡き後に次第に暗雲が立ち込めていく

北条保子編。姉の政子とは性格が異なり明るくおしゃべりな保子は頼朝の弟・阿野全成に嫁いだ。とにかくおしゃべりで夫も呆れるが彼女の心内にも何かが巣くっていたのか。陽気な顔を見せながら姉・政子の心をえぐるような言葉と行動が怖い

北条義時編。父時政からは掴み所のない息子と訝しがられ対立も生むが、冷静に政敵を退け北条家を押し上げていく。後鳥羽上皇から討伐対象にされる(承久の乱)も、鎌倉政権の危機をうたい京に攻め上り勝利。後の世の武家政権の礎を築く

中々渋い時代のお話。別に意識してなかったが、考えてみると来年(令和四年)の大河ドラマ「鎌倉殿の13人」とかぶるお話ですね。しかし北条保子がちょっと無気味だった


お次は「悪名の旗」。大友宗麟から子の義統(吉統)の時代に仕えていた家臣・田原紹忍(親賢)を主人公にしたお話。舞台は大友家が秀吉から改易され新たに豊後国・竹田の中川家にいるときから始まる。

中川家中での紹忍は大友家衰退の原因となった高城・耳川の戦いの敗戦責任などから蔑まれていた(紹忍は当時総指揮官とされている)が、本人は心外と思いながらも仕えていた。そんな折、石田三成と徳川家康の間に不穏な空気が流れ始める。戦になる事を確信した紹忍は、かつての主君・大友吉統のことを案じ、同じく中川家に仕えていた宗像掃部助や立花家に仕えていた吉弘統幸と協力して八方手を尽くす。しかし上手くいかずに石垣原の戦い(現大分県別府市)まで進んでしまい、謀略家・黒田如水に阻まれ敗戦を迎えた。再び恥を忍んで東西あいまいな立場の中川家に戻り最後の戦いに挑む。

この話で新鮮だったのは、田原紹忍や宗像掃部助も家康側につくことを考えて行動してたところ。史実はどうかはわからないが、そういう目で読んでみると上手くタイトルと紹忍の姿がマッチしてくる

作中ではとにかく大友吉統が頼りない。というか戦国の世には優しすぎてせっかくの助けもすべて空振り、結局紹忍の悪名へと繋がっていくのが空しい。逆に黒田如水の謀略ぶり、これぞ戦国の男と言えるのか。

元々この本を探したきっかけが「石垣原の戦い」が小説になっていないかだった。如水が中津城から国東半島に侵攻、旧大友家臣たちの杵築城攻め、石垣原の決戦、義の将・吉弘統幸の最期。緻密な描写で面白く、満足しました。

吉弘統幸の最期や石垣原で亡くなった多くの忠魂を偲んで作られた思われる漢詩をひとつ

「石垣原懐古」 矢野甘泉 作

憶い見る 当年の古戦場

海濤岸を噛んで愁腸を洗う

忠魂一たび去って今何くにか在る

満野の秋風恨みを惹いて長し

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