2021年11月1日、兵庫県尼崎市で「かんなみ新地」と呼ばれる売春街が突然、一斉閉店しました。いわゆる「ちょんの間」が並ぶ色街として、関西では大阪・西成の「飛田新地」などと共に知られていました。戦後間もなく生まれた非合法の街が、およそ70年も社会に黙認されながら、一日にして姿を消したのはなぜか。
私たち神戸新聞阪神総局の取材班が、働いていた女性や、警察、市などの関係者に聞きました。
緊急連載「色街が消える」を再編集してお伝えします。
■消えたネオン
◆直ちに中止せよ
◆私らの商売って
◆怒声が飛んできた
◆いよいよ、これで最後
かんなみ新地の関係者によると、営業時間は夕暮れから0時ごろまででした。遊郭の名残がある飛田新地は、扉が開け放たれた「料亭」の1階に女性が座り男性を待ちますが、かんなみ新地はカウンターだけの飲食店形式で、女性たちは露出度の高いワンピースやミニスカートを着て座っていました。
店の前を歩いて回り、好みの女性を見つけると2階へ上がり、自由恋愛の建前で性行為をするという流れ。飲食店名目のため、退店時には缶コーヒーやお茶、ジュースといった飲み物が手渡されました。
風俗営業の許可を得ていないにもかかわらず、70年もの間、非合法で存続してきたこの「色街」は、どのようにして生まれたのでしょうか。
■誕生秘話、この街の掟
◆警察には温情さえ感じる
かつて取材した時にママさんの一人は「昔はいろいろ抱えた子が多かったけど、今は普通の子が多いで」と話していました。
聞けば、かんなみ新地は他の風俗街に比べても、女の子への取り分がよかったようです。また、かんなみ新地組合は原則、女性だけで切り盛りしていて、特有の働きやすさがあったのかもしれません。
では、なぜ突然、警告が出されたのでしょうか。その舞台裏に迫ります。
■解体の舞台裏「もう時代が許さない」
◆なぜ今なのか
◆尼崎市長「まさか一斉に閉じるとは」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
かんなみ新地は、法律という社会のルールに反しながら、それを知る尼崎市も警察も長らく黙認を続けてきました。見て見ぬふりをしてきたのは私たちも同じで、少なくともここ数十年間は真っ正面から記事にすることはできずにいました。
どのような形であれ、記事が違法風俗街のPRになるようなことがあってはならないという慎重な意見もありました。せめて終焉に際してその存在を記録しようと始めた連載でしたが、やはり市の関係者からは「神戸新聞さんは復活してほしいんですか?」とも言われました。
ただ、一斉閉店こそ予想外でしたが、私たちはそろそろ警察が何らかのアクションを起こすだろうと考えていました。
その最も大きな理由は「暴排」です。
2015年、神戸市灘区に拠点を置く全国最大の暴力団「山口組」が分裂し、対立抗争が激化していく中で、兵庫県警は社会不安を受けて暴力団への取り締まりを一気に強めます。
とりわけ尼崎は暴力団が多く、市内に複数の勢力があって対立関係が強い地域です。組員たちの銃撃事件が相次ぐ中、2021年に入り、尼崎市はついに全国初の組事務所買い取りを実現し、その後も複数の組事務所を撤去させます。市と警察の協力関係が、これほどに強くなったのは初めてではないでしょうか。
その中にあって、兵庫県警は春から県内の違法風俗店を立て続けに摘発していました。実際に風俗店が暴力団の資金源になっているかどうかは分かりません。かんなみ新地も表向きには「無関係」を掲げていました。
しかし、非合法の営業である以上、そこに反社会的勢力がつけこむ可能性は十分にあるというのが警察の見方です。何かトラブルがあって警察に頼れないのなら、一体どこに頼るのか…と。
かんなみ新地の解体は、暴力団抗争に端を発して社会がグレーな存在を許さなくなったことの表れともみることができます。
ある市関係者から聞いた言葉が印象的だったので、最後に紹介します。
「尼崎にあった他の青線地帯が姿を消すなか、なぜかんなみ新地だけが今日まで残ったのか。むしろ、今までつぶれなかったことが奇跡的で、一番の不思議なんですよ」
◆かんなみ新地の一斉閉店を受けた市長会見の詳報はこちら。市長、かんなみ廃業に手応え 「おにぎり屋さん、まっとうにやっている」
<神戸新聞阪神総局> デスク2人と20~50代の記者8人で、兵庫県南東部の「阪神間」(尼崎市、西宮市、芦屋市、伊丹市、宝塚市、川西市、猪名川町)を取材しています。日々のニュースや何気ない写真、動画などをツイッターやインスタグラムでも投稿しています。