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これ、本当に食べるの? 珍食材の宝庫、但馬の食卓

但馬地域の食料品売り場には、都市部では見かけない不思議な食材が並んでいることがあります。日本海に面した地域ならではの海の恵みですが、素人目には「これ、本当に食べられるの?」と思うものもよくあります。但馬に赴任した記者たちが、初めて食材を目にしてギョッとし、正体を調べ、食べてみた記事を集めました。

まずは、怪獣の手のような見た目が強烈なカメノテです。但馬地域では、そのまま湯がいたり、みそ仕立ての「ガゾウ汁」にしたりして食べられるそうです。旬の6月上旬から8月末ごろには、食料品売り場でも見つけられるようになります。

豊岡 海の幸「カメノテ」たっぷり!?
見た目強烈 ガゾウ汁
竹野に伝わる初夏の〝漁師めし〟
口に広がる優しく豊かな風味

カメノテがたくさん入ったガゾウ汁
岩場の合間に生息するカメノテ

 豊岡市竹野町の竹野地区で、夏が近づいたこの時期に、地元住民がおいしくいただく「ガゾウ汁」という郷土料理があると聞き、交流施設「なごみてぇ」(同市竹野町竹野)を訪ねた。目の前に出されたおわんを見て少しぎょっとした。3~4センチほどの小さな怪獣の手のようなものが汁に浮かんでいる。ネーミングも見た目もインパクトのある〝漁師めし〟を堪能した。
 うつわに浮いていたのは、岩場で採れる甲殻類の「カメノテ」で、全国各地の磯などに生息しているが、市場でもあまり流通しておらず、マイナーな海の幸だ。鋭い爪とざらざらとした皮膚のような見た目は、名前の通りだ。
 当日朝に採ってきたというカメノテの固まりをほぐして砂などを取り除き、岩場で一緒に採れたムール貝に似た「クロクチ(ムラサキインコ)」も入れて鍋でゆであげ、みそをとく。カメノテは一見貝のようだが、エビやカニと同じ甲殻類で、そのためだしが十分出るのだという。
 おわんを持ち上げると磯の香りがふわりと鼻をかすめる。目を細めながらずずずっと飲んでみると、見た目のインパクトに反して、優しく、豊かな風味のだしが口の中に広がる。思わずため息が出た。
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 〝爪〟と〝皮膚〟の境目を割ると、ピンク色の筋肉がつるりと出てきた。この部分が「冬場は身が細い」といい、6月上旬から8月末ごろまでが旬だという。
 他にも食べたことのない海の幸を使用した料理を、御膳に並べてくれた。もう一つ初耳だったのは「ズメご飯」。ズメは同じく岩場で採れる貝類で、見た目は「ミニミニ」サイズのアワビのようだ。風味も良く、こりこりとした歯ごたえがくせになる。
 焼きサザエやテングサから手作りしたところてん、ワカメの酢の物、ワカメのふりかけおにぎり、ワカメのつくだ煮と、盛りだくさん。
 隣のテーブルで丼鉢いっぱいに入れたガゾウ汁をすすっていた漁師の浜上吉徳さん(70)が、カメノテにまつわる思い出を語ってくれた。
 島根県隠岐島沖で1997年1月に発生した、ロシア船籍のタンカー「ナホトカ」の重油流出事故。当時、竹野の海も一面真っ黒でドロドロの油で覆われた。
 地元住民も必死に除去している最中、カメノテを開けると中からどろりと黒い液体が出てきたという。「それでも酸欠になることなく、生きていた。一緒に掃除して海を助けてくれているのだと思った」としみじみと話した。
 同じく漁師の渡辺幸雄さん(68)に海まで案内してもらった。当時の黒い海面が想像できないほど透き通った竹野の海を見回した後、岩場を歩きながら探してみた。岩の割れ目からにょきにょきと生えている〝爪〟が見えた。
 強めに触っても、固くてびくともしない。「がっちりくっついているので専用の道具でしか採れない」。金属のへらのようなものでこそげとるらしい。               

(2021年6月8日付朝刊より)

カメノテは、エビやカニと同じ甲殻類なので、よいだしが出るとのこと。この記事には、カメノテのほかにも、ミニサイズのアワビのような「ズメ」も出てきます。地元食材尽くしの御膳、おいしそうですね。

地元産の食材がふんだんに使われた御膳

次は、春先に食料品売り場に並ぶホンダワラです。瀬戸内の春の味覚と言えばイカナゴですが、但馬地域では「ジンバ」と呼ばれる海藻がパック詰めで店頭に並ぶようになります。旬は1~4月で、みそ汁の具にしたり、つくだ煮にしたりして食べられます。

珍味「ジンバ」って何?
適度な歯ごたえ、ご飯止まらず
旬は1~4月、ヒジキの仲間
豊岡・竹野 つくだ煮や白あえに最適

 昨年4月、豊岡市竹野町の港であった催しを取材中、ある郷土料理の名を初めて耳にした。その名も「じんばご飯」。ジンバという海藻を使ったまぜご飯で、大層美味だというが、瞬く間に売り切れてしまった。食料品店では生のジンバも見たが、昨年は結局食べられずじまいだった。「今年こそは」と地元の方に調理法を教わり、準備は万端。なのに、今年は肝心のジンバが見当たらない。ジンバって何? どこへ行ったの?
 「神葉」「神馬藻」とも書くジンバの正体は、調べてみると海藻の「ホンダワラ」のことで、ヒジキや最近人気の「アカモク」と同じ仲間という。長さは約3メートルで、平らな葉と粒状のたくさんの「浮袋」があるのが特徴。1~4月が旬で、但馬では古くから食用や神事に使われてきた。
 では、ジンバはどうやって食べるのだろう。同町竹野で住民有志が運営する交流拠点「なごみてぇ」でレシピを尋ねると、ボランティアの1人で、1841年創業の老舗しょうゆ店「花房商店」の花房順子さん(69)が教えてくれた。
 代表的な食べ方は、つくだ煮や白あえ、じんばご飯だという。家庭の味はしょうゆと砂糖、酒が基本の味付けで、薄味に炊いて油揚げやにんじんとあえれば総菜に、濃い味でつくだ煮にすればご飯のお供になる。
 「海藻は最初に洗ったら駄目」と花房さんがアドバイス。火が通りにくくなるのだという。沸騰した湯でゆでてから3センチほどの小口切りにした後、水で洗う。旬にたくさん作り、冷凍して保存するのもいい。
              

▼万葉集にも登場

 「ジンバ」ことホンダワラは万葉集にも登場し、飛鳥―平安時代にかけては、播磨地域も産地だった。ホンダワラを海水に浸して煮詰め、藻塩を作っていたようだ。しかし瀬戸内ではあまり食用になっていない。
 県立農林水産技術総合センター水産技術センターによると、ホンダワラは日本全域の海にあるという。但馬地域の勤務経験もある、水産増殖部の岡本繁好主席研究員(56)は、「ホンダワラは、京都府(丹後)から兵庫県(但馬)、鳥取県、島根県で盛んに食べられているようです」。
 一方、日本海北部の沿岸部では、粘りけがある「アカモク」が好まれているという。また瀬戸内では「生息はしていますが、食習慣があるとはあまり聞きません。水揚げもほとんどないのでは」と話す。

(2018年4月14日付朝刊より)
パック詰めされた「ジンバ」
ジンバを使ったみそ汁、ジンバのつくだ煮
海中で育つ「ジンバ」ことホンダワラ(県立農林水産技術総合センター水産技術センター提供)

珍食材ではありませんが、トビウオを使ったちくわも珍しいのではないでしょうか。ちくわの身が白ではなく、灰色っぽいのが特徴です。山陰地域ではトビウオは「あご」と呼ばれています。記事では、新温泉町の老舗が廃業するのに伴い、豊岡市の企業が、「あご竹輪」をはじめとする商品の製造を引き継いだ話題を紹介しています。

新温泉 森甚商店→二方蒲鉾
機械やレシピ引き継ぎ
「浜坂ちくわ」継承
「伝統の味を守りたい」

 新温泉町名産「浜坂ちくわ」を手掛ける同町諸寄の老舗「森甚(もりじん)商店」が5月末に練り製品の製造を終了し、豊岡市瀬戸の「二方蒲鉾(かまぼこ)」が製造を引き継ぐことになった。パッケージや名称などはそのまま継承する。二方蒲鉾の二方道正社長(46)は「伝統の味を次代に残すことが但馬の練り製品の衰退を防ぐことにつながる。森甚の味を多くの人に伝えたい」と意気込む。
 森甚商店は1880年代に創業した老舗で、トビウオのすり身を練り込んだ「あご竹輪(ちくわ)」は2002年に水産庁長官賞を受賞。太めで弾力のある食感や魚肉本来の味を生かした風味が地元や鳥取、関東などのファンに親しまれてきた。
 しかし、近年は後継者不足に悩まされていたほか、食品衛生管理手法を定めた国際基準「HACCP(ハサップ)」の義務化による負担増加や工場整備の問題などが重なり、練り製品の製造を今年5月末で終了した。
 同社の事業縮小を知った二方社長が「森甚ブランド」を存続させようと今年2月ごろ、商標を借りるライセンス契約などを森塚久志社長(62)に打診。二方社長は「先代の父が森甚さんで修業をさせてもらったおかげで今の二方蒲鉾がある。恩返しさせてほしい」と伝え、快諾を得たという。
 門外不出のレシピやちくわ形成に用いる専用機械を二方蒲鉾に移し、試作を開始。調味料の配分や加えるタイミングなどを約1カ月かけて研究し、森塚社長から「まさに同じ味。食感も再現されている」とお墨付きを受けた。
 「あご竹輪」「ごぼう天」など森甚ブランドの全9品を7月から本格的に製造する。これまで商品を卸してきたスーパーや道の駅、飲食店などの販売網を活用し、同月上旬から店頭に並ぶ予定という。

(2020年6月30日付朝刊より)

同じ兵庫県でも、日本海側と瀬戸内海側では、身近に食べられている海産物が違うことがうかがえます。知らない食べ物が、まだまだたくさんあるのでしょうね。

<アナグマ>
2008年入社。スーパーマーケットや商店街では、鮮魚と牛乳、お菓子、日本酒コーナーをチェックするのが楽しみです。不思議な食材を見つけると、思わず買ってしまいます。おいしく料理できたかどうかは、今のところ五分五分です。

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